2017-11

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第12の2

    9月27日

    次回の有料メルマガの予告

    10月2日、午前0時10分に配信する次回のメルマガは、前回予告したように、いま拡大しつつあるフォルクスワーゲンの不正問題と経営的に厳しい状況にあるドイツ銀行との関係について詳しく解説する。いま情報を集めている。次に、9月・10月変動説が拡散しているが、その結果を検証する。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

    shinkan.jpg

    今回も早く更新できた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    有料メルマガの予告

    このメルマガでは9月から10月初旬にかけて変動を予想する情報を多数紹介してきた。やはりそうした情報にあるような出来事が多数起こってきている。9月18日の午前0時10分に配信される次週のメルマガでは、なにが起こっているのか詳しく紹介する。

    今回の記事

    今回も早く更新できた。今回は対談の第12である。前半だ。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無

    info@yasunoeigo.com

    健幸カレッジ

    10月7日、四谷で「にんげんクラブ」の「健幸カレッジ」で講演を行います。普通の講演会では話すことのないスピリチュアルな話を多く話するつもりです。よろしかったらどうぞ!

    申し込みリンク

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第12の2

    spi102

    スピリチュアリズムと自己逃避

    ヤス やはり、それなりのワークショップやカウンセリングが必要でしょうね。

    西塚 そうすると、カウンセラーとか、ワークショップを開く人なりが必要になってきますね。

    ヤス だと思いますよ。アメリカでもヨーロッパでも、社会になかなか適応できない青少年がいますでしょ? 日本でもやってると思いますが、彼らをワークショップの中で、自分の問題を見つけて認識させて、現実と向き合わせて、自分が見つけた問題を解決させる。そういうことができる人格に作り上げていくといったような、問題解決ワークショップがたくさんあるんですけど、むしろあっちのほうが有効かもしれません。

    西塚 それである意味やりすぎちゃったのが、戸塚ヨットスクールだと思いますが、あの考え方はわかる気がします。父性を強めて徹底的にしごく。死亡事件もありますが、考え方としてはある。また一方で、山奥で原始共同体のような生活を営んでいる人たちがいて、そこにみんな逃げ込んでいく。共同体内での役割分担があるので、こなしていくうちに、いろいろと解決に向かっていく人もいるという。ある種の装置なんでしょうが、僕はイメージなんですけど、そうしたものに、どうも釈然としないものがあるんです。

    ヤス そういうワークショップは重要だと思います。現実と向き合えるような強い人格を作るということです。あと、ひとつ重要なのは人格のモデルです。強い人格とはどういうものなのか。

    西塚 お手本ですね。

    ヤス お手本。普通に自立した個で生きている人たちは、どういう人たちで、どういう生き方をしているのか。そのモデル化だと思いますね。

    西塚 それは、どうやって表現すればいいと思われますか? 映画とかドラマとか、本とか。

    ヤス いろんな表現があっていいと思います。抽象的な領域にいくのであれば、哲学的な言説、表現をとらねばならない。個とは、こういうようなものだから、このような生き方をするのがベストなんだ、といったようなタイプの理論的な定式化の表現があってしかるべきだし、もっと中間層のあたりでは、いわゆる個として生きるということが、どういう喜びをもたらすのかといったようなタイプの表現領域もあってもいいだろうし。

    西塚 最終的にもっと形而下になれば、身体性が際立ってきて、ある人物、ヤスさんでもいいですが、そういう人に触れることによって感化され、自分で考えながら向き合っていくということですよね。

    ヤス そうです。

    西塚 最終的にはそっちにいくのかなあ、と思うんです。まあ、全部必要でしょうけど。

    同調性バイアスを強要する日本

    ヤス 特に日本人の場合、感情の同一性を求めるといった社会の中に生きてますから、そこから自立していくということですよ。一緒になって泣いたり、笑ったりしてね、相手の気持ちの理解を極度に求めるというのは、これはね、脱出しなければならないと思いますよ。理解してほしかったら、表現しろということです。きちんとね。表現もしないで、オレの気持ちをわからないのか、といったところに留まっている限りは、我々の精神的な成長はないですよ。

    西塚 幼児のままということでしょうか…子どもがそうですからね。アピールはするんですが、言葉がうまく使えないから、泣いてみせたり、暴れてみせたりするじゃないですか。アピールするだけ子どものほうがマシかもしれません。いい加減、大人になったら言葉でのやり取りが必要でしょうし、それがなくて気持ちをわかってくれと言っても、恋愛でも上司と部下との関係でも何でも、これは幼稚になりますね。アメリカでは許されないんでしょうね、おそらく。そういうコミュニケーションの仕方というのは。

    ヤス いや、許されないというか、わからないんですよ。オレの気持ちをわかれ!と言っても、ん?何?喋ってごらん、喋れない、じゃあわからない、と。わかるわけないじゃないですか。

    西塚 あ、そうかそうか(笑)、単純ですね。

    ヤス 単純です。

    西塚 それはもう、バッシングを受けるんじゃなくて、本当にわからないんですね。

    ヤス ただ、わからない。だから孤立しますよ、表現しないと。ワークショップにも関わってくるかもしれませんが、正しい自己表現ですね。どうやったら相手は自分をわかるのかという。

    西塚 安倍さんなんかはどうなんでしょうか。ちょっと飛ぶようですが。あれは、わかってくれ、ということなのかな。

    ヤス 彼なんかは、同調性バイアスのもとで育った子どもみたいな感じでしょうね。彼みたいなメンタリティは比較的、今の日本人に一般的になりつつあるメンタリティかなと思います。自分が作り上げた幻想の中に籠るわけです。

    西塚 前回の『なんとなくクリスタル』の話も面白かったですね。僕は、あの本には否定的だったんですが、ヤスさんは、あれはあれでいいんだと。バブル的な意匠にくるまって生きるということは、どういうことなのか、それをちゃんと描いて見せている。つまり、現実的に生きている生き様を表現してるということですね。なるほどと思いました。

    ヤスさんご自身も、そうありたいと思って生きてらっしゃるということですよね?

    ヤス ああ、何? 『なんとなくクリスタル』? ファッション着て、イエイ!って?(笑)

    西塚 いえいえ(笑)、個人の表現として…

    ヤス はい、そうですね。僕の場合はサラリーマンをやった時期もちょっとしかないので、同調性バイアスのかかるような現場にもいなかったんですね。ただ、同調性バイアスのかかる現場にたまにいくと、ものすごく気持ち悪いわけですよ。

    西塚 違和感というよりは、気持ち悪さ…

    ヤス 違和感を通り越して、気持ち悪さですね。無理やり幼児にさせられるといったような。この具合悪さはたまらない…。長年ひとりで、個人として生きていく気持ちよさを味わっているので、それをすべて放棄することを要求されて、自分の考え方を全部曲げて、自分がまったく納得しない考え方に対して感情的に同調していく、というようなやり方というのは、信じられないですね。

    ただね、日本の経営者というのは、いい意味で個人主義的な人がすごく多いんですよ。全部ひとりでやってきている。そういう経営者の人たちと話してると、面白いことを言うんです。我々はサラリーマンの気持ちがわからない。本当にわからない。ほとんど社会のことに関して興味を持たないし、猫の額ほどのちっちゃい関心事で生きてるし、常識という枠を超えた発想をしようともしない。ちっちゃな仲間うちのサークルの中で生きてる。それは信じられないと。そういうことを言ってましたけどね(笑)。

    西塚 なるほど。まあ、安心感なんでしょうけどね。夫婦の話で言えば、大体の奥さんたちがそうなんじゃないですか? 専業主婦とか、家庭を守ってさえいれば、安全で安心だということですね。それはいい悪いじゃなくて、タイプなんでしょうね。

    ヤス 安心感を求めてひとつの会社に勤めて、ずっとサラリーマンをやっていくという生き方は、それはそれで尊敬すべき生き方だと思います。どの世界でも、そうした生き方のほうが一般的なわけですしね。それは否定するべきものではない。ただ問題は、それと個を捨てるということは違うということなんですよ。日本の場合、特に大きいのは、仲間うちの集団になってくると、個を捨てることを要求されるんですね。集団とともに感情を同調させることが要求されるんです。

    西塚 家庭の主婦だろうが何だろうが、個を持ってる人はいますからね。

    ヤス います。たとえば海外。海外を理想化するわけじゃないですが、欧米の社会で勤めてる場合、そこでお友だちができた、仲間ができた、仲間うちの集団ができた、そこでね、個を抑制しませんよ。逆に一人ひとりの個の存在のユニークさを見て楽しむんですね。コミュニケーションして喜ぶ。

    たとえばね、小学生の集団があるでしょ? 小学生の低学年の集団。あそこは、どちらかというと本当にフラットな共同体で、あいつは野球がうまい、あいつは剣玉がうまいとか、それぞれの特技によって個性が明らかになってるという感じなんですね。たまにお山の大将みたいのがいて、オレの言うことを聞け、というイジメっ子もいるかもしれないけども、大体は一人ひとりが感情に対して敏感に同調してね、自分の個を捨てるなんてことはないですよ。

    むしろ、前のアメリカのドラマに出てきてるようなアメリカ人の共同体というのは、小学校の低学年の共同体に近いですよ。

    西塚 近いんです。そこがわりと僕は好きなんです。

    ヤス 気持ちいいですよ、ああいうところにいると。ただ大変です。朝から晩まで一緒にいるし、朝から晩まで電話がかかってくるしね。今日はどこそこでみんなで飲んでるからこいよ、と言うから、うん、いくと。オレも共同体の仲間に入ったかと思って、いく。次の日も電話がある。次の日もいく。次の日も電話がある。

    西塚 個人的には無理だなあ。それこそ個性を発揮して、今日はいきたくない、ひとりにさせてくれと(笑)。

    ヤス ああ、いいんですよ、それ言っても。それを言いすぎると、電話がかかってこなくなる(笑)。

    西塚 それもちょっと寂しいですね(笑)。なるほど、それは微妙なさじ加減というか、つき合い方があるわけですね。

    ヤス つき合い方があります。だからガッチリ入ると、いやあ大変ですよ。

    西塚 ヤスさんはどうですか、そのへん。抵抗がないほうですか?

    ヤス いや、抵抗ある。だって体力が続かないもん。毎日一緒にいて、毎日一緒に酒飲んで、毎日一緒なんですよ? そして、日常生活のちっちゃいことまで全部報告し合う。でも当然、100%受け入れられますけどね。感情的に同調するという強制感も全然ないし。

    西塚 それは白人ですか?

    ヤス 白人ですよ。

    西塚 すごいな。じゃ、けっこうベタベタですね。

    ヤス ベタベタですよ! アメリカ人は。

    西塚 それは何なんでしょう。そうやって知っておかないと不安だとか、何を考えてるのかわからないのが怖いとか…

    ヤス 怖さが背景にあるというわけじゃなくて、それがもう人間関係のひとつのスタイルになってしまっているということだと思います。ただ、自分がどの階層の人とつき合うかによる。階層社会だから。中産階級以下の場合は、特にベタベタ感が強いですね。

    西塚 知的なレベルや年収が高い人たちになると、違う意味の個人主義になる…

    ヤス そうだと思います。あまり共同体でつるまないって感じはしますね。僕の英語の生徒さんで、まあ外資系の社員が多いですが、前にひとりいましたね。昼飯になると逃げるんですよ、会社で。要するに、見つかると仲間のグループに入れられて、昼飯を食べさせられるから。昼飯にいくと、今晩どこにいく?って話になって、晩飯も一緒に食べさせられると。晩飯も一緒に食べにいくと、今週末はどこかに遊びにいこうって話になって、それにも引っ張り込まれる(笑)。あれは、たまったもんじゃないと言って、逃げ回ってる人がいましたけどね(笑)。

    西塚 嫌がっている人もいるんですね。

    ヤス いや、感情的に嫌だというより、体力が続かないということなんですね、我々。

    西塚 それはたしかに体力が続きませんね。みんな、よくやってますね、逆に。好きなのかなあ。

    ヤス 好きなんですよ。だから、悪い意味で言えば、日本のほうがはるかに個人主義的です。社会生活の中では、同調性バイアスを求められる。そのために相手の感情にとことん敏感になることを求める。そういう社会生活は疲れる。だから、家がある意味で避難所になる。感情的に同調性を共有するような、ストレスの高い場所からの避難場所になるわけです。そうすると、家にはいっさい人をいれないという状態になります。家では、近所づき合いどころか、すべての人間とのつき合いを断ちたい。そういったことが普通の状態になるということだと思います。

    コミットメントを持たない人間関係

    西塚 そうすると、スピリチュアル的に共同体で生活している人たちというのは、それはそれで好きだということですかね。絶えず他人がいることは構わないし…

    ヤス 詳しいことはわからないけども、スピリチュアルな共同体で生活してる人たちというのは、普通の社会生活ができない人たちが中心かな、という感じがしますね。たとえば、普通に社会生活やって、サラリーマンやってOLやって、家に帰ってきてから、じゃあスピリチュアルな共同体だ、という人はあまりいないんじゃないか。おそらくね。

    西塚 ああ、なるほど。僕が知る範囲で言うと、夫婦、家族がいるんだけども、何かで壊れて、あるいは嫌で逃げる。でも、ひとりでいると寂しいから、人と触れていたいから、そういうスピリチュアル的なところにいく。ある種、理想のコミュニケーションの仕方というのを持っていて、ここだったら私の気持ちをわかってくれるかもしれない、という話ですよね。

    そうなると、さきほどヤスさんがおっしゃった、オレのことをわかってくれよという気持ちが、その場所だとうまく伝わってるという錯覚を起こすのか、実際に本当に伝わってるのか、そのへんが僕にはわからないんですね。人とは接したいんだけども、いざ現実問題で、恋人、あるいは実際に結婚した相手でも、上司でも、とにかく合わない。全然、自分のことをわかってくれない。でも、そっちにいくとみんなわかってくれる、仲間なんだと。いきなり、そうなるわけですよ。

    それは精神構造的にどういうことなのか。宗教だったら、ひとつの神様なりを拝むことによって、結ばれているんでしょうけど。

    ヤス 夫婦にしろ、恋人関係にしろ、何かのコミットメントを要求するわけですね。コミットメントを要求するということは、相手に対する責任を個人として負う、ということですよ。相手からもいろんなことを要求されるわけだし。その責任を負いたくないんです。

    西塚 ああ、そういうことか…

    ヤス そういう責任は負いたくない。それでも人間関係だけは欲しい。それじゃ、どういう関係になるかと言うと、コミットメントしない人間関係になってくるわけです。大勢の人たちと、それなりに浅く広く人間関係を持てる。それができるような現場、場所に、必要であるときだけいく、という感じじゃないでしょうか。

    宗教云々の話は別にして、もし西塚さんがおっしゃったような人たちがいるとしたら、おそらくコミットメントを持つ必要性がないような人間関係ですね。自分が人間関係を必要とするときにだけいく、というような人たちが集まりやすい現場かなと思います。

    また、それは宗教には直結しないと思います。あくまで、宗教にあるのは超越性。超越的な視点から自分を俯瞰して相対化するということです。その結果として、そのような教団になったということはあり得るかもしれない。でも、教団の見かけの姿から、その精神的な内実を想像することは難しいと思います。

    西塚 宗教じゃなくても、ある研究グループでもいいんですが、なんとなく同じような匂いを感じるんですね。そのへんは何なんだろうなと、最近考えるんですが…

    ヤス コミットメントを深く持ちたくないということが前提にあると思います。どういうことかと言うと、特に日本人がコミットメントを深く持つということには、相手の感情に対して同調するということも十分、含意されてると思うんです。それはすごく重荷に感じるだろうと思う。

    西塚 宗教でも、研究グループでも、それはそこにいれば何事かにコミットメントを持つということですよね。神だったり、その研究グループのルールとか。コミットメントを持つ対象が違うということなんでしょうか?

    ヤス そのコミットメントの意味合いが…ちょっと語弊があったかもしれないけど、要するに責任をとると。

    西塚 僕は、責任がともなう約束事といったような認識なんですが…

    ヤス そうです。まさにその責任、個人としての責任をともなうような環境なのかどうか、ということだと思いますね。

    西塚 宗教団体でも研究グループでも、それなりの責任を負わされたりするんじゃないでしょうか…

    ヤス どういう研究グループかちょっとわかりませんが、勉強会的なものであるならば、お互いに関心を持っているような同好の士たちが集まってね、研究したり、勉強したりする。そうしたサークル的なものというのは、そんなに相手に対してのコミットメントは高いものではないですよ。結婚とか家族なんていうレベルから見るとね(笑)。

    西塚 そうかそうか。

    ヤス たとえば、宗教教団に入ったとすると。このようなルールに従って祈ってください、行動してください、実践してください、ということがあったとしてもね、ルールに従うかどうかというのは、ある意味で自分の自由にまかされてる部分でもありますね。それをやらないから、じゃあ、お前は責任をとれなんてことは言われないわけですよ。宗教教団に対して何かの義務を負うかというと、あまり負わないわけです。

    宗教教団が言うのは、そのような祈り方と実践をすることによって、第一に、我々が提示する超越的な視点が確保されますよと。第二に、その超越的な視点から、あなた自身を俯瞰することができますよと。第三に、俯瞰することができるので、今のあなたの悩み多い自分自身を、相対化することができますよと。その三点セットは必ず含められていると思うんです。それをやるかやらないかは自己責任の問題で、やらなかったからお前責任とれよ、ということにはならないと思うんですね(笑)。

    ただそれと、夫婦関係と恋人関係を考えるとね、たとえば家族を持つ場合、これは家族に対しての個人としての責任ですよ。父親および夫という立場を持つわけですから。自分に与えられた立場としての非常に大きな責任を持つことになる。逃れられないようなタイプの責任を持つわけです。恋人関係になった、たとえば肉体関係を持ったと。持ったら、女性のほうからその責任を問われるわけですよ(笑)。

    そういう責任は極力問わないような人間関係を求めたいということであれば、はるかに柔い、緩やかな人間関係ですね。自分が寂しくなったら入りたいときに入れる、言ってみれば、コンビニ的な人間関係ですね。コンビニ的な共同体、コンビニ的な物。たとえばSNSなんてそうですよね。そこで繋がってる人たちって何者か、実は見えないわけだし。社会的な責任がともなうわけでもないと。

    西塚 緩やかな繋がりですね。リアルなもの、現実的なものからの逃避の装置でもありますからね。SNSをきっかけにして、実際に逢って楽しむという場合もあるんでしょうが。

    「個」「超越性」「法則」

    ヤス 日本のみならず、世界的に大きな問題だと思うのは、「個」の処分の仕方というか、これから「個」をどうしたらいいかということです。たとえば、全体主義社会の方向に吸い上げて個を消滅させていく、というわけにはいかない。または、宗教的なイデオロギーによって、極めて強固な超越的な視点を打ち立てて、その超越的な視点に向けてね、個を完璧に吸収させて失くしてしまうというわけにもいかない。だからと言って、個といったものを欲望の主体として野放しにしておいていいのかというと、そういうわけにもいかない。

    個というものをどのうようにして我々は処理していっていいのか、どのようなところに落ち着かせればいいいのかという問題は、すごく大きな問題です。

    西塚 ヤスさんはどう思われますか?

    ヤス 個というのは、比較的最近の現象だと思うんです。たとえば、18世紀の啓蒙主義的な思想、フランス革命前後の思想から、やはり個といったものがどんどん自覚化されて、出てきたと思うんですね。カントもそうですが、いわゆる個を中心とした哲学、自我の哲学みたいなものが出てくるわけです。自我哲学のいきついた点は何か、ひと言で言えば、個にまかせておいて大丈夫なんだ、という考え方だったんですね。個にまかせておいても、社会は合理性を持ったバランスのいいものになるんだと。それは経済学でもそうで、アダム・スミスの「神の見えざる手」がありますね。その「見えざる手」がもたらすものの主体になっているもの、それは何かと言うと、個ですよ。自分の欲望のまま行動している個ですね。

    個は、限られた手段で最大限の欲望を充足しようとする。そのためには、自分の持ってるものを交換して最大限の価値を得ようとする。それから交換行為が始まる。最大限の欲望を持つような個を主体として定めて、そうした個が相互に行なう、いわゆる交換行為によって市場ができ上がり、その結果、需要と供給がバランスが生まれるんだということです。だから社会は、とにかく個にすべてまかせておけば大丈夫なんだよ、というふうな考え方だったと思います。

    それが、果たしてそうなのかと言うと、全然そうではない。たとえば今の市場原理、アダム・スミス流の市場の原理は、国家が介入しない世界です。純粋な市場原理をどんどん追い求めるとどうなるか。凄まじい格差社会になるわけですよ。手をつけられないような格差社会の中で、社会そのものの維持が不可能になってくる。だったならば、そこに個を超えた何かの超越的な実体が必要になってくると。それは、国家なり、宗教教団なり、個を超えた何か、社会全体のバランサーとして必要になってくる。

    それは、個の自由を深く信じる人間にとっては、とんでもないということになるんですが、別に言うと、ああいう個を超えたものに託していかない限りは、社会のバランスは保てないのではないかとはっきり自覚化されるし、実際にそういう側面がある。しかしながら、その個を超えた存在に託しておいていいのか、放っておくとそれがまた暴走して、さらにとんでもないことになるぞと。どこかの部分で個を介入させねばならない、となってくる。

    西塚 そこで僕は個人的に思うのですが、法則、自然の法則ですね。この世はやはり因果であって、原因があって結果がある。細かい原因と結果の鎖から成り立っている世界だと思います。そういうものを含めた大きな法則、掟、流れ、呼び方はいろいろあっていいですが、ビリー・マイヤーやゼランドが言うように、やはりそういうところにたどり着いていくだろうという気がします。それは神ではないですね。人間的なところから敷衍させた、ある種のメタフォアとしての人格を持ったような神ではなく、やはり法則としか言いようがないものです。

    ヤス 万人が納得できるような客観性を備えた法則であれば、一番いいんですよ。できるだけ科学でも実証できるし、我々の感性的なレベルから見ても、まさにそうだと合点がいく。そういった超越のまた超越といった法則ですよね。

    西塚 それは何か、ということですが、けっこう今、絞られてきてるようにも思うんです。ひょっとしたらもっと遡って、聖書にも見られるかもしれないようなものであって、第一原理に近いものではないかという気が、僕はするんですね。それを炙り出したり、日々の日常の中から引っ張り出して、統合して、理論化して、論理的に提示していく、という作業が相当重要になると思いますけども、それがほとんどスピリチュアリズムの書籍を見ても、ない気がするんです。言い方を替えれば、ある一面でしかなかったりする。

    もっと大きな第一原理みたいなものについても、ヤスさんにお聞きしたいし、こういう話の中でも浮き出てくるかもしれないと思っているんですね。

    ヤス ただしね、第一原理を言語化した段階でね、やはりそれは言語の概念の世界になるんです。

    西塚 そこなんです。

    ヤス 言語の概念の世界になった段階で、第一原理のいわゆる原理性が失われる可能性がありますよね。限定ということですから。それだけではなくてですね、「絶対善」と「絶対善」の争いに入ってくる可能性もあるわけですよ。私が定義したのが第一原理だ、いやいや私の定義したのが第一原理だ、と。

    西塚 そうですね。そこは、ヤスさんがおっしゃったような、おそらく身体感覚と密接に関わってくると思います。言語化して、それを読めばいいというものではなくて、頭で読んで、体で感じて、日々の行動の中に溶かし込んで、そこでも認識できる、感得・体得できるような何か、だと思うんです。だから武道なども重要なファクターになってくると思ってるんですが…僕はもちろん全然わからないですが、おそらくそういうものだろうなと。ただ、静的なものではなく、動的なもの、ダイナミズムのようなものかと思っています。

    ヤス またね、けっこう科学やテクノロジーの進展が、ある程度のキーになるかなあと思いますね。

    西塚 それは僕も感じますね。

    ヤス 9月23日にCERNで、超高速加速器ですね、素粒子の実験をやりますね。時間を逆行する中性子のようなものが見つかってるわけですよ。おそらく、そういう微小な世界からですね、ある意味で「宇宙の見えざる法則性」というのが出てくるかもしれません。第一原理と呼んでもいいものが、必ず何かの形を持って出てくると思うんですね。

    西塚 歴史を見てもそうですからね。いろいろな法則のいろいろな面が出てきています。

    ヤス あるひとつの科学の領域が出てきてね、他の領域も同時に発見される。そうなったときに、やはり疑い得ないようなひとつの法則性というか、傾向として、宇宙の中に何かがある、といったようなタイプの発見が出てくる可能性はありますね。

    西塚 そうしたものが、人間の感性を規定していくということもあります。影響を受けますからね。考え方、思想も含めて、ガラッと変わる可能性があります。

    ヤス 抽象的な言葉になりますが、「認識論的な切断」と言いましてね、ある意味で、今までの認識が全部切断されて、別な認識といったものが突如として生まれる。

    西塚 そう思います。コンピュータで言えば、書き換えられちゃう。

    ヤス デカルトのコギトの果たした役割と同じようなものですね。世界観が大もとのところで転換する。それに合わせて人間の意識も変わるかもしれない。我々というのは、まさにその流れの中に生きてると思います。

    西塚 ヤスさんはそのあたり、見えてるんだと思います。

    ヤス 見えてはいないですが、感じるものはあります。

    西塚 これからこのミーティングでも、どんどん出していきたいなと思いますが、僕もどこまで話していいか、わからないところがあって…

    ヤス いえいえ、いいですよ、規制は全然ないので。

    西塚 すみません、今日はちょっと漫然としちゃいました…

    ヤス いえいえ、まあ、(西塚が)二日酔いだからしょうがないですよ(笑)

    西塚 今日はありがとうございました。

    ヤス ありがとうございます。どうもどうも。

    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

    筆者のいとこのブログ

    筆者にいとこがスピリチュアル系のカウンセラーになっていたのを最近知ることとなった。以下にリンクする。よろしかったらどうぞ。

    ねもとまどかの「宇宙のゆりかご」

    このブログの基本方針

    このブログの基本方針を掲載しました。記事をお読みになる前にかならず一度はお読みになってください。

    基本方針リンク

    読むとくドットコム

    筆者がコンサルティングにかかわっている会社が子供用の国語音声教材の提供を始めた。子供用だが、実によい名作がmp3の音声ファイルで聴くことができる。大人の心の琴線に触れる作品がとても多い。よいサイトだと思う。よかったらどうぞ!

    読むとくドットコム

    筆者の友人の作家のブログ

    茶房ちよちよ
    駒村吉重のブログ。いつもの飯、酒、より道、脱線、思いごと


    便利な学校検索サイトです!

    海外子女.com

    投稿に関しては以下の方針に従い、どうしても必要な場合以外は削除しないことにしておりますが、他者の人格を傷つける不適切な表現がある場合は例外とし、予告無しに削除し、投稿禁止にする場合もあります。

    意味産出の現場としてのBBSやブログ

    また、私はいま日本で起こっている変化を以下のようにとらえております。もしよろしければこちらもどうぞ。

    いま何がおこっているのか?

    ヤスの英語

    スポンサーサイト

    コメント

    コメントの投稿


    管理者にだけ表示を許可する

    トラックバック

    http://ytaka2011.blog105.fc2.com/tb.php/487-81b58423
    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    «  | ホーム |  »

    私はペット殺処分ゼロを応援しています!ピースワンコ・ジャパン

    まぐまぐ大賞2016

    メルマガ登録 月840円

    メルマガ登録・解除
    未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ
    >> サンプル
    詳細ページへ
    powered by まぐまぐプレミアム
     

    WEB検索

    Google

    プロフィール

    ヤス

    Author:ヤス
    普通の中年のおやじです。

    他の活動:ヤスの英語

    ※注意
    投稿欄としての本来の機能を維持するため、本ブログの管理人が内容としてふさわしくないと考える投稿は、予告なく削除いたします。また、投稿する方自らが自粛していただければ幸いです。

    最近の記事

    最近のコメント

    月別アーカイブ

    カテゴリー

    フリーエリア

    リンク

    このブログをリンクに追加する

    ブログ内検索

    RSSフィード

    フリーエリア

    ヤスの本

    翻訳・監修本

    「神霊の世界に覚醒して」 shaman02

    ハワイの長老が語り伝える先住民族の聖なる知恵 bowl

    社会分析

    望みなき時代の幸福論 koufuku

    日本はこう変わる コルマンインデックス未来予測 nihonkawa

    「マルクスに聞け」(道出版) marx

    コルマンインデックス後 私たちの運命を決める 近未来サイクル cycle03

    コルマンインデックスで見えた日本と経済はこうなる koruma

    語学教育

    日本人が「英語ペラペラ」を本当に実現できる本 (講談社) pera

    通じる英語笑われる英語 tsu

    きちんと伝える英語 tsutaeru

    英文社内メール例文集 shanai

    実践 英文ライティング入門 bizw

    音声読み上げソフトで練習する速読即解英文リーディング sokudo

    「確実に意志が伝わる英会話」 kakujitsu

    ビジネスレター実用フォーマット bizletter

    英会話「英訳」トレーニング cd

    ネイティブはゼッタイ使わない nat

    ビジネスコミュニケーション

    論理的会話トレーニング ronri

    知的論理トレーニング chiteki

    対談本

    宇宙の設定を読み解く[BlackBox]超予測 black

    日月神示の緊急未来予測 hitsu01

    日月神示のサバイバルガイド hitsu02

    フリーエリア