2017-06

    番外編 言語の使用による意識の覚醒1、日本人はなぜ怒らないのか?

    9月1日

    今回は6日で更新できた。いつもブログを読んでくださっている読者の方に感謝する。

    今回の記事

    今回はすでに何回か先送りにした「日本人はなぜ怒らないのか?」の記事を掲載したい。おそらくいま、我々は変化することが要求されており、変化の方向を見いだす上でも、ひとつの指標になるのではないかと思う。

    ただ、これはまだ試論の段階だ。まだまだ再考する余地があると思う。一時的な結論として読んでいただけたら幸いである。

    9月の講演会のご案内

    またビオマガジンから講演会を依頼された。以下の日時で実施するそうである。金融システムの大転換が予測されている第5の夜が終わる。これから何が起こるのか最新情報を紹介しながら分析する。

    日 時
    2011年9月4日(日)
    14:00~16:00(開場13:30)
    会 場 東織厚生年金会館 3階 第1会議室 
    東京都中央区東日本橋3-6-20
    ■JR総武線「馬喰町駅」1番出口より徒歩7分
    ■都営新宿線「馬喰横山町駅」A3 出口より徒歩3分
    ■都営浅草線「東日本橋駅」A3、B2 出口より徒歩3分
    ■日比谷線「小伝馬町駅」1番出口より徒歩7分、
     「人形町駅」A4 出口より徒歩7分
    料 金 前売3,000円/当日4,000円(各税込)

    時間があればぜひどうぞ!

    コルマンインデックス終了勉強会のお知らせ

    今年の10月28日にコルマンインデックスが終了します。日本時間では29日になります。29日に開催予定でしたが、場所が取れなかったため、23日の日曜日に変更しました。

    ヤスの備忘録では、これまでコルマンインデックスのほか、多くの予言や予測を紹介してきました。コルマンインデックスとともに、それらを一度すべて整理し、何が的中し何が外れたのか明確にして、これからさらになにが起こるのか、最新情報を使いながらみんなで予測したいと思っています。

    料金は4000円にしました。参加ご希望の方は事前に筆者までメールをください。

    info@yasunoeigo.com

    日時:10月23日(日)、午後2時から午後5時くらいまで
    料金:4000円(資料代込み)
    場所:てくのかわさき
    川崎市高津区溝口1-6-10
    JR南武線武蔵溝ノ口駅、東急東横線溝口駅徒歩3分


    新しい本の紹介

    今度、また講談社から英語の本を出した。筆者も強く感じているが、やはり英語は仕事では必須となりつつある。しかし、実際に英語を使う相手は欧米人とは限らない。中国や韓国なのどのアジア出身の人々も多い。そのような状況のなか、この本では普遍的なコミュニケーションの手段としてのグロービッシュに注目し、これをマスターする方法を解説した。英語に関心がある方にはぜひお勧めしたい!

    日本人が「英語ペラペラ」を本当に実現できる本 (講談社+α文庫)

    eigohon

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。3日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    予言解説書18の有料配信

    最新版 「予言解説書18」が完成しました。これは、ウェブボット最新報告書、「来るべき未来の形0巻9号」の詳細な要約です。今回は内容が濃く、普段の1.5倍の分量があります。新しい磁極の出現、「ドルの死」の過程などいよいよかと思わせる内容です。入手を希望する方は筆者まで直接メールください。

    info@yasunoeigo.com

    なぜ日本人は起こらないのか?

    間が空いてしまったので、まず前回の記事の内容のおさらいと要約から始める。

    怒らない日本人

    現在、日本は大変な状況にある。対応が遅い東日本大震災の復興、いまだに収まることのない福島第一原発の放射能漏れ、意思決定能力を喪失し迷走する政府、対応のあまりの遅さから拡大しつつある放射能の健康被害など、他の国であれば国民がとっくに切れて怒り出してもおかしくない状況にある。

    だが多くの日本人は、東日本大震災や放射能漏れが過去の出来事であり、何事もなかったようにいつもの日常に復帰しつつある。震災直後には、混乱を起こすことなく、組織的に行動していた日本人を称賛してやまなかった外国メディアも、本来怒るべき状況なのに怒らない日本人に対していぶかがる報道が多くなっている。

    韓国、台湾、フランス、ドイツ、アメリカ、イギリスなどの民主主義を政体とする国家では、政府の政策を修正したい場合、国民が直接的な抗議行動を実施し、意思を政治に反映させることは、民主主義の当たり前の手続きと考えられている。その点から見るならば、意志の決定能力を失い、まともな判断ができなくなっている政府に対して、強く抗議することは当然なのだ。

    確かに、東電や政府に対する抗議行動は日本でも起っている。筆者もそのうちのいくつかに参加した。しかし、起っていることの重大さから見ると、はるかに大規模で激しい抗議運動、それこそ60年安保や、現在のアメリカの茶会派やフランスや韓国の抗議に匹敵する運動が起っていてもなんら不思議ではない。

    「ただちに健康被害はないので安全だ」を繰り返し、事実をとことん隠蔽する政府。土壌汚染の実態を細かく把握しながらも公表を拒む文部科学省。経産省、原子力保安院、御用学者が一体となった原子力村の既得権益集団による事実の隠蔽。年間100ミリシーベルトまで安全だと平気で宣言する御用学者。規制値をはるかに上回る可能性のある食品を平気で給食に混ぜる地方自治体など、これまでの日本の常識ではもはや考えることのできない出来事が相次いでいる。その規模は、戦後のどの時期をも凌駕している。

    なぜ、このような状態に至ってもなお、我々は本格的に怒ることができないのだろうか?いぶかしがる外国メディアの報道もそれなりに理解できる。

    他の文化では盛んなディスカッション

    「怒り」が抗議行動を呼び起こし、責任者を追求し、具体的な変革を実現するためには、単純な感情的な反応として「怒り」を感ずるだけではまったく十分ではない。

    「怒り」はどんな人間でも持つ感情だ。それが具体的な行動に確実に結び付くためには、現実に起っていることを正確に認識し、だれが意志の決定を行い、だれが責任を取るべきなのか、そして何をどのように変えたいのか明確で具体的な認識を持つ必要がある。こうした具体的な認識を持てない場合、たとえ「怒った」としても、その怒りは個人的な感情の枠を出ず、せいぜい飲み屋でよく聞く愚痴のレベルに止まるほかはない。

    怒りがこのレベルに止まっている限り、それは単なるガス抜きとしての怒りに表現にしかならない。具体的な抗議行動に結び付くことなどない。

    しかし他の国の状況を見ると、日本とはまるで様子が違うことがすぐ分かる。人々が広場や盛り場に集まると、すぐに始まるのは、現状に対する見方や意見を交換する盛んな対話(ディスカッション)である。

    教会、学校、公民館、公園、そして個人の自宅が解放されて、社会的地位や年齢、そして性別が異なるさまざまな人達が広範な対話に参加する。アメリカ、フランス、ドイツ、韓国、台湾などの国々では、そのような対話が行われる拠点が、あらゆる地域に当たり前のように存在している。

    ディスカッションには特にルールは存在しない。誰しも社会的な立場ではなく、あくまで個人としての見解を話すことが要求されるのだ。個人の意見を拘束する集団的なルールがまったく存在しないのが特徴だ。


    ディスカッションでは、個人と個人の意見や現状認識がときとしてぶつかりあいながらも、多様な意見の交換から、明確な現状認識と行動の計画が出てくることが非常に多い。

    このようなディスカッションを経過してはじめて、単なる怒りの感情や状況に対する憤りでしかなかった感情が、なにが基本的に問題なのか理解する明確な現状認識へと昇華され、はっきりした実現目標を持つ具体的な行動へと転化することが可能になる。

    こうしたディスカッションの場は社会のあちこちに存在している。多くの人がディスカッションに参加することで、現実に起っていることに覚醒し、現状に対する怒りを確実に行動に結びつけることができる。このような状況の国が多い。

    いまアメリカを政治的に席巻している茶会派の運動も、全米各地のあらゆる拠点で行われているこうしたディスカッションの集まりをネットワークでつなぐことで拡大した運動だ。

    単なるガス抜きとしての怒りのぶちまけ

    では日本の状況はどうだろうか?どの飲み屋に行っても、同じ愚痴と文句が聞こえてくるはずだ。それは、「政治家は国民のことなど考えていない」、「総理を変えるしかない」、「官僚こそが諸悪の根源だ」など聞き慣れた政治批判の大合唱である。もちろん、そうした愚痴と批判は行動の契機にはならない。

    そうした感情としての怒りの表現はいつも同じパターンを繰り返す。まず、なんらかの政治スキャンダルや政治的な問題が明らかとなる。それは、政治家の不祥事、談合、癒着、公共組織の私物化などであったりする。

    そして、マスメディアの追求などで、問題の背後には原因となる構造が発見される。それらは、省庁の省益拡大と天下り先の確保を意図した官僚の暗躍、政務を官僚に依存し官僚に支配される政治家のあり方、そして公共の利益そっちのけで党利党略に奔走する政治家の行動などである。

    裏の事実が明らかになると、観客である国民の対応も決まっている。「待ってました!」、「中村屋」、「橘屋」のような歌舞伎の観衆の掛け声ならぬ、決まり切ったブーイングの嵐である。「いまの総理じゃだめだ」、「国民のことを考えるリーダーに変えるべきだ」、「官僚機構の改革こそ必要だ」、「政治利権を根絶しないとだめだ」、「党利党略の政治家は去れ」などである。どの野次も耳にタコができるほど聞いたものだ。どこの飲み屋でも聞ける。

    そして、こうしたブーイングが国民の間から激しく起こるたびに、謝罪とともに何人かの当事者が処分される。その後は「政治改革」、「制度改革」などあらゆるタイプの改革がスローガンとして掲げられ、その実行を約束する政治家の決意の発言が相次ぐ。「私は身命にかけて実行して見せます!」、「改革はかならず実行します!」などと連呼する声が聞こえる。

    そして1カ月もすると、我々は同じ演目の上演に飽きてしまいブーイングの嵐も改革の連呼もピタッと収まる。すると、なにごともなかったように事態は進行し、だいぶ後になってから結果的には状況は何も変わっていないことが明らかになる。そのときには新しい演目が上演され、観衆は同じブーイングを繰り返し、政治家も同じ決意を連呼しているというわけだ。

    これが、一切の抗議行動には結びつかない、単なる怒りの感情のぶちまけがもたらす循環だ。そこには、抗議行動や責任者の追求を求める具体的な行動を呼び起こすディスカッションの契機はまったく存在しない。

    自立した個人の必要性

    では他の国のように、ディスカッションを通して意見を総合し、怒りを具体的な抗議行動に結び付けるためにはなにが必要なのだろうか?

    その答えはいたって簡単だ。社会的な立場や性別、また年齢の違いを捨て、考え、判断し、行動することのできる自立した個人の存在である。そうした個人こそ、抗議行動の前提となるディスカッションを担える主体となるはずだ。

    集団から突出することの恐怖

    そうした自立した個人は日本では成立しにくい。いたとしてもかなりの少数派であろう。ディスカッションを担える個人は限定されるはずだ。

    ではなぜそうした個人が少ないのだろうか?その原因は、集団から突出することを極端に嫌う、我々自身の恐怖心にある。

    この恐怖心は、どんな状況でも周囲の人の期待を裏切らないように行動し、また発言するということを我々が徹底して教え込まれ訓練されてきたことで形成されたものだ。中学までの義務教育の大きな目標は、これであったと言っても過言ではないかもしれない。

    これは、それぞれの場面で作用している厳格なルールをしっかり覚え込み、それを徹底的に身体に刻み付けることを必要とする。

    われわれの日常は、「交渉の場面」「友人との飲み会の場面」「結婚式の場面」など、さまざまな場面でできているとされる。それぞれの場面には、人の振る舞いや行動を決定するルールがあった。どの場面にも以下の要素がかならず存在した。

    1)立場
    その場面における人の立場

    2)言葉遣い
    立場にあった言葉のふさわしい使い方

    3)振る舞いの原則
    立場にあったふさわしい振る舞い

    4)服装の原則
    立場にあったふさわしい服装

    これらの原則に則って振る舞うと、おのずから「中学生らしさ」「営業マンらしさ」「サラリ-マンらしさ」などの「らしさ」がかもし出されてくる。「らしさ」を醸し出すことは、その人が社会的に信頼できる存在であることの証だ。なぜなら、「らしい」存在は社会のルールをよく知っているので、予想外の行動や突飛な行動はとらないことを意味するからだ。

    こうしたルールを徹底して身につけると、どこに行っても一人前として尊重され、受け入れられる。特に、企業ではそうであった。

    特に、企業のような組織では、社会的なルールをとことん身体化させ、どんな場面においても相手の期待感を絶対にはずさない行動を取れることは、その人間のパーフォーマンスを評価する重要な項目でもあった。「らしい」人ほど信頼性は高まったのだ。

    つまり、こういうことだ。場面のルールを守り、どんな状況でも自分の立場をわきまえて「らしく」振る舞い、他者の期待感に沿った行動をしていれば、集団から受け入れられ、身分が保証されたということだ。

    三つの「らしさ」

    もちろん、このような状況では、集団の「らしさ」のルールを無視し、集団から突出すると、集団で確保された身分の保証はすべて失うことを意味した。

    だが、集団から突出するとは具体的にどのようなことを言うのだろうか?周囲の人々の感情を無視して自己主張することなのだろうか?それとも、他人の気持ちを察しないことなのだろうか?

    そうしたことを意味しているのは間違いない。しかし、「らしく」振る舞うということがどういうことなのか、その意味をもう少し追求すると集団から突出しないことの意味がもっとはっきりするはずだ。

    それは、日本の場面ルールから出てくる三つの「らしさ」だ。以下にそれを見て見よう。

    第一の「らしさ」

    社会的な信頼性を高めるためには、限りなく「らしく」なることがとても重要になる。社会の場面ルールは、「サラリーマンらしさ」「営業マンらしさ」「中学生らしさ」などの大まかな分類をさらに超えて、「住友マンらしさ」「トヨタマンらしさ」など個別の企業の場面ルールにまでさらに際限なく細分化されていった。組織や企業のメンバーは、組織の一員である限り、振る舞いや話し方、そして服装にいたるまで、その組織の正規のメンバーである印を身体に刻印していなければならなかった。だいたいどの組織や企業もこのようなカルチャーのようなものをしっかりもっていた。ここではこれを第一の「らしさ」と呼ぶことにする。

    この第一の「らしさ」は、個人がもともと持っている個性を抑制することで出てくるものだ。営業マンはあくまで営業マンとして振る舞い、客に接することを徹底して訓練されることで社会的に信頼される「らしさ」が出てくる。

    一方、どの個人も、それなりの人生経験で培われた個性がかならずある。ということは、この「らしさ」は、個人がその人生経験でできあがった個性を「くせ」として抑制し、型にはまった「らしい」人格へと組み入れられることで出来上がるものといってもよい。言い換えるとこれは、組織の場面ルールに個人が完全に埋め込まれることで生まれてくるのがこの「らしさ」であるということだ。

    ということは、この「らしくある」ことは、個人にとっては決して快適な行為ではなかったはずだ。ではなぜ多くの人は、このような第一の「らしさ」を積極的に受け入れ、過剰なまでに一体化したのだろうか。それは、規範に一体化し、与えられた「らしさ」を身につければつけるほど、所属する組織の信頼できるメンバーとして受け入れられ、安定と安全を手に入れられたからだ。一言で言えば、どんな人もひたすら我慢して耐え、とにかく「らしく」しているなら最後には報われたというのが比較的に最近までの日本だった。

    第二の「らしさ」

    一方、個性を抑制する第一の「らしさ」でも許された個人の「らしさ」が存在していた。これは、一度社会の規範に組み入れられた個人が、与えられた役割を演じ、それを幾度と無く繰り返す過程でかもし出されてくるズレとしての「らしさ」だ。45度の角度のお辞儀や「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」の掛け声はどんな接客業でも徹底して訓練するが、それぞれの個人がそれを繰り返すことで、最初はみんなほとんど同じだった振る舞いにも、個人の間のちょっとした違いが出てくるようになる。それが個人の「らしさ」になってくる。これは第二の「らしさ」と呼ぶことができるだろう。

    これは、平均的な振る舞いや行動からのズレとして生じてくるものだ。個人のちょっとした歩き方や話し方の相違、それにしぐさや癖に人はその人らしさが現われ、その人独特の「らしさ」が出てくる。「山本君らしい」とか「三浦さんらしい」、または「矢部君らしくない」というのは、個人のそうした本来の「らしさ」からのちょっとしたズレを個人の手触りとしてわれわれが感じているからにほかならない。これは、先に説明した第一の「らしさ」とは根本的に異なる「らしさ」のあり方だ。でも、それが第一の「らしさ」から出てくるズレであるということでは、「らしさ」のルールの脅威とはならない。これは組織では問題なく許容される。

    第三の「らしさ」

    このように、第二の「らしさ」でも個人がもっている本来の個性とユニークさは抑制される。

    一方、ユニークな自立した個人として自分の人生を生きる個性的な「らしさ」は確実に存在する。

    本来自分の人生の意味は、自分で見出すべきものだ。自分の所属する組織や仕事はとても重要であることは間違いない。

    でも自分の人生の目標や生きがいは自分で決めるしかないものだ。こうしたことには、組織や他人によって与えられるあらかじめ準備された答えなどは存在しない。

    人生の「意味」は個人の手に完全にゆだねられており、その「意味」は各人でまちまちだ。とにかく金をもうけることに最大の「意味」を感じる人もいれば、人助けに人生の「意味」を感じる人もいる。一方、仕事が生きがいの人もいれば、仕事はそこそこにして家族が生きがいの人もいるだろう。

    このように、ひとりひとりが人生に見出す「意味」はそれぞれ違っている。こうした人生の「意味」がそれぞれ一人一人の人間としての「らしさ」の原点にあるものだ。だとするなら、この「らしさ」は「個の積極的なユニークさ」と呼べるものだろう。

    おそらく、人生に大きな意義を見出し、個人としてその人にしかできないユニークな人生を歩むことは誰しも持っている普遍的な欲望だ。それはみんな持ち合わせているもっとも基本的な欲望なのかもしれない。これを第三の「らしさ」と呼ぶことにする。

    当然だが、自分の人生の目標や意味が異なっていると、それを実現しようとする行動には大きな違いが出てくるはずだ。金儲けが第一の目標とする人と、人助けに人生の意味を見出している人とでは、おのずから行動に本質的な違いが生じてくるはずなのだ。前者の人はとにかく儲けになるビジネスチャンスを探すだろうし、後者の人は様々なNPOなどに積極的に関わってゆくことだろう。こうしてそれぞれの個人が自分流の行動をとるようになるのだ。

    だが、「らしさ」を強調する現代の日本にあっては、個人が自分の流儀にしたがって行動すると、それは「わがまま」とみなされ、規範からの逸脱行為として排斥されたり、「半人前」としてまともな扱いを受けないかのいずれだった。

    このように見ると、集団から突出するとは、個人のユニークさを追求する生き方のことであった。これは日本では受け入れられなかったのだ。

    そうはいっても、「個のユニークさ」を希求す欲望は普遍的なものだ。どんなに抑制されても、この欲望はそう簡単には消滅しないはずだ。

    ユニークな生き方をしたいという欲望は、個人の心の地下水脈のように、決して実現されない見果てぬ夢のようなものとなっていた。人々は、生活の安定のために自由を犠牲にしていたと言えるだろう。

    「立場」と「らしさ」を優先する文化、内容はどうでもよい

    「怒り」を個人的な愚痴や感情に止めず、集合的な抗議行動へと昇華させるためには、社会的な立場や性別、年齢にはこだわらない活発なディスカッションを通して多くの意見を総合し、多くの人が共有できる現実認識と行動計画を作り出して行かねばならない。これがどうしても必要になる。

    そしてそうしたディスカッションを実現するためには、「立場」や「らしさ」にはとらわれない自立した個人の存在がどうしても必要になる。いわば、第三の「らしさ」が必要になるということだ。

    だが、「立場」と「らしさ」を優先する現代の日本の状況では、こうした自立した主体は育ちぬくい。

    しかしそれだけではない。「立場」と「らしさ」を優先する状況では、ディスカッションで必要になる内容のある意見が形成されにくい状況にある。

    それというのも、この状況では、個人が話している内容よりも、「立場」に合致した話し方の形式がより重要視されるようになるからだ。つまり、話している内容よりも、どう話しているのかが日本語の文化では重視されるということだ。

    極端なことを言えば、結婚式のスピーチのように、たとえ話しそのものには内容がなくても、「立場」をわきまえた適切な話し方をしていさえすれば、会話として受け入れられてしまうということになる。内容はどうでもよいことになる。

    勢い、このような状況では、話の内容ではなく、怒っているのか、悲しんでいるのか、喜んでいるのかなど、気持ちの表現こそが重要になってしまう。話の中身ではない。

    一方、建設的なディスカッションが成立するためには、自分独自のものの見方や価値観を表現できることがカギになる。ディスカッションでは、「立場」や「らしさ」、そして気持ちはあまり重要ではない。何が言いたいのか意味の構築こそがものを言う。一貫しており、分かりやすい意見こそ、もっとも尊重されるし、多くの人が共有できるものの見方の形成を促すものだ。

    残念ながら、「立場」と「らしさ」、そして話の中身ではなく、話の形式を重んじるいまの日本の状況では、内容と意味のあるこうした話は成立しにくい。残念ながら、これが現在の日本の状況だ。

    待ったなしの状況

    3.11以降、日本が危機的な状況にあることはだれの目にも明らかだ。日本の社会システムを担っているさまざまな組織の中枢が崩壊し、まともな意思決定が不能になった状況だ。代りにそのような組織や機関では、既得権益を持った複数の集団の利害調整で意志が決定されている有り様だ。

    既得権益を持つ集団以外、組織をコントロールできる権力を持った集団は存在しない。そのため、組織や機関が機能不全を起こしているからといって、外部からそれを改革したり廃止したりすることが基本的にできなくなっているのだ。現在の政府、また経済産業省などの省庁や東電などの巨大企業はその典型だろう。

    この状況を本格的に変え、新しい環境に現実的に適応できるシステムを作り出して行かない限り、おそらく我々の国は絶対的な終着点まで行き着くほかなくなってしまう。その後はさらなる自己崩壊を待つしかない。改革するのは待ったなしの状況だ。

    我々の本格的な怒りに基づく抗議行動

    そのような状況を打破し、新しいシステムの形成へと向かう流れを作るものがあるとしたら、それはひとつしかない。これまで書いてきたように、我々の本格的な怒りに基づく一貫した抗議行動だけであろう。

    筆者は決して考え方に賛同するわけではないが、アメリカの茶会派の国民運動は、2009年頃に始まり、まだ2年の歴史しかないにもかかわらず、巨大な国民運動に成長し、オバマ政権を脅かす存在になっている。いまの日本の危機的な状況では、このくらいの規模の運動は起ってもおかしくはない。

    新しいリーダーを待望しても土台無理

    新しいリーダーの待望論はもう何年も前から存在している。危機を打開し、変革を成し遂げられる能力のあるリーダーが必要だということだ。そのようなリーダーを探して、2007年くらいから一年に一人の割合で総理を変えてきた。

    しかし、新しいリーダーなぞ出現するわけがないことは誰しも百も承知だ。上に書いたように、日本の中枢を握っているどの組織や機関も、既得権益を持つ集団の間の利害調整で意志が決定されている。中心のリーダーの位置は絶えず存在するのは空白なのだ。その意味では、戦前の大本営とほとんど状況は変っていない。

    リーダーは組織を象徴的に代表する神輿にすぎない。小回りの効く中小企業やNPOは異なるが、大きな組織では官僚組織であろうが巨大企業であろうが、現在の日本型の組織はすべてそうだと言ってもよい。

    既得権益を持つ集団の間の利害調整にリーダーが介入し、リーダー自らが組織を変えようとすれば、リーダーはたちどころに既得権益の集団に包囲され、完全に動きが取れなくなる。

    このような状況だ。リーダーを期待しても基本的には無理なのだ。

    民衆の怒りの抗議運動が唯一の希望

    ではこのような状況で本当に意味の変革を実現する可能性があるのはなんなのか?それは、我々の激しい抗議行動を通して政治家に働きかけ、政治家をこちらが支持することで彼らに十分な力を与え、既得権益の集団の包囲を突破してゆくことだろう。

    60年の安保反対運動、70年代の公害反対運動、90年代の反エイズ運動やハンセン氏病運動などは、国民の直接行動が政治を大きく動かした近年の歴史の好例だ。運動の盛り上がりで、状況は根本的に変ったのだ。あれほど日本で騒がれた70年代の公害は、もはやいまでは存在しない。

    日本は、おそらくもう待ったなしの危機的な状況に来ているはずだ。いま、我々が本格的な抗議運動を始めなければ、おそらくこの国は崩壊点まで行き着くだろう。

    ではどうしたらよいのか?

    まずは、怒りを個人的な感情に止めることなく、これを多くの人が共有できる現状認識や価値観へと昇華し、抗議行動へと結び付けられるような対話を実践しなければならないだろう。それを、自立した個人が希薄な現代の状況で実行しなければならない。そうして、飲み屋の次元の愚痴の循環から、解放されなければならないのだ。

    ディスカッションで自立した個の出現

    では、自立した個人が希薄な状況でこれは本当に実現できるのだろか?筆者はできると考える。先にディスカッションの手法をマスターすることで、個の自立が促されるという逆の方向をとることも可能なはずだ。それがどういうことなのか、順を追って説明しよう。

    説明力の養成

    ディスカッション的な対話は、感情や気持ちの表現とは基本的に異なる。自分の意見を組み立て、相手に分かりやすく説明する説明的なコミュニケーションを要求する。自分の意見や現状認識がきちんと説明できてこそ、それぞれの異なった考え方や意見の交流から、多くの人が共有できる、より一般的な考え方や現状認識を導くことができる。

    どのような抗議行動も、現状認識や考え方のこうした共有がなければ成立しない。その共有を実現するものこそ、単なる感情の表現とは異なる、相手に向けた意見の分かりやすい説明なのだ。

    価値観や意見を共有しない他者の存在

    では、そのような説明力はどのように養成できるのだろうか?価値観や意見を共有している人々が相手なら、説明力の養成にはならない。なぜなら、考えを共有しているので一言言えば分かってしまい、意見を分かりやすく説明する必要がないからである。

    ディスカッションのために必要となる説明力を養成するためには、価値観や意見を共有しない他者の存在がどうしても必要になる。

    そのような他者はこちらの言っていることを理解できない。こちらにとって説明する必要がない常識や価値観を共有していないからだ。たとえば次のような感じの会話になる。

    A:新しい課長はどう?
    B:かなり自己中よ。締め切りで部下はみんな残業しているのに、自分の仕事が終わると一人だけさっさと帰ってしまうのよ。
    A:でも自分の仕事は終わったんでしょう?だったら帰っていいんじゃない?
    B:でも上司なのよ。部下のめんどうを見なくていいの?
    A:なぜめんどうを見なくちゃ行けないの?指示だけだしていればいいんじゃないの?


    こんな感じの会話だ。ここでBは、「上司は部下のめんどうを見る責任があるので、最後に帰るのが当たり前」と考えている。Bにとってはこれは常識だろう。

    だがAはこの常識をまったく共有していないのだ。共有していないので、AはBがなぜそのように考えるのかが分からない。

    これが他者との会話である。互いの相違を乗り越えるためには、Bは自分が「当たり前」と信じている自明の常識を説明しなければならない。

    説明は具体的で論理的

    そして、説明は常識を共有しない相手でも分かるように、とことん具体的で論理的でなければならない。説明が少しでも漠然としていては、相手には理解されない。たとえば次のような例だ。

    A:なぜめんどうを見なくちゃ行けないの?指示だけだしていればいいんじゃないの?
    B:え?上司が部下のめんどうを見るのは当たり前でしょ。そんな常識も知らないの?
    A:どうしてそれが常識なの?ぜんぜん分からない。


    これではディスカッションにはならない。相手が分かるように説明するためには、次のように具体的で論理的に説明することがどうしても必要なる。たとえば次のような例だ。

    A:なぜめんどうを見なくちゃ行けないの?指示だけ出していればいいんじゃないの?
    B:私の部署は設計でしょ。ひとつの機械をみんなで手分けして設計しているのよ。そして、毎月の納期は絶対に守らなければならないのよ。だから、部下の仕事を手伝って納期に間に合わせるのは上司の責任として考えられているのよ。そんなとき、自分の仕事が終わったらさっさと帰ってしまうというのは、上司の責任を果たしていないことになるのよね。

    ここまで説明すると、常識を共有しない相手にも確実に伝わるはずだ。

    具体的で論理的な説明は自己発見を促す

    さらに、このような具体的で論理的な説明は、これまで自分では意識できていなかった考えや価値観に、説明をしている本人自身が気づく、いわば覚醒を促す。

    その結果、自分がどのような価値観を持ち、なにをどのように考えているのか明確に意識するようになる。「そうなのか。私はいままでこのように考えていたのか!」という、いわば自己の新しい側面を改めて意識的に見いだす自己発見だ。

    意識されていなかった部分に意識の光りが当たる覚醒

    このような自己発見とは、これまで意識することがなかった自分の側面に意識の光があたり、これを意識化することで、自分が本来どのような存在なのか自己意識が高まる過程を意味する。

    たとえば、次のような自己イメージを持った女性がいたとする。

    私は結構おっとりしていたりもする。そして少しおっちょこちょいのところもあるのでたまにミスするけど、基本はまじめで頑張り屋だから人から信頼される。

    ここにある「おっとり」「おっちょこちょい」「まじめで頑張り屋」などの用語がすべて具体的に説明され、さらに話の内容が論理的にまとめられると次のようになる。

    ちなみに論理的な説明とは、前提となっている原則を現実の出来事に適用し、結論を導く三段論法の方法である。

    原則
    両親の愛情をいっぱい受けた家庭で育つと、子供は深い幸福感を感じる言われる。こうした子供は、楽観的な性格を持ち、細かな失敗をあまり気にせず、自分のペーズで生きて行くことを好むそうだ。

    事実
    私は両親の愛情を一杯与えられて育った。

    結論
    だから、私は人との激しい競争の関係に入ることは苦手で、自分のペーズで生きることのほうを好むほうだ。だが、ものごとの全体像を捕らえることは得意だけど、細部を見落としてしまうのでたまにミスを犯すことがある。でも、与えられた仕事は真剣に努力してやり遂げるので、人からは信頼される。


    意識が拡大し、異なった世界に住む

    このような具体的で論理的な自己意識は、前者の「私は結構おっとりしていたりもする」の意識とは根本的に異なった世界の見方をもたらす。

    前者の漠然とした意識では、周囲の世界は「冷たい」「暖かい」「柔らかい」「悲しい」「うれしい」などの情意とイメージで受け取られる。

    それに対し後者の、自分の細部まで意識化された世界は、出来事やものごとの因果関係がはっきりし、なぜそうなったのか明確な世界である。

    このような意識のしかたの違いを、福島第一原発の放射能漏れ事故に当てはめて見よう。世界の見方がいかに異なるかが分かるはずだ。

    漠然とした世界の見方

    多くの子供が放射能でこれから苦しむなんてなんと悲しいことなのだろう。これは絶対に許しておいてはだめだ。あまりに悲しすぎる。事故を起こした東電はきちんと責任を取り、みんなを元の生活に戻してほしい。

    明確な意識


    政府は、経済産業省、電力会社、そして御用学者が形成するいわゆる原子力村の結束を突破できず、正確な情報が彼らに握られてしまったため、迅速な対応がまったくできなかった。この結果、放射能汚染は拡大し、特に多くの子供たちが影響を受けるはずだ。まずは東電に圧力をかけて、現状がどうなっているのか情報の公開を迫るべきだ。

    この2つの例を見ると、前者は「この悲しい気持ちと状況をなんとかしろ!生活を元に戻せ!」と受動的な要求に終始するのに対し、後者の意識では、「情報公開のために東電に圧力をかける」という具体的な目標を持つ行動となって現れる。

    あまりに長くなるのでいったんここで記事を止める。できるだけ間が空かないように、数日以内に更新するつもりだ。

    これから、説明的な言語使用とディスカッションによる、個の覚醒の過程を具体的に解説する。おそらくいまの我々に必要なのは、こうした意識の覚醒であろう。

    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書かせてもらっているが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

    筆者のいとこのブログ

    筆者にいとこがスピリチュアル系のカウンセラーになっていたのを最近知ることとなった。以下にリンクする。よろしかったらどうぞ。

    ねもとまどかの「宇宙のゆりかご」

    本の出版のお知らせ

    また本が出ます。前著の続編にあたる本です。今度は今のシステムのつっこんだ解説と将来の予測です。よろしかったらどうぞ。

    「支配ー被支配の従来型経済システム」の完全放棄で 日本はこう変わる コルマンインデックス未来予測[2020年までの歩み] (ヒカルランド)

    nihonn

    筆者の友人の作家のブログ

    茶房ちよちよ
    駒村吉重のブログ。いつもの飯、酒、より道、脱線、思いごと


    また本を出版しました。今度は徳間書店からです。今回は、このブログの内容を大幅に加筆修正し、未来予測を行った本です。よろしければぜひどうぞ!

    未来予測コルマンインデックスで見えた 日本と経済はこうなる(徳間書店)

    koru

    今回、講談社から英語本を出版しました。通勤途中に電車の中で軽く読める本です。ちょっと英語に興味がある人はぜひどうぞ!

    通じる英語 笑われる英語

    eigo

    「いったい世の中どうなっているんだ!こんな時はマルクスに聞け」(道出版)

    体裁としては「資本論」の解説書のような本だが、マルクス礼讚の本ではない。われわれはこれからなんとしてでもサバイバルして行かねばならない。そのための状況認識のための書として有効だと思う。よろしかったらぜひどうぞ!

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    いま何がおこっているのか?

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    テーマ:歴史と予言 - ジャンル:学問・文化・芸術

    コメント

     もう空気なんか読みすぎないほうがいいんですよ。空気読んでたら 命にかかわるし、変革のために行動を何も起こせない。
     私たちの集合無意識に変革が起こらない限り、また災害や人災は起こります。
     放射能や原発については、人類がじわじわと滅んでいくかどうかの瀬戸際だと思います。
     心ある人は行動しましょうよ。それが、日本の集合無意識に影響を与えると思っています。それが、福島や汚染の高い地域でこれから起きる悲劇への、せめての希望だと思います。福島の人はローンがあったり借金があって逃げれない人がたくさんいるんです。
     明日は我が身です。地震におびえる人が多いなら、本当にお願いです。
    あなたの力はあなたが思っているより、とても大きく 世界を変える力が本当にあるんです。
     

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    会社に時間を取られて疲れるし、サラリーマンらしくなければ就職できないか、社内の立場が悪くなる
    会社は、自社に対する献身以外のことにうつつを抜かすサラリーマンを望んでいない
    職や立場という弱みが拘束力を持っている

    最近の日本のデモやイギリスの暴動を見ても、怒って行動するのは失うものがない人達だ
    そして失うものがない人達が増えているから、今まで以上に大きな動きにもなるだろう
    社会からどのような立場も与えられていない人は動きやすい

    ただ現状に生かされている人々は動かない
    結局、変革とはいっても破壊であり、今の社会に生かされている人々は、本質では破壊を望んでいないのだ

    気の持ちようで変わる問題ではないと思う

    理想主義者と現実主義者の論争ですか

    結局はそうなるんですよね
    でも何も変われないし、お互いが分かり合うもできないでしょう。歴史が証明している
    目指してる目的地が根本的に違う

    分かり合おうとするだけ時間の無駄でしょうか

    Japanese

    日本人に関する '有ること' と '無いこと'。

    感性があって、理性がない。
    感想を述べるが、理想を語らない。

    現実の内容はあるが、考え (非現実) の内容はない。
    事実は受け入れるが、真理は受け入れない。

    実学 (技術) は盛んであるが、哲学は難しい。
    実社会の修復はあるが、理想社会の建設はない。

    現実の世界は信頼するが、非現実の世界は信じない。
    現実の内容を再現すれば、それは模倣である。
    考え (非現実) の内容を実現 (現実化) すれば、それは創造である。
    模倣力はあるが、創造力がない。

    「今ある姿」を語るが、「あるべき姿」は語らない。
    私語・小言は好むが、公言・宣言は好まない。
    歌詠みは多いが、哲学者は少ない。

    丸暗記・受け売りの勉強はあるが、考える力・生きる力がない。
    学歴はあるが、教養はない。
    序列判断はあるが、理性判断はできない。

    学歴は序列判断の為にあるが、教養は理性判断の為にある。
    学歴社会というのは、序列社会の言い換えにすぎない。
    序列順位の低いことが恥と考えられている。サムライ社会のようなものか。
    理性がなくても「恥を知れ」(Shame on you!) と叱責を受けることのない恥の文化が存在する。

    民の声を代弁する議員は多いが、政治哲学はない。
    総論 (目的) には賛成するが、各論 (その手段) には反対する。

    理想 (非現実) は、現実に合わないと言って受け付けない。
    現実の内容を根拠にして、理想を捨てる。
    意見は個人個人で異なる。だが、小異を挙げて、大同を捨てる。

    恣意 (私意・我儘・身勝手) が有って、意思がない。
    恣意の力 (大和魂) に期待をかけるが、意思の力は認めない。
    意思決定は困難を極め、多大な時間を浪費する。

    「個人の意見は通らない」と言うが、個人を選出する意味が理解できていない。
    意思があれば、手段がある。意思がなければ、手段はない。

    この国には、何でもあるが、ただ一つ夢 (希望) がない。
    この国には、現実はあるが、非現実がない。
    日本語には現実構文の内容だけがある。日本語脳は、片輪走行である。

    http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
    http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

    人間が、変化をのぞまなくても、地球をとりまく宇宙は変化している。
    次元を超える変化の時期です。
    そんなとき、身魂を磨く必要があります。

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     ヤス様、気魄のこもった長文ありがとうございます。薄っぺらいこの世の中で各人の覚醒が起こったとき、本来の日本が持っていた重層的で神秘的な精神世界を取り戻す事ができるのでしょう。現代の日本人は視界30センチで生きているように見えます。思考の奥行きも30センチでしょう。より深い思考はより広い視野を与えてくれます。その上でどう生きるか考え直さなければならないのでしょう。

    素晴らしい

    いつもブログの更新ありがとうございます。
    的をついた考察だと思います。
    素晴らしいです。
    ヤスさんの言う通りに、年齢、性別、地位、身分に関係なくフリーにディスカッションができる体制が迅速に整えられなければ、日本はお上の思うつぼであり、沈没するのをただ見るだけかもしれませんね…

    想像は創造

    noga氏のご指摘は、おおむね理解できるが、最後の

    >日本語には現実構文の内容だけがある。日本語脳は、片輪走行である。

    は、受け付けられない感じがします(拒否感が働く)。
    noga氏のご指摘は、まったくWW2後の、占領政策における、日本人スカポンチン洗脳教育の賜物と思われる。この占領政策はいまだ続いているのです。

    しかし、最後の拒否感が働く文面は、日本人が日本人たらしめるものが日本語の波動に籠もっているからだと想う。日本と言う島国で、何百年、何千年と生きていると、生物は、その土地の気に染められます。縄文後期に大陸からの侵略者によって、日本の先住民は追い立てられたという事が、禁書となっている竹之内文書などでいわれています。

    本来の先住民である縄文人を侵略して、弥生時代を築いた侵略者は、日本という島国に居住する事により、日本の気に染まっているのであり、また、先住民との混血も謀られている事でしょう(特定の支配階級は混血は無いと想うが)。

    そして、侵略者と日本の先住民との間に交わされた言葉が日本語になっているものと想われる。世界各国で、言葉を統一しようとする動きがあります。この事は、その土地の気がしみこんでいる波動を消し去る事を目指しているのではないかと想う。テレパシー能力を封印されている今日、言葉は大切です。それも、その土地の波動が充実している言葉は尚更の事です。

    日本では「行間を読む」ということが言われます。また『言わずとも、解るだろう』という暗黙の理もあります。この事は、太古の昔のテレパシー能力が使えたときの名残りではないかとも考える。「以心伝心」とも言われるが、日本人(倭人)にとって、テレパシー能力はそれほど特異な能力ではないのですよ。潜在意識的には普通の能力として認知されている物だと思う。

    日本語脳が、方輪走行どころか、英語脳の一輪車に及ばない、四輪走行の言葉です。日本語の波動により、日本人には西洋人にはない感性があります。風流心といえばよいか、擬人的な表現も出来、四季折々の生物の音色にロマンを感じるのです。ロボット化し、情報を入力されるだけの末端のコンピューター化した西洋に憧れるようなお人形さんになると、とたんに白か黒か、善か悪か、利益があるか無いかの思考になって仕舞います。

    言葉、文字は大切な文化であり、その土地の波動を受け継ぐ物と考えています。

    やまとさんの仰ること、その通りだと感じます。
    日本語は深い。
    言葉は大切。右脳と左脳をつなぐ役割を担っている存在。

    日本人にはもともと、民主主義が合わないんじゃないかと思います。
    欧米のシステムや考え方が合わないというか。
    民主主義を前提にするなら、確かに意志表示、思考力、対等な立場での意見交換は必須なのかもしれないけど、その前提を外したら、感覚的で全体主義的な日本人の資質に合った国家体制を求めるという選択もあるのでは。

    あるいはすでに日本人は、民主主義ではない体制を求め始めているのかも。
    市民が怒って行動して選び取る国家体制は視野から外れつつある…。

    何かを変えるためには、戦って勝ち取る、きちんと意志表示して選び取るという以外の道も、きっとあるんだと思います。
    カギを握っているのは、次の世代を担う若い人たちでしょうね。

    自然界のすべてを八百万の神と尊重して、人間も自然界の一部でしかないと理解して、自然界で共存共栄して静かに暮らす。
    縄文時代はそんな時代だったでしょう。
    その後も市民レベルではそんな暮らしが続いてきたのだと想像します。
    現代でそんな暮らしを実現するための体制はどんなものか、まだ分からないけど、コルマン・インデックスを信じる私としては、統合された意識に進化したら、民主主義は違うんじゃないかと考えるので、日本人が他地域に先駆けて進化しつつあることの表れが怒らなくなった理由の一つなんじゃないかと考えたりしています。

    私は旧世代なので、すぐ怒って行動しますけど^^

    ヤス様
    いつも有意義な記事を拝読させていただきありがとうございます。

    私は、地域の共同体に積極的に取り組んでいることもあり、外国人、老若男女の友人・知人が多く、それぞれの立場をほったらかしにして様々なことを討議・討論する機会に恵まれております。ここのコメント欄もそういう場に近いのではないでしょうか。
    最近、まさに今回の記事の内容のようなことを考えておりました。頭の整理をさせていただきました。

    日本は、新しい「討議・討論」の仕組みをつくる可能性を秘めていると考えています。そのためにはまず己を正しく知ることではないでしょうか。鍵は日本語の中にある「言霊」だと想います。

    このサイトをみてください。特にコメント欄
    ネットでは熱くしゃべっています。なぜ、ネットなのか。それはテレビでも何でも自由だから。

    そして日本人が臆病だから。だから、武士道が生まれた。
    ネットで叫ぶ者、社会で働くリーマンは忙しすぎてそれらの現実をみることはできない状況である。
    頭脳はネットに借りて、今こそ大人数でデモを起こすしかないのが現状。
    http://cmsk.blog.fc2.com/blog-entry-141.html

    アメリカなんて、医療費や保険が高額で病気もできんし、中国は独裁政権でいつ崩壊するか分からん。
    EUも破綻しかけの国ばかり・・・。

    弱者に徹底的に厳しい社会は必ず消滅する。

    世界に出ると分かるが、
    日本は大国だ。
    アメリカほどではないが、フランスやドイツよりは確実に頭一つ上。
    ロシアや中国も影響力あるが、彼らは嫌われ者だ。

    損得勘定はともかく、
    若い人には、大国の国民らしく大きな人生を歩んで欲しいね。
    世界で最も通用するパスポートをもらえるんだ、あとはやる気だけ。
    --ロシア在住--

    日本人は洗脳されすぎている。
    そして、真実を自分で見つけるといったことができない状況である。それは日々の会社のプレッシャーがあるためである。土日は疲れてそのことに従事することができない。

    日本の社会が日本人を3倍働かせている。
    そして社会を変えるには政府が指示をださねばいけない。
    政府が無能なら徹底的に目的のあるデモをしなくてはならない。人権問題に関わる。
    そうでないと最大幸福社会にはならないのである。何のための目的かをハッキリと主張することで、賛同して一緒にデモをする人は増えるのである。こないだのフジテレビデモがいい例だ。ニコ動の視聴で10万人もいるということはそれだけその事実を知っている人がいるのだ。企業はリスク管理としてその点を視野にいれるのは間違いない。不買運動でもされたら大打撃なのである。
    効果は絶大なのだ。まさに革命だ。

    日本人はもっと自分の個人の人権を主張するべきである。人権を無視したような社会はこの時代にあわない。先進国のやるべきことではない。文明のレベルがうかがえる。

    アメリカは徹底的に日本人をつぶす。
    最も恐れているのが日本人だからだ。
    ユダヤは破壊し、スメラは立て直すのだ。

    長くて失礼w

    そうかな~?

    今回の記事は何度読んでも違和感だ。
    論旨の土台になってる「常識」が違ってる。

    とても欧米人的、男性的、左脳偏重。

    今回の状況に怒りを感じて当然?
    私は怒りを感じていない。

    抗議行動が状況打開のただひとつの手段?
    手段がひとつしかないなどありえない、抗議行動は暴力によるコントロール。
    戦って勝ち取る・・歴史は繰り返す。

    論理で武装はできるけど、それで人は動くだろうか?
    論理は愛を超えられない。

    日本人に足りない用に見える性質があったとして、欧米文化を見習ったり借りてきて再教育するやりかたはもう違うと思う。

    もっと日本人の特徴のよりよいものに光をあててそこを輝かせたほうが、日本はうまくいく。

    女性を男性のように論理的に仕立て上げたり、そうあることを評価していたら、ああ、ほら金玉ブログでもこんな記事がhttp://goldentamatama.blog84.fc2.com/

    もともとの形を認めていくところから。

    なぜ怒るのか?

    権利意識があるからかな~。
    そのとき責任は相手にある。




    今回の震災の福島の原発に関して言えば、周辺住民や自治体は事故前までに原発がらみで”かなり”の直接的、間接的な経済給付を受けてきている。つまり、原発被害の先払いのように既に受け取っており、雇用も大量に周辺から原発関連にいい待遇で雇われている。近所や親戚に誰かは東電関係者がいるような状況で、「悪くは言えない」立場になっている。

    地理的に少し離れた畜産農家は抗議デモを行った報道がされている。

    国民性の前に自治体と住民も取り込まれた「原発村要因」を全く考慮していないことに今回の記事には同感できません。

    気にかかります

    太平洋プレート周りが右回りに地震が起きてます。
    嫌な気分です。

    アリューシャン列島でM7.1=津波警報発令
    http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011090200796

    怒りについて

    女だから男性的考えだから、民主主義だから日本語だから…なのでしょうか。
    途中どなたか仰っていたように
    「怒る=責任は相手にある」という見方は多くその現場を見て当を得ているかと思います。

    私は何カ月か前にrobert様を相手に「怒り」で投稿をいたしました者です。
    まずrobert様に謝らなければと思います。最初に私の投稿にご意見戴いた時点で、おそらくはrobert様が原発の存在等に反対を呈されてきたかたであろうと察しはついておりました。失礼を承知でなじるような投稿をしたのは、実は或る別の方の投稿を止めたかったからです。
    その方はご自分のブログで、福島の原発の件や地震に関して政府・(御用)学者・マスコミに対する怒りを書いておられました。
    私はそれまでその方を尊敬しておりましたが、その記事内容に「怒る=責任は相手にある」というおそらくはその方も自身でそのリレーションを気付いておられないと思える、考えを感じ取りました。
    二本目の投稿は、その方に下記のことに気付いて欲しいがために落としました。
    本当にrobert様には不当なものであったと思います。ごめんなさい。大変申し訳ない。

    私は「怒る」ということは意識的・そして多くは無意識的に「責任は相手にある」と考えているのだと思います。
    そして「私側にはその責任は、無い」と。
    本当にそうでしょうか?
    上の方の場合(robert様ではなく)、私から見て原発の問題を完全に自分に責任がないことにしていると感じられました。
    確かに一市民であれば、政府・(御用)学者・マスコミに絡みはない人がほとんどです。
    が、その人よりおそらくは年代の下がる日本が原発を許した時代に参政権すらない私達の世代から見れば、その方達が便利を貪るをとり怠惰にもその権利を持って阻止してくれなかったことこそが、罪です。
    それを「非は我にあらず、他にあり」とするのは、未来へ続く子孫やその環境にとって、あまりに無責任であるといえます。
    それは、今や参政権もある私も等しく被る、罪です。

    ヤス様の1日の記事を読むに、私が思うのは現代において人々は、自分自身はどのような考えを持っているのか?ということに、あまりに無意識だということです。
    多くは親のしていたような考えを無意識にしています。親の考えを毛嫌いする人もいますが、「嫌い」はそれに注目していないと起きない感情なので、その影響下にあることには変わりないものです。
    その親もまた同じ、そしてそのまた親も…連綿と続く家系の感情や考えを常識のように引きついでいく人がいかに多いことか。
    それは日本人でも、欧米人であってもあまり変わらないように思います。
    日本人以外の国の方、特に古くからの民族の移動が容易だった土地の方は、他人に対する反応に「あうん」を選ぶことを良しとしないのは確かにありますが、他に対する単なる「反応のクセ」という域を出るか出ないかは、地域性や言葉の成り立ちではなく、いかに本人が連綿と続く「血の考え」や漠然とある「世間の常識」から意識的に縄抜けしているかではないでしょうか。

    私はその縄抜けの機会は、自身がイヤだと思うこと・怒りを覚えることの内にあると思います。
    何か言われて感じる「怒り」の感情は、「真実を言い当てられた」ときにこそ起こるとききます。
    それはそこにまだ己が意識的に解決していない、無意識的な感情・考え方の回路があることを示しているのです。
    「怒り」でそれを覆い隠さずに(不当な扱いについて反論することは必要ですが、ここでは己の心の中の話です。)、それをつきとめることができれば、おそらくは怒りに心身をまかせるよりもずっと多くの豊かな解決策があがってくるのではないのでしょうか?

    もうそちらへ向いて日本の一部は、あの大地震と原発事故を境に走り出しているように思います。
    いつまでも怒りと相撲をとっている人はいらぬ争いが邪魔になりさえすれ、未来のためにはあまりためにはならないと思えます。
    それは正に、震災ほったらかしで政争攻防に明け暮れているとののしられる国会議員達の姿と同じ、つまり同じ穴のムジナです。

    食糧自給への努力

    3投目失礼しますが、さらに言いますと、私はもう怒り方向にエネルギー注ぎ込んでる余裕がないのかもしれない。
    どう生活を立て直し、子供を育て、教育し、場合によっては移住し、どうやって健康を保って幸せに生きていくか、食べていくか・・、今と少し先の未来に目いっぱいエネルギーを注いでいます。誰のせいかとか、誰かに何とかしてもらおうとかまったく考えていません。
    とにかく動いていかないと。自立して、協力し合って、生きていくんです。
    放射能対策もこれからの食糧の問題も、切実で今すぐの行動が求められてる。
    私はこっちに力を向けます。
    たとえばこれhttp://ameblo.jp/calseed/entry-11003647058.html
    よんでみて。

    >今回の震災の福島の原発に関して言えば、
    >周辺住民や自治体は事故前までに原発がらみ
    >で”かなり”の直接的、間接的な経済給付を受け
    >てきている。

    じゃぁさ、東京で使う電気は全部東京で作ってよ。
    東京の連中だけが使う電気(東電の)の発電施設は
    地方にあるのが殆どなんだよね。全部地方に押し付
    けておいて、その言い草はないんじゃない? 

    お宅らが使う電気を発電している東電がどれほど
    自然破壊をしているかなんて知らないよねぇ・・・?????

    それに、原子力発電は自前でエネルギー調達が出来ない
    「日本」の国策として推進してきた経緯があるんだけど、
    そんなことも知らないよねぇ。
    ウランでさえ輸入に頼っている。これも知らないか・・・・。

    迷惑してんのは本当にこっちなんだよねぇ。
    被爆だなんだってグダグダ騒ぐ東京の連中多いけどさ、
    本当に被爆してんのは福島県民なんだよねぇ。。。
    お宅ちゃんと理解してる?

    経済の中心だとか国策だとか、首都だなんだって如何でもいい理由こじつけられて、原発施設を受け入れてはみたものの、この有様。
    東京の連中だけが使う発電施設が起こした、恐らく今世紀最大の原発事故・・・
    起こった以上は付き合っていかなきゃなんないって?
    ふざけた話してんじゃねぇよ。

    民族特性

    やすさん 皆さん こんにちは

    「怒らない」日本人が悪いような雰囲気の世界の意見ですが、其々の民族特性があります。狩猟民族の特性、農耕民族の特性、技術系民族の特性、文系民族の特性・・・と。其々の民族が暮らしている土地の気に染められて、特徴ある民族が出来上がっているのです。日本民族が「怒らない」のはおかしいといっているようですが、その日本民族の特性を利用して、WW2以降、欧米は日本から搾取を重ねてきたのですよ。国債の購入、寄付金の拠出・・・とね。農耕民族であり、技術系民族である日本人の特性を利用するだけ利用して、利用出来なくなって来ると、自爆させるような誘導をしているとしか思えない。「怒らなければならない」・・・とね。

    「怒る」「怒らない」の選択権は日本人にあるのですよ。このような事まで強要される事はないと想う。欧米の方は、自分たちの感情、行動を基準にして指摘されているだけですが、そのような行動になれていない日本民族は、まさしく「猿真似」をすると自爆してしまいます。

    現在の状況は非常に厳しい状況になってきています。日本人大虐殺政策を粛々と推し進めている民主党政権ですが、それ以外にも、日本人に対する規制法案が次々と可決されてきているのです。

    だからこそ、一人ひとりが自覚を促されているのだと想う。一人ひとりが自身が理想とする世界とはどのような世界なのかを、しっかりと、想像する事により、現実に向けての行動指針が見えてくるのです。この事は、一人ひとりが、一人で考えなければならないことです。他人と相談すべきことではありません。相談する、集団になる・・・この時点で誘導が始まります。しっかりと、自分自身の理想とする世界が理解できたならば、その思考が響きあって、自然と仲間が集まってくる物です。無理に集めようとすると、どんな異分子が紛れ込んでくるかはわかりません。これまでの宗教組織やNPO組織は、聞こえの良い宣伝で、乗っ取られてきたのです。

    現在は、一人ひとりがしっかりと自立すべき時です。自立してこそ、自分の意見を出す事が出来るのです。煽動され、誘導されている自分自身は、自分の意見を言っているつもりでも、それは代弁しているだけに過ぎないのです。

    私は、現在はしっかりと各自が自分自身の生活を見直し、自分自身の生活の中から気付きを得るときだと思う。口角泡を飛ばして議論する必要もなく、目を三角にして、拳を振り上げてデモに参加する必要も無いと想う。しっかりと自分自身を見つめ、自分自身の中心軸を固定する事により、意識の世界では響き合い、必要な情報が入ってきます。

    軽挙妄動は現に慎まなければ為らない時だと想う。このような時には、不安を煽り、煽動する輩が増えてきます。こんな時だからこそ、世の中(大衆)の動きをしっかりと見定めて、自身の行動を選択することが必要だと想う。選択するには、その選択する時の基準が必要になる。すなわち、自分自身の中心軸が定まっていると、自然と解ってくる物だと思う。

    雨台風

    こないだの東京での震災訓練や今回の台風12号報道にしても
    どうもなにか臭います・・・
    国民に防災意識、自然災害危機意識を急速に高めるよう働きかけているように感じる・・・
    近い将来、やはり何か大きな災害が起きることの・・・・
    そのときのための意識付けがおこなわれているのか
    もしくは潜在意識が、集団無意識として予知しそういった意識が結果として造成されてきているのか・・・

    資本主義社会も限界
    地球環境もバランス崩壊が加速・・・

    昨日乗ったタクシーの運転手の爺様が面白いことを言った
    今の自然災害は人が原因だと・・・
    今、人の心がすごく悪くなってきている・・・
    それは地球、自然現象に共振する
    地球にも意識、全てには意識がある
    人間の意識場はそのなかでもかなり強く
    人間の心が悪くなると、地球や植物にも悪影響を与える・・・
    その爺さんはタクシー客をみても心の悪化が急速に加速していると・・・

    同感である
    常々我輩もそう感じる意識が増幅してきている

    しかし、なぜ唐突に我輩にそんな話をしてきたのか不思議である

    最近の若いもんは

    「今の世の中は…」とか、「今の人の心は…」ってよく耳にします。

    もっと荒んだ時代や意識が低下していた時代はなかったのだろうか。

    人と人とを殺し合いさせてショーとして楽しんでいた時代、国と国とで殺し合いして英雄とされていた時代。

    いつの時代でも、「最近の若いもんは…」という決まり文句はあったようなので、それと同じようなもんなんですかね?

    大国主命何様w

    ヤスさんは強要などしていませんよ。
    今回は哲学論的な話で考えさせられます。

    意図的!?

    >yukokuさん

    私は、非常に捻じ曲がった感性を持っています。これからのコメントが、不愉快に為った時には、お許しいただきたい。

    意図的か、無意識かは解らないが、私がやすさんを非難しているかのごとく印象づけようとするコメントと受けとられる。

    やすさんが発信されている情報は貴重な情報です。世界の動き、日本の動き、意識の世界・・・。これらは、非常に参考になるものであるが、参考にするべきであり、依存するべきではないのですよ。わたしの感性は、何か誘導しようとする意図を感じると反発するようです。

    政府、マスコミのプロパガンダ技法は、かの支配組織が確立しているのです。徐々に洗脳するが如く、権威付けしながら誘導している物と考える。ノーベル賞受賞者やその候補に挙がったことのなる人という権威、現在の東大の先生様のような、優秀と想われている学者の権威、政治家、企業家などの成功者による指導などは、誘導そのものです。私はやすさんのお知りあいのFさんをことをよく書いていますが、企業家として成功されている方の言葉は影響力が大きいのですよ。その上、Fさんの周りに「超プロ」と権威付けられた方が多く存在しています。誰が権威付けを行っているか!?Fさんであり、マスコミに誘導された世間の洗脳された大衆なのですよ。

    ここのところをよくお考え頂きたい。
    権威という虚飾を身に纏い、きらびやかな装束を創り上げているのです。洗脳された大衆の錯覚を利用しているだけです。

    だから、私は自分自身の脳みそを使うことにより、自分自身の感性を磨きましょうという事を言っているのです。今までの洗脳、刷り込みの教育や社会常識から一線を画して、自分自身で考えることをしましょうとね。今までの自分の外に依存する事は、責任を転嫁しやすいのです。その事は、非常に支配しやすい社会を創り上げる事になるのですよ。

    まさしく、 正 → 反 → 合 の構図であり、依存体質であるが故に、マッチポンプの構図が成り立ちやすくなるのです。現状を意図的に混乱させ、その解決法を示す・・・!?

    だからこそ、今の日本人にとって、何が必要なのか!?を、其々が置かれた立場で、自分で考える必要があるのです。政府、マスコミの情報はデマということが解っているのですから、ネットが出来る環境の人は、其々が其々の感性で情報を集め、参考にすべきです。この時も、“参考”にすべきであるが、その情報に“依存”すべきではないのですよ。

    煽動技術は、私のような素人が考えても仕方がないが、今までのマスコミの誘導を見ていると、長い年月をかけて誘導しているのがわかります。例えば、以前、雑菌、除菌がマスコミの情報として賑わっていました。また、番組でも汚ギャルとか何とかの特集をして、殺菌、除菌という洗脳をしています。そして、ここに来て、食中毒の多発があります。この事が何を意味しているのか!?

    人の体内には、色々な菌が存在しています。其々の細菌のバランスで、体内環境は成り立っているのです。そのバランスを崩すことにより、少量の有害細菌でも症状を引き起こす、悪くすると肉体の死に繋がる。そして、食中毒という現象を取り上げて、生食はやめましょう、消毒、除菌をしましょうというプロパガンダが繰り広げられる。また、法規制もかけやすくなる。これらは一連の動きです。

    思考というものは、繰り返し吹き込まれることにより、権威付けされることにより、潜在意識に印象づけられるのです。そうなると、無意識的に行動するようになります。いわゆるお人形の出来上がりですね。

    よくよくお考え頂きたい。

    9/4までに何もおこらなかった。
    しかし、9月は、週刊現代にも不吉な月とでていたので、何か起こるかもしれない。

    第5の夜のミッドポイントに近い8/22頃に
    急に日月神示に興味を持ち出した
    そしていろいろな古い考えが壊れた
    第5の夜が破壊であるのには納得した
    何も起きなかったということはなかった

    以前の日本人は安保理闘争とか起こすだけ国を自分たちの力で変えられるって気概と自信があったんだと思う。
    国のあり方がすぐ生活に直結するものと考えていた。

    今は政治と生活が一体化してなくて、それぞれバラバラになってしまって、

    個人のチカラなんてたかがしれてる、政治と自分の生活とは関係ないやなんて考えるようになった人が増えたんじゃないかな。

    黒点数

    四日連続100超え。
    http://swc.nict.go.jp/sunspot/
    しかも139は近年最高値では?

      私は怒りであろうと 悲しみであろうと、きっかけは何にせよ、あきらめて、誰かが何とかしてくれるだろうって考え方をしているとみんなで仲良く沈没していくと思っています。
     あきらめちゃだめだと思います。
     私が言っているのは、できることはやろうよってことです。
     理想論でも現実論でもありません。
     やりたくない人はいいですが、未来を憂いているだけだと辛くないですか?時間があればやれることはあるはずではないでしょうか。。

     仕事で疲れてても、ほんの少しの時間ですることは、たくさん選択肢があるはずです。
     (何度もいいますがやりたくないならやらなくていいですよ。)
     そして、私も原発マネーをもらっている周辺の住民は、みんなが思っているより恩恵を受けているわけでもなく、今いる住民は原発労働者が多く、今まで反対運動をして引き裂かれた人達がたくさんいるということです。みつばちと地球の回転や 祝島などの映画を見ればわかりますよ。
     チェルノブイリ・ハートもぜひ見てください。
    http://savechild.net/archives/8167.html
    20年たって、なお奇形児や小児がんが ベラルーシでは増えています。

     

    >>個人のチカラなんてたかがしれてる、政治と自分の生活とは関係ないやなんて考えるようになった人

    (少し)前まではその流れできていたし、そうしたい人たちにうまく扇動されていた
    だけど今は違う。これからはもっとかわっていく。
    今まで下とされていたものが上になっていく。

    >だけど今は違う。これからはもっとかわっていく。
    >今まで下とされていたものが上になっていく。

    うーんそうかな?
    下とされていたものが責任感全うできるスキルをもっているとは思えないが。

    同感です
    未来が見えるのか神の声がきこえるのか
    妄想かはわかりませんが
    もっとわかりやすく伝える努力をしてください
    私は凡人以下なので全然わかりません
    反論する気にもなりませんよ

    ウクライナ

     異常な殺人事件で有名ですね、犯人は若者達です。彼等は同世代の仲間が癌や重篤な病気で死んでいくのを見聞きしていたのでしょうね、そして自分の命も見捨てられていく運命なのだと絶望したのかもしれません。無意識で。

     悲しい現実だけに囲まれ希望を見出せない社会。 異常なのは彼ではなく今の現実なのでしょうね。私利私欲だけの世界で子供達がまともに成長できる筈はないのですから。

     そして真に未来を希求する気の全く感じられないマスコミ、どうしたら世界はこんなにも惨めな有様になれるのか? 

     人は変わらないし変えられない、やはり自分自身が変わらなければ行けないのでしょうね。

     泣きそうな気持ちを奮い立たせて未来の子供達の為に鞭打っていこうとおもっています。

     残酷な行為の裏には残酷な記憶と絶望感があるものです。少しでも多くの子供たちに未来への期待感を伝えられるように。

    日本には、バッシングがあるだけで、
    ディスカッションがない。

    ヤスさんが怒れと言っているのは、相手に感情をぶつけることでありません。
    怒っても、言葉に出さなければ、そこに対話は生まれない。相手の意見と自分と何がちがうのか、理解しあうこともできない。
    ただ、怒りを胸に秘め、恨み続けるだけ。またはバッシングをして、憂さを晴らすだけ。

    冷静な対話が日本に必要だと私も思います。原因を究明し、修正する。行動を重ねなければ、現実は変わりません。

    ヤジ馬国会がディスカッションが成り立っていないいい例かもしれませんね。
    あれで彼らが巨万の富を築いているなら…

    最適の問題提起の時期

    やすさん 皆さん こんにちは

    連日の投稿をお許しください。
    今回のやすさんの「怒り」の問題提起は大変時期を得たものと感じています。ここで、多くの方が、じっくりと考える必要があると想う。

    震災の混乱時における日本人の行動は、世界中で賞賛されました。その後の原発事故における政府対応に関しても、日本人が大人しくしているという事に対しての批判的な目で見られているのもわかります。

    今まで、そのように「お上」には逆らわないという風習が残っているのですが、この日本人の行動が、混乱を広げていないのも事実です。
    そして、「怒り」を表すためのディスカッションが必要なことも確かです。だからといって、そのような訓練を受けていない日本人が、一夜漬けのような感じで、ディスカッションやディベートの席に望んでも、相手に丸め込まれるだけです。

    昔、オウム真理教の上祐何がしという広報官がいましたね。その広報官の上祐何がしがディベート技術を齧ってただけで、テレビのコメンテーターは右往左往させられたのですよ。今回は、ディベートレベルが違う担当が出てくるでしょう。かの組織は、人心収攬術やデスカッション、ディベート技術を専門に研究し、経験を積んできているのです。

    そして、会話で「怒り」を表す事が出来なくなると、今度は行動で表そうと煽動する者が出てきます。日本人のデモは大人しいデモですが、そのデモの中に日本人成り済まし外国人が入っていて(あちらのエージェント)、その連中が破壊工作をすると、政府は待っていたとばかり武力介入をし、あちらの広報のマスコミはプロパガンダを繰り広げることでしょうね。御用学者は揃って非難を始め、政府はあらかじめ用意していた法規制を通す事になる。

    この事は、火を見るより明らかなことではないかとも想う。

    だからこそ、今の時期にやすさんがこのような問題提起をされた事は時期を得たものであると想う。
    この事は、日本だけの問題ではなく、人類全体の問題という意識で取り組まなければならないことだと思う。地球の基点である日本が揺れ動くと、その影響は地球全体に波及しますからね。

    私は自身をプログを持っていませんが、下記のサイトのスレッドを利用させてもらって、自分の想いを書き込んでいます。2392あたりに、この事を書いています。よろしければ読んでみてください。

    http://musyoku.com/bbs/view/1280735933/

    覚醒者たち

    ライブハウスの支配人、川崎秀一さん(35)によると、島野容疑者は店員らに取り押さえられた際、「火をつけてみんな殺してやる。ここで火をつけたらみんなおしまいだ。自分は死刑になる」と叫んでいた。川崎さんが「なぜ店を狙ったのか」と聞くと、「目立っていたから。人がたくさんいるところならどこでもよかった」と答えたという。
    http://p.tl/UuYr

    日本でも、覚醒者が増え始めたようです。覚醒する為の薬が覚せい剤でしょうか?

    覚醒

     ヤスサンの使った覚醒という言葉はいわゆるニューエイジの覚醒とは違うと思います。

     本物を見定めようという意思は今まで有ったようで実は殆ど無かったのではないでしょうか?
     逆に言えば偽者でもまかり通った時代です。

     今、ネットの情報こそが正しいという意見が多い様に見受けられますが本当にそうでしょうか? マスコミがある意思をもってかもたずかいい加減な報道で人民を苦しませています。

     では背後に共通の意図を持たないネットの人々は結局のところ何をバックボーンにして情報を整理しているのでしょうか、誰かのブログに書いてあった、何となくそんな気がしていた、結局今までの経験を超えた選択など出来る程人間は強くはなれないのでしょう。

     このブログに投稿される多くの方々も進んだ思考を持っていると自負されているのでしょう。

     しかし覚悟がいい加減だといつも思ってしまう。世界に向かって自分の主張をするのならその為に死んでも良いと思えるくらいの気魄を持って欲しい。自分がそうかといったら恥ずかしながら自信は持てません。しかし反省の無いところに新たな道は開かれないと思う。我々はもっともっと反省し、より謙虚になって自分の足元と未来を見据えなければならないのではなかろうか?
     「秋雨の音を聞きにぞ、いと悲し、母の残しし姿見みては」

    ダンディーさん

    誰かを傷つける目的でなければ、また自尊心や虚栄心をただ満たす目的でなければ、自分の主張に責任なんていらないと思いますよ。

    ほかの方の発言をよく聞いて、それに納得して考えを変えるのも、おかしなことではないでしょう?
    大きな覚悟がなくては自分の意見を言ってはいけない、
    一度言ったのに意見を変えるなんていい加減だ、
    そんな大げさな話として受け止めてしまうから、ディスカッションできなくなっちゃうのではありませんか?
    他者の意見を真摯に聞くこと、内容を自分なりに捉え直して再考することが、ディスカッションの50%でしょう。

    意見を押し通そうとすること自体が、内容がどうあれ反感を買うという一面もあるかも。

    正誤、善悪、優越、損得、どれも立場や価値観によって見方は違いますから、絶対的に正しいということはないと言い切ってもいいと思っています。だから自分の主張を、自分としては正しいと思っているけど固執しないで、柔軟に他の意見を受け入れる、それでよろしいのではありませんか。

    怒りは本当に必要でしょうか?

    「怒り」は本当に必要でしょうか?
    なぜなら、何か物事を為す場合、実際には「怒り」という感情は必ずしも必要はないからです。
    もっと正確に言うなら「怒り」は確かに社会変革の原動力にもなりうるものですが、「怒り」はフラストレーションから生ずるものなので、いくら昇華させるとは言え創造と破壊のどちらへも転がりかねず、爆発しやすく危険な一面があります。
    また「怒り」はその人の人生のすべて(心身を含む)の領域に破壊的な影響力を及ぼすことから、「怒り」を賛美するような文章には違和感を覚えました。

    格闘技に怒りは大事ですよ

    まぁ、空手の稽古なんかの時には、相手の怒りの力を引き出して、より強くしていくと言う方法は採りますね。
    例えば、頭を下げて防御に徹するような選手には膝蹴りを鼻に当てて鼻骨を折る。鼻出血して怯む様であれば、口で呼吸が出来ない様に歯を折る。
    それでも逃げに走るようであれば、肋骨も折る。ここまでやっても人間は呼吸が苦しくとも意識を失わないので、必死になるわけです。
    見込みのある選手は反撃しますよ。追い込まれた場合人間は必死になるわけです。手負いの獅子でしょうか、この段階で反撃する選手は強いですし、強くなりますよ。

    ヤスさんの言わんとする事をすべて理解しているわけではありませんが、私達は追い込まれている状況分析と自覚が足りないから、怒りの力が十分に出ないのだと思っております。

    元々人間は攻撃的な生き物ですからね
    だから教育や権力で押さえ込んで
    本能を押さえ込むわけですが・・
    そういった意味では現代日本人はよくコントロールされていると思いますよ
    たまに耐え切れず死んでしまう人もいますがね
    しかし、本当は耐え切れず素直に爆発している姿が本来の人間の姿なのではないでしょうか?
    野蛮ですけどね・・
    決してそれがいいとは思いませんが
    今の生き方が人間本来の生き方でないような気がします
    猿に無理やりどっかの星の誰かさんのDNAを組み込んだのが人間であるならば
    地球の環境が性に合わず
    争いばっかり起こってしまうのであれば
    その解決方法は結局無いような気がします
    そのパラダイムを変換する方法としては
    我々人類を作った本人達に会うしか無いのでしょう
    そうすれば争いなど消え失せ、真に充実した地球生活が送れるのではないでしょうか

    スミマセン。
    最近この宇宙人+猿=地球人説が好きではまってしまっています
    笑い飛ばしてください

    ショック

    プルトニウムが発生させるアルファ線の測定器。
    http://jyoudou.net/blog/2011/09/post-336.html

    東日本のアルファ線の高さに絶望しました。
    とても「怒り」に力が行きません。。。

    ソムリエの妻

     私は、9・11はアメリカ政府の自作自演だと思っていますが、これは加藤周一著「夕陽妄語(せきようもうご)」という本に出ていた実話です。少し長文になりますがどうかお許しください。

     9・11事件のあと、世界貿易センタービルの最上階レストランで働いていて犠牲になったソムリエの、若い妻がこう語っています。死んだ夫がアメリカ国民に伝えたかったことがある。「復讐とか報復とかいうことを彼は必ず拒否するでしょう。彼は犯人と話したかった。その死をさかさまにして、私たちが他の人間の血を流してはいけません。」驚いたインタビュアーがその意味を聞いたところ彼女はこう答えた。「夫は話し合いが暴力よりも実り多いものだと信じていました。私たちはこのような犯罪が繰り返されるのを防ぐように努めなければなりません。それには私たちを憎む人々と共通の理解に達しなければならないのです。」
     著者の加藤周一は本の中でこう書いている。彼女が犯人に憎悪を抱くのは当然だろう。「しかし彼女の精神は、ただちに現場でその憎悪を超え、憎悪の表現としての暴力的報復よりも、問題を解決するための手段としての話し合いを択んだ。そこには人間精神の高貴さがある。そこには自爆テロを辞さない男たちの勇気を超える勇気があり、星条旗を降る群衆と報復を呼号する指導者に対して、今はいない夫の信念貫こうとしてひるまない美しい魂がある。」
     口下手な東北の人々を見ていると「怒り」を超える「勇気」と人間精神の高貴さ、ひるまない美しい魂が、東日本大震災で傷ついた私たち日本人の心の中にも確かにあると思う。物事の真の解決方法は「怒り」という非難や憎しみの感情を超えて「勇気」のレベルにおいてこそなされるように思います。

    誘導

    やすさん 皆さん こんにちは
    連日の投稿ですが、気になるもので・・・。

    なんか、誘導しているような感じのコメントがあるのですが・・・!?

    >ダンディーさん
    貴方は、どのような情報を、どのような基準で選択していますか!?
    「我々はもっともっと反省し、より謙虚になって自分の足元と未来を見据えなければならないのではなかろうか? 」
    と、ありますが、何を反省し、どのような未来を見据えなければならないと思いますか!?

    歴史はかの支配組織に創られてきたのですよ。分断して統治せよ!の掛け声と共に、合い争うように仕向けられてきたのです。よく、戦争中の日本軍の行為を反省せよ!謝罪と賠償をせよ!と、繰り返し求めている国がありますが、その国自体、戦争中は抵抗できないくらいの弱者でしかなかったのですよ。そして、近代化の基礎を築いてもらっていながら、乞食のように、謝罪と賠償を求めているが、戦後賠償も終わっているのに、その声に答えている日本人!?が、居るのです。この事も、双方にエージェントを送り込んでの対立と支配の関係だと想う。日本はいまだ植民地なのですよ。

    話し合いというものに重点を置いてコメントが為されているが、その話し合いとはどのような場面を想像しているのでしょうか!?お互いが、対等の立場での話し合いを想像しているのでしょうか!?その想像をしている限り、永遠に「怒り」は解けることは無いでしょうね。

    この世界は総て管理され、誘導されていると、どうして考えることが出来ないのでしょうか!?現在、リビアではカダフィー大佐を追い出して、国連軍が占領したようですが、この時に話し合いは行われましたか!?多くの市民が犠牲になっているのです。主権国家に対しての国連軍の有無を言わせぬ宣戦布告なのですよ。この事も、色々な情報が駆け巡っていますが、一つに、リビア政府軍が一般市民を迫害しているというような情報があり、国連軍の介入を招いたとか!?一つに、カダフィー大佐がアフリカの共通通貨を創ろうとしていたということが言われています。それをかの支配組織が、下部組織の国連を使って潰したという事らしいですが、現在の世の中は混乱させられています。

    70年代の公害問題の時代とは異なる状況だということを認識した方がよいと想う。グローバル化による世界中の動きがリンクしているのです。日本だけの問題とは異なるということを認識した上で、其々が、其々の立場でしっかりと考え、感じなければならないと思う。

    ヤスさんのご意見に賛成です、東北人はなぜ怒らんのだ?
    地震以来、政府の対応のとろさに私自身は怒りまくってきましたが、人種が違うのか?と不思議に思ってきました。「大文字の薪」の時は同朋でケンカするなと怒り心頭でしたが。
    東北=蝦夷、アイヌ、沖縄は縄文人の生き残りだった、数万年も日本列島に住んで自然の恵みを神の与えてくれたものとして、すべてを良いも悪いも受け入れてきた人々だったのでは。
    今回の津波は神のものとして、受容している、だから怒らない、じゃあ原発は?これも原因は自然災害としてあきらめているのでは?
    大陸渡来の支配民族である京都が、あれだけたかが松の薪ぐらいで排除しようとしたのは、相手が蝦夷だったからでしょう。
    今、政府東電原子力ムラに対して、こらあこのやろうと怒っているのは、大陸系弥生人だけなのでは、なんか中国人に似ている。
    おれには中国の血が入っているのか?ちなみに、私は九州人ですが、松本龍のように、このやろう的なところがある、九州はみんな一緒か。
    九州は中国人的なのか?熱情的。
    九州が今の東北福島だったら、いまごろ東京はむしろ旗で覆われているのではないだろうか。
    怒れる人と怒れない人があるのだろうか。

    「怒り」はすでにある

    ヤス先生、こんにちは
    日本語と英語の違いをずっと考えていたとき、会話のやり方がそもそも違うことに気づき、誰か同じような意見をもった人はいないかネットで探していたときに、「ヤスの英語」ブログに出会いました。自分のまだ漠然とした考えが理論的に説明してあり、膝を打つ思いでした。
    今回の考察も大変おもしろく読みました。
    日本人は怒れないのか。というと、そうではなく、飲み屋や世間話で個人の「怒り」は表明されます。その個々のてんでばらばらな怒りがまとまって「集合的な怒り」が醸成されたときに、ロンドンでの暴動や、また国内でもたとえば赤穂浪士の襲撃などの具体的な行動につながるのでしょう。ではその「集合的な怒り」の醸成はどのように起こるのか。ヤスさんはそれを「ディスカッション」を通してだとおっしゃった。私も海外在住経験がありますが、そのとき感じたことは日本と外国(ここでは英語圏とヨーロッパ、ほかは知りません)では、「大人であること」の条件が違う、ということです。日本では「大人であること」=「立派な社会人であること」であると思います。すべてではないにしろ、職場でのあり方が自分の大人としてのアイデンティティを規定する力が強いと思います。あとは「親としての自分」もありますが。翻って、外国では「大人であること」の大条件として、あらゆる社会問題に対する「態度表明」が求められるということがあります。大人が2人以上集まれば、その時社会で起きていることが話題にのぼり、それに対する自分の考えを述べることが求められる「空気」があります。独創的な発言であろうが、メディアの受け売りであろうが、ときかく何か言わないといけません。そこで「興味がないのでわからない」は許されないのです。日本人が話題についていけなくて黙っていると、半人前扱いされ、それを英語力の問題だと思う人が多いですが、実は「態度表明の欠如」が原因です。たどたどしい英語でも自分の立場と考えを述べれば、大人として扱われるのです。あらゆる問題に対して、自分の立場と考えを明らかにすることが求められる空気は、非常にめんどくさい社会といえます。しかし、子供のときからこの空気のなかで生きている西欧人は大人になるころには自分がどういう考え方をするのか理解しているので、判断が早く、会話していると頭の回転が速いなと思う人が多いです。長年のトレーニングの成果といえます。
     それではこの自分の考えを持つこと、が即暴動などにつながるかというとそうではありません。その前段階として、選挙や国民投票での投票率の高さにつながっていると考えます。日常で求められる態度表明は、"I'm not interested"という選挙でいえば「白票」も、含まれます。つまりなにか特別な理由があって興味がもてない、のだととらえられ、「なんとなく興味ない」は許されないのです。ですから、選挙に行かない、というとなんらかの強い理由によって自己納得させなければなりません。そうでないと自分の「大人」としてのアイデンティティが傷つき、大人失格となるからです。
    私はこの意識がまず、日本にも根付く必要があると考えます。あらゆる問題に対し、自分の態度表明をすることが大人の義務であり、たとえば選挙にいかないことは大人失格である、という意識です。すべての人が自分の意見、ひいては他者の意見に敏感であることのメリットは、選挙の投票率があがるほかに、マスメディアの欺瞞が許されないことがあります。すぐに喝破されてしまうため、メディアが洗脳機関としては上手く機能せず、民衆寄りになります。というよりもそもそもメディアの中で自浄作用が働きます。立派な社会人(会社人)であろうとして上司の言うことをきき、せっせと国民をだましているのが今の日本のメディアですから、それを改善するには個々のメディア人が「社会人としてのアイデンティティ」よりも優位な「大人としてのアイデンティティ」に目覚めることが求められるわけです。メディアを味方につければこっちのもんです。怒りが「集合的な怒り」に昇華するにはメディアの力が必要と考えるからです。
    しかし、そんな社会的な空気を醸成するには、やはり革命による民衆の勝利の歴史が必要なのでしょうか。今、待ったなしの状況に追い込まれた日本ができること・・私にはわかりません。今のままでは仮にみんなの怒りが暴動という形で現れても、権力側に利用されて終わりの気がします。知的コンセンサスに裏付けされていない「怒りの暴走」は利用されるだけと、歴史の相場が決まっていますから。
     

    一般人のデモ参加

    模造寒流でテレビを見るのが嫌になっていたら、どうやら自分だけでなかったらしく、フジテレビに対するデモがありました。
    我慢の限界になると一揆に動くのが日本人。
    どのメディアもスルーしてますが、2万人とか。今までこんな規模のデモは無かったので、在日マスコミやスポンサーは青くなったことでしょう。
    そして、9月16日には、フジテレビの主要スポンサーである花王に対するデモが予定されています。
    その後も次々とデモが続くはずで、一般人がデモ参加を特別なことと感じなくなれば、政権や在日の通名、帰国関連のデモに繋がるのではないでしょうか。
    この1ヶ月で嫌韓が急速に高まっているのを感じます。

    普通の日本人

    私もテレビを見るのが嫌になってきました。
    在日の通名、政権、いつの間にこんな変な国になっていたのか?
    20分間隔での地震、津波は、変でしょう。
    インフレに向けての猿芝居が世界経済でも始まっている。
    標的は、日本か。
    誰が?、何故?、どうする?

    もしかしたら、今戦争状態なのか?
    非常事態宣言発令中?

    怒りより、日本を愛する人が結託する時なのだ。
    この時代に嘘は言うな。
    真実を受け止め、日本人らしく進みたいもんだと思う。

    偏向報道

    下の動画はMADだけど中身は真実。
    偏向報道の一片です。
    興味のある方はご覧ください。
    http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=CFZ5fuboJ_U

    匿名掲示板でガタガタ言ってんじゃなくてだな、自分はどうしたか結果見せろよ。
    誰々は給料もらいすぎだとか妬み、1円でも安い店を探りあい、その結果今の経済状況を見てみろよ。
    日本人相手じゃ儲からねーぞ。
    一人の力はごまめの歯軋りでも、それでも世の中に影響を与えている。それだけ世の中は繊細なんだよ。

    ごめんね。
    なんか頭にきたから書いちゃいました。
    でも、導かれる結果が必ずあることを自覚しようね。

    勘違いかな

     誘導コメントとは・・・私たちが反省すべきなのは、あらゆる情報に対して真摯に向き合う気持ちを持つということです。無関心な態度を改めないといけないと言っているのです。

     自分の意見に責任を持たないディスカッションってあるんですか。そのぶつかり合いが本来のディスカッションでしょう。命を削りあいながらより良い方向を模索する。真剣勝負が出来ないならば初めから負けなんですよ。いい加減な情報の晒しあいで未来を決めることなど出来ません。 空気を呼んでの話し合いなど結末がわかった会議を永遠続けるようなものです。なーんて(笑)  今までそれが出来なかった自分を反省しなければいけませんね。

    ダンディーさん

    空気を読む、んじゃないくてですね。

    真摯に向き合うことと、責任は違いますよね?

    私に関して言えば、責任に固執しないってことを言いたいのです。
    自分の意見は自分の考え・感覚あえて言えば自分の世界に基づいて言葉にしたものであって、他者の意見を聞いた後で、言ったから責任があるとかないとかを持ち出す必要がないということです。


    対抗意見が出ても、否定されたと感じる必要はないし、例え否定されたとしても、自分の意見が浅かった、間違っていたと考え直すことになんら問題ないのでは?それに気づくことがディスカッションに参加する意義なのでは?
    素直に相手の意見を受け止めることこそが、真摯な姿勢なのでは?
    その相手がどんな立場だろうと。何をやっている相手であろうと。

    > ヤスさん
    ディスカッションはディベートでも演説でもなく、論議、会話、あるいは広い意味で相談ってことですよねえ。

    自分の意見に責任を持たなければいけない、そんな窮屈な考えを持たなければならないのなら、私は真っ先に「意見」を持つのをやめるな。大切な命を意見のためには削りません笑

    飛躍かもしれませんが…。
    一番大切なのは、何を知っているか、何を考えているか、ではなくて、何をしているか、だと思いますよ。
    命はそっちに使いましょうよ。

    人々を動かしたい時は怒らせれば良い。
    暴動でも起これば日本経済は破滅。
    すべて、統治ゲームの中。
    分かりやすい罠です。
    あまりあおらないで下さい。

    はしごを作って上へ上ろう

    はじめの意見は、はしごの1段目に過ぎないと思う。
    みんなが自分の一段目に固執していたら、上へ行くはしごは出来上がらないものね。
    自分の持ってる板は数枚でね、次の段をかける意見を思いつけた人がそれをかけていって、練り上げていくんじゃないかね。

    自分の小さなはしごを解体して、板の用意ができるかどうかというところからかもね。

    一人分じゃ届きっこない。
    だからディスカッションで練り上げていく。
    全員分でやっと次のステージに届く。

    次のステージに登る道を作ることが目標だから、自分の意見がただの踏み台だとしても、最後の一本がすばらしいわけではなく、最初の一本が稚拙なのでもなく、みな意味のある1本で、意味ある意見なのだと思います。

    新しい道を見出していくためにディスカッションするのだと思います。

    それこそ今、命がけではしごをかけなければといけない時かもしれないですよね。

    自分のこだわりに気がついたり、反論や防衛にエネルギーを向けがちだと気がついたり、ディスカッションは自分を見るのにとても役に立ちますね。

    pさん、うまいこと仰る♪

    皆さんのおっしゃるとおりです。少し言葉が足りなかった様です。だからメールのやりとりは苦手なんですよ。皆さんのおっしゃる事はもっともで何も反論することはありませんよ。ただ自分に対しての覚悟を確認する意味でのコメントでした。悪しからず、時間がありません。皆さんの幸運を祈ります。

    ポルトガル人と話したことがあるが
    彼らはとにかく喋る。
    何を話しているのかわからないけど
    楽しそうにいつも何かを話している。
    日本人同士では、ああいう風には出来ないだろうな。

    簡単に言うと国民性の違いなんだろうけど
    日本人には
    べらべら話すのはみっともない、という観念があるからな。

    ポルトガル人が少し羨ましかったな。

    いろは歌とイエス・キリスト

    いろは歌はイエス・キリストの復活 を預言している。
    そして、使徒ヨハネは今も生きていると言う。
    本当だろうか?
    また、いろは歌は日月神示に出てくる「 奥山 」と繋がっている。
    かなり驚きです。

    http://blogs.yahoo.co.jp/martingood0323

    キリスト教の聖書は、イエスキリストの没後500年くらい経ってからの編纂だから、
    どこまでイエスの事を正しく伝えているかわからない。
    伝言ゲームみたいに伝えてる本人は正しく伝えてるつもりでも、
    長い年月を経て少しづつ変わってきてる。
    間違ってる部分も多いと思うよ。

    アリューシャン半島につづき北海道ひだか町、震度5強
    太平洋プレートが崩壊する予感がします
    それに連鎖して地球上のプレートがずれる・・・
    地磁気異常により農作物が不作に・・・
    食料価格の高騰の予感
    くじら、いるか海洋生物・・・
    渡り鳥・・・・
    地磁気異常と地震、噴火が連鎖して多発する・・・
    カトラ山が噴火・・・

    この秋、10月からは北半球は低温現象が異常に・・・

    そうなるとポールシフトが起きる

    今、「地震」がとても気になっている者です。いわゆるプレートの辺に住んでますんで、それはもう気になります。
    で、今日こんな記事を読んで、ちょっぴり安心したんですが、詳しい方、真偽のほどはいかがなもんでしょうか?

    地震の原因は、地殻に歪みエネルギーが蓄積されるからではなく、地下に発生し蓄えられた水素が常温核融合を起こすときだという…。
    http://ameblo.jp/64152966/entry-11009313623.html

    なんだか勝手にちょっとだけ安心感を覚えた者です。
    どうでしょう?

    ※間違えて前回の記事のコメント欄にも投稿しております。ご容赦くださいませ。

    地震って定期的に地球では
    活発化してるんじゃないんですかね?
    別に今回が特別ってわけでも・・
    違うんですか??

    まさに今回の「題」にぴったりのブログ記事。
    完全に怒りを忘れた日本になっているという記事。


    < 福島原発!やはり・・・。
    > こんな火急の時に、日本に借金を申し出る「韓国」マジか??


    今回の東日本大震災の被害の凄まじさは世界中に発信されています。
    このような悲惨な状況下の日本に借金を申し込む国があるでしょうか?
    実はあるのです。それは破綻寸前の韓国です。

    ・・・・ところが暴落が止まらないために韓国は「日韓通貨スワップ協定」をアメリカの後押しで強引に日本銀行と締結してやっと暴落が止まりました。

    その「日韓通貨スワップ協定」の期限が去年10月に終了しました。 --韓国はこの協定を継続しないと破綻に追い込まれます。 つまり韓国が危機になった場合の保証人がいなくなったということです。 日本という保証人がいないと投資家はいっせいに引き上げる可能性があります。

    だから韓国は必至なのです。 しかしこの恩知らずの国は前回の日韓通貨スワップ協定に日本は、中国、アメリカより遅れて参加した事に対して韓国は感謝の言葉でなく--「だから日本は信頼のおけるリーダーになれない」と言い放ったのです。

    97年韓国が破綻、その時IMFの支援以外に日本が個別の支援をした時、後に立ち直ってから、韓國高官は--「IMFはありがたかったが、日本からのは迷惑だったと発言しています。この国には心底あきれ果てます。 それも日本にお金を返してから言うのであれば筋が通りますが、今日でもまだ多額の残が残されています。

    韓国の借金は国だけではありません、韓国の一般家庭の借金が総額約63兆円を超えたと朝鮮日報に載っていました。韓国がアジア通貨危機で破産した当時より3.5倍に膨れています。 --まさに韓国はあぶない綱渡りをしています。
    http://blogs.yahoo.co.jp/kingboy4649/36628388.html
     

    ヤスさん、皆様こんばんは。
    (う~ん様、ご返信ありがとうございます)

    今、私は色んな情報を拾ってはビビりまくってます。

    なんせ、地震大国に住み、世界経済は破たん寸前、食糧供給もどうなるか分からず、精神性を高めるにはどうすればよいかも検討がつかず、それはもう、ビビりまくってます。

    さて、色々な情報が散乱しているわけですが、それでは私たちは一体どのように生きていけばよいのでしょうか?

    私は少ない貯蓄の一部で金を購入しました(具体的には100gなので、有事の際に意味があるのかないのかさっぱりですが(;^_^A)。

    食料の備蓄も、家族分一月分くらいしてます。

    地震はまあ、いつどこであるかは分からないし、なるようになるだろうと最近達観し、忘れる努力をしています。仕事に関しては、ある業種で請負でやってまして、その仕事は非常に出張が多い仕事なので、家族と離れた地で地震が起こったらどうしようなんて考えつつも(その状況で家族が被災してしまうことが嫌です)、一応、地域をそれほど選ばずに受注しています。

    結局、中途半端に準備をしているだけで、いままでと変わらない生活を送っております。

    具体的にいえば、諸々の情報に対しての、「生き残ろうとすることをあきらめた」感じです。

    でも、地域共同体ができた時のために、「ロケットストーブ」の作り方を研究したり、「野菜や米の作り方」を学んだりしてます。

    以前は、ヤスさんの更新が、それはもう待ち遠しくて、日に数回チェックすることもざらではありませんでしたが、現在の中途半端なあきらめの心境にいたり、すこしだけ楽になった自分がおり、気が向いたらページを開く程度になりました。

    ビビりまくってはおりますが、これまでよりはましなのです。

    ???

    長文で、何が言いたいかさっぱり分からない文章ですが、要は、皆さんは何を考え、どのように生きていらっしゃるのかが知りたいのです。それらを参考にし、もっと悟りたいのです。

    どうぞ、ご享受下さいませm(_ _)m

    kikko_no_blog きっこ
    園庭の除染費用を園児1人あたり1万円、親に請求するなんて、これほどおかしな話がある?本来なら慰謝料をもらってもいいくらいの話なのに、何で被害者が自己負担しなきゃならないの?東電は清水社長に5億円も退職金を払う前に、自分たちが汚染した幼稚園を除染しろ!
    1時間前

    9月23日

    アメリカの人工衛星が地球に墜落するそうだが
    どこに落ちるかギリギリまで解からないそうだ・・・

    そうか原子力発電所に落ちないことを祈ります

    太陽活動の活発化で墜落が早まったらしいが
    こんな状況の昨今

    原子力発電所に落ちれば
    あまりも時世にあった大惨事ではまりすぎる

    衛星の落下

    NASAの発表によると、小型バス程の大きさの衛星が米国時間23日の日中に北半球のどこかに
    落下するらしいですね。
    どなたかが、どこかの予言でこんな事を言っていませんでしたっけ?

    http://spaceweather.com/

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