2016-03

    03/23のツイートまとめ

    ytaka2013

    ティアンジュ発電所からの避難だが、テロを警戒しての念のための行動で実際にテロが発生したわけないようだ。https://t.co/H612XBuh6g
    03-23 01:28

    本日、空港と地下鉄でテロが起こったベルギーだが、今度は原子力発電所でなにかあったようだ。ベルギーの公共放送、VTMによるとティアンジュ発電所から人々が避難したとのこと。発電所とは連絡できない状況のようだ。https://t.co/4Axgm2RJOL
    03-23 00:19

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    酔っぱらいオヤジの「Spiritual Meeting」第32回

    3月21日

    ウエブボット最新版第2回の配信

    ウエブボット最新版第2回目が完成しました!対談相手の編集者、西塚さんの会社、「五目舎」から配信される「五目通信」に掲載されております。一部、2000円だそうです。ご希望の方は「五目通信希望」のタイトルで以下のメルアドからお申し込みください。

    お申し込みアドレス
    info@gomokusha.co.jp

    五目舎
    http://gomokusha.co.jp/

    第23回勉強会の様子

    2月27日に行われた「ヤスの勉強会」第23回の様子です。ボリュームが小さいので音量を上げてご覧ください。



    「ヤスの勉強会」第24回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第24回を開催します。3月上旬に市場が暴落するという予測が出ています。そのような方向に動くでしょうか? また、いま世界経済の崩壊の引き金になりかねないさまざまな危機が指摘されています。これらの危機はいつ発現するのでしょうか? 最新の情報を駆使して、これらを徹底して解説します。

    【主な内容】
    ・まだ誰も語っていない米大統領選挙の予想外の結果とその後
    ・1881年に起源があるロシアに対する怨念
    ・暗黒のヨーロッパなのか? GEABの報告書より
    ・マイナス金利の日本をどう生き延びるか?日本は本当に大丈夫か?
    ・次第に見えてきた希望の光

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:3月26日、土曜日
    時間:1時半から4時前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無
    info@yasunoeigo.com


    高松の講演会

    以下の日程で高松の講演会を行います。お近くの方はぜひどうぞ!毎回ディープな講演会をしています!

    日時  平成28年3月25日(金)18:30受付 19:00~22:00前後まで
    場所  高松生涯学習センター

    会場内の掲示板にて部屋の確認をお願いいたします。
    〒760-0040 高松市片原町11番地1
    電話:087-811-6222 FAX:087-821-8022
    会費   ¥5000/人

    講演会後、高島先生を囲んでの懇親会を予定しております。場所 未定ですが高松市内にて行う予定です。

    主 催  里坊会計事務所 里坊昌俊
    実行委員 有限会社ウエストフードプランニング小西啓介、ソニー生命保険株式会社 山下智幸、株式会社京蔵 京兼慎太郎、株式会社クリード インテグレーション平野伸英

    内容
    ・市場の暴落の予測は的中したのか?
    ・シェールオイルバブルは破綻するのか?
    ・シリア内戦の行方と戦争の拡大
    ・ロシアと中国の長期の計画
    ・個に内在した本来の力


    次回の有料メルマガの予告

    フランスの著名なシンクタンクに「LEAP2020」がある。ここは毎月「GEAB」という予測を有料で発表しているが、今回の号には米大統領選で起こる社会変化の恐るべき予測があった。3月25日、午前0時10分に配信する次回のメルマガでは、これを詳しく解説する。また、アメリカの著名な社会分析家のジョン・ホーグのトランプの分析が画期的だ。これも紹介する。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

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    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第32回である。興味深い内容だと思う。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    金両醤油

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第32回

    30

    西塚 みなさん、こんにちは。「酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting」の32回になりました。またヤスさんにおいでいただきました。乾杯しましょう。カンパーイ!

    ヤス カンパーイ! どうもどうも。

    西塚 いつものことといいながら、すっかりでき上がりました。えーと、あれはどうなりましたっけ? 北朝鮮が燃料を注入したとアメリカが発表して。あれは何かぶち上げるんでしょうか、やっぱり。

    ヤス まあ、おそらくやるでしょう。

    西塚 どこに向いているかどうかは、まだわからないんですよね。

    北朝鮮が要求するもの、アメリカ大統領選のゆくえ

    ヤス 1998年ですかね、一回、テポドンの開発に成功したときに、やっぱり日本を通り越していきましたけれども。場合によっては、その可能性もあります。

    西塚 まだヤスさんのメルマガをチェックしてないのですが、あれは何かをアピールしたいんですか?

    ヤス 一般的な理解の範囲ではね、北朝鮮の金正恩の狙ってることは確かだろうと言われてます。金正恩が一番狙っているのは現在の北朝鮮体制の温存なんです。いわゆる金王朝の支配体制の温存なわけですよ。核保有国としてのアイデンティティーをちゃんと認知して、自分たちを金王朝の独立したひとつの正当性を持つ政権として、国際社会に認可して欲しいと。その上でアメリカと平和条約を結びたい。それが狙いですね。その要求をしてくる。

    西塚 以前、アメリカが北朝鮮崩壊のスイッチをオンにしたんじゃないかというお話がありました。その絡みで言うとどうなりますか? ちょっと無駄な行為といいますか、ある種の断末魔、哀れな感じにも見えてきますが、あるいはもっと深い意味があって、もうすでにそれは想定内で、何かの大きな目的のひとつの行為なのか…

    ヤス アメリカおよび中国がですね、じゃあ、わかりましたと。北朝鮮を正当な核保有国として国際社会の一員と認めて、それで平和条約を結びましょうと。そして金王朝の正当性を国際的なレベルで与えましょうという方向に動くかと言えば、まず間違いなく動かないですね。

    じゃあ、どうするかというと、6カ国協議があるわけですよ。アメリカと韓国と日本、ロシア、中国と北朝鮮の6カ国協議があって、6カ国協議という枠組みの中に北朝鮮を押し込んで、北朝鮮にまず核を放棄させる。放棄させることによって、北朝鮮を国際的に安全な状態で管理したい。

    北朝鮮がこれに対して納得するかというと、まったく納得しないわけです。そんなものは必要ない。まず、われわれを核保有国として認めて、金王朝に国際的な正当性を与えてくれと。そこらへんの齟齬が、北朝鮮とアメリカとの対立の原点にある。それはずっと続くと思います。

    そうすると次のステップは、アメリカもある程度譲歩して、6カ国協議に応じるならばこういう援助を与えるとか、ある意味でニンジンをぶらさげて引っ張ってこようとする。それが今までのやり方ですから。ただ、最終的には6カ国協議はおそらく破綻すると思いますね。

    破綻したあとに、北朝鮮を最終的にどうするのかといったひとつの判断が、僕はアメリカにはもうでき上がっているんじゃないかなと思います。

    西塚 いわゆる崩壊なんでしょうけど、どういうふうに崩壊させるんでしょうか? これはSF、空想の世界でいいですけども。

    ヤス まだ具体的にはよくわからないんだけど、それはおそらくクリントン政権のときになると思います。

    西塚 やっぱり、次はクリントンになりますかね。

    ヤス 僕はクリントンではないかと思う。

    西塚 確かにですね…トランプになったらおもしろいと僕は思ってたんですけど。

    ヤス 僕はサンダース、好きですけどね。

    西塚 僕もサンダースは好きです。考え方が好きですね。国民皆保険も含めて社会保障を厚くするという。でも…ああ、そうそう、その話で言いますと、おもしろかったのは例のアイオワの州で拮抗してたじゃないですか。それでいくつか、5つだったかな、5つくらいの町ではコイントスになりましたよね。拮抗してほとんど引き分けということで。コイントスはいいんですが、すべてヒラリーが勝った。僕は何とも言えない気持ちに…

    ヤス いや、だからあれはヤラセでしょう、絶対(笑)。

    西塚 ヤラセですか!あれ! 

    ヤス わからないけど。おかしいよね。

    西塚 ああ、ヤラセなんですか…

    ヤス いや、わからないですよ。

    西塚 僕は、ものすごい悪運というか強運だなあというふうに…そっちのほうにびっくりしたわけなんですけども。いわゆる、よく昔の映画にもあったように、表とか裏だけのコインで、というような…あれは何だったかな、「ボルサリーノ」という映画があって…

    ヤス あったあった。

    西塚 ありましたよね、アラン・ドロンとジャン・ポール・ベルモンドの。ふたりでいろいろノシていくんだけども、ケンカをしながら。最後は町を牛耳ることになるんですが、このままいくとオレたちは敵対することになる。友情も壊れるから、どちらかがこの町を去ろうと。わかったとコイントスをやるわけですね。

    表裏で、負けたほうが去る。じゃあ、お前は何だと、表と言ったのかな、アラン・ドロンが。よしと言って、ベルモンドはチョッキのポケットを左右ためらう。両面が表と両面が裏のコインが入ってるんですね、それぞれのポケットに。絶対勝ちますよね。相手がいったのと逆のコインをトスすればいい。でも、自分がわざと負ける。まあ、そういう映画でしたが、要するにインチキなわけですけど、あれと同じような不正があった可能性があるということですね。

    ヤス そうです。あらゆる可能性がありますね。全部勝つって、おかしいじゃないですか。

    西塚 そうか(笑)、また僕もそこはナイーブすぎますね。すごい強運だと思ったんですよ。5回勝つってことは確かにないですね。

    ヤス 5回ってないですよ、ちょっと確率的に。

    西塚 何で僕はそういうことを考えないんですかねえ。

    ヤス 何で考えないって(笑)、やっぱりそれは非常に素直ということで…

    西塚 いや、素直というか、ヒラリーはすごい悪運の持ち主、強運なんだなあと…普通に考えればおかしいですね。何でおかしいと思わなかったんだろうな…

    ヤス おかしい(笑)。だから、誰が見てたのかですよ、コイントスをね。証言者が何人いるかとか。実際、大きな会場でやってるからわかるんだけど。本当にそうだったのか。

    西塚 記事にもすごい強運だと書いてあったんです。まあ、おかしいだろうってことが、選択肢としてあってもいいよな、確かに…

    ヤス まず、考えていいですよね。おかしくないかもしれないんだけど、とりあえず全部疑えと。

    西塚 いやいや、はからずも自分の情けなさというか、ナイーブさが露呈したようですが、まあ、いずれにしろ勝って、ヒラリーにとってはいい感じのスタートだった。今度はニューハンプシャーでしたっけ? わからないですが、けっこう番狂わせと言ったら変ですけど、僕みたいな素人が勝手にトランプが有利だと思ってたけど、実はテッド・クルーズに負けるとか、意外とルビオが伸びてきたとかですね、本来の実力者というんですか、やっぱりちょっと出てきましたね。最終的には、ヒラリー対ルビオなのか、サンダース対クルーズなのか、よくわからないですが、そのへんヤスさんは個人的にどう思われますか?

    ヤス うーん、最終的に共和党は誰になるかわかりませんけど、たとえばテッド・クルーズはキリスト教原理主義者ですからね。

    西塚 でも、ティーパーティー側から出ましたね。

    ヤス キリスト教原理主義者にかなり近い。もう極端ですよ、あの人ね。ヘタしたらトランプよりも極端ですね。原理主義的ですよ。だから、いろんな州で予備選をやるんだけども、州によっては徹底的に票を落とすと思います。そんなに安定した票を勝ち得るような人ではないと思いますね。

    西塚 意外とルビオのほうが出てきたりとか。

    ヤス ルビオのほうがむしろ安定している。バランスいいから。

    西塚 ヒスパニックでしたっけ? 彼は。

    ヤス そうです。どちらかと言えば、共和党の保守本流に近い流れだと思いますね。

    西塚 もうヒラリーは確実に近いんですか?

    ヤス いや、そこまではまだ言えないけれども。バーニー・サンダースの支持層は若い人が中心なんですね。年収が比較的低く、若い人たちに圧倒的に人気があります。その人気たるやすさまじい。80%を超えますからね。

    西塚 もうクリントンブランドに飽きちゃってる人たち、エスタブリッシュメントを否定する人たちは、みんなサンダースに流れていく。

    ヤス だいたいサンダース。まあ、いいこと言ってるしね。

    西塚 また実際に、彼は彼でそれを本気で思ってるんですね。

    ヤス 本気です。筋金入りの民主社会主義者。

    西塚 それこそイギリスのジェレミー・コービンに近いような左。

    ヤス ジェレミー・コービンに近い。労働党の。

    西塚 となると、イギリスとの親和性というのか、見ててもイギリスはわりと盛り上がってるじゃないですか、ジェレミー・コービンで。この間、僕の知人のイギリス在住の女性が日本に来たので、ちょっと聞いてみたんですよ。そうしたら、やっぱり私はコービンは好きだと言ってましたね。私は認めると。支持してるとまでは言わなかったけども、共感はすると。

    ヤス 現代の格差社会の中で中産階層がどんどん没落して、本当にグローバル資本主義にひとつの国が乗っ取られつつある。そのような現状の中で沸き起こってくる社会的不満、これはやっぱりおかしいではないかと。多くの人たちが感じてる社会的な正義を一番代表しているのはコービンであるし、バーニー・サンダース的なものだと思います

    西塚 そう思います。やっぱり筋金入りと考えていいんだな。

    ヤス だってバーニー・サンダースは、民主党に参加したのは本当に最近ですよ。ついこの間ですよ。

    西塚 無党派でした?

    ヤス 無党派。今までのサンダースの支持層というのは、アメリカ社会党であるとか、民主社会主義者、アメリカのある意味で最左派の人たちですよ。

    西塚 みたいですね。だから批判の仕方も、ヒラリーは企業から献金を受けてどうのこうのと、私はそれこそ草の根の支持者から27ドル寄付してもらって選挙に出てるんだ、みたいなこと言ってましたよね。だから本当にそういう人なんだなと。

    ヤス だからあの人ね、上院議員でアメリカ史上初めてじゃないかな、無所属で、いわゆる最左派の上院議員をずっと続けてた。2007年から上院議員を続けてるんですが、一番長い上院議員ですよね、最左派では。

    西塚 そういった意味でもコービンと似てますね。

    ヤス そう。筋金入りですよ、あの人は。本当に。だから、今の社会的な世論の流れを捉えてね、自分の政治的な立場を決定したという人ではない。

    西塚 それでですね、あえて今のこの段階ですけど、予言でも何でもなく、ヤスさんの見立てとしてはどうなると思います? 大統領選は。どんな感じになるのか。わからないのはもちろんですが…

    ヤス 僕は、意外にトランプは強いだろうなと思いますね。ほかの州を開けてみないとわからないんですけどね。やっぱりアメリカの保守層の中の抑圧された、それこそ没落した中産階層ですよね。没落した中産階層の不満を誰が一番代弁するのかということが、やはり今回の選挙の大きな焦点になってくると思うんです。

    西塚 そうなると、そういったアメリカの民衆たちの生の声といいますか、一番反映しているのは本当にサンダース、トランプになりますよね。

    ヤス まあ、そうですね。ただ、やっぱりそう簡単に没落した中産階層の不満のはけ口が大きな流れになるのかというと、そうではない。最終的にはですね、選挙キャンペーンの上手さというのがすごく大きく影響するので。選挙キャンペーンの上手さ、最終的に決定権を握るのは資金の多さですね。

    西塚 やっぱりそうなるのか(笑)

    ヤス そういうふうにいけば、やはりウォールストリートをバックにつけたクリントンが、一番大きな勢力になるのではないかという感じがします。

    西塚 僕みたいな素人が野次馬的に言うと、サンダースとトランプっていうのはおもしろいなと思いますけどね。

    ヤス いや、おもしろいですよ。両方とも没落した中産階層の欲求不満のはけ口になってるような候補ですよ。

    西塚 本来の意味でのリーダー選びに近いんじゃないかなという(笑)。

    ヤス 近い。ただトランプは、アメリカのもともと保守層だった人たち、中産階層で没落したような人たち。それに対してサンダースの支持者というのは、アメリカの民主党よりのリベラル派で、中産階層であって没落したような人たち(笑)。その人たちのはけ口を両方とも代弁してるのがおもしろいですね。

    安倍政権が目指しているもの

    西塚 どちらにせよ、やっぱり没落した人たちをですね、すくい上げてほしいなと思います。すくうというのは、レスキューではなく、民意を吸い上げるという意味ですが。そういう戦いと言うのかな、それが本来であるべきだと思うんですけど。それに引き換え、今の安倍というのは、今回の国会での9条の、稲田朋美とのやりとりも何か出来レースっぽいんですけどね。わざと稲田朋美がああいう質問をして…

    ヤス まあ、出来レースでしょう、あれ。

    西塚 どう考えてもそうですね。だからと言って、日本と比べちゃいけないのかもしれないけども。日本は日本であるかもしれませんが、僕は最近、顔を見るのもイヤなんですよ、安倍の。おかしいですよ、顔つきが。昔から“溶けた蝋人形”とか言われてましたけど、何だかイヤなものを感じます。

    ヤス 僕もものすごくイヤな感じがしますよ。

    西塚 何なんだろうなあと思いますね。

    ヤス 前回も話しましたが、この間日本会議の総会があって、そこで安倍こそがわれわれの神が選んだリーダーなんだと。

    西塚 もう、そういう言葉も出てるんですか?

    ヤス 出てる。もう安倍しかいないんだと。まさに安倍に結集してますけどね。安部の背後にいる勢力は何かと言えば、カルトですよ。絶対主義的なカルトですね。これは戦前型のカルトです。

    西塚 別に差別するつもりはないですが、お父さんの安倍晋太郎さんが、オレには半島の血が流れてると発言したという記事も以前ありましたね。やはり血が入ってるんですかね?

    ヤス その可能性はありますね。

    西塚 統一教会との関連も取りざたされたこともあります。

    ヤス それは僕も聞いてる。

    西塚 噂のレベルで言えばもっとありますが、何なんだろうなと思いますね。僕は以前も同じことを言いましたけど、安倍さんの本心というか、何を考えてるのか本当にわからない。何がしたいのかもよくわからない。

    ヤス おそらくね、二重底なんだと思います。安倍が推進する方向は天皇制国家の再興ですよ、簡単に言うとね。しかしながら、憲法を改正して戦前の全体主義的な天皇制国家の再興を行なう。あついは、それに近いものまでに持ってくると。それでシャンシャンと話が終わるかというと、そうじゃない。それをひとつのステップとして、その向こう側に別の目標があると思いますよ。

    西塚 何ですか、それは?

    ヤス よくわからない。はっきりは言えない。

    西塚 何かをお感じになってるってことですか?

    ヤス 僕は感じますけどね。

    西塚 まだここでは言えないって感じですか?

    ヤス ここじゃ言えないというか、まだはっきりと実証できてないので。今のところは何も言えないという。

    西塚 それは日本に関係していることですね。

    ヤス 日本に関係することだと思いますよ。

    西塚 天皇制とか。

    ヤス そこまでいくかどうかわからないけど、言ってみれば日本の最終的な崩壊のようなことです。

    西塚 ああ、やっぱり…崩壊させてどうするんでしょうかね。仮にそうだとしても。SFっぽく、フィクション、小説の世界だとしても、どういうシナリオがあるのか。僕はちょっと想像ができない。

    ヤス 二重底になっているその向こう側が見えないんですね。

    西塚 ちまたでよく言われる陰謀論めいたもの、ワンワールドとか、そっちにつながる話になるのなあ…

    ヤス ワンワールドであれば、戦前型の天皇制国家の再興そのものが、ある意味でワンワールドに近いと思いますよ。国民の主権を徹底的に剥奪して、全体主義的な国家の中に埋め込むわけですから。その全体主義的な国家というのは、限りなく社会主義的な国家になると思います。

    西塚 話が変わって申しわけないですけど、この間請け負った原稿が放送禁止用語の関係だったんです。最近、またちょっと物議をかもしてまして。何かと言うと、“頑張れ”という言葉が放送禁止になるらしいんですよ(笑)。

    ヤス え、本当に? 何で?

    西塚 明確な規定ではないですが、どうも使えなくなってきたと。たとえば会社の中で「頑張れ!」と言うと、人権派の弁護士とかが騒ぐらしいですが、過労死につながると。もう帰りたいのに、上司に「頑張れ」と言われたら、やらなきゃいけないじゃないですか。それは過労死につながるからダメだと。ましてや優勝のために選手たちに「頑張れ! お前ら!」と言うと、それはそれでまたプレッシャーになってストレスになるから、言っちゃダメだと。

    だから、“頑張れ”という言葉が使えなくなるかもしれないという、まあそういう原稿だったんですけどね。昔からありますよ、“メクラ”とか“ビッコ”とか、いわゆる差別的な表現というのはありました。でも、そういうことではない。僕は知らなかったんですが、たとえば歌でいうとジョン・レノンの「イマジン」が放送禁止なんですね。あれはわかりやすくて、「天国なんかない」という歌詞があるので、それは違うだろうと。宗教を持ってて、天国を信じてる人がいるんだから、天国なんかないと言ってはいけないってことなんですが、それに対する当時のジョン・レノンのコメントとして、いや信仰の自由があるんだから、天国がないという信仰があってもいいんだという反論だったんです。

    でも結局、公けの電波には乗らないんですね。小さいところには乗りますけど、いわゆるマスコミの中では放送禁止歌に入ってるわけですよ。そうした歴史とかを調べると、世の中の鏡として、何がタブーになっているのかがわかるじゃないですか。だから余談でしたが、“頑張れ”がですね、言ってはいけないという話になっていると、ちょっと驚いたわけですよ。

    僕も自分のブログにも書いたし、ヤスさんとも話しましたけど、ベッキー問題もたかが不倫じゃないですか。不倫なんていくらでもある話なのに、スポンサーも絡んで、みんな仲間同士でも喋れなくなってるという。ああいう雰囲気ですね。テレビを見てても、ああ世の中を照らし出してるなあと。現世(うつしよ)って言いますけどね、イヤなものというか、お笑いの世界までが何か窮屈なことになっている。

    僕はあまりテレビは見ませんけど、見るとわかりますよ。みんな何を考えているのか、何となく。やっぱりこういう感じなんだと。言いたいことは言わないし、KYなことは言わないでおこうというのが、やっぱりあるんだなあと思います。

    ヤス まあ、仕事をなくしますからね。

    西塚 そうそう。余計なことでした。何の話でしたっけ?

    ヤス ベッキーの話?(笑) 

    ヒエラルキーはコミュニティーの否定

    西塚 (笑)安倍でしたけどね。安倍も、甘利大臣の件でまともな質問を受けたとしても、本当に笑ってすますというか、政治献金自体の問題まで踏み込まなければいけないのに、それはある種大前提として、当たり前にあるものとして話す。要するに、本来の法律とか規約があることを全部すっ飛ばして、慣例を大前提として、政治家たちも公けのNHKの国会中継の場でも発言しはじめてるというのは、どれだけ交渉力とか、脇が甘いことも含めて、もう言論の場が劣化してるとしか思えないんですね。

    ヤス そう。だから民主主義者ではないわけです。彼らというのは。民主的なプロセスに則って、いわゆる政治的な意志決定を行なうということを否定した人たちの集まりですよ。

    西塚 なるほど。

    ヤス 自分たちが正しいと思っているものは、全員受け入れなくちゃいけないという。そういうかなり不合理な思い込みですね。極めて強い不合理な思い込みです。正しいものは正しいんだと。そんなものは説明する必要はない。正しい価値は正しい価値としてあるんだと。それはオレが正しいと思ってるんだから、お前らが全部鵜呑みにして受け入れるのは当然なんだ、といったような感じの感覚です。これは。

    西塚 以前、コミュニティーとか共同体の問題でヤスさんともお話させていただいたと思いますが、これからは、いわゆる3.11以降ですね、地域分散型の相互扶助的な地域のコミュニティーが中心になっていくんじゃないかと。僕の考えで言えば、ある種の社会の中の良識の部分は、そっちのほうへマインドシフトしていくのではないかというお話をしたと思います。

    でも、そうは言いながら、共同体やコミュニティーと言ったとき、顔が見える範囲の自治ということでやっていくと、やはり排外主義になっていくのではないかとも話しました。今まさしく、お笑いの世界でも、政治の世界でも、いわゆる渦の中心がいて、自民党で言えば安倍ですね、その周りにいろいろ人が集まって、確かにコミュニティーを作るわけです。絶対化するリーダーがいて、その人に賛同する人たちがいて、お笑いではさんまでも何でもいいですが、賛同する人たち、取り巻きがいる。

    そういう単位がたくさんできれば僕はいいと思うし、そっちの方向しかないと思うんだけれども、それが何というか、日本のキャスティングボードを握ってるかもしれないような政治家であった場合、自民党の55年体制のときはまだそういう渦がたくさんあったから、その中での切磋琢磨があり、どこかが突出すれば支持をなくして、また別のものが出てくるという健全なダイナミズムが働いてたから、まだいいんだけども、今のような形になっちゃったら、これはもう本当に極端なヒエラルキー、超階級社会に向かうしかないじゃないですか。

    ヤス だからですね、それはコミュニティーじゃないんですよ。ヒエラルキーであって、コミュニティーではない。コミュニティーとはコミューンですから、フラットなんですよ、もともと。

    西塚 なるほど。そのへんをちょっと解説していただけますか。

    ヤス 本来のコミュニティーというのはコミューンからきてますからね。コミューンは何かというと、リーダーのいないフラットな社会のことです。フラットな社会というのは、すべての人間が参加でき、意志決定者になり得るということですね。直接民主制みたいなものです。参加者全員がお互いに意思決定に参与していく。その意思決定の中ですべて決められていく社会というか、状態ですね。それを本来コミュニティーというわけで、コミュニティーの中には初めからヒエラルキーも何もない。

    西塚 フラットなんですね。

    ヤス だから今言ったような排外主義的なヒエラルキーができるとしたならば、初めからコミュニティーじゃないですよね。それは権力構造だということです。

    西塚 なるほど、そうか。それで僕が自分で思っていた疑問点が、今のヤスさんの言葉で明確になってきました。僕が理解してなかったんですけど、僕が以前にコミュニティーができたときに排外主義になるんじゃないかと思っていたのは、勝手にそういうヒエラルキーができるんじゃないかってことだったんですね。でも、それは僕の中にあるのかもしれないし、勝手に思ってただけで、本来はないものなのかもしれません。

    それでも、顔が見える、自分と同じような考えで集まってる人たちが集まったときに、どうしてもそうじゃない人たちを排除するということになるのではないかと、僕はそう思ってたわけですね。その中で、でも、あいつらも入れようよと言ったときに、みんなで決めればいいんだけど、いや、でもちょっと違うよと。そのコミュニティー内でもやがては対立ができる。それで声がでかいヤツ、力が強いヤツがノシていって、やっぱりヒエラルキーができ上がるんじゃないかという感じだったんです。

    ヤス そこでヒエラルキーができたら、そこでコミュニティーが解体されるってことです。それはコミュニティーではない。ただ、やっぱりコミュニティーはいつでもヒエラルキーに転化する危険性はあるわけです。

    西塚 ということですね…

    ヤス それはコミュニティーの自己否定になりますから。

    西塚 そうですね。いわゆる民主主義のチェック機構が必要で、そうなる可能性があるということを全員が認識した上で、そうならないように運営していくにはどうしたらいいかということ。それは大前提としてみんなが持っていなくてはいけない。

    ヤス 大前提として持ってなくちゃいけない。そうすると何が重要かというと、徹底した説明力です。英語でアカウンタビリティーって言うんです。徹底的な説明力ですね。こと細かに全部説明していくってことです。説明することによって、お互いに合意を得る力。説明と合意を得る力。その合意によって物ごとを進めていくということです。

    西塚 アカウンタビリティーを徹底させるというか、健全に働かせるには、やっぱり透明性ですね。

    ヤス 透明性です。そう。

    西塚 隠しごとがないということ。

    ヤス そうです。それが本来の民主主義のモデルなんだってことですね。たとえば国会だったら、議会がそうなんですよ。

    西塚 そのはずですね。

    ヤス 本来、徹底したアカウンタビリティーが要求されて然るべきなんです。その機能を持っているのが野党です。徹底的にアカウンタビリティーを要求するということですね。たとえば、別にイギリスという国を賞賛するわけではないけど、イギリスの議会が典型的ですよ。まあ、激しいですね。野党の批判の激しさは日本どころじゃない。ただ、あの批判があって、初めてアカウンタビリティーができ上がるということです。別に尊敬してるわけではないんだけども、現在のイギリスの首相、保守党のキャメロンっているじゃないですか。やっぱりすばらしいアカウンタビリティーですよ。

    西塚 へえ、そうですか?

    ヤス 説明力の名手ですよ。だいたい欧米のリーダーたちは、極めつけに説明力がうまいヤツが出てくるから。たとえばこの間ですね、2017年のEU離脱の選挙を2016年に前倒ししようではないかという話があって、一応キャメロンはEUに留まるべきだという考え方なんですね。EUに留まるために、EUのほうには移民の問題や何かで、相当妥協してもらいたいと。

    たとえば4年間は、移民に対する公的な援助を止めるとかね、そういう特例を設けてほしいとEUに要求する。そういうときにですね、やっぱり記者の質問は怖いぐらいに鋭いですよ。キャメロンさん、あなたはね、たとえば今EUと交渉をやったと喧伝してますけども、EUから離脱したほうがいいという別の議員の人たちに、もっと発言権を持たせるべきではないのかと言うんですね。EUに留まるべきだというあなたの意見を前面に押し出してね、それで自己宣伝をやってるだけじゃないですかと。もっと反対議員に発言権を与えたほうがいいと思わないのかってことを言うわけですよ。

    そうすると、キャメロンというのは実にていねいにそれに対して答えますね。どう答えるかというと、いやいや、私はそういうわけではないと。私が今やっているのは、EUに対して妥協を求めてるんだと。EUが私の妥協案を受け入れた段階で、いわゆる反対派の議員とイーブンになる。イーブンになるから、そうなったら反対派の議員にも十分にチャンスを与えるし、反対派の議員もそれでもなおかつEUから抜け出たほうがいいと言うなら、どんどん私に挑戦してくれと言うわけですね。そこで正しい議論ができ上がるみたいなことを言う。

    それは非常に高度なアカウンタビリティーです。何を聞いても、とにかくすぐ返ってくるということですね。

    西塚 安倍みたいにキレたり、冷笑したりじゃないんですね。

    ヤス あり得ないですよ、そんなこと。だから安部は、初めから私はアカウンタビリティーがまったくないってことを証明してます。ヒエラルキーの中に閉じこもるわけですね。そして自分が正しいと思ってる秩序をどんどん、ただただ押しつけてくる。それはメンタリティーとしては、たとえばイタリアのファシスト党であるとか、戦前のナチスであるとか、ある意味で全体主義的なファシズムのメンタリティーにかなり近いです。スペインのフランコ政権であるとかね。

    たとえば、それこそ頭がパーだと言われてるブッシュがいますでしょ? ブッシュの子どもね、イラク侵略戦争をやった。彼のほうがまだマシだったですね。アカウンタビリティーを持ってると思いますね。

    西塚 最悪ですね(笑)。

    ヤス 最悪ですよ。そのアカウンタビリティーがないということを攻撃しない野党って何者なんだ。まあ、攻撃してるのは共産党ぐらいですね。

    西塚 今、共産党の志位(和夫)さんはけっこう調子いいみたいですね。

    ヤス 調子いいですよ。支持する政党がないので、もう共産党にいくしかないって感じです。メディアが死んだというのは一番でかいですね。本当に死んだ。

    西塚 今回の軽減税率にしても、新聞の宅配が入ったという。要するに権力にベッタリってことですね。癒着。

    ヤス まあ、メディアも一応企業だったってことですよ。企業としての生き残りを最優先した。資本の合理性には勝てなかったというだけの話じゃないかと思います。だから、初めからメディアなんか信用できないんですよね。

    西塚 それに加えて、アメリカのようなオルタナティブメディアは日本には少ないということだから、余計おかしなことになりますね。せいぜい2chとか、各自のブログで、何だかんだと雄叫びを上げてるだけで、何の力も持たない。自分でもそう思いますけどね。

    ヤス これからですね、どんどん日本でもオルタナティブメディアが、最終的にはできてくるだろうなと僕は思いますけどね。そういう流れの中に入ってる。たとえば、岩上安身さんの「IWJ」とか、やっぱりいいものはたくさんあることは間違いないと思うんですけど、欧米ほどの力を持っていない。

    西塚 何で持てないんでしょうか?

    ヤス 基本的に、日本人の持ってる世界観そのものが根本的に僕は間違ってると思います。社会変化に対して、ひとつの文化全体が適応不全を起こすということはあるんですよ。極端な言い方ですけど、そういうことはあります。われわれの日本文化が持ってるある一部分が、今の社会変化に対して非常に大きな適応不全を起こしてるってことだと思いますね。

    今、われわれに要求されているのは、国民ひとりひとりというか、民衆ひとりひとりが第一に個に戻るということ。個に戻った民衆ひとりひとりが新しく社会を自分たちの手で作り上げていく。そのモメンタムをどうやって引き起こしていくかということだと思うんですよ。そういう流れの中ではね、初めからこういう権威に頼っていれば大丈夫だとか、おカミに依存していけば大丈夫であるとか、そういった依存心をまず取っ払わなければならないわけです。

    「本分」に専念するとはどういうことなのか?

    西塚 引用ばかりで申しわけないですが、宮台(真司)さんがいいこと言うなと思ったんですけど、日本人はそういう社会システム、政治の動きにしろ何にしろ、自然現象として捉えると言うんですね。それは、要するに雷がきたなとか、寒くなってきたなとか、そういう自然現象としていろいろなもの、政治の世界までも捉えてしまうというような表現をしてたんです。

    僕はそれは言い得て妙だなと思いました。そうなるともう、しょうがないことであり、神頼みしかなくなってくるじゃないですか。こうなりますように、とお願いするという。ヤスさんはずいぶん前から、人間が作ったものは人間が作り変えられるものであるわけだから、間違ってるならやるべきだと。

    日本人の、いいふうに働けばいいマインドだったりもするけども、往々にして神頼み、おカミまかせみたいなもの。ひょっとしたら祈ってればよくなるとか、それを
    敷衍させていけばほとんどスピリチュアリズムまでいくと思うんです。ポジティブに思っていれば現実はよくなるとか、そういうスピリチュアル文化、スピリチュアル市場も含めて、日本人のマインドになっていると思います。

    でも、スピ系文化というのは当然アメリカにもあって、日本の比じゃないくらいのマーケットがあるわけですね。だとすれば、話がずれるようですが、同じスピ系でも日本人とアメリカ人の典型的な違いとは何か。ヤスさんから見ていかがですか?

    ヤス 根本的な違いはやっぱりありますね。

    西塚 それはどんなところでしょうか?

    ヤス ちょっと話をもとに戻して、そこから説き起こしたいんですけども。われわれの文化のある一部で適応不全を起こしてるものは何かというとね、18世紀の前半にでき上がった文化だと思うんですね。石田梅岩の石門心学であるとか。

    現在の日本人の基本的なメンタリティーとして、何ができ上がってきたのかというと、遡ると18世紀の前半に出てきたような、いわゆる二宮尊徳的なイデオロギーだと思うんですね。もし人間が幸福になりたければ、まずひとりひとりが自分に与えられた役割に専念しろと。自分に与えられた役割と仕事を100%まっとうできるように、あらゆる努力を尽くせと。

    そうすれば、おのずから幸福になるし、世の中全体も実はうまくいく。世の中を構成しているひとりひとりが自らの本分、役割に専念した場合、世の中というのはちゃんと循環して、うまい方向にいくのだと。もし、うまい方向にいってないとしたら、それは誰かが自分の本分に専念してないからだ。うまいことをやろうとして。

    実はこういう哲学が出てきた大もとにあるものは、石田梅岩という哲学者がいて、その人が作った石門心学なわけです。二宮尊徳の哲学とほぼ同じ。これが出てきた背景なんですが、富士山の大爆発があったんですね。

    西塚 宝永の大噴火ですね。

    ヤス 宝永の噴火ですね。1707年の。あの噴火の影響はすごく大きくてですね、17世紀ぐらいまでは比較的、江戸初期の農業生産量はどんどん上がってきたんですけど、富士山の噴火による火山灰の影響で一気に農業生産量が落ちる。食えなくなる村がたくさん出てくるわけです、本当に。どうやって困難を乗り越えようかというときに、村々に広まった哲学が石田梅岩的な哲学、二宮尊徳的なものだった。

    西塚 二宮尊徳というと、僕はすぐ親孝行みたいなことを思い浮かべますが…

    ヤス そうなんです。いわゆる通俗道徳ですね。通俗的な道徳の根幹にあるのは何かというと、まずは自分に与えられた本分にとにかく専念しろと。それから先祖を大事にしろ、親を大事にしろ、まあそういうことです。だから、自分に与えられた本分を100%まっとうするということが、中核のひとつとしてある哲学だと思います。

    そうすることによって、とにかくムダを削る。徹底的にムダを削って、刻苦勉励しながら困難を乗り越えようとする。それで乗り越えに成功した村がたくさん出てくるわけです。そしてそれがひとつの成功モデルとして幕府によって喧伝される。

    ここから出てくるメンタリティーは自己責任論なんですね。そこで不幸な人間がいたとしたら、そいつが十分な努力をしてないってことになるわけですよ。

    西塚 怠けてるだろうと。

    ヤス 怠けてる。同じような宗教で富士講というのが出てくるんです。

    西塚 ああ、富士講。あれも宗教になりますか?

    ヤス あれは宗教ですね。ひとりひとりが本分に専念して本人がやれることをやっていくならば、ひとりひとりが幸福になると同時に、すべての人間がそれに専念すると弥勒の世がくると言ったわけです。弥勒の世信仰というのがあって、信仰化していくわけです。どうもそれが日本人のいわゆる職業倫理を作ると同時に、日本人のコアのメンタリティーの一部になるわけですね。自己責任感です。徹底したね。

    そうすると、不幸な人間がいたならば、それはそいつの責任だろうと。自分で十分な努力をしてなかった。世の中がうまく回ってないのは、それは為政者がうまく回していないんだと、彼らの責任になるわけです。だから徹底的に指導者を責めるわけですよ。

    だからといって、自分たちが意思決定者として社会を構成する側に回るのか。いわゆる社会の構成主体として自分自身を認識するというところへは至らないんですね。あくまで、政治的な変動というのは雲の上の出来事である。われわれが本来やるべきことは自己の本分に専念することであって、政治にコミットすることは本分を超えたことになるわけです。

    西塚 そうなると、前半まではよく聞こえるんですけど、自己責任論、自己決定論であって、自分で自分の人生をクリエイトしていくという話に近いと思うんです。でも為政者になると、お前がいけないんだろ、お前がちゃんとしてないから、こんなひどい社会になってるという、要するに文句は言うけんだけど、ではオレが政治家になってやるというふうにはならないってことですね。

    ヤス ならない。まあ、政治家になってやるってヤツは出てくるんだけども、ただ基本的に、やっぱり自分の本分を超えた世界というのは自然現象なんですよ。ひとりひとりの人間に与えられた生きる意味とは何かというと、本分をまっとうすることである。それ以外にはない。その本分を超えたところにあるものに対して自分自身をコミットさせるというのは、それは常軌を逸した行為なんだという感じですね。

    西塚 そうなると、こういう話もあるじゃないですか、為政者が豊臣秀吉から徳川家康に替わっても、村人は何も知らなくて、あとからいろいろな状況が出てきてわかるんであって、それまではまったく関係なく村で住んでるわけで、天皇陛下、帝が替わっても知らないぐらいなものだという話がありますね。

    ということは、もともと日本というのはある種のコミュニティーを営んでいたのであって、もちろん村の庄屋さんとか村長さん、村の長(おさ)、リーダーはいただろうけど、大きなところにはやはりコミットしてこなかった。小さな地域共同体の中で生きてきたということでしょうか?

    ヤス すべての日本の歴史じゃなくて、やっぱり僕は18世紀の前半というのは大きな転換点だったと思いますよ。それ以前ないしは戦国期なんかを見ると、たとえば織田信長の時代は、それこそ宗教共同体みたいのがたくさん生き残ってるわけですね。ひとつの国家内国家です。本当に御しがたい国家内国家として、まったく違った世界観とか秩序を持つような、ひとつのコミュニティーというかね…

    西塚 一向宗のような。

    ヤス そう。たくさん存在しているわけで、日本というのははるかに多様的な社会だったんじゃないかと思いますよ。だからコミュニティーで本分に専念して、ほかのことにちょっかいを出すと痛い目に遇うぞといったようなことは、僕は江戸期の中盤以降から出てきたんじゃないかなと思いますけどね。

    西塚 今のお話しで言うと、いわゆる現代までくるとあまりにも政治に無関心であったり、上がおかしなことやってると文句は言うんだけども、だから選挙でひっくり返ったりすることも今まではあったんだけども、基本的にそれは江戸時代中盤、18世紀のときから形作られてきた、本分をまっとうすれば幸せになるんだというわれわれのメンタリティーである、ということですか?

    僕なんかが聞くと、まだその初期のほうが自己決定論が働いていて、今はサラリーマンだとか個人商店もありますけども、どちらかというとそのときに比べれば、むしろいろんなものに依存してるような、自己の本分をまっとうするというよりは、要するに長いものに巻かれろ的な、むしろ自主性がないようにも感じるんですけども…

    ヤス いやいや、だから昔も今もその部分は変わってないと思いますよ。両方とも長いものに巻かれるでしょ。

    西塚 本分をまっとうするということは長いものに巻かれるという…

    ヤス 本分をまっとうするということは、本分と関係ないものには手を出すなってことですからね。

    西塚 でも、長いものに巻かれるということではないですよね。

    ヤス 本分とは軌道が逸れるようなもの。たとえば、自分に職業があったと。何か、靴屋でも何でも、職人であったと。それは自分の本分なわけです。

    西塚 なるほど。社会システムが変わって、たとえば今の会社員は、昔の武家社会で言えば、どこかの何万石かの殿様に仕える家来であるということですね。それと、魚屋さんなら魚屋さんとか、同じ本分なんだけれども、自分の手作業なり何なりで自己決定していって自分で飯を食っていくという。それと何かに仕えているというものの本分はちょっと違いますね。というだけの話ですか?

    ヤス いやいや、そうじゃない。だからどっちも本分です。何かに仕えるってことがひとつの本分ですよ。ただ、ずっと仕えて、それを超えて、何か大きなものにコミットしていく。その自分の本分を超えたものにコミットしていくためのジャンピングボードというか、何を動機として自分の本分を超えたものにコミットしていくかという、自分なりの倫理観とか自分なりの正義感でしょう。

    西塚 となると、その本分というもの自体が怪しくなってきますよね。言い方を変えれば、お前は魚屋の息子に生まれたんだから、魚屋をやってればいいんだっていうことですよね。

    ヤス そうです。

    西塚 ああ、なるほど、それならわかります。

    ヤス そうするとその魚屋の息子がね、いわゆる魚屋以外の政治活動に参加したと。参加すると、やっぱり親から言われる。お前は何ということをやってるんだと。

    西塚 なるほど、そういうことか。

    ヤス それはどんなふうに見られてるかというと、その魚屋の息子が魚屋ではなく、政治活動にコミットする。コミットせざるを得ない動機の原点にあったものが、やっぱりその個人としてのそれなりの正義感ないしは倫理観だと思うんですよ。しかしながら、すべて人間が本分に徹するべきだという価値観から見るとね、それはわがままだだと見えるわけですね。

    西塚 そういうことになりますね。ヤスさんはじゃあ、本分というものを否定的に見ているわけですね。

    ヤス 否定的に見てる。とことん否定的に見てる。

    「自己決定」は「本分」に優先する!

    西塚 そういうことですね。おそらく“本分”という言葉は、わりといい意味で捉えられてるんじゃないかと思います。要するに、自分に与えられた本分というものがあるなら、それをまっとうすべきなんだと。自分でいろいろ思うところはあるかもしれないけど、ある種“義務”に近い言葉といいますか。

    それにやっぱり忠実であるべきだという。それに従っていればみんなうまくいくということだとすれば、とんでもない話だと思います。そんなことは自分で決めればいいだけの話です。僕は言う本分という言葉は、たとえばオレはこれが一番好きなんだ、これをやってることが一番自分に合っているんだという意味なんですが、そうではない意味ですね、今のはね。

    ヤス そうですね。そうではない。自分が目指すべき本分というのは、自己決定できればいいわけですよ。ほとんどの場合はそうじゃないわけです。家から与えられたり、自分が所属している組織の中で与えられたり、これがお前の本分であると。

    西塚 それが今でも大半は変わってないという。

    ヤス 変わってない。その本分を超えたものにコミットしようとした場合、とことん否定的に見られるという感じですね。

    西塚 安倍さんは、自分の本分は何だと思ってるんですかね(笑)。

    ヤス 彼はあれじゃないですか、お爺さんの遺言を守って、限りなく戦前に近い天皇制国家をもう一回樹立することだと。憲法を改正してね。私はそれを実現するために生まれた。

    西塚 それが私の本分だと(笑)。

    ヤス 何でそれがお前の本分なんだ、それが何で正しいかと聞かれると、キレるわけです。

    西塚 どこでぶっ潰せばいいんでしょうね。参院選ですね、まずは。何が何でも自民党を大勝させちゃいけない。まして衆院選も持ってくるなら、もうことごとく落としていくしかないんだけれども。みんな共産党に入れるとか、極端な話。

    ヤス そう。今の共産党のほうが、まだ安倍より怖くないですよ(笑)。話を戻すと、本分に専念しないものをとことん否定的に見る。本分を超えた個人的な動機に基づくような、何かのコミットメントをすべて否定的に見るという文化の中にわれわれは生きてるわけです。そうした文化といったものは、21世紀に入ってね、この2010年代にもなってね、もう社会環境の変化に適応できなくなってるんです。そもそも18世紀の前半にでき上がったものなんですから、そろそろ捨てていいんですよ。

    西塚 もう時間がなくなってきましたが、最後の僕の質問で、今の流れで結びつけていただけると思うんですが、アメリカのスピリチュアリズムと日本の、いわゆるスピ系ですね、同じものなんだけど根本的に違うとさきほどのお話にありました。そこを説明していただければと思います。日本人が形作っているスピ系文化、あるいはそのマーケットと、アメリカはもっとでかいんでしょうけども、決定的に、根本的に違う部分ですね。

    ヤス 似てる部分は当然、あることはあるんです。ただ、アメリカは個の体験というのが根本にありますね。個人が自分自身をどう個人として体験するのかというところが根本にあって、たとえばあるスピ系的なルートを通じた場合、自己存在といったものを違ったやり方で体験することが可能になるという点に、ひとつのポイントがあるのではないかと思います。それに対して日本のスピ系文化の場合は、自分を預けられる何ものかを絶えず探すということですね。依存の対象にするということです。

    西塚 違う意味で、よく“委ねればいい”と言いますね。まあ、いい意味でもあるんですけども、要するに自分の“我”ではなく、委ねる。でも、それとは違ういわゆる依存といいますか、思考停止という生き方にもなる。同じ“委ねる”でも違いますね。だから言葉は難しいですが、先ほども僕がちょっと勘違いして、“本分”といっても、僕は僕の“本分”というものを考えたんだけど、ヤスさんがおっしゃったような意味とは違った。難しいですね。

    やはりアメリカ人は少なくとも自己決定が最初にあってですね、そこで好奇心なり何なり、自分で探っていく。もちろん突出したカルトな危ない部分もあるでしょう。アメリカはアメリカで、また日本とは違った極端なものがあると思います。でも基本的には個人で決定していく。でも、それも違うかな…生まれたときから福音派で、ということもありまからね。

    ヤス ありますよ。ただ、別にアメリカは好きではないというか、大嫌いな国ですけどね、僕はね。しかし中に実際に入っていくと、実に多様的です。ある意味、本分がどうのこうのという、天から与えられた本分なんて誰も信じていないし、すべて自分が選んで自分で決定する。名前を持った個人というのが、まず全面的にあります。

    今、思い出しましたけど、僕は1980年代の初めに大学間派遣でアメリカに留学してたことがあって、そのときはシカゴだったんですね。シカゴの黒人居住区みたいなところをブラブラしてたんですよ。そうしたらよく昼下がりにね、家のポーチのベンチに腰かけて、通りがかった珍しい人に声をかけるような爺さんがけっこういるんですね。黒人でね、やあ!とか言ってね(笑)。

    で、そんなような爺さんがいたんですよ。やあ、お前とか言って、お前、大学生だろって言うから、ああ、そうです、大学生ですと言うと、そうかと。お前は将来の自分のキャリアをよく考えるだろうなと。ええ、考えますよって言ったのね。そうか、お前、じゃあちょっとな、今日はお前に会ったから、いいことを教えてやると。お前な、職業なんてものはな、毎日着てるジャケットと同じようなものだと。どういうことですかと聞いたら、ジャケットってな、着ててボロボロになったら、脱ぎ捨てて新しいジャケット着るだろう。そうやってお前、職業ってのはジャケットのように脱ぎ捨てて、新しいものを着ていくんだよと。一体化しちゃダメだぞと言う。

    それと同じで、個人というのがまず最初にあるわけですよ。

    西塚 自分がどう生きるかを自分が選択するのであって、そのつど選択すればいいということですね。

    ヤス そうです。

    西塚 本分とか、オレはこうあるべきだとか、これを一生守り抜くんだとかの前に。

    ヤス そうです。すべて思い込みですよ。自分の本分であるとか、これをやるために生まれてきたとかね。自分にはこういうような意味があるとか。自分の職業といったものに対して、極端に一体化しすぎですね。

    西塚 日本人の場合は特にありますね。オレは魚屋だとか、大工だとか、あるいはオレは日商岩井だ、オレは三井だとか。

    ヤス 言ってみれば、組織に対する超強烈な依存。職業に対する強烈な依存。職業的に要求される人格と本来の自己といったものが全部一体化する。職業といった、何と言うか、米粒のごとく小さなものにね、巨大な自己を押し込めていくわけですね。

    西塚 それでオレは東大だ、オレは学者だ、オレは教授だとなるだけですね。

    ヤス そう。実につまらないと思いますよ。そういう主体だと、コミュニティーを形成できないですよね。どこへいってもオレは大学教授だ、オレは日商岩井だになるわけで。コミュニティーで何が必要かというと、フラットな個です。フラットな個になりきれない人は、なかなかコミュニティーの中では生きられないですね。

    西塚 そういった意味で国別でいうと、現在その形に近いコミュニティーが多くあるのはアメリカになりますか?

    ヤス アメリカもそうだし、フランスもそうだし、ドイツもそうだし。基本的に欧米が特にいいというわけじゃないけど、欧米にはあるし、それから中国でも伝統的なコミュニティーの回帰運動がどんどん起こってます。むしろ韓国のほうがそういうコミュニティーの形成は盛んだと思いますよ。

    もう一回話をまとめるようだけど、われわれの日本の文化の一側面が持っている世界観そのものが、適応不全を起こしてるってことです。僕は2カ月に一回、高松の講演会にいくんですけど、羽田空港にいきますよね。お腹がすいて弁当を買おうとした。そうしたら、すべてのサービスが過剰なんですね。もう黙って選ばせろと、弁当ぐらい。いちいち提示してきて過剰なんですよ。見てると売ってる人たちはね、羽田空港だからそれこそ自分のお客様におもてなしをしなくちゃならないという、すごい気構えなんですね。ただ、それは過剰な気構えだと思う。どうして過剰な気構えを生むかというと、自分に与えられた職業に対する徹底的な没入、忠実性だと思う。

    西塚 なるほど。それは僕も感じました。あれは何だったかな、カミさんと美術館にいったんですよ、上野の。あれは兵馬俑か。兵馬俑を見にいって、最終日だったんですね。タダ券があって、もったいないからいこうねと。会場で記念撮影する場所があったんです、端のほうに。僕はちょっとふざけて撮りたいなと思っていったんですが、そこにはひとりのオバちゃんがいて、立ち止まらないでくださいとか、撮影はここでだけやってくださいとか叫んでるんですが、それがすごく過剰なんです。本当にしつこいくらいで、別にいいだろうと、黙って撮らせればみんな帰っていくんだから。そんな1時間もいねえよ!って思うじゃないですか。

    でもね、今おっしゃったように、自分の本分なんですね。そうやって注意するのが私の役目なんだというふうに言いまくるわけです。本当に言いまくる。言葉は悪いですが、もう狂ったように言いまくるんです。それは別に居丈高な言い方じゃないですよ。高圧的でもないんだけど、あの、すいませんけども、どうのこうのって言い方なんだけど、すごくイラつくわけです。さすがに僕もカミさんもイラついて、何であれだけ言わなくちゃいけないんだろうと。

    ある種の生真面目さなのかもしれないけど、でも状況判断というか何というか、あれは判断を間違ってると思いますね。

    ヤス いや、間違ってますよ。だから状況を判断するということ自体が禁止されてるというかね。本分で与えられた行動を反復するということ、それ自体が金科玉条のごとく讃えられる。

    西塚 そうなんです。たとえばヨーロッパにいくと逆にもっとだらしなくてですね、お前、もっと管理しろよってヤツがいたりなんかして、好きにやってくれというのも困るけども、でもそっちのほうがまだいいというぐらいに過剰でしたね、あのときは。

    ヤス そうですね。海外では自己決定的な感じで、すべて自己にまかされてて、お好きにどうぞというかね。

    西塚 そうです。何かあっても、お前の責任だからねみたいな。そっちのほうがまだ気持ちがいい。しかしあのオバちゃんはすごかったなあ…

    ヤス それは、本分に徹するというような文化が作り出したものですね。それが一番尊敬されたりするということなんですよ。

    西塚 本分というのはある種の視野狭窄に陥るし、しまいには自分の魂、とは言いたくないですが、やりたいこととは違うわけだから、やっぱり自家中毒を起こしてですね、滅びますよ。ガンになります(笑)。

    ヤス それはそうですよ。自己などというものは本来、現実を創り出すくらい強大な力を持ってるわけですから。ものすごい可能性を持っている。現実そのものの構成主体になり得る巨大な自己を、社会的に与えられた本分であるとか、職業であるとか、ちっちゃなものの中に無理やり貶めていくわけですからね。これは自己に対する冒涜です。

    西塚 いずれ核爆発を起こしそうですね(笑)。

    ヤス 核爆発を起こします。われわれの持っているそのような文化そのものが、今は限界に到達しつつあるということだと思います。自己の本分に生きるということ、職業として与えられたところにとことん自分を押し込めていく。そのような生き方がひとつの日本のおもてなしなのだ、クールジャパンなのだと賞賛すること自体がね、おそろしく間違ってると思いますよ、僕は。

    西塚 ちょっと見直さなきゃいけませんね。

    ヤス 見直さなきゃダメです、全然。根本的にね。

    西塚 おっしゃるとおりですね。もっとそのへんを、次回から細かくお聞きしたいと思います。

    ヤス ええ、またお酒飲んだらふっ飛ぶだろうけど(笑)。

    西塚 いやあ(笑)、すみません、また同じことを言うかもしれませんが、来週もよろしくお願いします。今日はありがとうございました。

    ヤス いえいえ、こちらこそ。


    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

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    03/19のツイートまとめ

    ytaka2013

    英語ではよく「You ain't seen anything yet」と言われる。直訳すると「お前はまだ何も見ていない」の意味だが、よく映画などでは「お楽しみはこれからだ」と意訳されている。まさに米大統領選挙では「You ain't seen anything yet」なのだ。
    03-19 12:59

    オレゴン州の武装蜂起https://t.co/HYzsQe375gクリントンのメール問題も含めて、アメリカの大統領選挙の混乱はこれから始まる。
    03-19 12:44

    すでにこのような怒りの武装蜂起は今年の1月にオレゴン州で起こっている。もし7月にトランプが共和党の候補にならなければ、これと同種の事件が全米で相次ぐ可能性が大きいとしている。
    03-19 12:34

    トランプのコアの支持者は銃の所持を強く支持する保守強硬派だ。一部の州で彼らによる武装蜂起が始まり、アメリカは極めて不安定な状態になる可能性は否定できないとしている。
    03-19 12:30

    共和党の主流派はあらゆる非民主的な手段を使ってトランプを引きづり落とすだろうが、これがトランプ支持者の大変な怒りをかうことになる。
    03-19 12:27

    米大統領選の詳細な分析が掲載されている。それによると、もしトランプが過半数の1237の代議員の獲得が出来ず、共和党の統一候補の決着が7月の共和党大会にまでもつれ込むと予想を超えた混乱が始まるとしている。
    03-19 12:25

    ここはGEABという予測レポートを毎月発表している。3月16日に出された最新版は特に興味深い。
    03-19 12:20

    フランスの著名なシンクタンクにLEAP2020がある。ここは2006年2月にいち早く金融危機の発生とその後の多極化を予測し成功したシンクタンクだ。https://t.co/ejwmuZXWzc
    03-19 12:18

    ・男性Cさん 19.2mSv!!急性骨髄性白血病。「骨髄の70%は、がん細胞に溢れている。このまま放置したら、必ず死ぬ、と医師に言われた。」
    03-19 10:28

    ・男性Aさん 50msv!腎臓、心臓、臓と名のつく臓器全て、やられた。・男性Bさん 56mSv!甲状腺をやられた、胃を全摘した。「あれだけ悲惨なところに、命がけで行ったのに!」
    03-19 10:27

    03/19のツイートまとめ »

    酔っぱらいオヤジの「Spiritual Meeting」第31回

    3月17日

    ウエブボット最新版第2回の配信

    ウエブボット最新版第2回目が完成しました!対談相手の編集者、西塚さんの会社、「五目舎」から配信される「五目通信」に掲載されております。一部、2000円だそうです。ご希望の方は「五目通信希望」のタイトルで以下のメルアドからお申し込みください。

    お申し込みアドレス
    info@gomokusha.co.jp

    五目舎
    http://gomokusha.co.jp/

    第23回勉強会の様子

    2月27日に行われた「ヤスの勉強会」第23回の様子です。ボリュームが小さいので音量を上げてご覧ください。



    「ヤスの勉強会」第24回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第24回を開催します。3月上旬に市場が暴落するという予測が出ています。そのような方向に動くでしょうか? また、いま世界経済の崩壊の引き金になりかねないさまざまな危機が指摘されています。これらの危機はいつ発現するのでしょうか? 最新の情報を駆使して、これらを徹底して解説します。

    【主な内容】
    ・まだ誰も語っていない米大統領選挙の予想外の結果とその後
    ・1881年に起源があるロシアに対する怨念
    ・暗黒のヨーロッパなのか? GEABの報告書より
    ・マイナス金利の日本をどう生き延びるか?
    ・次第に見えてきた希望の光

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:3月26日、土曜日
    時間:1時半から4時前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無
    info@yasunoeigo.com


    高松の講演会

    以下の日程で高松の講演会を行います。お近くの方はぜひどうぞ!毎回ディープな講演会をしています!

    日時  平成28年3月25日(金)18:30受付 19:00~22:00前後まで
    場所  高松生涯学習センター

    会場内の掲示板にて部屋の確認をお願いいたします。
    〒760-0040 高松市片原町11番地1
    電話:087-811-6222 FAX:087-821-8022
    会費   ¥5000/人

    講演会後、高島先生を囲んでの懇親会を予定しております。場所 未定ですが高松市内にて行う予定です。

    主 催  里坊会計事務所 里坊昌俊
    実行委員 有限会社ウエストフードプランニング小西啓介、ソニー生命保険株式会社 山下智幸、株式会社京蔵 京兼慎太郎、株式会社クリード インテグレーション平野伸英

    内容
    ・市場の暴落の予測は的中したのか?
    ・シェールオイルバブルは破綻するのか?
    ・シリア内戦の行方と戦争の拡大
    ・ロシアと中国の長期の計画
    ・個に内在した本来の力


    次回の有料メルマガの予告

    安倍政権はロシアとの関係改善に積極的だが、これに危機感を持つオバマ政権は安倍政権を追い詰める決定をした可能性がある。3月18日、午前0時10分に配信する次回のメルマガでは、この可能瀬尾を詳しく見て見る。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

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    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第31回である。興味深い内容だと思う。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    金両醤油

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第31回

    30

    西塚 みなさん、こんにちは。「酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting」の31回になります。また、ヤスさんにおいでいただきました。よろしくお願いします。では、カンパーイ!

    ヤス どうもどうも、じゃあ、カンパーイ!

    西塚 まあ、飲む前にいつも雑談から入るんですけど、その中で本番で話せばよかったなと思うことがたくさん出てきますね。それはともかく、先週ザッとですね、僕の気になったところを引っ張ってきて、全部はお聞きできないかもしれませんけど、いくつかあって、大統領選がまたおもしろいというか、ブルームバーグが出てくるんですか、今度は。

    ヤス 本当に立候補するかどうかですね。

    西塚 ブルームバーグって、あのブルームバーグですよね。

    ヤス ニューヨーク市長ですね、元ね。

    西塚 何か、シンクタンクじゃないな、何でしたっけ? 

    ヤス 「ブルームバーグ」というメディアを持ってますね。メディア王。

    西塚 あんなにお金持ちだとは思わなかったです。

    ヤス いや、すごい金持ちですよ。トランプ並みの金持ちです。

    西塚 無党派で出るということですから、どういうことですか? もうバックも何もなく、義憤に駆られて、じゃあオレが出ると、そういう感じなんですかね?

    怒っているアメリカ国民

    ヤス 全体的な流れで言うと、現在のアメリカの国民の中にすごいストレスがあるんですね。共和党と民主党、現在の政党政治そのものに対する不信感があるわけです。たとえば、現在のオバマ政権に対する支持率は40%切るぐらいだと思うんですね。それに対して、上下両院の議会に対する信任というのは、確か20%を切る。

    すなわち何かというと、現在のアメリカの民主主義の根幹のね、議会制民主主義に対するものすごい不信感がある。不信感の根源になってるのはリーマンショックですね。リーマンショックがあって、立て直すときに、リーマンショックを引き起こしたウォールストリート、大手の金融機関の責任を問うたのかと。問えなかっただろうと。現在のアメリカの政治は、基本的に大企業に占有された政治、もう多国籍の大企業に占有された政治なんだということです。

    このような大企業に占有された、Corporatizmって言うんですけど、共和党であろうが民主党であろうが、ほとんど大企業に政治家は買われてしまってる。だから、大企業の利害関係が国家の政策として貫徹されるという状態にある。こんな状態は、アメリカ国民の利害を代表してない。だから、買われてしまったような民主党とか共和党そのものが、無意味なのでないかというストレスですね。

    西塚 僕もここのところずっと感じてるんですが、話が広がっちゃうかもしれませんけども、今の構図として、たとえば世界を自分たちのいいように、といっても陰謀論ではなく、わりと自分たちが御しやすいように、利益を得られるような構造のまま温存して、しかも強化したいといった連中がいるとすれば、まず大企業を囲うわけですね。もちろん政治家も囲って、政治家は大企業に優遇措置をとる。税金を安くしたりとか。そうすると中間層の没落とよく言われてますけども、結論を言えば格差が激しくなりますね。

    そうなると大企業、少なくとも大手に勤めている人はやっぱりドロップアウトしたくないですから、低所得者層にはなりたくないから、企業の言うこと、上司であるとか、取締役の言うことを聞かざるを得なくなるじゃないですか。つまり大企業をコントロールすれば、同時にその下のグループ企業、中小企業、また働いている民衆を支配できるわけです。さらに底辺の人はもっとひどいことになったりするけども、ドロップアウトしたくないという恐怖があるような、むしろ中間層以上の人たちを支配しやすくなります。

    今はかつての分厚い中間層がなくなりつつあって、むしろ企業が別の意味で中間層のようになっていて、民衆を支配する道具と化しているのではないか。中世で言えば、教会みたいなもんですよ。神と教会と民衆があるとすれば、神が支配層だとすれば、教会が企業にあたるもので、その大企業が下を支配するという構図になりつつあるのかなと。

    テレビを見てたらですね、テレビもそうだと思うんです。タモリとかたけしはちょっと違うかもしれないけど、さんまやその下の、僕から見れば何でテレビに出てるんだろうという実力の連中がMCをやってます。それで下の連中が一生懸命しゃべって、おもしろいのを査定するわけですね。ちょっとネタを振って、おもしろいことをやらせる。要するに司会、MCが支配している。差配してるわけですね。

    その構図を見てると、やはりテレビ局には逆らえないから、テレビ局の意向に沿ったことを中間層にあたる、たとえばさんまなり、ちょっと下の連中がテレビのコードに引っかからないような、トラブルにならないような、どこかから圧力があっても、その枠内で納まるようにコントロールするわけですね。だから、ちょっとハミ出ようとする芸人は叩かれちゃう。

    ベッキーでもそうですね。今はベッキー報道もちょっとは出てきましたけども、あんまりみんなが触れないときに、マツコデラックスがベッキーのことを言ったら、さんまが「ベッキーは知らんわ、アホ!」とか言って封印しちゃうわけです。その構図が何かイヤだな、この感じは何だろうと思ったら、さっきの企業の構図と同じじゃないかと。

    おそらくマスコミも含めて、テレビ界の中にもですね、あるコードに引っかからないように進行させるには、子飼いのタレントを支配して、そいつが下を支配するという構図を作ればいい。だから、本当に面白いヤツというのは出てこないですね、テレビには。そういうふうな新しい支配構造、まあ昔からあったのかもしれないけど、ちょっと極端になってきてるかなと。

    ヤス ひと言で言えば、あらゆる側面でピラミッド型のヒエラルキー化がどんどん進んでいるということですね。そのヒエラルキー化の支配・被支配の構造が、どんどん固定化されてるってことです。じゃあ、ヒエラルキーのトップにいるのは誰かと。今、大企業を囲うと言いましたが、そうではなくて、トップにいるほうが大企業になるんですね。むしろ政治家を囲ってるって感じですよ。

    西塚 そうですね。たとえば軍産エネルギー複合体みたいなものが企業の塊りと言えば塊りで…

    ヤス そうです。あれは軍事産業の塊りですね。

    西塚 さらにその上の話をすると、また突拍子もない話になっちゃうので、そこを一応頂点とすると、いわゆる無国籍でグローバルな資本、そういう企業が上にいて、それが政治を支配し、そのグループにつながるような企業も当然支配して、そして民衆を支配するというヒエラルキーがカチっとできつつあるということですね。

    ヤス そうです。歴史的に言えば1929年の大恐慌からはじまって、1930年代の大不況ですね、ものすごいパニックをともなう不況。これは資本主義の大転換期だったんです。資本主義がこれから生き残れるかどうかの極めて大きな転換点だったのが、1930年代。

    歴史の歯車がちょっと狂ってたら、本当に資本主義は生き残れなかった。どういうことかと言うと、資本主義の持っているあらゆる矛盾が爆発したわけです。もう資本主義の市場のマーケットメカニズム、資本の論理だけではひとつの社会を維持することは不可能だということが証明されたわけです。

    普通の資本の景気循環に大不況から社会を回復させる力はない。じゃあ、資本主義以外の選択は何があったかと言うと、これは社会主義です。当時、1930年代の社会主義のひとつのモデルはスターリンのモデルですね。プロパガンダも多いけども、曲がりなりにも当時の社会主義のソビエトは経済成長してたわけですから、最初は。

    それは非常に大きなショーウィンドウになるわけです。その結果、アメリカでも社会主義ムードが強まる時期が1930年代ぐらいにある。そうすると資本主義の体制的な危機になり、社会矛盾を是正できる政策をとるかどうかがひとつのポイントになった。つまり格差を是正する。そのために失業保険であるとか、社会保障とか、さまざまな給付を行なう。

    それから第二にですね、国家が経済政策を立案する。国家が経済政策の立案主体となって、バランスのいい経済成長を導く。第三にさまざまな労働政策を実行して、最低賃金制であるとかね、給料の保障性であるとか、国民健康保険、社会保険みたいな社会福祉も含めて。それによって分厚い中間層を作り出していく。そういうことでもして、いわゆる社会矛盾を是正しない限りは、資本主義は生き延びられないという体制的な危機があったということですね。

    それがうまくいって、逆に分厚い中間層を作り出していく。それが国内需要の極めて大きな源泉になりますから、豊かな中間層の内需に頼るだけで経済成長することが発見されたのが1950年代、60年代なんです。それが戦後の資本主義のモデルになってくる。政府が資本を徹底的に管理することによって、ルールに従わせ、投資の分野も政府が管理し、社会保障の給付を行なうように義務づけるといったさまざま規制を企業に設けることによって、バランスのいい社会を築いていく方向にいったわけですね。それが分厚い中間層を形成することになった。

    政府が社会の安定をすべて担うというシステムは、やっぱりそれなりにコストが高い。国が予算に困るわけですね。どうしたかというと、国債を発行して資金を集めた。国内の投資家だけでは足りないので、海外で国債を売りたいわけです。当時、1970年代ぐらいまでの時期は、現在のように国際的な金融市場は自由化されてないんですね。一般投資家が米国債を買うことは当時は不可能だった。資本の移動の自由がない。

    ということで、じゃあ国債を売るために金融市場を自由化しようということになる。これが1985年のプラザ合意になってくる。それ以降、資本の力がだんだん強くなる。国は金がなくて、国のほうがだんだん資本のほうにおもねってくるわけですね。資本は何を要求するかというと、規制緩和なんです。今までは、たとえば社会保障をこれだけ与えなくちゃダメだという規制があったんですが、それを取り外してほしいと。

    要するに、資本が自由な活動をどんどん広められるように規制緩和を要求してくる。1990年代になってくると、われわれが投資できるように民営化の領域をどんどん広めてほしいと。たとえばアメリカで言えば、刑務所が民営化され、株式会社化されるとかね。水道会社が株式化されるという感じで、今まで公営とされてきた事業がどんどん株式化されて、企業の投資領域になってくる。その結果、資本の力はどんどん強まる。

    そうすると、これはグローバルな競争の過程でもあるんですが、分厚い中間層は賃金が高いので、やっぱりこれは大きなブロックになるわけです。だからどんどん賃金を下げたい。自由にクビを切れるような制度にしてほしいと。つまり、さまざまな労働者保護の規制を取っ払って欲しいということになってくる。それがどんどん進展していく。その結果どうなったかというと、今われわれが持っているようなシステム、資本が最大の権力を得てしまったシステムですね。必然的に何ができ上がるかというと、資本が自らの利害を完結できるようなシステム、まさに資本がトップに立つようなピラミッド型のシステムです。

    西塚 金融資本主義に代表されるシステム。

    ヤス そうです。その結果に対して、最初の話に戻りますが、多くのアメリカ人が憤っているわけですね。とんでもないと。民主党にしろ共和党にしろ買われてしまってる。資本が作り出したこのピラミッド型のシステムに真っ向から反抗できるような別の勢力がないのかってことですね。だからと言って、ひとりひとりのアメリカ人が大っぴらにそれをやるとね、さっき西塚さんが言ったように、ひとりひとりがまだ企業に勤めているわけですから、リスクがでかいわけです。

    西塚 実際、フードスタンプに頼っているような人が4600万人いるという話ですから、もういつ暴動、革命が起きてもおかしくないレベルじゃないですか。ましてや保守も革新も一致して…左のほうは社会保障制度をもっと充実させなきゃいけないということで、結果的には大きな政府を求める形になってると思います。リバタリアンとかティーパーティーなんかは違うかも知れませんけども、やっぱり政府は小さいほうがいいと、われわれに管理させろというのかもしれませんが、今では少数派なんですか、彼らは?

    ヤス いやいや、まだまだ僕は強いと思いますね。政府もいらない、ましてや大企業もいらないわけです。だから、すべてコミュニティで管理される。

    西塚 共和党のルビオはどこに入るんでしたっけ?

    ヤス ティーパーティーに親和的な人ですよ。

    西塚 そうですよね。今、けっこう弱くなっちゃって、むしろトランプとかクルーズとか、そっちのほうが強くて、いわゆる昔からいるリバタリアンとかティーパーティーみたいなものが小さくなってるのかなって気がしたんです。強いことは強いんだろうけど…

    ヤス アメリカが強いストレスを持ったときに、その社会をもう一回立て直したいと。現在の企業を中心とした社会、中間層が没落したあとにでき上がったピラミッド型の社会、そういったものに反抗したいといった場合に、何が社会再生のモデルになるかというと、彼らが最初に考えるのは独立直後のアメリカのコミュニティ主義なんですね。

    コミュニティ中心の自給自足的な小さな共同体にまとまるということ。それがひとつのモデルになって、準拠点としていつもそこに戻ってくる。だからリバタリアンもキリスト教原理主義、福音主義者もみんなその点では共通してる。

    西塚 だから、どちらかと言えば今、共和党のほうに分があると言うか、民主党か共和党かと言えば、共和党のほう、もちろん政党に対する信頼性が薄れていることもありますが、アイオワを見ても、民主党よりは共和党のほうにという…まあ、もともとそうなのかもしれませんが、僕は詳しくないですけども、何かそういう印象を受けるんですね。共和党のほうに傾いてるかなと…

    ヤス アイオワというのは、ある意味でアメリカの縮図と言われてましてね。アイオワ州の選挙の結果が、実質的に大統領選挙に影響してくるというか、そのとおりになってくるという。だから、アイオワを制した党が大統領選挙を制するということが言われてはいます。

    ただ、アイオワを見てると、共和党は強いのかというと強くない。逆にえらい弱いですね、今。むしろ圧倒的に民主党のほうが強い。トランプが言っていることはアメリカ人のストレスを表現してるわけですね。だからティーパーティー派もリバタリアンも、それから福音派もだいたいトランプ支持に傾くということが多いんですよ。

    トランプは自らが大金持ちであるにもかかわらず、いわゆる企業が独占した現在の政党制度はおかしいのではないかと。われわれはアメリカ人の原点に戻るべきだと何度も言うわけです。だから共和党の内部で一番の支持率を勝ち得るのは間違いない。でも実際にトランプとクリントンを戦わした場合、どちらに分があるかというと、もうクリントンの圧勝ですね。アイオワでもそう。

    クリントンの支持者、民主党の支持者はどういう考え方を持ってるかというと、現実的に考えてみろと。独立直後のアメリカのコミュニティ主義に戻れるわけないだろうと。コミュニティを中心とした自給自足的な経済に戻るってこと自体が幻想だ。現在のアメリカ経済の企業はそんなものをはるかに超えてるというわけです。

    コミュニティだけで食うという基盤を確保できる水準では全然ない。われわれはグローバル資本主義の中で生きている。何が重要かというと、富の再配分だと。富の再配分をやるためには強力な政府がいる。それは大きな政府なんだということで、それを主張しているのが民主党ですね。

    西塚 普通に考えれば、クリントンの圧勝だとみんな言ってますね。クリントンが候補になるとは言いますが。トランプもね、意外と共和党でがんばってるという話もあるので…

    ヤス もしね、共和党の候補にトランプがなるのなら、クリントンが圧勝する可能性が強いですね。

    中国はやはり覇権国家だった!

    西塚 わかりました。ちょっとまた別の話ですが、教えて欲しいんですけど、中国は今までのこの対談の話の流れで言うと、中国共産党というのが第一であって、民衆も貧しい国家に戻らないために共産党が強くあってほしいということがありますね。それと同時にですね、例の香港の事件、反体制の本屋のオヤジとか書店員がおそらく拉致されてると。いまだに彼らは出てきません。

    今回の誰でしたっけ? 中国の人権派の記者が、亡命しようとしてタイでいなくなっちゃったりする。おそらく拉致だろうと。要するに、そういう反共産党の人間を拉致して、何をしてるかちょっと危ないですよね。何であえてそんなことをやるのか。習近平は腐敗をなくすということで、ガンガン取り締まってるみたいで、とうとう上海閥も本格的にやって、いわゆる江沢民一派を一掃しようとしてる。もうかなり本格的にやってるみたいじゃないですか。

    だからそういうのを見ると、それだけ共産党の力を確保したい、ちょっとでも不安定にさせないために、確固たる強力な体制を作り上げていきたいという気持ちの表われだともとれるんですが、だんだん僕はですね、習近平は危ないのかなって気がしてきたんですね。それこそスターリン的な共産党独裁の、本当に強固なファシズム国家にしたいのかという。実際に経済的にも、前に比べれば翳りが出てきてるし、ちょっと違う意味で怖くなってきたというか、大丈夫なのか習近平は? というのがあるんですけど、そのへんはいかがですか?

    ヤス 最近、ピルズベリーという人がですね、「Chaina2049 」という本を書いたんです。これはある意味で面白い本です。彼はアメリカのCIA出身の中国専門家なんですね。親中派で有名な人だったんです。彼が言うには、中国はハト派とタカ派が当然いるんだけども、中国政府で主な権限を持っているのはハト派であると。ハト派がどういうことを考えているかというと、中国は覇権国家になるわけではない。経済的な大国にはなるかもしれないけども、アメリカが作り出したシステムに対して離反はしないと。

    アメリカが作り出したグローバル経済の秩序の中でね、経済大国として最大限の利益を得たい。そのゆっくりとした過程の中で、われわれ中国は民主化したいんだということをはっきりと表明していたと。そのような中国をわれわれは信じたというんですね。だから、できる限りの援助をした。軍事情報まで与えた。それからテクノロジーも十分にアクセス可能な状態にした。それが習近平政権が出てきたときにガラっと変わったというんですよ。

    今から考えてみると変わる予兆はたくさんあった。しかしながら、われわれがあまりにも親中派だったので、その中国の本音を見誤った。それを私は反省すると。中国の本音は全然違うところにあった。本音を言っているのはタカ派のほうだった。タカ派は何を言ってるかというと、やっぱり100年の中国の夢。

    タカ派のイデオロギーの根幹を成しているのは、ある意味で巨大なトラウマである。1840年にアヘン戦争がある。中国は欧米列強に負けて半植民地状態になり、それから内戦を経験し、本当にボロボロになりながら独立したのが1949年だと。それから長い間アメリカによって国際的に封じ込められて、中国封じ込め政策でね、やっと国際社会に復帰したのが1971年。かく長きにわたって中国は苦難の状態にあった。

    本来中国というのは、自ら世界の秩序を構成する構成メンバーになるべき国だと。もっと言うと構成メンバーではなくて、中国こそが世界秩序を構成する権利を持った国なんだというわけです。天から選ばれた国なんだと。その天から選ばれた国が、本当にこの200年近い間ないがしろにされて、蹂躙されてきた。それはやはり欧米の勢力に蹂躙されてきたんだという。

    西塚 それはいわゆる中華思想ですか?

    ヤス そう中華思想。必ずその復讐はしてやると。

    西塚 へえ。まあ、天帝とよく言いますけど、あれは神でもなんでもなく…いや、本当は神に近いのかな。

    ヤス 神に近い。それをまともに信じてるし、天の命を受けた国がまさに中国であると。中国こそが世界の秩序の構成者になるべきなんだというんです。

    西塚 そうすると、過去のトラウマが中国にはあるので、みんなそこには絶対に戻りたくない。だからこそ共産党を強くなきゃいけないと。それは間違いないんでしょうけども、その根本にはいわゆる中華思想があって、覇権主義があるということですか?

    ヤス もっと言うと、二度と過去の歴史を繰り返してはならないというのはどういうことかというと、偉大な中国を取り戻せねばならないと。彼らの言う偉大な中国とは何かというと、世界の秩序の構成者としての覇権国としての中国ですよ。

    西塚 習近平もそっちの思想なんですか?

    ヤス 2010年から13年にかけて、手の平を返したように中国政府が本音を見せはじめたと。いわゆるタカ派が中国の政権の中心部に居座ったぐらいのときだと言うんですね。要するに中国は今まで本音を隠し続けてたんだけども、本音を隠さなくてもいいくらいの国力を身につけてきたと、どうも彼らは自らを判断した。

    しかしながら、現在のオバマ政権の主流を成してるのは、まだ親中派である。そのようなタカ派の中国に対する現実認識を受け入れることを拒否していると指摘した本だったんですね。おそらく中国は強い中国、いわゆる覇権国になる中国を目指して進みはじめていると思いますよ。

    西塚 なるほど。やっぱりちょっときな臭くなるというか、イヤですね。今までのそれこそ尖閣とか、南シナ海も含めてですね、ひと筋縄じゃいきそうもないですね…

    ヤス ただね、すぐ出てこない。

    西塚 ケリー国務長官がいきましてね、中国に。まあ北朝鮮の問題で、何を言ったかちょっと僕はわからないですけど。

    ヤス 北朝鮮に対する制裁で中国に対して協力を求めたんだけど、中国は北朝鮮の市民生活そのものを苦しめる経済制裁に対しては反対であると。逆効果であると。北朝鮮が暴発しかねないということを言ったんです。

    ただ、中国は中国を中心とした世界秩序を形成するという野望というか、それが本来の中国の姿なんだっていうことですね。それが今の習近平政権の背後にある思いですね。むしろ、歴史のトラウマに裏づけられたそうした思いが結実したのが、今の習近平政権であると言えると思います。

    そう言うと、えーっ!とビックリするかもしれないけれども、安倍政権なんかを見れば全然、違和感を感じない。安倍政権の背後にあるのは日本会議でしょ。日本会議の考えてるものは、やっぱり神の作った神聖国家としての国家神道の復活だし、戦前型の天皇制国家の復活ですよ。それを復活させたいという、ある意味で敗戦のトラウマに裏づけられた強烈な思いがあるわけですね。願望があるわけです。その願望を前面に出した政権なわけですよ。

    この間、日本会議の総会があったんですね。その総会の中で何が言われてるかというと、安倍こそが唯一、神から天命を受けた人なんだと。この政権をおいてほかにわれわれが天皇制国家を樹立する政権はあり得ないというようなことを言うわけです。数万人規模の人がそこに結集するわけです。そういうふうに見ると、別に習近平政権、中国のタカ派がね、そういう願望を持ったということは特別に奇異なことではない。

    日本はまたぶっ壊れるしかない!?

    西塚 僕も奇異なことだとは思いません。言い方を変えれば、日本と同じように危ないんだなという感じです。確かに日本会議は本格的な神道を、というか国家神道なんだろうけども、信じてた人たちが敗戦後、日の目を見なかったんでしょうが、民主党が政権をとって自民党が野に下ったときに、自民党を助けたのがその人たちだったということですね。それで日本会議がどんどん力をつけて、自民党はもう吸収されてしまったという。

    話は変わりますが今回、琴奨菊が日本人力士として10年ぶりに優勝したと大騒ぎしてるんですけど(笑)、一部ではちょっと宣伝しすぎだと。何か意図的なんではないかと。僕はそこまでは思いませんが、ただ新聞に出るくらいなので、そこにイヤなもの感じてる人はいるらしい。東京新聞でしたけども。

    あまり敏感になりすぎるのもどうかと思いますが、ちょっと“日本”を押し出すと、何かこれはおかしいのではないかというようなことを一応、言う。そうしてバランスをとらないとおかしくなっていくという意識が働いてる気もします。だからお互い、ナショナリスティックな人たちと、いわゆるリベラリズムのほうの人たちとの間でも、無知が高じて感情的になったときに、これはまた利用されますね。ここぞとばかりに。

    それがイヤだなって、僕は最近の報道を見てるとチラチラと感じるんですね。ちょっと過敏すぎるだろうということと、あまりにもナイーブだろうってことの、今すごくバランスが悪くなってる気がします。

    ヤス いや、バランス悪いですよ。僕は何度も言ったかもしれないけど、現在の日本というのは衰退の最終局面です。確実に衰退しています。100%。

    西塚 V字復活はないですか?(笑)

    ヤス あり得ない。一回ぶっ壊れないと無理なんですよ。

    西塚 そこなんです。経済的な意味ばかりじゃなくてですね、V字復活と言ったのは経済的な意味でしたけど、衰退なのかどうかってことなんです。ひょっとしたら、バランシングしようとしてるだけなんじゃないかって気もするわけです。

    ヤス 日本の歴史を見てるとね、一回ゼロポイントまで引き落とされて、ぶっ壊れるわけです。焼け野原になるんですよ。今、われわれは焼け野原になる過程です。

    西塚 「堕落論」のときのように(笑)。

    ヤス そうそう。ゼロポイントまでいって、また復活するんです。そういう意味でのV字復活はあり得る。

    西塚 僕はそういうふうに見てるんです。僕は出版界しか知らなくて、いろいろな業種はわかりませんが、そういう気がするわけです。だから全部、木っ端微塵になるというような過激な言い方はできないけども、戦後以来、特に出版の流通の構造とかですね、やっぱり壊れる。本当に壊れるしかないんですよ。そこからまた新しく何かができ上がってくるんでしょうけども。

    地震とかは別です。地震とか天変地異とか戦争とかは別の話だけど、そういうことは各業界にあるんでしょう。だから、それは普通に何年も前からわかる人はわかってて、それが今起きてるといういうぐらいの見方なんですね。ただこれが経済で、世界的なドルも含む崩壊がともなうのであれば、やっぱりこれはちょっとシャレにならないかもしれない。

    ヤス 日本が衰退の最終段階にあるとはどういうことかというと、これは何度も対談で繰り返したことなんですけど、日本というものに対するこだわりの強さなんですね。これが日本を衰退させるんです。さっきの琴奨菊に関するものもそうです。日本人!日本人!日本人!ってヤツですね。

    また、“ジャパンアズナンバーワン”みたいなものの再興を夢見てるようなメディアがたくさんあって、たとえば日本がいかにテクノロジー的に優れているのか、ちょっと何かやると日本万歳、オールジャパンで結集するとかね…

    西塚 昨日の韓国戦もすごかったです(笑)。

    ヤス 韓国戦もそう。たとえばiPS細胞でノーベル賞をとった山中(伸弥)先生。ああいう人が出ると、やっぱり日本だ!日本だ!日本だ!って言うわけです。現在、第4次産業革命って言われてる時期にいるんです。産業革命というのは大きくて、産業革命に合わせて社会構造も何も全部変わってしまうんですね。

    第1次産業革命というのは18世紀の終わりから19世紀の初めまで。日本は19世紀の終わりだったんですけど、いわゆる蒸気機関を中心とする機械がですね、さまざまな産業に取り入れられるということです。第2次産業革命というのは19世紀の終わりのほうです。重化学工業が起こってくる。第3次産業革命は1930年代から40年代にかけて。いわゆる家電とか自動車といった耐久消費材が生産の中心になってくる。これが分厚い中間層を生んだ大きな社会構造革命の原点になってくるんですね。

    現在は第4次産業革命と言われてます。その中核になってるのはIT産業ですね。そのIT産業の中核を担ってるのは大企業じゃないんです。本当にベンチャー。もしくはもっとちっちゃな個人のチームなんですね。たとえば、どんなふうに生まれてくるかというと、今、時計型のコンピューターって流行ってるじゃないですか、iWatchとか。サムスンも出してます。ウェアラブルの時計型のコンピューターがすごく流行ってて、これがけっこう売れてるんですね。

    これなんていい例なんですけど、あの時計型のコンピューターの最初はペブルというものなんです。このペブルという時計型のコンピューターを作ったのは誰かというと、4人のチームですよ。普通の若い4人のエンジニアのチームのアイディアで、時計型コンピューターを作った。これが2012年。そのときにお金がない。お金がないので、キックスターターというクラウドファンディングを使うわけです。クラウドファンディングを使って、そこでこういう製品を発売したいと訴える。そうすると先行予約でみんなが買うわけですね。それで数億円を超えるお金が集まってきた。それで実際にペブルを生産して、販売した。それがまたすごく受けて、ものすごい勢いで売れた。それを見て、アップルをはじめ各社がですね、これからはウェアラブルの時計型コンピューターだと流れをつかんで、発売していったということなんですね。

    だから今は、ベンチャー企業というよりも、企業化してないような小さな集団が作り出してくるんですよ。小さな集団というのは国境がない。たとえば、リトアニア人とアメリカ人と日本人と韓国人と中国人のチームが一緒になって、ネット上でアイディアを交換して新しい製品を作って、キックスターターで資金を集めてそれを製品化していって、それが売れたらベンチャーとして大企業化していったり、またそのベンチャーが最終的に大企業に買われたりするという世界なんです。

    そこにはまったく国境がない。シームレスでアイディアが展開する世界なんです。ここで、いわゆる日本!日本!日本!と言うと、排除することになるんですね。いわゆる人種的な排除になって、日本人以外のものを全部排除して、日本ということで固めてくる。そうなると、シームレスにあらゆる多様的なものを合算してユニークなものを生むというね、現在の第4次産業革命のスタイルから最初に抜け落ちる。

    現在の日本はどんどん抜け落ちていってると思いますよ。その結果、日本からは新しいテクノロジーが生まれてきてないんですね、全然。われわれはみんな誤解していて、これは日本のメディア操作だと思うんだけど、海外で出て売れてるテクノロジーは、どんどん売れて売れて売れて、やっと半年後の日本のニュースで紹介されるというくらい、時間のギャップがある。

    西塚 それは本当に前から感じてました。というのは、ヤスさんがいろいろと海外の製品の情報を見せてくれるじゃないですか。こんなの見たことないよ!というのがたくさんある。それは、普通にYouTubeに転がってるような映像も含めて、あるいはホームページに飛ばなきゃ見れないものも含めてですね、いくらでもあるのに、何で日本のメディアには出てこないんだろうと。あれでちょっと僕は焦りましたね。ああ、これは日本のメディアだけ見てたら、絶対取り残されるなっていう(笑)。

    ヤス とにかく日本というものにこだわりすぎてね、第4次産業革命の主流となってるものは、シームレス、ボーダレスで多様的な個人が結び合ってね、新しいものをクリエイトしてくという流れです。民族性にこだわった場合は決定的にマイナスですよ。

    西塚 そうですね。日本人の常で、クールジャパンとか、まあアニメも含めて言われちゃうと、またそこに閉じこもっていくという。

    ヤス だから“ジャパン”というものはね、取っ払わなければダメですよ。やっぱりユニークなものというか、国際的な競争力のあるものは“ジャパン”を取っ払わないと生まれてこない。簡単に言うと、多様なアイディアを持った個人の集まりからしか生まれてこないんですよ、絶対。

    西塚 そうですね。クールジャパンって言ってるだけでもうダメだという…

    ヤス もうダメですね。“ジャパン”がついた段階で、もう終わるんです。

    西塚 まだ“ジャパン”が本当に世界の中で特殊で、ユニークで、ちょっとブランド化してるときだったらまだいいんですけど、あれは80年代で終わってますね。

    ヤス 終わってます。もう30年前ですよ。それは第3次産業革命の余波で、まだまだ発展しているときですよ。時代が決定的に違う。第4次産業革命ですからね。産業革命を起こす主体が全然異なってる。

    西塚 何か、どうしてもこだわりたいものが国レベルであって、アメリカみたいな多民族国家にいる人たちも、やっぱりアメリカとはこういう国だという、要するに民主主義の国であり、世界の中でもそういったものを広める使命があるとすら思ってる傾向があるじゃないですか。

    たとえばいろいろ、黒人、プエルトリコ、ヒスパニックでも、みんな争ってはいるんだけども、宗教も違うし、でもアメリカってことになるとけっこうまとまってしまう。いわゆる日本の何とかジャパンにこだわるのも似てると思うんですけども、僕はそういうのは、いわゆる宗教団体とは区別しますが、やっぱりそれは信仰だとしか言いようがないんですね。要するに根拠がない。

    ヤス 根拠はない。ナショナルなものに対する極端なこだわりですよ。

    すべて「個」から生まれる

    西塚 それは何なんですかね……何回も出てきたテーマですけども、何か自分が不幸だったり、あまり気に食わない日常生活をしているときに、何か超越的なものに頼りたくなったり、神頼みじゃないですけども、それを打ち消してくれ何かに縋りたくなるっていうことなんでしょうか?

    ヤス 第4次産業革命に絡めて言うとね、第4次産業革命が明らかにしたのは、個の力の偉大さですよ。個と個が連帯した場合に巨大な力が発揮されて、やっぱり変えられるんだということですね。それはビリー・マイヤー的な意味での個の覚醒です。

    まさにその個が覚醒するという方向にわれわれは確実にいる。だからいくつかのユニークな個人がネットワークで何かを生み出しただけで、巨大なものを形成できるわけですよ。たいていは、みんなひとりからじはじまりますから。個になるということは、どの文化でもそうですけど、特に日本文化ではそうなんですけど、巨大な恐怖心をともなう。

    西塚 その恐怖心というのはどこからくるんでしょうか? 今までの生活の安定感とか、そういうことももちろんあるでしょうけども…

    ヤス 個であるということの偉大さ、個であることがどれだけの力を発揮できるかということに対する認識がない場合…

    西塚 ああ、やっぱり無知からくるんですね、簡単に言っちゃえば。

    ヤス 無知からきますね。だから、何か巨大なものに対して自分が組み込まれないと、自分というものは生きていけないだろうということですね。

    西塚 それは、しつこいようですが、ゼランドも言うんですね。いわゆる“振り子”と言って、あらゆるところで、お前はひとりでは生きていけないと、洗脳と言うと何か主体がありそうですが、そうではなくて、そう思わされるわけです。いろんな意味で。もう生まれたときから。どうしてもそういうものが出てくる。

    操り人形みたいなもので、糸でつながれてると不自由なんだけども、安心感があるわけですね。倒れないから。ただ、その代わりにいろいろ操られちゃう。好きなことができない。ときどきは好きなこともできるんだけども、いざというところで引き戻される。この糸にずっとつながっていると、ひとりで立つのが不安になるわけですね。その糸を切っちゃえば、本当は自分の足で歩ける。でも、そこに気がつかない。

    ヤス そうなんですよ。そこに気がつかない。気がつかないし、糸を切ることに対するものすごい不安感ですね。

    西塚 そうですね。不安感と恐怖感。それは僕はおもしろい比喩だったので覚えてるんですが、まったくそのとおりだと思います。だから、イヤなんだけども安心感があるわけですね。でも、糸を切っちゃったときにどうなっちゃうんだろうと。倒れちゃうんじゃないかとかね。そうじゃないんだと。別に自分で歩けばいいじゃんというだけなんですが…。

    ヤス したがって、その恐怖心が大きなモメンタムになってね、個を超えた巨大なもの、ナショナルなもの、企業であるとか、そういったものに自分を埋め込みたいという強烈な衝動になりますよね。

    西塚 そうですね。あらゆる手を使ってそういうものだよと、また喧伝されるわけですね、メディアとかで。どこまで自覚的なのかどうかはともかく、わかってる人はきっとわかって行動してると思います。それがどれだけ世界中を支配しているのか。でもひとつは、そんなことを考えないバカ野郎がですね、操り糸を切って好きなことをやっていくわけですね。そうするとそれはもう操れなくなるので、むしろそこになびいてきますよ、逆に。企業でも何でも。

    ヤス そうなんですよ。実際、ひとりでやる人たちは、オレは個人として偉大な力を持ってるなんて全然思ってない。そうではなくて、ただただやりたいという好奇心と欲望が強いってだけですね。気がついてみれば、やっちゃってるというような感じの人たちですよ。だから本来、人間の内面から湧いてくるような強烈な衝動に対して、いかに忠実に生きるかどうかということです。

    西塚 何回も出てきているテーマでもあるし、なかなか言葉では言えないんだけども、でも何とか言語化してきたいと思います。その感覚をどう表現したらいいかというようなことですが、やっぱりある程度は伝えられると思うんです。いろいろな例をあげながらでも。でも、難しいじゃないですか、言葉で言うと。何かウソ臭くなるし、的確じゃなかったりして。言葉にした瞬間にもう変わってくる。

    ヤス 変わってくる。言葉にすればね、ひとりひとりが偉大な人間なんだとかね。

    西塚 それで終わっちゃいますよね、ヘタすれば。

    ヤス そう。ひとりひとりが偉大な潜在力を持ってるんだとか、説教臭いことを言ってもしょうがない。だから、目の前の成功体験を積み重ねることだと思います。ひとりで何ができるかを見せつけることです。

    西塚 そうですね。それが増えれば、ああできるんだ、じゃあオレもと。

    ヤス とにかく見せつけるってことね。だから西塚さんが個人として成功することはすごく重要(笑)。

    西塚 重要なんですね。この間の新年会でも、何か見てるんですよ、僕のことをね。でも僕の言い方で言うと、仮に失敗したら、それはそれで何がダメだったかというサンプルにもなるんだから、見ててくれという言い方をするんです。僕はもう、成功失敗はとりあえずおいといて、見せるしかないかなというつもりではいますね。

    ヤス まさにそうなんですね。われわれひとりひとりがロールモデルになるしかない。

    西塚 いや、ヤスさんはもう立派なモデルですからいいんです。なかなかマネできないところだと思います。

    ヤス ときどき、いろんなことを言われます。あなたは特殊な能力があるからとかね。語学ができるからとか言うんだけど、やっぱり思えないんです、そういうふうには。そうじゃなくて、好きだという衝動があって、その衝動にしたがって生きてたらこうなったというだけですよ。

    西塚 Banging the doorですね(笑)。

    ヤス そうそう。そうなんです、本当に。

    西塚 ドアがカチャッと開いてしまったという(笑)。

    ヤス カチャッと開いちゃったってだけですよ。好きだという衝動に合わせてたら、そうなったからしょうがないだろうと(笑)。僕は組織では生きられないからね。生きられないというか、あまりにも過激で無理だということがわかった。

    西塚 あまりにも不自由でしょうし。

    ヤス 不自由です。

    西塚 不愉快になってきます(笑)。

    ヤス 宮仕えは無理なんだと(笑)、本当に。

    西塚 なるほど。

    ヤス だから、ひとりで生きても大丈夫なんだよといったようなモデルを積み重ねる。われわれ自身が現実を創る能力を持ってるし、現実の変革能力を持ってるんだってことを、現実を創り出すことによってひとりひとりが証明するということですね。

    西塚 そういった意味で、今はちょっとわからないので逆にお聞きしたいんですが、昔のアメリカは日本と比べれば、能力が高かったらどんどん自分で会社も選べたというし、それこそ個が強かったんじゃないんですか?

    ヤス いや、今でもそうですね。本来のアメリカのいい伝統というのは、そこですね。個の力、個というものに対する楽観的なまでの信頼感があります。

    西塚 ましてや相手のことも尊重して、前のお話の例にもありましたけど、さっさと帰ってしまう上司に対して、日本人が気に食わないと言っても、そんな契約も何もないし、むしろ仕事が全部終わったらそれは本人の自由だろうと。日本の場合は何となく、部下がまだ仕事してるのに帰るのは…という。

    だから本来、そこはいいはずなんだけど、今のアメリカがああいうふうになっちゃってるというのは、やっぱり政治システムの問題でしょうか?

    ヤス まあ、アメリカという国は振り子で言えば、たとえば日本というのはゼロ地点まで叩き潰されないとわからない国なんですけど、アメリカはそこまでいかないんですね。極端に振り子が振れた場合は、必ず大きな押し戻しの力が働いて、別の方向にいくんですよ。

    今のアメリカは、ある意味で別の方向にいってる。企業が作り出したピラミッド社会に対する反抗の方向にいってるんですね、徐々に。その反抗の方向にいくための、押し戻しの起点になるのはいつも個人主義です。その個人主義がどういうものに結実するかというと、ひとりひとりの自立した個人がコミュニティを形成して、自立した個人が形成したコミュニティによってすべてを管理するというコミュニティ主義、地域社会主義に至るんですね。

    西塚 日本の場合は本当にことごとくぶっ壊れないと、なかなかスタートできないということですか?

    ヤス そうです。だから、どこの時点で個になるかです。敗戦後の“個”の誕生の気高い宣言は「堕落論」(坂口安吾著)ですよ(笑)。まさにね。われわれは個なんだと。個によってわれわれは生きていくんだ。その自由と楽観、それから解放感を赤裸々な言葉で謳ったのが「堕落論」ですね。だから僕は「堕落論」は読むべきだと思う。

    西塚 そう思います。そんなに長くないですしね。

    ヤス 社会的な価値観に対するこだわりであるとか、または他人の目に対するこだわりであるとか、他人の感情に同調しなくてはならない同調性バイアスであるとか、そういったものを全部かなぐり捨ててるわけですよ。「堕落論」というのはね。

    西塚 僕の言い方にすると、人間をちゃんと認めてるんですね。人間だからそうなるんだという。そこに戻れという感じがするんです。

    ヤス そう。人間の本性に戻って生きるしかないだろうと。それがお前だろ?ってことですよ。だから、今は堕落論的な回帰が僕は必要とされてると思います。

    西塚 まあ、坂口安吾自体も無茶苦茶な人でしたけどね。個ではありましたね、確かに。

    ヤス 坂口安吾はね、戦後のルポルタージュとかおもしろいですよ(笑)。無茶苦茶ですよね。無茶苦茶なんだけどおもしろい。終戦期の時代というのは、日本人が個であって、個で何を成し遂げたかという時代ですね。闇市の時代なんですけど。ものすごいエネルギーの時代ですよ。

    西塚 そうなると、また飛ぶわけじゃないですけど、イランの制裁解除があって、ロウハニ大統領がフランスにいったりして、いろいろ大きな契約を結んだりしている。その反面、難民を無制限に受け入れようとしたドイツでは、難民による婦女暴行みたいのがあって、やっぱり規制せざるを得なくなってるじゃないですか。

    ある種、堕落論というか、戦後の日本ほどじゃないんだろうけど、坩堝化してますよね、ヨーロッパ自体が。そこで本来、難民だからといってみんな聖人君子じゃないし、いろんなことをやるわけですよ。そこで人間の本性というのが、どれだけ伝統文化があっても、経済的に豊かであっても、やっぱり摩擦が起きてくる。そう言った意味では本当に世界的に、堕落論じゃないですが、本性に戻って個からはじめろという流れになってるのかなと思います。

    ヤス それしか解決がないってことですね。前にわれわれがテーマにした抑圧されたものの噴出なんですけども、ひとつの社会に内在した歴史的な怨念であるとか、集合的なトラウマ。それを個人として引き受けてしまうとね、大変なことになると思います。それは集合的なトラウマの干渉行動となって現れるわけだし、集合的な復讐心となって現れるだろうし、だから集合的な怨念のエネルギーの放出過程の中に巻き込まれたら、とんでもないぞってことです。

    西塚 個人レベルでも、ある種の集団でも、国レベルでも、もう収拾がつかなくなるし、一国で、まあメルケルさんが言ったようにドイツでね、いろいろドイツにもトラウマがあるので受け入れざるを得ないんだろうけども、やっぱり一国ではとても受けられないという。もう今、証明されているわけですし。

    ヤス そう。一国では受け入れられないことが証明されて、ドイツの中では強烈なナショナリズムとか民族主義が出てくる。その民族主義とかナショナリズムといった、いわゆる個を超えた集合的な流れね。そういったメンタリティーにわれわれが飲まれてしまうと、まさにそこで個がなくなるんです。

    西塚 そういう津波や渦に巻き込まれたらもう、途中だったらまだ抜け出すことができるけども、ある程度までいったら逃れられないじゃないですか。

    ヤス 逃れられない。

    西塚 じゃあ、どうすればいいかというと、やっぱり自分がひとつの渦になるしかない。小さくても自分から渦を起こしていくということかなと思うんです。それしか、今のところ対抗できないんじゃないか。フラフラしていて、あっちこっちで飲まれそうになったらまた逃げていってと。それでもいいですけども、それがサーフィンだという言い方もできるかもしれないけど、僕としては小さい渦でも渦になれば、ベーゴマじゃないけど、回りながら移動して、また似たような渦があれば、それがよければ一緒になってまた大きくなってもいい。そうすればもっとでかい渦にも対抗できる。暗黒の渦にですね。そういうことなのかなと思うんですね。

    ヤス そうですね。言葉で言えばそうです。集合的なメンタルな流れ、集合的なメンタルの渦、津波のような怨念の放出の渦から“イチ抜ける”ってことです。イチ抜けて、たとえばドイツ人でイチ抜けたと。そして個々の移民と話すわけですね。友だちになってね。お前ら、どう歩んできて、どうなったんだと。そうすると、また全然違ったシナジー効果があるわけですよ。

    そこで移民とかドイツ人じゃなくてね。言ってみれば、モハメッドとヨハンの対話になるわけですよ(笑)。そこでは、違った友情もあれば、恋もあるわけです。その時点に戻ればね、おそらく別の渦が作り出されますよ。

    西塚 そう思います。僕は“嫌韓”でも本当にそう思いました。韓国の人たちと知り合えば知り合うほど。特別、韓国人が好きなわけじゃないんですね、要するに普通なんです。普通につき合ってるだけ(笑)。

    ヤス だから個の中に戻るとね、みんな同じなんです。あんまり変わんないですって。

    西塚 同じです。日本人にもイヤなヤツはいっぱいいますからね(笑)。

    ヤス 日本人のイヤなヤツよりも、韓国人で合う連中と喋ってたほうがずっと楽しいですよ。だから個として平凡であれと。平凡であるとは何かというと、自分が突出した個であるとかね、社会のリーダーであるとかね、そんなくだらないことを思うなと。そうじゃなくて、徹底した個人としての日常的な、平凡な、当たり前の意識を中核におけと。それを中核において、それを超えたすべてのものに抵抗する(笑)。ナショナリズムにも抵抗するし、社会的な価値観にも抵抗するしね。個の日常意識を中核におくということ。

    西塚 ここで僕がヤスさんにお聞きするこういう話も、別にアジテーションではなくて、普通の情報としてヤスさんからお聞きしてるわけですね。勉強とも違うんです。それでいろいろ発信していきたい。多くのみなさんと会えるわけでもないので、まあヤスさんが勉強会をやられてるときは生身で会えるけども、やっぱり多くの人に伝えるためには、手段として本が必要だし、こういうネットも必要だということですね。ヤスさんには毎週、わざわざおいでいただいてますが、できる限り続けたいと思っています。

    ヤス まさにね、個としてのネットワークをいかに個が張るかということですね。それが可能なのが第4次産業革命なんですよ。この流れに乗らない手はない。本当にね。

    西塚 いろいろリンクもできます。

    ヤス リンクもできる。本当にそうです。「Change.org」という活動がありますね。あれをはじめたのはひとりの青年ですよ。全部ひとりなんだということですね。アイディアを持ってるヤツがやってみようと思ったら、同じ志しを持った個が集まる。

    西塚 やり続けたわけですね、彼は。

    ヤス そう。そうしたらひとつの渦になるわけです。必ず。

    西塚 やっぱりそこがテーマですね。わかりました。また次回、違う切り口を持ってきます。今日はありがとうございました。

    ヤス いえ、こちらこそ、どうもどうも。


    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

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    意味産出の現場としてのBBSやブログ

    また、私はいま日本で起こっている変化を以下のようにとらえております。もしよろしければこちらもどうぞ。

    03/10のツイートまとめ

    ytaka2013

    「ヤスの勉強会」第24回のご案内日時:3月26日、土曜日時間:1時半から4時前後まで料金:4000円場所:都内(おそらく東横線沿線)記載必要事項名前(ふりがな)住所 〒メールアドレス参加人数懇親会の参加の有無info@yasunoeigo.com
    03-10 22:51

    だがこれは、今年の後半から来年にかけての中長期的な危機の原因にはなるにしても、直近の暴落のスイッチにはならない可能性の方が高いように思う。ただ、日本国債の危機は確実にやってくることは間違いない。それはいずれ別の大きな危機の原因となるだろう。
    03-10 22:49

    つまり、国債の暴落を回避しとうとすれば超円安による極端なインフレを覚悟しなければならなくなり、超円安を防ごうと思えば国債の買取を止めて暴落を覚悟しんかればならなくなるというアリ地獄の始まりだ。
    03-10 22:49

    これは、これから日本が金融的なアリ地獄に突入する予兆であるという見方がある。国債の暴落を回避するためには日銀は一層買い増ししなければならない。しかしそうすれば円がさらに安くなるので、海外ヘッジファンドは円を売り浴びせるだろう。
    03-10 22:49

    3月9日の債券相場は大幅安で、長期国債先物3月物は、ダイナミック・サーキット・ブレーカーが発動され、30秒間取引を停止した。一時取引を停止する場面があった。売りが優勢となり、一時96銭安の151円42銭まで下落した。https://t.co/TeLS0hV8Ln
    03-10 22:48

    酔っぱらいオヤジの「Spiritual Meeting」第30回

    3月7日

    ウエブボット最新版第2回の配信

    ウエブボット最新版第2回目が完成しました!対談相手の編集者、西塚さんの会社、「五目舎」から配信される「五目通信」に掲載されております。一部、2000円だそうです。ご希望の方は「五目通信希望」のタイトルで以下のメルアドからお申し込みください。

    お申し込みアドレス
    info@gomokusha.co.jp

    五目舎
    http://gomokusha.co.jp/

    「ヤスの勉強会」第24回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第24回を開催します。3月上旬に市場が暴落するという予測が出ています。そのような方向に動くでしょうか? また、いま世界経済の崩壊の引き金になりかねないさまざまな危機が指摘されています。これらの危機はいつ発現するのでしょうか? 最新の情報を駆使して、これらを徹底して解説します。

    【主な内容】
    ・3月の市場の暴落予測はどこまで的中したのか?
    ・1881年に起源があるロシアに対する怨念
    ・暗黒のヨーロッパなのか? GEABの報告書より
    ・マイナス金利の日本をどう生き延びるか?
    ・次第に見えてきた希望の光

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:3月26日、土曜日
    時間:1時半から4時前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無
    info@yasunoeigo.com


    高松の講演会

    以下の日程で高松の講演会を行います。お近くの方はぜひどうぞ!毎回ディープな講演会をしています!

    日時  平成28年3月25日(金)18:30受付 19:00~22:00前後まで
    場所  高松生涯学習センター

    会場内の掲示板にて部屋の確認をお願いいたします。
    〒760-0040 高松市片原町11番地1
    電話:087-811-6222 FAX:087-821-8022
    会費   ¥5000/人

    講演会後、高島先生を囲んでの懇親会を予定しております。場所 未定ですが高松市内にて行う予定です。

    主 催  里坊会計事務所 里坊昌俊
    実行委員 有限会社ウエストフードプランニング小西啓介、ソニー生命保険株式会社 山下智幸、株式会社京蔵 京兼慎太郎、株式会社クリード インテグレーション平野伸英

    内容
    ・市場の暴落の予測は的中したのか?
    ・シェールオイルバブルは破綻するのか?
    ・シリア内戦の行方と戦争の拡大
    ・ロシアと中国の長期の計画
    ・個に内在した本来の力


    次回の有料メルマガの予告

    3月11日、午前0時10分に配信する次回のメルマガでは、3月8日から10日(日本時間は9日から11日)にかけて暴落が予想されている株式相場の結果について見てみる。いま、次の金融危機を予感させるさまざまな要因が臨界点に達しつつあるように見える。これを具体的に解説する。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

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    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第30回である。興味深い内容だと思う。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    金両醤油

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第30回

    30

    西塚 みなさん、こんにちは。今日は1月24日です。「酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting」の30回になります。今日もよろしくお願いします。カンパーイ!

    ヤス こちらこそ。カンパーイ!

    西塚 相変わらず、収録前から飲んじゃってますが、前回のお話はおもしろかったです。現実をどう作っていくのかという部分は有料コンテンツのほうに載せるかもしれませんが、けっこう深いお話しでした。

    僕は最近思うんですけども、重要なことはひと言で終っちゃうんですよね。スピリチュアリズムがどうのこうのって言ってますけども、実はヤスさんがおっしゃったみたいに、“やり続けろ”とか、ヘタすれば“愛だよ”とか、ひと言で終わっちゃいそうな気がして、それだとつまらないんですけどね。実際、世の中はそんなに単純じゃないですから、こうやってヤスさんと毎週お会いして、いろんな時事問題を解きほぐしていくと言ったら語弊があるかもしれませんが、そこを素どおりしないところに意味があると勝手に思ってます。

    それで今週もいくつかありますが、ひとつは甘利(明)さんでお聞きしたいんですけど、今回の問題は、政治家にありがちないわゆる賄賂というか資金供与、企業献金云々かんぬんという話ですが、いきなりじゃないですか。あれはヤスさんの見立てと言いますか、何かお聞きになってますか?

    甘利大臣のスキャンダルの裏側

    ヤス いろんな裏はあるだろうなって話はたくさんありますよね。

    西塚 すごく違和感があるんですけどね。TPP担当で、安倍さんの懐刀と言ってもいい甘利さんが、何でここにきていきなりあんなことになるのか。

    ヤス もしね、本当に大臣室で金銭の授受があったということであれば、あまりにもずさんですね。やっぱり数千万円の受け取りがあったのではないかとも言われてるし。

    西塚 500万って言ってましたね。本人は、100万。50万、50万で。秘書に500万かな。ちょっと口利いただけですよ。何でここにきてあれが出てくるのか。

    ヤス 確かにね。だから何で大臣室でやり取りされたのか。なかなか考えにくいって感じはするんですけどね。ただ本当に行なわれたとすると、あまりにも政治がずさんだなと思います。しかしながらですね、あれは何かの裏があるのではないか。

    西塚 僕はそう思うんですよ。うがった見方をすると、このまま甘利がいると何かまずいことがあるのか、アメリカ側にですね。TPPの交渉の現場にいた人ですから。密約も含めて、とんでもないことがあって、甘利さえ失脚すればそれを守れるということなのか、あるいは、安倍さんがやるとは思えないんで、安倍政権にある程度見切りをつけた何ものかが、参院選まではもたせるけどもという、その序章みたいなものなのか、いろいろ考えちゃうんですね。ヤスさんは、そのへんはあまり関心ありませんでしたか?

    ヤス いやいや、おそらく僕は裏はあると思う。それはTPPがらみであることは間違いないんじゃないかと思います。今回、いろんなブログや何かでも言われてるのは、まあ噂の範囲を出ないんですけど、甘利さんが相当厳しく交渉してたというのは知られてるんです。

    西塚 いわゆる国益のために。

    ヤス 本来の国益のために。ギリギリのところまで頑張って、アメリカの譲歩を引き出そうとした。最終的にいろんな分野でアメリカは折れてですね、今回のTPPの合意に至ったんだけども、少なくともその合意をしようというところまで合意できたと(笑)。実際、どこまで本当の意味での合意であるかどうか、大きなクエスチョンマークがついてますけどね。

    いずれにしろ交渉の過程の中で、極めて強硬に自分たちの条件を押しつけてくるアメリカに対して、甘利さんというのは相当攻撃にまわってる。何かといろいろな譲歩をアメリカから引き出してきた実績のある人であると。かなり激しい交渉だった。机を叩いて怒鳴ったし、相手を詰問するような場面も多々あったと。

    西塚 やっぱりそうなんだ。

    ヤス 今回の事件のはるか前から、実は相当に強烈な交渉をどうも甘利さんはやってるようだと言われてたんですね。実際、交渉のあとの甘利さんは、もう二度とこういう交渉をやりたくないと。本当に疲れると言ってたんです。だから、アメリカからの報復かもしれない。

    西塚 僕はよく知りませんでしたが、国益のためにギリギリの交渉はしてたんですね。頑張ったんですね、じゃあ。

    ヤス 頑張ったと思いますよ。唯々諾々とアメリカの要求にすべて従うという交渉ではなかった。

    西塚 だとしたらあり得ますね。嫌がらせじゃないけども、牙をむいたヤツはガツンとやるという。

    ヤス 同時にですね、今後、一応TPPの合意を得たという調印が行なわれるんですけど、その後は再交渉は不可能になる。あとは、各国の議会における承認がとれるかどうかというところにポイントが移ってきます。おそらく、それが行なわれる前に甘利を下ろしたかったという、何かの力が働いたと思いますね。だから単純な報復とは思えない。報復+αが何かありますよ。今この甘利という人物を切っておかないとヤバいといったアメリカの焦りがあるんじゃないですかね。

    西塚 みんな違和感を持たないんですかね。絶対におかしい。建設会社に頼まれて口を利いた。もちろん不正ですが、よくあるじゃないですか。僕も実際、ある自民党の代議士に頼みにいったことがあります。出版社時代。社の決定で役員についていったわけですが、陳情者が並んでました。いくらでもある話です。

    ヤス 突拍子もないところからいきなり出てくる。そういう問題を引き起こしてもおかしくないなという背景が以前からあってね、やっぱり出てきたかという問題ではない。突発的に出てくる。やっぱりあれは、TPPの本調印に入るときに甘利にいてほしくない。いてはダメだと。おそらく何かそういう力が働いた。

    「LEAP2020」が早期に提起した世界の“多極化”“分断化”

    西塚 何かの力学がありますね。わかりました。あと、ちょっとおもしろかったのは、ヒトラーの「我が闘争」の著作権が切れて、フリーになった。そしてドイツで再発売された。基本的にナチス系の書籍は発禁らしいですが、研究本なら出版できる。700ページか800ページぐらいあるんですが、それに否定的な注釈、こういうことはいけないという否定的な注釈をふんだんにつけて2000ページぐらいになった。しかも7000円くらいするんです。それで初刷3000だか4000を突破して、今1万5000で、アマゾンでも買えなくなっている。6倍の値がついているってぐらいなんですね。

    それは、ヤスさんもおっしゃってたように、だんだん戦争を体験した人たちが亡くなって、ナチスの暴虐とかを身をもって体験した人がいなくなってきた。それで若者たちも、あれは何だったのだろうかと関心が向いてきたらしいという記事がありました。それで「我が闘争」が売れていると。それに引きつけて日本の神社本庁ですね。あれは宗教法人なんですが、80000万社くらいの神社が加盟している。僕は知らなかったんですが、今それらの神社で憲法改正の署名運動をやっている。

    初詣にいくと、神社の境内のそばだかどこかに、今の憲法を自主的にわれわれで制定し直そうと。ついてはその署名をと。それをやってるのが神社本庁で、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」も絡んでるみたいですが、政治団体も含めて。櫻井よしこさんと日本会議のトップのふたりが絡んでる。それで1000万の署名を集めると。それが今450万ほど集まっている。去年の11月の時点で。

    安倍の今回の施政方針演説を聞いても、完全に維新の会とも結託して三分の二を突破しようと必死じゃないですか。それで神社本庁も去年ぐらいから憲法改正の署名運動をはじめている。ドイツではヒトラーの「我が闘争」が再発売される。まあ、これは右傾というよりは、もっと知的な意味があると僕は思っていますが、それでも全体として見れば、やっぱりラジカルな意味で右傾化の方向に向かっているような気がするんですね。

    だから以前のメディア規制の話も絡めて言うと、安倍はなりふり構わずくるという怖さがある。そのへんはいかがですか。右傾化は前からありますが、ここ参院選前にますます喧伝され、反対するものはますます規制されるという流れになっていくのではないかと。

    ヤス おそらくそうですね。われわれが安倍の背後に感じている嫌悪感の正体は何か。得体の知れないものなんですね。気持ち悪さですね。ヨーロッパの有名なシンクタンクで「LEAP2020」があって、そこが「GEAB」という月刊の有料レポートを出してるんです。「LEAP2020」は2006年の2月に設立されたシンクタンクなんですね。

    このシンクタンクを設立したのは、フランク・ビアンシェリといったかな、汎ヨーロッパ政党、汎EU、Pan‐EU、いわゆるそれぞれ各国別に政党を作るんではなくて、EU総体としてひとつのまとまった政党が必要だという考え方をもとにして、言ってみればナショナリズムではない、本来のEU、Pan‐Europeanismというかな。その旗手だった政治家、思想家なんですね。この人がはじめたシンクタンクなんです。ウィキペディアに載るくらいの、けっこう有名なシンクタンクです。

    西塚 ヤスさんのブログでも紹介されてましたね。

    ヤス そうです。何で僕が最初に紹介したかというと、おそらくあそこがですね、“多極化”という概念を捉えた初めてのところなんですね。2006年の2月というのは、まだグローバリゼーションの絶頂期のときですよ。2006年というのはまさにリーマンショックの前ですから、これからグローバリゼーションがどんどん拡大して、国民国家というものなくなるんだと。そして世界全体がグローバルな単一市場によって結ばれて、統合的な秩序の中に包含されるんだ。それがナショナルな秩序ではなく、グローバルな秩序になるはずなんだということで、ある意味でグローバリゼーション絶対主義みたいなものが一世を風靡してた時代ですね。

    その絶対的なグローバリゼーションの背後に存在するのは、やっぱりスーパーパワーとしてのアメリカといったようなもの。当時、その描写に一番近い思想的な描写として注目されたのは、ネグリ&ハートの「帝国」という本ですね。その本の中で描写されてる“帝国”の概念が、グローバリゼーションで作り上げられるグローバルな秩序そのものなんだという考え方が一般的だった。

    そのグローバルな秩序そのものがね、別々にいろいろなモメンタム、いろんな細かな、むしろナショナリスティックなパワーによって分断されて、最終的にはグローバリゼーションがズタズタになって、多極化の方向に向かうんだといった考え方なんて、当時2006年の初めにはまったくありませんでした。イラク戦争が終わって、まだイラクの内戦は続いているんだけども、むしろアメリカのイラク戦争が、場合によっては成功裏に終わりつつあるんではないかということすら言われてた時代ですよね。

    そこで初めて、いや、そうではないと。アメリカのいわゆる覇権主義が終わってね、それから実は大変な多極化の混乱期に入るんだと、初めて言い出したシンクタンクで、それをですね、どのようにして多極化に入るのかを具体的なタイムラインのスケジュールを持ち出して言ったんです。第1フェーズ、第2フェーズ、第3フェーズ、第4フェーズと言ってね。これがものの見事に当たった(笑)。

    リーマンショックくらいまでというのは、本当によく当たってた。それ以降も当たってたんですけどね。それでものすごく注目されたシンクタンクだったんですね。ただ、彼らの当時の予測よりは、もうちょっと時間軸がずれて、今ゆっくりと進行してるんです。彼らから見ると、2010年、11年ぐらいにグローバリゼーションが本当に終わって、もっと分裂的な多極化の混沌時代に入っていてもいいタイムラインだったんだけども、そうはならなかった。

    いわゆるグローバリゼーションへの巻き戻しの期間があって、2010年から、2013年、14年ぐらいまで、ある意味でグローバリゼーションが息を吹き返した期間があって、その間は彼らの予測が外れた期間にもなってはいるんですけど。だけどまあ、そういうシンクタンクとしては極めて評価が高い。

    ちょっと彼らのタイムラインからずれてきたぐらいのころから、読むのをやめてたんですね。最近は何を書いてるのかなと思って、また戻ってきて読んだ。読んだらおもしろいことを書いてたんで、これは有料メディアなので、また僕は購読を開始したんですよ。ひとつのレポートでだいたい40、50ページあるんですけどね、すごくおもしろいですね。

    この間買ったのが、12月16日に出た昨年の最後のものかな。その特集記事が何かというと、ヨーロッパの暗黒時代という記事なんですよ(笑)。さすがフランスのシンクタンクだけあって、今ヨーロッパで何が起こっているかという内部からの空気が実によくわかる。

    西塚 ヨーロッパの暗黒時代といういのは、これからはじまるということなんですか?

    ヤス これからはじまる。それは何かというと、今まで抑圧されたものの噴出ではないですが、ナショナルなものの復権ですよね。たとえばEUといったいわゆる国家レベルを超えた統合的な秩序ではなくて、本当にナショナルなものの復権。ナショナリズムと言ってしまえばそれまでなんですが、ナショナリズムの本義とは何のかというとね、ある意味で共同体に対する忠誠というか、共同体に対してのひとつの強い結束ですね。

    その共同体たらしめてる原点にあるものは何かというと、いわゆる民族の血の結びつきであるとかね、ひとつの民族として共有しているとてつもない歴史的なトラウマ、悲劇の共有であるとか、虐殺という共通の歴史の共有であるとかね。言ってみれば、恐ろしく生々しい、身体的なリアルな記憶があるんですね。

    EUの統合的な秩序は、そうした身体性を持っていない。そうではなくて、いわゆる同一的なもの、フランス的なものというのは、まさにその身体性の中で作り上げられてきた厚みがあります。ちょっとうまく言えないけども、そのナショナルなものに本来備わっているような身体的な生々しさの復権です。

    西塚 そのLEAP2020のビアンシェリ本人の思想としては、そういうナショナルなものがありながらも、やはりそれを統合していかなきゃいけないという思想の持ち主なんですか?

    ヤス 彼はそうですね。だからナショナルなものを乗り越えないと、われわれは未来がないんだという考え方。

    西塚 それはコスモポリタニズムではないんですか?

    ヤス 言ってみればコスモポリタニズムのほうですね。明らかにそうですね。

    西塚 じゃあ2006年当時は、その多極化する前の世界のグローバル化はわりと認めてたというか、よかったと思ってる人なんですか?

    ヤス よかったというか、アメリカ流のグローバリゼーションはヤバいと。それは本格的な意味でのコスモポリタンにはならない。アメリカ流の価値観の押しつけにすぎない。目指すのであれば、本来のコスモポリタニズムを目指さなくてはならないといったような考えではないかなと思いますね。ビアンシェリってね。

    西塚 そういう観点から、今はちょっとまずいぞという指摘がされてるわけですね。レポートでは。

    ヤス ビアンシェリはもう亡くなってしまったんですが、彼の弟子たちが引き継いでやってるんです。シンクタンクのレポートですから、データが実証的です。EU分裂の最先端の状況がわかる。そのレポートを読んで僕自身、実感を新たにしたのは、彼らの言うナショナリズム、今ヨーロッパで吹き荒れているナショナリズムですね。難民がどんどんシリアを中心にして中東から入ってくる。難民が入ってきた原因はまさにヨーロッパの間違った政策にあったんですけどね。リビアのカダフィ政権を潰してしまった「アラブの春」を応援して、主導してしまったことであるとか。原理主義運動の歯止めになっている独裁政権をヨーロッパ自ら潰してしまった。

    その余波を受けているのが現在の状態。ヨーロッパが許容できないような数の難民が入ってくる。そうすると自分の生活がおかされていく。日本では、おかされた生活圏に対するひとつの防御反応としてのナショナリズムという捉え方をしている。それは間違いではないんですけども、その拒否反応の意味するものですね。

    西塚 ビアンシェリさんの衣鉢を継いだ弟子たちは、いわゆるコスモポリタニズムというか、地域のいろいろな文化的な背景、個別のものを尊重しながらもナショナリスティックにならないような結びつき、そういうものを目指すべきだと言ってるんでしょうか?

    ヤス GEABはシンクタンクのレポートですから、これが理想だということは言わない。

    西塚 ああ、そういうことはないんですね。僕は何をお聞ききしたかったかというと、ヤスさんから教えてもらった「RT」ですね、あと「Voice of Russia」、今の「スプートニク」ですか、あのへんのロシアの思想というのは、要するにわれわれはアメリカのグローバリニズムみたいなものにはアンチであって、各地域のユニークさといったものを認めると。ましてやわれわれロシアの価値観を押しつける気もないと。

    それが支持されてるというか、実際RTは全米で2位の視聴率を誇ってるぐらいですから、何かしらインパクトがあるだろうし、アメリカに対するアンチとしても機能していると思うんですね。そういった意味で、みんな違ってていいんだけども、そこでまとまろうというのは、もちろんLEAP2020にはそういう主張はないのかもしれないけど、それでも多少の傾向というか、その方向はよくないよということは出てくると思うんです。それはやっぱりロシアと同じものなのか、それとも微妙に違うものなのか。そこはいかがでしょうか?

    ヤス ローカルアイデンティティーの保持ってことですね、ロシアが言ってるのは。(アレクサンドル・)ドゥーギンみたいな人もそうですけど。プーチンが象徴しているのは、アメリカ流のグローバリゼーションに解体されないような、それぞれの文化圏のユニークさを持つ権利ですよね。その部分では、LEAP2020とはあまり矛盾はしてないですね。むしろロシアのプーチン主義に関して極めて親和的ですよ。GEABのどのレポートを読んでも、ロシアに対しての評価は相当高いです。

    問題は、そのローカルなアイデンティティーにはダークサイドが存在するということです。民族としてのまとまりを得るための根源にあるのは何か。ニーチェが「悲劇の共有」ということを言いましたけどもね。ある意味で歴史的なトラウマとしての悲劇の共有があって、そこでひとつの民族としての社会集団がまとまったりするわけです。

    なおかつ、特定の民族ないしはその文化に共通する、感性的に共有された世界の実感の仕方があるわけです。同じ肌合いを持つ世界を感性的な次元で共有しているかどうかという問題がある。それは極めてダークなモメンタムとして働く可能性があるわけです。それはどういうことかというと、同じ世界観が身体レベルで共有されないもの、共有しない他者というのをとことん排除していく。

    安倍政権が押しつけてくる国家の“身体性”とは?

    西塚 このシリーズでヤスさんのお話をずっとうかがってきていますが、どうしても戻ってくるテーマですね。さきほどのニーチェの「悲劇の誕生」もそうですが…

    ヤス 「悲劇の誕生」にある「悲劇の共有」ですね。

    西塚 そうですね。理屈とかある種の理想論としてはですね、ロジックとしてみればいろいろな地域のコミュニティなり、文化なりをユニークなものとして尊重し合いながら、お互いに共存していくという方向というのはありなんだけども、その共存している地域のローカリティーを担保している、保証しているものの背後にあるもの。ヤスさんがおっしゃったものですね、それが表に出てこなければいいんだけども、何かの加減で出てくると、最終的には津波となって押し留められなくなってくる。

    今までの戦争を見てもそうだっていうことですね。だからそこを見ないと共存共栄はできない、少なくとも。ということは、そういうことに対する知識ですか? それとも感受性でしょうか。知識プラス感受性なのか、そのへん、われわれ日本人に限らず、どのように生きればいいのかということですが。

    ヤス 国家といったものに内在する身体性ってあるんですよ、やっぱり。

    西塚 個人個人の身体性ではなく、国家の身体性…

    ヤス 国家が強要する身体性。たとえば安倍的なものってあるじゃないですか。“美しい日本”っていう言い方ね。安倍的なものというのは、本来すべての日本人が共有してしかるべきような国家観、世界観があるのだという前提から出発するわけですね。それが美しい日本なんだと。八百万(やおろず)の神が創りたもうたこの美しい日本。それを感性の次元で直感的に共有できる人たちの集まりの日本、ということです。言ってみれば。

    たとえば、自然を見ることによっても同じような感性を持って、同じように感じる人々の集まり。そのような集まりを国家の源泉として措定するということが、ちょっとうまい具合に言葉になりませんけども、それが国家の身体性ですね。それを強要してくるわけです。

    西塚 国家の身体性という言葉から個人的にイメージするのは、安倍に限らずですね、そういう強要されるものでもなくて、いかんともしがたくですね、同じ国家に住んでる限り、みんなに染みついているようなものってイメージなんです。

    ヤス そうです。

    西塚 今のお話は、たとえばですね、安倍がいくら美しい日本が云々かんぬん言っても、イヤだってヤツもいるわけですよ、まだ。昔ですね、「朝ナマ」(「朝まで生テレビ」)で、自民党の松田九郎というとんでもない、旧態依然とした代議士がいて、すぐ落選しましたけどね、それと大島渚がやりあってたんです。そのときは、米を自由化するかしないかっていうような話でしたが、米がなくなったら死ぬぞって松田が言うと、大島渚は、全然かまわないと。僕は米なんかなくても全然平気ですからと、こういう日本人もいるんだみたいなことを言うわけですね。

    あれはある意味で象徴的で、僕が受け取ったのは、いわゆる米というものに象徴されるような日本人的なもの、日本性というものが前提として、当たり前にあると思っている松田九郎みたいな自民党の代議士と、徹底的に個であるという大島渚との対立を見たような気がしたわけですね。

    そうなると、国家の身体性といった場合、どうなるのか。たとえば大島渚といえどもですね、何か逃れられない日本国のもの、まとっているものが僕は身体性かなと思うんだけども、そういった意味ではないですよね、今おっしゃったのは。

    ヤス そういった意味ではない。本来、言ってみれば、果たして国家に身体性があるかどうかはわからない。おそらくないと思う。われわれは普通の人と文化の中でひとつの世界観を共有してるわけじゃないですか。感性次元のちょっとのズレはありながらもね、われわれは同じような世界観という肌合いを持って認識してると思うんです。だからこそ、たとえば言語的なコミュニケーションの随所に出てくるわけです。あえて説明しなくてもいいような次元の知識としてね。そういう感性的に共有された世界観が背後に存在してると思うんですね。

    ただ、そうした文化として共有されてる世界観のどこを叩いてみても、どのように延長しても国家というところに結びつかないわけですよ。それは民族的な共同体にはなるかもしれないけど、自然に国家といったような機構そのものを生み出すモメンタムとして、自然にはでき上がってこないと思うんですね。

    西塚 そうなると、最初におっしゃったものと僕の中でちょっと変質してきて、いわゆる国家とは、ひとつのイデオロギーでしかないっていう話になってきますね。

    ヤス そう。そこがポイントなんですけど、国家を宣揚する連中っていうのは、文化に内在しているような感性的な世界をとことん利用しつくすわけですね。

    西塚 官僚なんかもそうですね。巧みに利用する。

    ヤス 巧みに利用する。どうやって利用するかというと、これも言葉としてうまくは言えないけども、これがお前たちが感じるべき日本人としての感性的な世界なんだと、逆提示するわけですね。それを感じる人間こそが本来の日本民族であってね、それを感じられないものは国民ではないんだ、みたいな感じの言い方、アプローチの仕方をしますよね。

    西塚 なるほど。あらかじめ何かを措定して、しかも規制していくというものですね。その身体性という言葉は、僕の中でややこしくなるのでおいておくと、われわれが共有している民族レベル、地域レベルの、いわゆる先ほどのロシアのプーチンに象徴される、RTとかスプートニクが言っているようなローカリティーは、むしろ文化的なものですね。

    普通に共有しているもの、こういう話し言葉とか、飲んだり食ったりとか、どうやってあいさつするとか、結婚の風習とか何とかってことも含めた文化的なものは、各地域で当然違うわけであって、国家が強要することとは全然違うわけです。

    ヤス そうそう。だから国家は、民族ないしは文化的な共同体の上に覆いかぶさって、文化的な共同体が本来持ってるリソースを利用することによって、逆にこれがお前たちが感じる世界なんだと。この世界を感じるものこそが国民なんだと、逆のほうに規定されるわけです。

    西塚 そうなると、美しい日本って確かに巧妙は巧妙ですよね。みんながそれぞれバラバラに持っている懐かしい日本、年配の人だったら、昔みんなで共有していたようなもの、みんなバラバラのはずなんだけど、地域地域で共有していた郷愁的な慣習を結びつけちゃって、そうか、安倍さんはそういう美しい日本を取り戻そうとしてくれてるんだ的なですね(笑)、錯覚を起こすじゃないですか。そういった意味でも利用する。

    ヤス やっぱり戦後70年間の日本の国家、僕は基本的には、この戦後の日本のようなリベラルな国家は大好きなほうだったんです。僕の言葉で言うと、身体性の薄い国家なんですね。どういうことかというと、本当に機能主義的にまとまった国家であって、国家のほうから、日本国民たるべきものはこうこうこういうような感性を持つべきだとかね、日本国民の共有するべき世界観はこういうものであるとか、日本国民がどのような感性を持って、どのような世界観を持つべきかということを逆規定することはいっさいなかった。

    だから、戦後70年間の日本国の姿は極めて機能的だったわけです。そういう文化的に逆提示するようなベクトルはほとんどなかった。でも、戦前戦時中そうだったわけです。文化的に本来の日本民族の共同体はこうあるべきだと。これが日本民族の共同体であって、これが日本国民が感じるべき世界観で、この世界観を感じられないものは国民ではないという形でね。いわゆる文化が内在しているような世界観とかね、物事の言い方、感性といったものをとことん利用することによって、国家というものを質的に規定したと思うんですね。

    西塚 しかも国家神道ですからね。国家神道を持ってきて、また同じことをやろうとしているわけですから。

    ヤス そう。安倍的なものの気持ち悪さは、国家神道もまさにそうなんですけどね、それだけではなくて、今まで戦後70年間忘れてきた、国家というものに内在する質的なもの、よく言えば文化的なもの、それを引っ張り出してきたわけですよ。戦前型の国家と同じような掲示の仕方をする。これを感じられないものは非国民じゃないかと。

    西塚 特攻隊で亡くなった人たちは気の毒だと思うし、僕なりにいろいろ思うことがありますけど、そういうものすら引っ張り出してきて、英雄だったんだとかね、それこそヘタすればジハディストだったんだ的なぐらいなことまで持ち出して、あれがわれわれ日本人の大和魂云々というところまで、いくかもしれませんよね。

    ヤス そうですね。もっと言うと、あの特攻隊でね、散った英霊に涙できないのは日本人じゃない。そういう感性次元で、国家は規定するんですよ。

    西塚 これはもうすさまじいアナクロニズムです。

    ヤス そうです。ただね、これが安倍的なものである、これが今日本で起こってることなんですけど、国家といったものの質的な再提示。それがちょっと僕の言葉では語弊があるかもしれないけど、国家に内在した身体性を引っ張り出してきたってことなんです。

    西塚 いずれにしろ、ずいぶん前のテーマでもあったんですけども、戦後70年間、もちろんアメリカの庇護の下で共有してきたんですが、日本人ももともとそれなりにユニークな感性を持ってたでしょうから、かなりだらしない部分もあったんだけども、大いに自由を享受していた。ヤスさんの言葉で言えば、国家の身体性に取り込まれない自由を謳歌し、しかもそこから文化も生み出してきた。

    今、ここに至って危うくなってるんだけども、そこに気づいたのが、例の安保法制で拳をあげはじめた人たちで、その感性の中に希望があるって話も出ましたけど、やっぱりそこに戻らざるを得なくて、だからわれわれはそれをそのまま、今度はわれわれでやっていくしかないっていうことですね。自覚しながら。ここでちょっと踏ん張らないと、またそれこそ国家の身体性に取り込まれるという流れになっていくのは目に見えてますから。

    ヤス そうなんですよ。やっぱりね、国家が提示するような共同体というのは、われわれの普通の文化の中に内在するような世界観であるとか、われわれの感じてるような感性的な世界を逆提示してくるわけですね。ということでは、絡み取られていく。日常で感じている世界観そのものを、ある意味で国家のほうがイデオロギーとして先鋭化していくわけです。それは本来の日常生活に内在するものなので、親和性があるんですね。絡み取られるわけですよ。

    西塚 僕はそれで、ちょっと安心と言えば、あまりにも楽観的すぎるかもしれませんけど、けっこう体制側は、何と言うか、それこそ感性が古くてですね、ダメだと思いますね(笑)。前にも出ましたけども、アニメで絡め取ろうと思って、安保法制であのヒゲの隊長とアカリちゃんのビデオを作った。そうしたらとたんにYou Tubeで、それこそ的を得た批判をした、揶揄をした、皮肉なパロディビデオが出てくる。

    今回も例の普天間の飛行場を早く返還して、そこにディズニーランドを招致するということを売りにして、宜野湾市の現職の市長がやってますね。それで菅官房長官も約束を政府に取りつけてるかのごとく言うんだけど、よく調べると菅さんは個人的に政治家として働きかけると言ってるだけであって、政府としては何も保証してない。何を言いたいかというと、そんなですね、普天間基地の跡にディズニーランドを招致するということを公約に掲げて、それで住民が支持してくれると思ってる感性ですよ。

    ヤス (笑)。

    西塚 普通、怒っていいと思うし、呆れるって言うか、舐めてるどころじゃなくて、バカなんじゃないかと思うんですよね。だから、それぐらいの感性しかないんだから、これは大丈夫かなって気もするわけですね。絡め取られようとしても。

    と言いながら、まあ巧妙な人もいるだろうから、安倍のブレーンの中には。何をやってくるかわからないんだけども、美しい日本だ、あるいはかつての日本人の心の琴線に触れるような物語をいくら持ってきても、そんなベタベタなウェットな若者ばかりじゃないですよ。けっこう冷めてますから。僕はわりと楽観してるんですね。

    ツイッターとかいわゆるSNSの普及もあるから、ちょっとしたことでワッて面白がられちゃうというか、バレていくという。もちろん負の側面もSNSにはありますが、それはそこでまた違う意味で、何かを発揮するんじゃないかと期待します。

    ヤス 確かにね。ただやっぱりね、逆の部分もあって、僕の友人に朝日新聞の記者がいるんですけど、これをぜひ読んでみてくれと言われて、ちょっと名前は忘れましたけど、1976年か77年に生まれた直木賞作家がいるんですね。この人のエッセイなんです。自分の友だちとの対話。自分の友だちがやっぱり30歳ぐらいの人なんです。

    彼が戦前の日本を賛美すると。いかに戦前の日本がすごかったか。それを、お前は戦前の日本を知ってるのかよ、みたいな形で、その作家は自分の学んだことによって彼を論破しようとした。そしたら彼が怒り出した。お前は人権の匂いがすると。作家の言ってることに対して拒否反応を示した。

    それで結論なんだけども、僕が対話してる相手というのは社会的弱者だと。グローバリゼーションの波に飲まれた現在の日本社会の中で、本当に生きられなくなったような社会的な弱者なんだと。社会的な弱者である人間ほどね、一番いやらしい国家の掲示の仕方に引っかかる。もろ手をあげて国家的な共同体の中に自分を埋没させようとすると言うのね。

    その逆説について書いたエッセイだったんです。だから、それこそアカリちゃんみたいな提示を出したりね、そのディズニーランド云々というような形で提示しても、誰でも拒否反応を起こして、あんなバカなことをと言うんだけど、もっとアナクロニックな提示の仕方、もっと土俗的な身体の観念に訴えかけるような提示の仕方をしたならば、場合によっては簡単に人は引っかかって、なびいていくということがあるのではないか思うんですね。

    西塚 そうですね。まあ、必ずしも結びつかないかもしれないけど、新年の一般参賀で旗を振る人たちとか、崩御のときの土下座でもいいんですけど、確かにそういうものはありますからね。

    ヤス これは、もう現在ではなくなった道徳なんだけども、戦前戦中にかけて基本的に一貫してた親孝行の道徳というものがあるわけですよ、ずっとね。それが、たとえば教育勅語であるとか、いわゆる国家の規範として掲示されてなくてもね、普通の共同体の中で当たり前の倫理観として実践されてきた、当たり前の世界観の一部になってるわけですね。親孝行すると言うのは当たり前の倫理だったし、祖先を崇拝するというのは当たり前としてあったと。

    なぜ祖先を崇拝しなくちゃならないのかというと、祖先の霊によってわれわれ自身が守られ、それで生活が維持されてるといったような感じの世界観が、やっぱり存在してたわけですね。その世界観に覆いかぶさるようにして、天皇制の論理が出ててくる。その場合にどのような言い方をするかというと、たとえば小学生に対する教育として、君らにとって一番大切なのは誰だ、親だろうと。お父さん、お母さんだろうと。天皇というのは、みんなのお父さん、お母さんなんだという。

    西塚 ちょっと個人的なことで言うと、母親は元気ですが、父親は亡くなった。もちろん感謝はありますが、普通の近しい親としての感謝ですね。今、おっしゃったような、薄情かもしれませんが、いわゆる親孝行をせねばならないうことでは、僕は限りなく薄いかもしれません。

    たとえば、会社に勤めてたときの社長にも感謝はします。そういうものとは、親の場合はもちろん違った、もっと濃いものですが、基本的にはあまり変わらないんですね、僕自身は。でも、こうして生きてる以上は、祖先に対する感謝の念はありますが、何かちょっと…

    “リア充”の重要性

    ヤス 僕は、西塚さんの感性のほうが主流だと思うんですね。だから、それは戦後日本がそうである。僕が今言ったのは、戦前の日本ですよ。戦前は農村共同体を中核にして、日本国民の80%以上がまだ農民だったという時代ですから、そのときの中核になっているのは家族主義的な世界観であり、その中核になってるのはいわゆる親を大切にする倫理ですね。その倫理観は極めて一般的なものとして、多くの日本人に共有されてたいた。それに覆いかぶさるようにして、天皇制国家が出てくるわけです。そうした場合の天皇という存在は、みんなのお父さん(笑)。

    西塚 そうですね。そうすると、日本全国民が家族になりますからね。それこそ玉砕という話にもなってくるし、みんなが我慢しているときに我慢しなきゃ、非国民って話にもなってくる。

    ヤス 当時のような家族国家観的な天皇制国家は、今は作りようがないと思うんです。おそらく、そうではない。作りようがないとは言えないけれども、かなり希薄にならざるを得ない。

    そうするとですね、これから掲示されるような天皇制国家、そうした国家が、本来文化の中に内在しているような世界観というものを、もう一回再定義して提示するがゆえにわれわれが絡み取られる構造があるとしたならば、おそらくですね、それは現在のわれわれの日常の中に内在しているひとつの倫理観。内在しているようなひとつの世界観といったものを、象徴化して取り出してきたものだと思うんです。

    西塚 それは何でしょう?

    ヤス 何だと思います?

    西塚 いや、僕は、今おっしゃったような戦間期の家族主義ではおそらくないだろうし、だとすれば何だろうな、アニメみたいなものかなあ、かといって自己犠牲、ジハディストみたいなものでもないだろうし、それこそカーゴカルト的な、何かが自分を救ってくれるみたいな、超越的なものかもしれませんね。

    ヤス 僕は、日本人にある意味で広く感性的なレベルで共有されているようなね、あるひとつの姿というか、世界観があるとしたならば、それは“三丁目の夕日”的なもの。郷愁でしょうね。ひとつの共同体。かつて自分たちが存在していた共同体に対する紐帯を、もう一回取り戻したいというやつですね。

    西塚 それは、ある年齢層に限られませんか? そんなことはないですか?

    ヤス わからない。たとえば、18歳の女の子を三丁目の夕日を再現したようなところに連れていっても、懐かしいって言うのね。

    西塚 あ、言いますか? それは意外だな。

    ヤス 不思議だけど、こんなところ生まれて初めてなんだけど、懐かしいって。

    西塚 僕も思いますよ。僕は基本的にはそういうタイプの人間なんです。カンケリして遊んだり、夕日が沈むようなね、町中に育って、友だちと遊び回ってたほうだから、それはよくわかります。個人的には大好きですけどね。懐かしい世界。

    でも、そこまでの強さはないような気がするんですね。むしろ、うがちすぎかもしれませんが、むしろアニメオタクが待ち望むような、そういう“三丁目の夕日”的なものから疎外された連中が求めるようなもののほうが、強力な気がするんですよ。

    ヤス もしかしたらそうかもしれない。

    西塚 それも、ある種超越的なものなり、どんなヤツらでも、「電車男」じゃないですけど、架空の物語にも共感できるんですよね。いわゆるそこには身体性があまりない。ひょっとしたら、そういう身体性を得たかったけど、得られなかったもの、記憶にはないんだけども、フィクションでそこにいたいという人たち、というもの。

    だから、むしろ作りやすいというか、巻き込みやすいような状況にあるんじゃないかなと。そういう優れた物語作家なり、デザイナーとか、ブレインが安倍と組んだときには、僕は怖いなと思うわけですね。そういうものができちゃったら、あっという間に僕はいくと思うんです。

    ヤス 百田(尚樹)あたりがね、いわゆるブレーンとして…

    西塚 ああ、やりそうだな(笑)。「永遠の0」みたいなヤツ。

    ヤス 言ってみれば、かつてはなくした共同体、個を超えた共同体に対する紐帯をやっぱりどこかで取り戻したい。

    西塚 だとすれば、かつてそれを味わった人が懐かしい郷愁として取り込まれるし、なかった人も新たにそこに参加したいという意味で取り込まれますよね。

    ヤス 取り込まれます。だからね、“三丁目の夕日”って単純なノスタルジーではなくて、個を超えた共同体に対する紐帯を取り戻したいという欲求の表現だと思いますね。

    西塚 なるほど。

    ヤス それが“三丁目の夕日”という形で表現されてくる。それとは違った表現の仕方もたくさんあると思うんですよ。

    西塚 それは危ない。確かに(笑)。

    ヤス それをどこまでわれわれが日常生活の中で、そういう共同体へもう一回戻りたいといったような願望を強く感じてるかどうかですよ。意外に強く感じてる。

    西塚 わかります。僕はそこで何も、処方箋も何も思いつかないけども、でもヤスさんと話してる中で思うのは、ひとつは本当にリアルな世界で、そういうものを小さいところからでいいから作ればいいと思う。そこしかない気がします。

    ヤス そうです。だから“リア充”なんだけど、やっぱり本当に共同体を作って充足してる人たちっていうのは、国家がそうした偽装した共同体をね、再提示してきた場合は、それに対する抵抗力が強いと思いますよ。

    西塚 強いですね。見抜くし、取り込まれないですよね。

    ヤス 取り込まれない。まさにそれが思想なんです。だから、“リア充”ってすごく重要なんですよ。

    西塚 新たな意味を付加して、もう一回その意味を再定義したいぐらいですね。本当の意味での“リア充”ですね。

    ヤス 本当の意味での“リア充”ってすごく重要です。だから言ってみれば、安倍的なものは、国家の持っている文化的な一部のダークな連中ですね。国家を文化的な共同体として、もう一回再提示しようとしているということですね。それが戦後70年間、いわゆる禁忌、タブーとしてね、あえて誰も立ち入らなかった部分なんです。

    西塚 わかりました。今年はまだ1月ですけども、これからやっぱり“リア充”ということでですね、どんなことができるか。僕がどこまでできるかわからないけども、自分のことも見せながらですね、提起していって、ヤスさんのお話をうかがっていきたいと思います。“リア充”ですね。

    ヤス “リア充”です。

    西塚 じゃ、また次回もそのあたりからやりたいと思います。今日はありがとうございました。

    ヤス いや、こちらこそ。どうもどうも。


    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

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