2015-10

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第16

    10月29日

    第18回の「ヤスの勉強会」の様子を一部アップロードしました。よろしかったらどうぞ!



    次回の有料メルマガの予告

    10月30日、午前0時10分に配信する次回のメルマガでは、まず米艦船の南シナ海の航行について日本では報道されていないことを紹介する。ロシア政府が検討している驚くべき計画を紹介する。また、米中の対立の行方と真相について情報を提供する。最後に、新しい意識進化の方向性について書く。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

    shinkan.jpg

    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第16回である。興味深い内容だと思う。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無

    info@yasunoeigo.com

    高松の講演会

    以下の日程で高松の講演会を行います。お近くの方はぜひどうぞ!毎回ディープな講演会をしています!

    日時  平成27年11月27日(金)18:30受付 19:00~22:00前後まで
    場所  高松生涯学習センター

    会場内の掲示板にて部屋の確認をお願いいたします。
    〒760-0040 高松市片原町11番地1
    電話:087-811-6222 FAX:087-821-8022
    会費   ¥5000/人

    講演会後、高島先生を囲んでの懇親会を予定しております。場所 未定ですが高松市内にて行う予定です。

    主 催  里坊会計事務所 里坊昌俊
    実行委員 有限会社ウエストフードプランニング小西啓介、ソニー生命保険株式会社 山下智幸、株式会社京蔵 京兼慎太郎、株式会社クリード インテグレーション平野伸英

    内容
    ・見えてきた集団的自衛権の招待
    ・あまりに多い経済危機の引き金
    ・中国が危機の引き金ではない?
    ・ロシアの隠された計画
    ・新しい意識を手に入れる


    『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナー  講師:高島康司 12/6、1/16

    12月6日と1月16日の2回、『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナーを行います!第一回目のパートナーは有名ブログ「In Deep」の岡靖洋さんです。よろしかったらどうぞ!

    申し込みリンク

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第16

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    西塚 『酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting』、今日(10月11日)は16 回です。前回はすみません、僕がボロボロに酔っぱらったみたいで。

    ヤス いえいえ、いいです、いつものことですから(笑)。

    西塚 今日もよろしくお願いします。カンパーイ!

    ヤス はいはい、どうもどうも、カンパーイ!

    ロシア寄りの中東情勢

    西塚 毎回毎回、最後には、じゃあ次はもっとスピリシュアル的なことをと言うのですが、時事問題からついヤスさんの話に惹きつけられて、僕が進行がヘタなんで、なかなかそちらにいけないのですが、今日はいきたいと思うんですけども、やっぱりその前にですね、ヤスさんが言ったとおりと言うか、前回ロシアがシリアに空爆を始めて、これは長く続きますよと。僕は、脅かし程度で終るのかなと思ったのですが、実際いまだにやってるし、報道されてるところによれば、300人くらいのISの兵士が死んでるみたいですね。今後もまだ続けると。地上部隊まで差し向けるのではないかと言われてます。

    これは個人的にヤスさんにお聞きしたいのですが、前回、オバマとプーチンの話とか、エゼキエル書の話も出ました。そうしたエゼキエル書の見立てのとおりになっていくのかどうかも含めてなんですが、ヤスさんの、イスラエルがどう出るか、トルコがどう出るかという話で言うと、僕の感じでは、たとえばロシア戦闘機がトルコの領空を侵犯したと、でもロシアはすぐ謝罪して、トルコのエルドアン大統領もロシアとの友好関係を強調した発言をして、そんなにきつい非難をしかったし、イスラエルのネタニヤフもどうやら、ちょっとロシア寄りな感じがするんですよ。

    ヤス そうですね。

    西塚 EUも何となく、どちらかと言うとオバマもですが、いわゆる軍産複合体的な戦争をやりたい連中以外は、徐々にロシアに歩み寄っているという印象があるんですが、そのへんはかがですか?

    ヤス そうですね、基本的に。今の状態を見ると。

    あ、ところでですね、未確認情報なんですけど、今日の第一報、『デイリーメール』というイギリスのタブロイド紙の情報なんですけども、トルコ上空で領空侵犯したロシア軍機が、どうもトルコによって撃ち落とされた可能性があるというんです。ただそれは、まだ未確認情報で、それを目撃した人たちのツイッターが飛び交ってて、それからデイリーメールが報道したというものなんですね。

    たとえば、そういった事件はあるんですけど、じゃあトルコとロシアが緊張関係にあるかと言うと、そうじゃないんですよ。むしろトルコは、歓迎してるとまでは言えないけれども、ロシアがやってることに十分理解は示して、容認している形ですね。対立するという意志はまったくない。それから、イスラエルのネタニヤフ政権にしても、プーチンが空爆を開始する前にですね、イスラエルを訪問してるんですね。首脳会談をやってる。そこでやはり、ゴーサインをちゃんと取りつけてると思うんです。

    西塚 ああ、あいつらを叩くぞと。

    ヤス そうそう。それで、どうぞと(笑)。だから、おそらくプーチンは、我々はイスラエルと敵対する意志はまったくない、ただISを叩きたいためだ、というようなことを伝えたのではないか。

    現在、プーチンがISを叩いてる一番大きな理由は、アサド政権を支持するということなんですよ。これからどんどんロシアの空爆によって、またロシアが地上軍を送ってくる可能性も出てきたので、ISは壊滅状態になってくるでしょう。そうするとアサド政権は倒れるどころか、むしろロシアのバックアップによって強化される。ロシアのシリアに対する介入ははるかに強まって、ある意味ロシアの管轄下、保護下でね、アサド政権が維持されるという形になる。

    一方、アサド政権というのは、強烈な反イスラエルということを国是にしながら国民を統合してきたという、長い歴史のある政権なんですよ。ロシアがもしアサド政権の保護者になるならば、シリアの反イスラエルの態度を和らげると。少なくともロシアが保護者である限りは、シリアのアサド政権は極端な反イスラエルの姿勢はとらない、そのような活動もしない、またさせないといったような、何らかの保証を僕は与えたんじゃないかと思った。

    西塚 なるほど。十分あり得ますね。実際ロシアが本格的に空爆を始めたら、もう青ざめて、みんな三々五々逃げっちゃったIS兵士がいっぱいいるようですね。

    ヤス これは3、4日前の情報なんで最新ではないですけど、もうすでにISの40%以上は壊滅したということなんです。

    西塚 ほお。僕は別にスピ系で言うわけじゃないですけども、いわゆるエゼキエル書、たとえばロシアとイランと北アフリカ連合軍と、対イスラエル、トルコ、まあアメリカも入ってくるんでしょうかね、一部EUという構図がですね、これはヤスさんともよく話すテーマですけども、想定されてるものは、どちらかと言えば回避される方向にいくということありますから、今回のエゼキエル書のラインがですね、ちょっと弱まったかなと。イスラエルもロシアに対して、何となく柔軟な姿勢を見せているような気もするし、トルコもそんなに好戦的ではないという。

    だからこれは、ヤスさんも前回おっしゃったように、中東の覇権図が変わる、勢力図が変わるということで、やはりロシア、ましてや今度は中国が絡んできたとなると、これはエゼキエル書的なシナリオがあったにせよ、興味深いことですね。我々は今、歴史を作りつつある中で、世界的にもですね、そこに直面しているという意味で、ちゃんと見ていきたいなという気になりましたね、生々しく。だから、ヤスさんの情報も頼りなんです、本当に。

    ヤス いえいえ。

    西塚 だって、日本のマスコミ見てもしょうがないですからね。

    ヤス まあ、しょうがないですね。本当に、グジャグジャですよ。最近のね、ロイターの記者が安倍にね…

    安倍政権の異常な報道規制

    西塚 そうそう、あれは面白かったですね、ああいうことは本当にあるんですね。要するに、かいつまんで言うと、安倍がニューヨークの国連総会にいったときですね、内外の記者会見があって、そこで当然、難民の問題が中心の国連総会だったので、その話が出るんですが、基本的には安倍に対する質問は全部シートになってて、それれに対する答えも、まあ官僚が書いたんでしょうけども、その答弁も、安倍がプロンプターに書いてある文章を読むだけだという…実は日本でもやってきたことだけど、それをあそこでもやっちゃった。

    でも、海外のメディアの記者はそんなに甘くないので、社交辞令的に、その予定調和的の想定内の質問はするんだけども、その質問にかぶせてロイターの記者がすかさず、難民を受け入れないのはなぜか?と聞いたとき、安倍の表情がピキッと変わった。想定外の質問にアワ食っちゃった。それに対する答えが、いやまあ、日本は出生率の問題もあるし、女性の活躍もまだまだだしと、要するにトンチンカンなことを言うわけです。難民に関しては、まず難民が出ないような土壌を作らなければならないし、それに対して日本は貢献したいんだと。だから、難民問題は国際社会で協力関係を築きながらうんたらんたらという、何と言うかなあ、スッ頓狂なことを言うわけですよ。それが、海外のメディアにトップの見出しで出てしまった。要するに、日本は難民を受け入れる前に、テメエたちの問題で精一杯だといった見出しがついちゃったという。それが、また日本ではまったく報道されない、ということですよね。

    ヤス そうそう。それはけっこうですね、安倍政権になってからずっと続いている実態です。

    西塚 僕はあまり知らなかった。ここまでとは思わなかったんです。ほんとにビックリしました。

    ヤス フフフ。ムチャックチャですよ、今の安倍政権は。その報道管制のコントロールの仕方というのは、すさまじいですね。たとえば、日本に対して否定的なニュースを書きそうな、または書いたような新聞であるとか、通信社にですね、地元の外務省の担当官がいって抗議するんですよね。ひとつは、去年あったことで、『フランクフルト・アルゲマイネ』という新聞があるんですよ。フランクフルトを中心としたドイツの全国紙なんですけど、そこでですね、秘密保護法に対する否定的な報道をしたんですね。日本は今後ね、戦後70年間守ってきた民主主義の価値を台なしにしようとしている。これはとんでもない法律だと。

    西塚 極めてまっとうな記事ですね。

    ヤス それを書いた記者というのは、日本のいわゆる外国人特派員協会にも所属してる、日本に長い記者で、たしかフランクフルト・アルゲマイネ紙のどこかの部門の編集長か何かになって、それで本国に戻ってその記事を書いたんですね。日本に関しても極めて正確で、悪意を持った批判的な記事では全然ない。その記事を書いた直後に、たしか日本のフランクフルト公使館の公使とか、書記官みたいな人たちが何人か押しかけて面談を申し込んだらしいですね。これはなんたる記事だと。これは日本をけなしてるみたいなことを言って、抗議をした。そのフランクフルト・アルゲマイネの記者が言うには、こんなことは初めてだと(笑)。他の国でも経験してないと言うんですね。

    あと、『ニューヨーク・タイムス』の東京支局長のマーティン・ファクラーもですね、長年ずっと日本で取材してきて、たとえば民主党政権下の報道はどうだったかと言うとね、まずとにかく説明してくれると。懇切丁寧に説明して情報を与えると。あなたの報道に関しては、我々はそう思わないということもはっきりと言って、いろいろ説明してくれる。ただね、圧力とか報道管制はなかったと。安倍になって初めてだと言うんですね。

    西塚 それは日本の、外国も含めたプレスやメディアに対する扱いとしても、異常事態ですね。

    ヤス 異常事態ですよ。9.11以降のアメリカのメディアがどうなったかと言うと、極右的なメディアになって、みんな右へならえで、アメリカ国家バンザイになって頭イカレましたから。だから、アメリカのメディアが一番すばらしいかというわけでもない。国家的な危機になると、頭がおかしくなるんですよ、メディアというのはね。

    しかしながら、ルールはあるんですね。侵してはならない絶対的なルールがある。何かと言うと、記者会見という現場というのは、誰がどのように質問しても自由であるということ。記者会見というのは、際どい質問をして、失言、ないしは政府の情報のリークなりね、要するに真実を取ってくる現場なんですよ。極めて緊張感のあるところ。そこにね、初めからシナリオがあるなんて、北朝鮮と同じようなものです。

    西塚 本当にそうですね。北朝鮮とか中国みたいなもんで。

    ヤス たしかね、習近平の記者会見でも、そこまでやってないでしょ。

    西塚 異常だよなあ。

    ヤス 異常です。

    西塚 それが通用すると思ってるところからして、もうある種の幼児性とですね、ひょっとしたら官僚側とかブレインも含めて、劣化してるんじゃないですか? そういった意味では。

    ヤス 僕は、相当劣化してると思いますね。植草(一秀)さんもよく言われる、政官財の既得権益、癒着構造。基本的にですね、長く続いてきた官僚主体の統治機構、これを維持するための政権であることはもう間違いない。そのような政権から見ると、日本国民とは何かと言うと、統治するため、管理するための主体でしかすぎないわけです。それで、自分たちの作った枠組みの中に日本国民をどうやって引っ張り込んで、埋め込むか、というような視点になってくる。そのときの日本国民に対する見方は、おそらくリアルタイムで存在しているこの日本国民とは全然違う。

    西塚 いや、そこですが、前回かなあ、ヒゲの隊長の話がありましたよね。あれこそが、政府が日本国民を見てる見方ですよね。

    ヤス 見方です。そうそう。

    西塚 あのヒゲの隊長。あかりちゃんネっていう…バカにしてる本体がアホだったら、これはヤスさんの言葉だけども、アホなトップが我々をアホと見てるんだから、とんでもないことになりますよね。国際的には、日本の国民はどんだけバカなんだって話になるじゃないですか。

    ちょっと前に、宮台真司と大塚英志の対談があって、そこで日本の大衆のことを、宮台は「田吾作」と言うんですね。そうしたら、大塚英志が、それじゃ生ぬるいと。「土人」だと言うんですね。

    ヤス アハハハハ。

    西塚 完全な差別用語ですが、でも、その感じもわかります。僕はもちろん土人とは言いませんが、我々がそういう状態だから、上もそうなんですよね。まあ、よく言われることだけども。それが今回の安保法制で、安倍さんありがとうで、ぶち壊してくれたかもしれない。

    ヤス やっぱり、土人だ、田吾作だという見方は、日本国民に関しては長く続いてたし、言ってみれば、日本の支配的なエリート層、それはたとえば左派と言われる人たちも含めてですね、国民そのものに対する見方はそうだったんじゃないかと思うんですね。それは、現在の安倍政権的なもの、全体主義的な国家を夢想するような人たちのみならずですね、やっぱりどちらかと言うと左派、リベラルといったような人たちも、基本的にそういう見方を共有していた部分があったんだろうと思います。

    西塚 あったと思いますね。

    ヤス だから日本国民というのは、レベル的には、西洋の国民から比べると低いんだと。理性に訴えかけるような運動をやったとしてもね、基本的に難しいと。難しいので、大きな政治的な力になるための組織に依存せざるを得ない。労働組合でとかね、宗教団体とか、非常に大きな組織に依存せざるを得ない。そうじゃないと、政治そのものに大きな影響力を及ぼすことは無理だと。個という意味での国民が田吾作レベルだという感覚は、多くの人たちが共有してたんじゃないかと思いますね。

    社会システムの安定性と「遊び」

    西塚 さきほど、この収録の前ですけどね、雑談で飲んでるときに話した、植草さんが立ち上げた『オールジャパン平和と共生』ですか、そこで、岩上(安身)さんから志位(和夫)さんの話も出たみたいですが、連合政府を構想するのであれば、本当にやってほしいなと、ある種の期待を僕はしちゃいますね。

    ヤス たしかにね。僕も期待してるんですけど、ただ一方、いわゆる共産党というものに対する何か嫌悪感みたいなものを持つ人は多い。僕はあまりないですけど。持つというひとつの理由は、議会制民主主義の政党ではなかったということね、最初。なおかつ、ある意味で国家主体の社会主義管理体制の中に国民を埋め込む、というような眼差しで社会をずっと見ていたということですね。

    西塚 僕は、変質してもいいと思うんですよ、共産党は。別に、戦争放棄の憲法を守ろうでいいじゃないですか。コミュニスト・パーティーですか? もう党名を変えてもいいくらいだと思うんですよね。今回も他の野党が嫌がったのは、ある政治評論家に言わせると、いつもの手だと。社会党もそうだったけど、共産党はいつも連合しようと言うんだけども、ワンイシューで連合するにはリスクが高すぎる。根本的なものが全然違うので、そうしてみんな断るんだけど、そうすると我々は呼びかけたけど、野党のみんなが断った、というのがパターンだという言い方があるわけですね。今回もそれだろうと言うので、タカをくくられちゃってるというのが、どうやらあるようです。果たして、志位さんがそうなのかどうかはわかりませんけど。

    ヤス 我々の政治的な状況が転換してきた。いわゆるゲームのルールの大もととなる状況があると思うんです。ひと言で言うと、安定性です。だからどんなに、たとえば共産党がどうのこうの言ったとしてもね、自民党がどんな右派の政権を立てたとしても、基本的に経済の部分、国民生活の部分、それから日本国といったものが、大きな紛争に巻き込まれる可能性が極めて低いと。

    言ってみれば、どんな政権になっても、政治的な状況がどうあれね、我々の日常生活が徹底して安定してきたというね、戦後70年のある意味で価値を象徴するような、戦後70年の70年戦後経験というかね、戦後経験を象徴するようなものがあったとすれば、それだと思うんですよね。基本的な安心感。基本的な安定であったということ。

    さっき宮台さんのことが出てきましたけど、宮台さんが出てきた80年代にですね、彼は面白いことを言った。まったりとした日常と言ったんですね。

    西塚 ああ、そうですね。終わりなき日常。

    ヤス 本当に刺激がないと。何をやったとしても変わらない現実がそこにある。その変わらない現実はとことん安定してるという状態だったんですね。だから、そのような状態になったときに、たとえば政治は、ひとりひとりの国民の生活にね、大きな影響を及ぼすような力としての意味をなくしてしまう。何をやったとしても、まったりとした日常が続いていく限りはね、政治というのはショーと化すわけです。そういう政治をショーとして上演するための党派間のルールがあるわけですよ。だから、たとえば共産党がいつも連合しようと言って、それでみんな拒否したと。それで最後に、我々が呼びかけたんじゃないかと言って、それをリソースとしてね、またキャンペーンをはるみたいなこと。それはある意味で、戦後70年経験の前提ででき上がった、政治がショー化したときのルールの上で成立してることなんじゃないかと思います。問題は今何かと言うと、その前提がなくなりつつある、おそらくなくなってるということだと思う。

    西塚 宮台さんがですね、今、渋谷とかが町田化したと言うんですね。僕もかつて町田にいたんですが、町田が悪いと言うんじゃなくて、つまり均質化、フラット化してしまったという。どこの地方都市でも町田化する傾向にあると。要するに、特別なものはない。昔は都市というのは、田舎なり郊外から出てくると、何かこうワクワクして、さえないシケた自分の生活に何か刺激を与えてくれるんじゃないかと、期待する場所だった。それがなくなった。何でもそろってるんだけども、期待するものがないという(笑)。それが日本中の地方都市に起きてるのではないかと。それが都心でも起きてるという話かもしれません。

    そこで、ヤスさんが前回、「遊び」ということをおっしゃった。戯れですね。AIの話が出たときに、左脳的にどんどん進化してきたんだけども、ここにきて子ども的な、右脳的なものが一番難しいんだけど、そこに取りかかってるらしいということになった。AIは合理的な、目的達成度合いを測るような形で進行してきたんだけども、それは人類も同じであって、左脳的なものではなく、ここにきて右脳、戯れ、要するに無目的、フレキシビリティ、そっちにきたんだという話になりました。

    それでさきほど言った、町田化してフラット化していくというときに一番必要なのは、遊びじゃないですか。だからAIじゃないですが、都心の筋肉と言うのか、遊びの感覚を鍛えるにはどうしたらいいかという話になった場合、個の問題にも結びついていくと思うんですね。だから、そういうことを含めてみんなで考えようよということが、今回の安保法制を発端にして起きつつある出来事であって、我々はそれを目の当たりにしているのではないかと。

    ヤス たしかにね。ちょっと話を戻すとね、戦後の政治はおおかたは安定してた。国民生活そのものがずっと安定してて、まったりとした日常が続くくらい安定してるわけですから。1979年のイラン革命ってありますでしょ? 大学1年だったかな? イラン革命というのはイスラム原理主義の初めての革命ですよね。

    西塚 あ、初めてなんでしたっけ? ホメイニを持ってきて、パーレビを追い出すという…

    ヤス そうそう。本当に、一気に革命が起こりましたから。当時から僕は外国のメディアを読んでいて、外国のメディアで一番大きなポイントになっていたのは、これからホメイニによる原理主義革命がどこまで中東に広がるかということです。場合によっては、中東全域が流動化してくるのではないかといったような見方が、極めて強かったんですね。これはドエライことになったぞと。そして同じ年に、今度はソビエトがアフガニスタンに軍事介入するわけですよ。アフガン侵攻が始まった。これは世界がこれから流動化していってとんでもないことになるんじゃないか、というくらいの激震のあった年なんですね。79年から80年。

    一方で、80年くらいになってくると、カンボジアでポルポトの虐殺がどんどん伝わってきて、それによって膨大な難民が出てくる。100万人規模の虐殺が行なわれてきてることがわかってくる。それは、今までの我々の枠組みでは理解できないような現象が、一気に出てきたというくらい大きなことだった。ただ一方、日本国内に目を向けると、当時の79年、80年の経済成長は5%くらいありますから、みんな、のほほーんとして、まったりとしてるんですね。

    西塚 してましたね。

    ヤス 当時、インベーダーゲームが流行ったりね。しばらくするとゼビウスというゲームがすごく流行ったりね、要するにこれだけ世界が変動してるのに、日本だけカプセルに入った、何て言うかな、隔離された特殊な世界の中に籠もっているような状態にいる。これはいったい何なんだと。日本という社会に生きてる限りはね、そのカプセルの中に籠もったような状態に無理に押し込められる。このストレスみたいなものを強く感じてたんですね。

    西塚 なんて言うんですか、孵化器というか、インキュベーターのような…

    ヤス インキュベーターですよ。まさにインキュベーターみたいなものの中に無理やり押し込められて、それで80年代の初めですから、チューリップの歌を聴きながらね、ニーチャン、ネーチャンのようにね、そしてオンナの尻を追えと(笑)。みんなそういうことをやってるんだから、お前やらないのかと。そういうような感じですよね。そうすると自分が世界に対して持ってる問題意識というのはほとんど、どの会話の中でも、どこ行っても、全部空回りするわけですよ。じゃあ、そういうような問題意識で話している人たちがいるかと言えば、いるんですね。いることはいるんですが、それは党派の人たちなんです。共産党だとかね、社会党であるとか、労働組合であるとか、いろんな党派の勉強会みたいなところでやってる。

    西塚 組織に属してるわけですね。

    ヤス 彼らは、そういう問題意識を持ってはいるんだけどね、いわゆる党派が勢力拡大するためのツールとして、それを使ってる。じゃあ、個人としてその問題意識を普通に考えたいといったときに、自分たちはどこへいけばいいのか。僕は1980年かな、たまたま派遣交換留学生に選ばれたのでアメリカに行った。アメリカ行ったら、キャンパス内のどこでもあるんですね、そういうワークグループみたいのが。教授が中心になって、みんなで討論しようよみたいなワークグループがいろんなところにある。そこに出るとですね、こちらの知的な関心が満足させられるわけですね。そんなような感じだった。

    ただね、今思い起こしてみると、僕がストレスを感じた本体になっていたものは何なのか。すなわち、まったりとした日常に囲まれたインキュベーターの中に入ったような状態。それは何かと言うと、絶対的な安定性ですよ。すごい安定性です。そうするとですね、ここからひとつのポイントなんですけど、こういう我々の日常生活の安定とか、日常生活の安定の大もとになっているシステムとか、組織の安定性といったものは、最初から担保されるものではない。保障されるものではない。

    どの現場に行っても人間たちは遊ぶんですよ。遊びっていろんな形態をとると思うんですね。たとえば、自分がどこかの会社の係長あたりになってると。自分の部下を何人か監督してる。係長は係長のやらなくてはいけないような目標であるとか、ルーティンワークとか全部ある。普通にそのルーティンワークどおりにやってれば、すべて問題は起こらないはずなのに、やっぱり部下の中には、合う合わないの人間関係がある。場合によっては、隣のOLに惚れちゃったなんてことがある。それはほとんどコントロールできない面なんですね。お前は全員を好きになれと、誰かが強制するっていうのは無理なんですよ。合う合わないは、確実にありますからね。

    合う合わないというふうなところから、合う人間ばっかりが集まって、内部にひとつのグループを作ると。しょっちゅう飲みに行く。誰かその中で何人かえらくなっていくと、自然にそれが派閥化してくる。派閥そのものというのは、何かの政治的な理由ででき上がるかと言うとそうじゃなくて、もともとは、会社単位であれば、合う合わない人たちの集団であったという側面が強いのではないか。それは、組織のルールとか、党派のルールでコントロールできるかと言えば、できないんですよ。言ってみれば、遊びの部分ですね。予測不可能な部分ということだと思います。

    西塚 小学生のときだって、自然発生的にみんな集まって遊んで、勝手にルールができて、何となくこれ面白いからと言って、いくつかにグループに分かれていきますもんね。あれと同じ構図が社会にもあると。

    ヤス 社会にもあるということですね。その遊びの部分というのは、基本的に管理できない。では、その遊びの部分から何が生まれてくるのか。平易な言葉で言うと「意味」が生まれるわけですよ。それは、規制されない意味。規制されない、様々なものが生まれてくる。

    我々の経済生活が安定してる場合は、システム、会社もそうだし、国の政府機関もそうだし、いろんな政党もそうだろうし、いわゆる我々の経済が安定しているということは、そのシステムが安定しているということですね。システムが安定してる場合、その遊びの部分というのは、あまり大きな影響力を及ぼさない場合が多いんです。だから、遊びの部分が創り出すというものは、どちらかと言うと、新しい商品の開発とかね、そちらのほうに向かう。ちょっとしたアイデアといったようなタイプ。

    たとえば、どこかの党派がある。共産党でも社会党でも何でもいんですが、その中で気が合う連中が集まる。そして酒飲みに行って、不満がたまったと。今の指導体制はおかしいと、だんだん不満がたまって、どこかと一緒に分化してちっちゃい党を作った。それがどれほどの影響力があるかと言えば、ないんですよ(笑)。やっぱりない。会社もそうですよ。どんどん右肩上がりで業績を伸ばしているときに、今の社長のやり方はおかしいよね、部長が気に食わねえと言って、文句のあるちっちゃいヤツらが集まって、ブツブツ言い始めたと。それで、我々は会社から出るぞ、って出れるかと言ったら、出れないんですよ、だいたい。右肩上がりでどんどん昇ってて、自分の給料もどんどん増加してると。それで嫌だと言って、会社辞めて、全部リスクを負うヤツいるかって言ったら、誰もいない。

    西塚 ガス抜きですよね。

    ヤス そうそう。したがって遊びの部分、すなわちシステムの内部の規定に入らない部分というのは、ある意味でガス抜きの中で終わってたと思うんですね。

    西塚 飲みに行くときに、ちょっと3つ4つにグループが分かれるくらいの話ですよね(笑)。

    ヤス そうそう。その程度に終わってたと思うんです。経済が安定してる場合というのは、ある意味で遊びの部分は脅威ではなかった。政治的には脅威ではなかったということですね。脅威じゃない場合は、たとえば昔、ビーパーって英語で言うんですが、呼び出し電話、なんて言うんでしたっけ?

    西塚 ああ、ポケベル?

    ヤス ポケベル、ポケベル。ポケベルが出たときっていい例だと思うんですけど、最初ポケベルって、ビービーってビープ音が出るんですが、それが15文字のメッセージを送れるようになったんですよ。そうしたら、これはメーカーも予想しなかったんですけど、15文字のメッセージでメールのようにやりとりし始めた。インターネット前の時代。メッセージ付きが、こんなふうにコミュニケーションの手段として使われるとは思ってもみなかった。それでポケベルがですね、まさに現代の携帯電話に近いメールの機能として使われ始めた。それは消費者が自ら開発したということです。

    西塚 そうですね。ひとつかふたつの単語に、いろんな意味をかぶせるというような、文化と言うと大げさですが、そういうような「お約束」な遊びができてくる。

    ヤス そうそう。そこから、言ってみれば、ポケベル文化みたいなものが一気に出てくる。ポケベルによる言語表現みたいなものが一気に出てくるということですね。だから経済が安定してる場合は、遊びの部分というのは、むしろそういうような形の発揮のされ方をしてたのではないかと思います。今の状況はどうなのかと言うと、全然違う。

    西塚 むしろそういう、何と言うか、「衣食足りて礼節を知る」とは古い言葉だけども、それの現代版みたいことがあって、安定して、生存を脅かされるような極端な危険性、不安を持ってない場合は、人間は遊びたがる。それがものすごくクリエイティブなことに繋がっていくというお話ですね。

    ヤス そうです。

    西塚 今は要するに一部のですね、巨大な力を持ったヤツを含めて、一部の連中が自分の思うがままにしたいがために、とんでもなく古臭くなった規則を温存させたいし、そのためにはもう暴力も辞さないしという感じの、何と言うか、硬直状態に近いようなことになっているんじゃないか。そういう現象が、宮台さんも言ってましたが、会社とかいろんな組織、国レベルでも、日本の場合は金太郎アメのように出てくるという。

    ヤス そう。だから経済が右肩上がりの場合は、今言ったように遊びの部分というのは、本当に商品開発であるとか、いわゆる面白いものを開発するとか、別に社会システムそのものに大きな影響を与えるものではない。

    西塚 脅威ではないと。

    ヤス 脅威ではないですね。しかしながら、経済がどんどん下がってくる、終身雇用制もぶっ壊れてくるとなると、システムの安定性が相当不安定になってくる。この不安定になった状況の中で発生してきた遊びというのは、遊び=自由なコミュニケーションということも含めていいと思いますが、システムそのものを解体しかねない影響力も大きくなってくるわけですね。

    たとえば、さっきの例を使うと、会社があると。その会社がどんどん右肩下がりになってきた。これからみんな契約労働に変えますからと言って、今までの終身雇用性が放棄されて、全部一年契約になったと。それで全部、実績主義なった。そういう状態になってくると、会社がこのまま温存されるかどうかもわからない、先が見えない。いつ自分がクビを切られるかわからない。そこで、合う合わないの人間たちが出てきて、派閥のグループを作る。その派閥のグループの中に、やたら仕事のできる人間が何人かいた。彼らが率先して、今の会社のやり方はおかしいよねと、絶対おかしい、このままいくとヤバいよねと言ったときにね、彼らはどうするか。外に出て会社を作ったほうがリスクが少ないかもしれない。どっちにしろクビになるんだったら、最後に会社の中で暴れてやると言ったほうが、むしろリスクが少ないかもしれない、ということになってくるわけです。

    今、我々はそういう状態になってきていて、システムがあらゆる部分で不安定化してるので、本来いろいろなシステムの中で出てきた遊びの部分といったものが、逆にそのシステムに対するブラックスワン的な働きをしてくるということなんです。今回もですね、そのように弱くなったシステムというのを、安倍政権的なものは、いわゆる道徳的な規範を押しつけることによって、強権的に支配しながらね、その遊びの部分を徹底的に抑圧して、もう一回システムのタガをしっかりと嵌めようとしてるわけですよ。それによって生活の絶対的な安定性、1979年とか80年くらいの時代の、まったりとした日常に戻れるくらいの安定性が確保できるんだったら、まだいいかもしれない。でも、おそらくそれは不可能です。だとすれば、不安定の中でタガを締めれば締めるほどですね、反発はするだろうし、反発は遊びとなって出てくる。まったく規制されない自由なコミュニケーションが、百花繚乱状態で出てくるんですよ。あらゆる領域で出てくる。

    西塚 それは前回おっしゃった、それこそ『帝国』のマルチチュード。規制するツール自体が、本人たちの首を絞めるよということになるでしょうね。

    ヤス 極めて高度なITを使って、ある方向に誘導しようとすればするほど、むしろそれに対する遊びの領域がどんどん拡大する。反作用のほうがでかくなる。たとえば、今回の『教えて!ヒゲの隊長』ってあるでしょ? あれなんか典型的だと思いますよ。

    西塚 なるほどね。

    ヤス 『教えて!ヒゲの隊長』というのを作ったと。あれは本当に国民を幼稚化したビデオなんですが、『ヒゲの隊長に教えてあげてみた』のほうが面白いわけですよ。あっちのほうがヒットしてるわけですね。あれは、自由な規制のないコミュニケーションの過程から、遊びで作られたものなんです。ああいった類いのものが巨大化してくるということなんですね。

    西塚 あれは、あっと言う間に出てきましたからね。

    ヤス あっと言う間に出てきた(笑)。そうするとね、これから安倍政権に対するアンチ、安倍政権ではない、本来の民主主義を目指す大きな流れを盛り上げるために一番重要なことは、遊びの部分をね、スローガンといった使い古されたような古い言葉の中に吸い上げないことなんですね。遊びの部分を十全に放って、遊びの部分からいろんな言語表現だとか、ビデオであるとか、カッコいいもの、面白いものを出せるような状況に、いかに持っていけるかということだと思います。

    西塚 そのへんはヤスさんはどう思われますか? たとえば、僕はヤスさんのお話を聞いてて、ひょっとしたらヤスさん自身も、ある種のリスクというか、危機感を感じてらっしゃるのかなあと勝手に思ったのは、そうやってITツールを使って、頭のいいヤツとかセンスのあるヤツは、あっと言う間に作り変えて違うメディアを作っちゃったりする。それは野放しでいいのか。また違う全体性が出てきて、ある強制力を働かせてですね、なんかギクシャクして、面白くなくなっちゃうんじゃないかというような不安とか、そういうのはあまりないですか?

    ヤス いや、それは必ずあると思う。だから言ってみれば、システムと反システムのぶつかり合い。いわゆる真面目とのぶつかり合いと言うかね、これは闇と光でもいいんですけども(笑)、それは必ずあるんですね。

    西塚 そのへんは、どういうふうに捉えてらっしゃいますか?

    ヤス 複雑性って理論がありますでしょ? 定常状態というシステムの安定した状態があって、そのシステムの安定した状態は極めて微妙なものなんです。要するに、いろんな変化に対する適応力があるがゆえに、そのシステムは安定してるわけです。ただね、いくつかの条件がちょっとバランス悪くなると、一気に流動化するような方向に流れていく。そういう形のものが、システムのひとつの動きだと思います。

    「カオスの縁」という概念があって、いくかの条件が覆ればちょっと不安定になってしまうという、ギリギリのカオスの縁のところで何とか行き来してるのが、実は一番安定したシステムなんだということです。それはなぜかと言うとね、環境の変化に対して適応力があるということなんですよ。

    システムと反システムは必ず存在する。システムのほうが巨大で、それに対する遊びの部分があまりにも規制されてしまうと、窒息するような全体主義になる。そのようなシステムは長続きしない。だからと言って、遊びの部分だけが巨大化すると、システムを食っちゃって、もう無限に流動化していくわけです。だからそこに絶妙なバランスがある。どこが絶妙なバランスなのか、ということを発見する知性がすごく重要だと思います。

    西塚 そうですね。そのへんはそう思われますか?

    ヤス 僕は、どこが一番の絶妙なバランスかということはよくわからないけども、ただ重要なのは、まず個に全部遊ばせてみろと(笑)。

    西塚 僕はそこだと思うんですね。その規則は別に外部にあるわけじゃなくて、個人個人がそういうことに気づくということ、そのようなダイナミズムがあるらしいぞと気づいて、自分でバランスをとっていく個が増えれば、おのずとバランスがとれるという。

    ヤス そうです。

    西塚 しかないんじゃないかなあと。

    ヤス だから下からいろんな遊びを行なう。いろんな活動を行なう。やっぱりシステムはアンチシステムから始まると思うんですね。個が集まることによって、個の様々な活動が下から集積してね、全体として安定したシステムができ上がる、という方向だと僕は思う。

    その意味では、アダム・スミスの「神の見えざる手」であるとかね…アダム・スミスは18世紀、市場といったものが経済のかなり大きな領域を管理するようになって、運営するようになって、初めての時代に生きるわけですよ。そうすると、そのままシステムの中から、果たして安定した経済ができ上がるのかということが、極めて大きな問題になる。その中で、いわゆる個の欲望にまかせて大丈夫なんだということを出してきた。アダム・スミスの「神の見えざる手」そのものが現在、有効視されることはないですけど、しかしながら問題提起の水準として現在、極めて似たところにいると思いますよ。

    ジャン・ジャック・ルソーもそうですね。ルソーの「一般意志」も同じ問題です。それぞれの政治的意見があるような個人がバラバラに集まってね、それでまとまるのかと。いや、そうじゃない、討論させてみろと。その一般意志というものが必ず出現してくる。

    西塚 ルソーにしても、アダム・スミスにしても、やっぱり信頼があると思うんです。人間に対する信頼というよりも何か別のもの。ヤスさんがいみじくもおっしゃったように、たとえば300年前のブルゴーニュの農民をここに連れてきて、対話させてみろと。個の意識というものは、全然違うはずだと。たしかに江戸時代の人間、熊さん八つぁんをここに持ってきて話たって、話は通じますよ、礼儀を通せば。でも、ちょっと個が違うぞとおそらくなるわけで、そういうような形で個は変質してくる。

    だから、そういった意味で、何か大いなるものと繋がってるといったような、何かに信頼している気がするわけです。アダム・スミスにしろ、ジャン・ジャック・ルソーにしろ、どうしてもそこにいかざるを得ないのではないか。ヤスさんがこのシリーズでよくおっしゃってるような個と超越性。要するに、超越性というものを想定する、あるいは大いなるもの、神でも仏でも何でもいいんですが、個を超えた大きなものがあるというほうが、あったほうが、個の多様性が担保される。ヤスさんはたしか、そのようなことをおっしゃった。そっちのほうが安心感があるし、かえって個の多様性がわりと健全に機能するんじゃないか的なこと。そういう言葉ではありませんでしたが。

    今日のお話を聞くと、やはり安定性、社会システムの安定性の中にいろんなアイデアがあり、遊びが出てくるということと照らし合わせていくと、たぶんそういうことをおっしゃりたかったのかなあと思うわけですね。その大きな装置のひとつが、かつては宗教だった。今は、本当は安倍政権がそれに代わるものを日本で出さなきゃいけないんだけども、それを出せてないどころか、真逆だという。そんなようなお話かなあと思うんです。

    ヤス ただね、僕が怖いのは、安倍政権は出してくると思いますよ。

    西塚 ああ、何かモデルなり、物語を…

    ヤス その超越性を出してくる。憲法改正の一部として出してくる。いわゆる自分たちの言う「美しい日本」とは何なのかと。日本とはどういうものなのか。極めてスピリチュアルな共同体の概念を出してきますよ。

    西塚 そうなるとですね、ヤスさんとお話しているテーマの核心にも入ってくるけども、神道とか何とかいろいろありますね。何でもあるんだけども、そこに吸収される、巻き込まれるという流れがあれば、僕はそれが一番危険だと思うし、自分自身も嫌だし、そこだけはちょっと気をつけていきたいところですね。そっちの流れにいきますか?

    ヤス だからそのときにね、一緒に提示してくるのは経済的な安定性でしょうね。自分たちのモラルというか、自分たちの提示したスピリチュアルな日本の概念に従えば、これだけのリワードがあるぞと。

    西塚 僕はですね、今回の安保法制もですが、メディアもいろいろ流しますから、安倍のそのトンチンカンな受け答えにしても、みんな気づいちゃったじゃないですか。一回気づくと、この流れは止まらないんじゃないですか?

    徹底的に遊ぶ!茶化す!

    ヤス そうそう。気づくのはそうなんですけど、ただ問題は、気づきをどこまで持続できるかってことなんです。たとえば安保法制反対というのはひとつあり得る。いいんですけど、また反原発運動というのもすごく重要でね、これも大事なんですけど、そういう政治的なスローガンだけではね、続かない。このシステム全体に対する反システムの動きを、いかに持続させるかということ。それは、遊びをいかに持続させるかということなんですよ。

    西塚 そうですね。本当にそう思う。

    ヤス それをスローガンという形だけに限定して、吸い上げちゃったらダメだろうということなんです。だから遊びの部分をずっと持続させると。

    なぜこういうことを言うかというと、自民党の憲法改正草案を見てるとそうなんですよ。あの憲法改正草案というのは、まさに明治憲法そのものでね、元首として天皇を位置づけてる。そうするとですね、日本国家というものに対する定義をせざるを得なくなってくるんですね。現在の、現行憲法の日本国家の定義というのは、主権在民の民主国家の日本国家です。それとは違った定義を持ってこなければならない。そうすると、やはりスピリチュアルな日本国の根源というところに至らざるを得ない。

    ポイントは、我々は戦後の憲法に保障された、かなり自由な空気の中で安定してきたこの日本が大好きで、その中でずっと生活してきた。しかしながら、安倍的なものが回復してくる、突っ張り出してくる日本というのは、やはり戦前的な日本です。ただ戦前的な日本というのは、イデオロギーとかね、暗い面だけではない。全体主義の楽しみってあるんですね。全体主義って心地いいんですよ。考えなくてもいいしね。

    西塚 何回目かにもおっしゃってました。面白いご指摘だと思いました。思考停止は気持ちいいという。

    ヤス 思考停止は気持ちいいんですよ、本当に。思考停止して、全体主義の中で、自分が何か強大な全体的なものに解体される気持ちよさ。解体されればされるほど、やっぱり自分には経済的な報酬がやってくるという感じ。たとえば、紀元2600年祭ってあったんですね。1940年だったんですよ。

    西塚 紀元節は、神武天皇の誕生日でしたっけ?

    ヤス 神武天皇が即位した日。これはわかっているわけじゃないですよ。もっと言えば、神武天皇なんていないんですよ。これはもう、神話の人物だということはわかってるんですけど。

    西塚 (笑)、それはまたやりましょう。

    ヤス そのときにですね、11月10日の、たしか午前11時何分かに、当時の1億500万ですよ、日本国民。それが、同じ時刻にですね、全員宮中のほうに向いて、天皇陛下万歳!をするんですね。1億500万ですよ。そしてあらゆるところで、数十万の行事が行なわれてるわけですよね。何が言いたいかと言うと、それは苦痛なのかということなんです。おそらく苦痛じゃない。

    西塚 中には苦痛な人もいっぱいいただろうけども、マジョリティとしては苦痛じゃなかった。

    ヤス 心地よかった。何で気持ちいいかと言うと、ひとつは当時の1940年の世界というのは、やはり西洋列強に支配されていた。西洋列強というのはキリスト教文化ですね、基本的に。その中で唯一大国として、非キリスト教的な白人でもない国というのは日本だけなわけです。自分たちとしては、してやったりというような。

    西塚 なるほど。溜飲を下げるわけですね。優越感に浸るということですね。

    ヤス そうそう。言ってみれば、それと同じような体験を保証してくれるわけです、安倍的なものは、将来的に。そうするとね、何が基軸になるかと言えば、反対!っていうことだって大事ですよ、ただそれよりも、遊んじゃうということなんですよ。徹底的に茶化す(笑)。

    西塚 本当ですね。武術で言うと、合気じゃないですが、無化する。

    ヤス 無化する。

    西塚 筋肉しにしても、緊張してるとやっぱり凝るじゃないですか。そうじゃなくて、もう融通無碍と言うんですか、まあそうなると仙人とか達人の次元なのかもしれませんが、新聞読んだときの反応も含めて、凝り固まらないと言うか…

    ヤス そう。いつでも斜に構える。パッとずらすというような態度かなと、僕は思いますね。

    西塚 そうですね。今日はちょっとできないかもしれませんが、宇宙人情報がいっぱいありますね、プレアデスでも、シリウスでも何でもいいんですけども、これは僕の完全に個人的な意見ですけども、そういう本はある程度僕も読みますが、共通して僕が感じるのは、やっぱり思考、思考する、考える、ということなんです。その大事さを訴えている気がして、しょうがいないわけですね。だから思考停止の気持ちよさって、もちろんあるんだけれども、でもどうしても思考して、ものすごくインテンシティをかけていった果てに、次元がジャンプだかアップだかわかりませんけども、何かあるんじゃないかなという気がしています。だから、のほほんとして終わりなき日常を生きるんだ、それで僕は、私はいいんだと言う人がいてもいいんですが、遊ぶという意味で言えば、僕はそうじゃなくて、もっと違う遊び方がしたい、というくらいなんですね。

    ヤス だから、思考による遊びは十分成り立つし、もともと遊びは思考を刺激しますよね。言語による遊びって、極めて思考的に高度なものだと思いますしね。

    ちょっと話を戻しますと、安保法制で盛り上がったのは、いわゆる民主主義へと向かうひとつの流れなんですね。ほっとくとですね、政治的なスローガンとかね、それに吸収されてしまいますよね。だから、『ヒゲの隊長に教えてあげてみた』を作ったような感じの遊び感覚を、これからもずっと、いかに絶やさないかということです。実は、こちらの反対側にきたほうが面白いんだぞと(笑)。

    西塚 それは本当に、ヤスさんと協力してガンガンそういう本も出したいですね。形態も本だけじゃなく、いろいろやりたいですね。

    ヤス たとえば今、安倍さん自身もそうだし、安倍さんの奥さんもスピリチュアル系って言われてるからね。

    西塚 アッキー(笑)。

    ヤス だから、安倍さんのもともとの魂は、たとえばどこの惑星からきたのかとかね(笑)。

    西塚 アハハハハ。

    ヤス レプティリアンかもしれない(笑)。

    西塚 本当ですね、面白いですよね。そういう遊び感覚を含めた意味で、ガンガンやっていきたいですね。それは取り締まられたり、邪魔されたら、それはそれで面白い。こっちも遊んじゃうから。

    ヤス そうそう。そういうものですね。

    西塚 いや、僕はまだまだ勉強しなくてはいけないし、ヤスさんとお話してて、僕がじゃあシリウスってどうですかとか、こんな本があるけどどう思いますかと質問してもいいんだけども、やはり現実問題の日本の流れ、時事問題を含めた、世界情勢も含めた形で絡めて話していけそうな気がしてるんです。僕もちょっと違う勉強のテーマを与えられたような気がして、本当に面白いです。ありがとうございます。次回、またバカなことを言うかもしれませんが…

    ヤス 言ってください、バンバン。全然、バカなこと言ってないよ。

    西塚 いえいえ。何かひと言ありますか、今回は。

    ヤス 遊びの輪をいかに絶やさないか。「1億総活躍社会」と言うんですけど、狙いはいいんですが、何かそれを使ってね、とんでもないビデオとか、面白いものを創れないのか、踊れないのかと、あれで。

    西塚 じゃあ、「1億総チャカシ社会」みたいな(笑)。

    ヤス そうそう、みたいな感じですね。それが、ある意味、言語文化、映像文化、ダンスも含めて、いろんなものを創ってくると。多くの人たちを巻き込んで、茶化して遊んだほうが絶対面白い。それでお金にもなるとなったら、膨大な流れになる。

    西塚 そうですよね。経済的にも無視できないし、みんな乗っかってきますよ。ガチガチの自民党も乗っかってきちゃいますよね。乗っかざるを得ないだろうし。

    ヤス だからまあ、ヒゲの隊長は、彼は十分キャラクター化されましたけどね、安倍さんはもっとキャラクター化されるべきなんですね。面白い感じの人だしね。もっともっとマンガに描かれて、もっともっと茶化される、キャラクター化される(笑)。

    西塚 なるほど。換骨奪胎というか、本当に無化される。そのへんもっと突っ込んで、次回以降またお話しください。今日はありがとうございました。

    ヤス どうもどうも。面白かったですね。


    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

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    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第15の2

    10月27日

    第18回の「ヤスの勉強会」の様子を一部アップロードしました。よろしかったらどうぞ!



    次回の有料メルマガの予告

    10月30日、午前0時10分に配信する次回のメルマガでは、ロシア政府が検討している驚くべき計画を紹介する。また、米中の対立の行方と真相について情報を提供する。最後に、新しい意識進化の方向性について書く。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

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    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第15回の後編である。興味深い内容だと思う。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無

    info@yasunoeigo.com

    『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナー  講師:高島康司 12/6、1/16

    12月6日と1月16日の2回、『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナーを行います!第一回目のパートナーは有名ブログ「In Deep」の岡靖洋さんです。よろしかったらどうぞ!

    申し込みリンク

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第15の2

    spi151

    シリア空爆とエゼキエル書

    西塚 ちょっと戻って申し訳ないのですが、さきほど時事問題で聞きそびれてしまいました。先日の収録の間に、ロシアがシリアを空爆しましたね。それをちょっとお聞きしようと思って忘れていました。

    ヤス まあ、イスラム国そのものは、財政的に支援しているのはアメリカであるという証拠はね、やはり膨大にあります。アメリカ軍の内部で、特に軍産複合体、ネオコン系のほうでね、イスラエルと一緒になってイスラム国を積極的に支援しているというグループは当然あります。ただ、そうじゃないグループもあるんですね。むしろオバマ政権系の人たちというのは、積極的に支援をしているわけではないんだけども、アサド政権を打倒するためにね、反政府勢力を支援すると。その一環に、実はイスラム国も入ってたんで、結果的にイスラム国を支援することになってしまったという人たちが多いわけです。

    ただその結果、アメリカというのは対イスラム国で見ると、すごくちぐはぐなことをやってるわけですよ。アサド政権が最大の敵であると。しかしながら、イスラム国と一番戦っているのはアサド政権である。イスラム国も基本的には敵であるけれども、アサド政権を倒すためにイスラム国にアメリカは資金援助をしていると。それはアメリカ国内でも散々非難されてることです。一体、我々は何をやっているのかと。

    西塚 本当ですね。プーチンはあからさまには言わないけど、アメリカは何をやってるんだと。空爆はエスカレートする可能性はあるんですか。

    ヤス いや、しますよ。今ね、空爆をどんどん開始してて、プロパカンダ戦争が行なわれてますよね。日本はまったくアメリカの情報しか流れてこないので、ロシアの情報は全然流れてこない。アメリカの言うことはめちゃめちゃなんですよ(笑)。ロシアが空爆しているのは、イスラム国じゃなくてアルカイダだと。アルカイダは、アサド政権を倒す我々の同盟相手なんだと言うんですね。それを聞いて、みんなアメリカ人はびっくりするわけですよ。アルカイダが同盟相手ってどういうことだ、敵じゃないのかと。いや、昔は敵だったんだけど、今は同盟相手だと言うのね。だから、ぐちゃぐちゃなんですね。いずれにしろ、そういうわけのわからんことを言って、ロシアを攻撃してるわけですよ。

    ただロシアのほうは、『Russia Today』あたりでね、ビデオをどんどんアップロードしてる。そのビデオは何かと言うと、実際、地上で攻撃されたほうが録ったビデオなんですね。それが『Live Leak』というところで、どんどんアップロードされてきてる。実際、攻撃されてるほうから撮られてるわけですね。それでロシア側は、イスラム国の拠点そのものを我々はやってるんだと。精密爆撃をやって、今までアメリカ軍が出せなかった大きな成果を収めてるんだと、はっきり述べてる。

    それで今、全体の状況がどうなっているかと言うと、まず第一にロシアの空爆はこれからもどんどん続きます。それから地上部隊を派遣してくる。これはまだ日本ではきちんと報道はされてないようですが、全体でも3000名ほどの地上部隊。前に1000名ほどの兵站部隊を送ったんですよ、ロシアが。それで今、3000名規模の地上部隊がもうすでに派遣されたということなんですね。ロシア軍が借りてる軍港があるんですね、シリアの中に。そこにどんどん上陸してきてるんですが、そこにですね、イランの革命防衛隊も一緒に上陸していて、ロシア軍と一緒に戦うという体勢が整っている。面白いのは中国の動きなんですよ。

    西塚 中国がどうしたんですか?

    ヤス 軍艦を派遣してきた。

    西塚 え、シリアにですか?

    ヤス シリアに。現在ですね、その港にロシアから派遣された軍艦と、中国軍艦が一緒にいるんですね。数百名の軍事アドバイザーという名目で、中国軍がもう入っている。

    西塚 なんか、キナ臭いですねえ。

    ヤス そうなってくると、もう軍のレベルでね、いわゆる中国、ロシア、イランの同盟軍ですよ。

    西塚 そうですね。対アメリカ、イスラエルとなって、日本も入るわけですよね。あとサウジアラビアか。

    ヤス ロシアの空爆は、僕は成功すると思うんですね、どんどん。今までのアメリカ軍の、半分はイスラム国を支持してて、半分は支持してないようなね、そういう中途半端な、何やってんだかわけわからないアメリカ軍に比べると、はるかに有効な軍事作戦を展開するんじゃないかと思います。その結果、中東地域の覇権が変わる。

    西塚 そうですね。中ロですね。

    ヤス アメリカとかサウジアラビアの影響力がすごく衰えてですね、まあトルコの影響力も衰えて、最終的には、中ロ、イランによって中東の緊張が管理されていくといった体制に、急速に移行してくるんじゃないかと思いますよ。

    西塚 そのときに何か、バカみたいなことが起こりませんか? それを許さない軍産複合体、エネルギーを含めた、何かやらかしませんか?

    ヤス いやいや、極めて危険な状態だと思いますね。そこでアメリカが、じゃあ私たちは撤退します、ですむか。

    西塚 すむわけないですよね。

    ヤス そのときに、やっぱり鍵になるのはイスラエルですよ。イスラエルがどう振る舞うのか。中ロそれからイラン、この3国の同盟による中東の管理ということに関して、イスラエルが協力的な姿勢をとるのか、敵対する側に回るのか。それによって、アメリカとかヨーロッパが、どっち側につくのか決まってくる。すごく不気味なのは、どんどん状況がエゼキエル書によく似てきているという(笑)。

    西塚 あ、そうですか。エノクではなくエゼキエルのほうに。

    ヤス という感じはしますけどね。

    西塚 ヤスさんのメルマガじゃないですが、ドイツ銀行も含めた破綻問題も懸念されてますよね。そのへんがあいまって、もう欧州、中東はかなりぐちゃぐちゃになる。

    ヤス そうですね。中国軍がどれくらい介入しているか、だいたい情報が集まってきたので、今回メルマガで書こうと思うんですけど。中国がここまで動いたか、という感じはしますね。それで日本でね、何でロシアが空爆したのかと言うと、ロシアはシリアとは伝統的な同盟国であって、地中海に出るための軍港を借りているから、その利害があるからという説明をするんですけど、おそらくそうじゃない。ロシアがシリアに持っている経済的、政治的利害って大したもんじゃないんですよ。軍港ひとつですからね。それでもここまでロシアが関与しているのは何かと言うと、イスラム国の拡大を怖れてるんですね。

    アサド政権というのはビンのフタですよね、言ってみれば。もしフタがなくなった場合、イスラム国の勢力がロシアにもどんどん侵入する。チェチェンを介して侵入するだろうと。それは、ロシア国内でも極めて大きな脅威になりかねない。水際でこいつを止めなくちゃ駄目だと。中国も同じだと思うんですよ。中国で爆弾騒ぎがありましたよね。あれは新疆ウィグル自治区の、いわゆる東トルキスタン独立運動が極めて盛んで、爆発物を仕掛けた人たちはイスラム国の一派なんですね。イスラム国が東トルキスタン運動に深く関与してて、独立の武装闘争になってる。中核的な部隊は、まさに東トルキスタン、新疆ウィグル自治区の中のイスラム国部隊なんですよ。それがどんどん入ってきてて、その拠点がシリアにあるんですね。シリアで戦闘員を訓練して、中国の新疆ウィグル自治区に戻ってくるっていうルートができあがってる。

    中国のほうとしては、やっぱり根もとであるシリアの、東トルキスタンイスラミックムーブメントって言うんですが、この大もとを叩きたい。そういう政治的必然性があると。中国としては一応、鄧小平が立てた原則があって、中国の国益に関与しない地域に関しては軍事侵攻することはないと。我々は中立を保つといった、鄧小平が立てた絶対的な原則があるんですね。しかしながら、東トルキスタンの運動は、中国の国益にとって重大な問題になってくるわけですね。これが拡大すると、国内の治安に極めて大きな影響があるわけですから。そうすると、もしですね、アサド政権のほうから中国軍に依頼があった場合、シリアに中国軍を送るという合理的な理由は十分あることになる。

    西塚 エゼキエル書は、ちょっと忘れちゃいましたが、どんな見通しというか、流れなんですか?

    ヤス ロシアとイランと北アフリカ連合軍、これが連盟してイスラエルに攻撃を仕掛けるという。イスラエル側にはトルコとヨーロッパ。そこで大戦争が起こるという預言ですね。

    西塚 北アフリカと言うと、イスラムですね。

    ヤス そうです。スーダンとかエチオピア。今、ちょうどシリアにですね、ロシアと中国とイランの連合軍ができ上がりつつある、というような感じの流れですから。今そこで覇権地図がどんどん塗り替えられる。それをアメリカがよしとしなければ、もうひとつ大きな政治的な事件を仕掛けてくるだろうと思いますよ。

    西塚 経済的なものなのかもしれないし…

    ヤス 空爆をやってるロシア軍そのものを弱らせると言うかね、空爆できないような状況にもっていくような政治的な事件。そうなってくると、ウクライナに非常に大きな、ロシア軍を軍事的にウクライナに留めおかざるを得えないような、何か大きな事件を起こすとかね。そういうことかもしれない。

    西塚 あとは、ロシアを悪者にするようなイメージを作るような事件ですね。かなり緊張がありますね。

    ヤス 緊張ありますよ。シリアというのはすごい緊張がある。いきなり情勢がすごい勢いで動き始めたって感じはしますよ。

    世界を変える「個」のパワー

    西塚 そのへん、大きなところで言うと、前回から言ってるような日本における安保法制の問題があって、ヤスさんともずっとテーマとして話している「個」の問題、「目覚め」ですね。依存しないで我々はどうやって生きていくのか。また、どう連帯して生きていくのか、連携するのかというもの。それと今の世界の情勢。やっぱりひとつひとつが全然違うものではなく、リンクしてるように思います。別に総括するわけじゃないですが、僕なんか前からチラチラ言いますけど、構造とかリンクで考えちゃうところがあるのですが、ヤスさんご自身は、世界のそういう構図と日本における状況、個人の中の内面の構図といったもの、そのへんの大きな連関みたいなことで、何かお考えはありますか?

    ヤス あります。ユングが面白いことを言ってて、東西冷戦がちょうど始まった1950年代初めに言ったんですけど、現在の東西冷戦というのは、人間の内面を象徴してるって言うんですね。現在の我々というのは、無意識および集合無意識の倉庫であると言うか、それを象徴している右脳と、意識と合理的な行動、合理的な理性といったものを象徴している左脳、これが分断して統合されてないという状況が、東西冷戦の分裂の表れなんだと言ってるんですね。僕はそれを読んだときに、またバカなことを言いやがってと思ったんですね(笑)。何が関係あるんだと(笑)。

    西塚 ヤスさんはそう思ってたんでね、当初。

    ヤス 若いころですから。それを読んだのは18とか19くらいなので。そのときは、そういう漠然とした印象を持ってしまった。現在は、ちょっと違った捉え方してるかなという感じがします。それは何かと言うと、やっぱりね、マルクスじゃないですけど、社会構造が変化する、経済が変化する、政治が変化する、まあ社会構造が変化すると、それに合わせて人間の意識も変わるじゃないですか。人間の意識がどんどん変わってくる。

    具体的な例を挙げると、17、8世紀に資本主義がどんどん出てくる。資本主義は労働力を使いますね。商品としての労働力というのを使う。商品としての労働力というのは、農村共同体に生きてる共同体の一員ではないわけです。ひとりひとりが自分を労働者として、労働力を売りにきた人たちですから、そういう意味では個人です。そうなってくると、共同体の解体と個人主義化というのと、資本主義化といったことが軌を一にして進むわけです。だから資本主義化すればするほど、個人主義化の流れが進展することになる。個人主義化の流れの中では、個の意識がどんどん強化されるという流れになってくる。だから、社会的な変化と人間の意識の変化は、だいたい軌を一にしている。

    では、社会的な変化と意識の変化はどっちが先なのか。古い話ですけど、マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という本によると、人間の意識の変化のほうが先なんだと。カルヴァン主義みたいなのが広がってきて、目的合理的な行動形式ができて、その目的合理的な、いわゆる金を稼ぐために専念するという目的合理的な行動原則が先にあって、その結果として資本主義になったという考え方。しかし一方で、そうではないと。逆なんだと。資本主義化したがゆえに、結果として、そのような意識変化があったのではないかという解釈もある。どっちが先かと言うと、当然断定はできない。断定はできないんだけども、はっきりしてるのは、我々の意識の変化というのは、世界情勢であるとか、社会構造であるとか、そういう大きなものの変化の極めて重要な一部として、一緒に変化してるということですね。

    西塚 そのとおりですね。そうすると、どうしても根本的なものに戻らざるを得なくなります。根本的な「創造」ということで言えば、「創造主」でもいいですけど、「大もと」でもいいですが、肯定的に何かを創造していくというものが大もとにあると思うので、さっきのマック・スウェーバーの話で言うと、僕はやっぱり人間の意識が変えていくという立場ですね、今のところですけど。とは言えもちろん、フィードバックされるものはありますよね、できあがった構造なり、システムから相当影響も受けるし。でも、基本は人間たちの意識であり、意図が、相当先にあるのではないかと思います。反論もあるでしょうけれども。

    ヤス 基本的にはそうだと思います。面白いのは、この300年間ぐらいの歴史を見た場合、結論から言うと、個が自らの力の偉大さに覚醒する歴史だった思います。たとえば、近代資本主義以前の世界というのは、個はまさに共同体の中に埋め込まれてました。共同体と離れた個は、意識がなかなか成立しにくいわけです。自分は親から、先祖からずっと連綿と繋がっている鎖の輪のひとつにすぎないとして、個を認識してるわけですね。その中では、純然たる個の意識というのはなかなか成立しにくい。近代の資本主義になってくると、個の意識がどんどん芽生えるんだけども、じゃあ個がひとりで何かできるかというと、そうではない。多くの人たちと何か連帯した組織を作らないと、いわゆる大きな社会的な力にはならないという時代が長く続いてたわけですね。個は個であるんだけども、個が社会的な力を発揮する場合は、個を越えた組織なり、民族、国家、何でもいいんですけど、そういう個を超えた実体に対して、個が逆に解体されねばならない。そうじゃないと、個だけでは何らの社会的な力にもなれないという時代が、極めて長く続いてた。

    西塚 それを僕なりに解釈すると、日本の場合は個がなかったけど、欧米にはあった。いろいろな地域によって、前回は農奴の話も出ました、ツァーリズム当時の都市の話も出ましたけども、そういうのを含めて、地域によっていろいろ差はあるんだけれども、大きな流れで言うと、それこそ人類、地球規模で言うと、我々は個に目覚めていく過程にあるのだ、というようなことでしょうか?

    ヤス だと思いますよ。僕はそう思います。僕は、スピリチュアル的な能力も何もないですけど、僕の感じとしてはそう思います。人類総体として、極めて長期的な流れの中に生きているんじゃないかと思いますね。

    西塚 それは、社会現象とか、いろんな歴史的な事実の積み重ねの検証によっても得られるんですけども、ある種、別のライン、スピリチュアル的な流れもありますね。スピリチュアリズムは今に始まったことではなく、昔からあるわけで、そのラインでも次回、ちょっと突っ込んだ話をしたいですね。

    ヤス やっぱりですね、このインターネット社会、21世紀の変化って巨大だと思うんですよ。今まで、文化的に個の意識というのを古くから持ってるような地域もあるんだけど、ただ個人というのが社会的な力になり得るためには、個を越えたような様々な集団の一員にならなければならなかった。労働組合にしろ、政治党派にしろ、軍事組織にしろね。それは、今言ったように、個を超えた何か全体的なものに対して、個を解体させていくという流れなんですね。組合が動員かけるってときに、動員の中に個人の名前が入ってるかと言えば、ないわけですよ。ひと塊りなわけです。マスですよね。だから、そのマスの動員力を持ってる組織と組織のぶつかり合いによってね、歴史とか社会の流れが決定されるという時代が、20世紀だったと思います。

    我々が今どういう時代に入ってきたかと言うと、やっぱりインターネットを通してね、個が巨大な力を持ってしまうということですよ。ひとりの個人がですね、たとえばブログを作る、メルマガを書くでもいいですが、1日2万とか3万のアクセス数があったとすればね、個人のブログそのものが、ある意味で巨大な社会的な運動を引き起こすだけの力を持ってしまうということです。または個人のアイデアがですね、3Dプリンターを通して物質化すると。その物質化したものを直接、商品として売れるようになってくるわけです。それが大ヒットする。

    西塚 クラウドファンディング。

    ヤス クラウドファンディングもそう。いわゆる個といったものが、今までの20世紀のマスではなくて、マスから個へのね、極めて大きな飛躍と転換が今起こってるんだと思いますね。その結果ですね、個がどれだけの力を持った存在なのかということを、やっと自覚し始めた。

    西塚 そこでヤスさんがおっしゃったように、やっぱりスピリチュアリズムは無視できないし、どうしてもそこにいかざるを得ない。説得力も含めて、そこになるわけですね。

    ヤス ええ。その過程でですね、いわゆる個が自分の力の大きさに目覚める。目覚めることによって、ブログは書くわ、ツイッターはやるわ、いろんなコミュニケーションをするわけですね。フェイスブックとか、ツイッターとか、ブログなんかは典型的ですけど、個の世界を表現するわけですね。個が何を感じているのか。その個の感じ取るような世界を表現してみるとですね、実に多様な世界であったということなんです。とおり一遍に、まあ、みんなこういうことを感じてるよねー、といったような枠を実は全然飛び越えるくらいの多様性がある世界になったんだと。実はスピリチュアリズムの本当の面白さって、そこにかかってくると思うんですね。

    西塚 まったくおっしゃるとおりですね。じゃあ、ぜひそのへんを次回、突っ込んで質問したいと思いますので。今日はありがとうございました。

    ヤス こちらこそ、どうもどうも。


    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

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    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第15の1

    10月22日

    第18回の「ヤスの勉強会」の様子を一部アップロードしました。よろしかったらどうぞ!



    次回の有料メルマガの予告

    10月23日、午前0時10分に配信する次回のメルマガでは、9月・10月変動説を検証する。実に興味深いことが見えてきた。次に、これから起こる金融危機について詳しく解説する。日本ではまったく報道されていない事実があまりに多い。ぜひ知っておかなければならないことだと思う。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

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    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第15回の前編である。興味深い内容だと思う。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無

    info@yasunoeigo.com

    『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナー  講師:高島康司 12/6、1/16

    12月6日と1月16日の2回、『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナーを行います!第一回目のパートナーは有名ブログ「In Deep」の岡靖洋さんです。よろしかったらどうぞ!

    申し込みリンク

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
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    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第15の1

    spi151

    西塚 はい、じゃあ、乾杯しましょうか。カンパーイ! よろしくお願いします。

    ヤス はい、カンパーイ! いつもどうもどうも。

    西塚 『酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting』、今日(10月4日)は15回になりました。

    ヤス 15回、すごいですね(笑)。

    「帝国」対「マルチチュード」

    西塚 さっきまでちょっとラインのスタンプの件(西塚が江頭2:50のスタンプに似てる)で盛り上がって、酔っぱらいちゃいました。おかしさ覚めやらぬ感じですが、どこからお話ししましょうか。

    いつも、スピリチュアルにもっとディープな話をしようと終わるんですが、そのまま途切れちゃう気がしてますが、一応、時事問題から入りますと、国会は27日まででしたが、25日で実質閉会して、今は安倍の「新三本の矢」ですか? 安倍さんはもう、経済的な話にシフトしてるという感じですね、安保法制がまるでなかったかのような、もう決まっちゃったかのように、まあ決まったんですけどね。その状態に関して、何かひと言ありますか?

    ヤス 僕の視点からですけど、安部ってとことん国民をバカにしていると思いますね(笑)。経済的にその「新三本の矢」を立ち上げれば、国民のすべての関心が移動するだろうと。それに乗っかったマスコミもね、大規模な宣伝やれば、国民なんていずれ安保法制なんて忘れるよ、という程度にしか見てないと思いますね。

    これは前にもちょっと言ったことですけど、中国人の有名な、いわゆる世界の要人の通訳をやってる人で、この人の手記がある。元外交官の孫埼亨さんがですね、『日米同盟の正体』という本の中で面白いことを書いてるんですね。その人の手記の引用なんですよ。その人が言うには、世界の要人を通訳してるとね、社会的な地位が高くなって、ある国の意思の決定を担うような人物になればなるほど、極めて優秀で、やっぱり適わないなという印象を深くすると。しかしながら、日本だけは逆ですねって言うんですね(笑)。上に行けばいくほどアホだっていうことですよ。そうするとね、アホな連中が、日本国民ってこのくらいアホだろうと考えているわけですから、彼らの見ている日本国民像というのは、実態を表さないくらい低くいということだと思いますね。

    西塚 それはかなり重要な指摘ですね。ちょっと青ざめました。

    ヤス たとえば、いわゆる佐藤(正久)隊長ですよね。自民党の参議院議員の。あのヒゲの隊長、安保法制を国民に説明するためのビデオを作りましたでしょ? 電車の中であかりちゃんという女子高生と喋るんですけど、あのあかりちゃんは、彼らが見ている国民の象徴ですね。はっきり言って頭パッパラパーで、ワーッ怖いーッて、ミサイルが向けられてる、キャー!ヤダー!という程度なんですよね。

    西塚 上から目線で。

    ヤス 上から目線でね。そのような国民にわかりやすく説明してやる、という形でくる。そういう認識って必ず破綻すると思います、どこかで。実際に現実の国民の層といったものが、いわゆる戦後の価値を守るために立ち上がることも可能なんだという段階に至ったときにね、その現実そのものの認識をしそびれると思いますね。失敗すると思いますよ。

    西塚 前回ヤスさんがおっしゃったチーム世耕に絡めた話もそうですが、その傲慢さですね。ビッグデータ、IT関係の解析や戦略は、自民党は優れてるんだろうけれども、がゆえにですね、盲点というものも大きくなっていくわけだし、その傲慢さが盲点を大きくしていく。しかも実質、権力を持っているような連中がそういうマインドと言うか、感情に陥ったときに、見失うものが恐ろしく多い。むしろ、あとから出てきたビデオのあかりちゃんのほうが賢いわけじゃないですか。ちゃんと正しく、冷静に物事を捉えてる。本当にあのとおりで、あのアニメーションのとおりのことが今起きているという。でも、安倍は相変わらず、まんまで、上から目線、傲慢、国民をバカにした感じ…あれが続くと本気で思ってるんでしょうか?

    ヤス いや、だからね、続かない、ということを理解する能力がない。

    西塚 ああ、それはもう、致命的ですね。

    ヤス 理解する能力がない。だから、自民党解体の過程なんだと思いますね。最終的に、現実に対するフレキシビリティを失った、ある党の残骸、政治組織の残骸を我々は見てるんだなあと思いますね。

    西塚 そうなると、あんまり政治の話を引っ張ろうとは思いませんが、やっぱり野党が今度は鍵になってきますね。民主党は逆に伸びるんですか?

    ヤス いや、伸びないでしょう。国民の中にはっきりと、民主主義の価値、戦後の民主主義の価値はやっぱり守らなくてはいけない、といった強いひとつの指向性が出てきたということですね。だから今回の安部政権の一番大きな功績というのは、日本国内に眠っている潜在的な、民主主義を守る、民主主義そのものの価値を希求する流れといったもの、そのスイッチをONにしたことではないかなと思いますね。それは、何か大きな日本の中の我々の集合意識の底流として、かなり力強く流れ続けるだろうと思いますね。それをどのような政治運動に結びつけていくかということは、やっぱり政党という枠を取っ払ったところでないと無理でしょう。

    西塚 無理ですね。ということで、共産党が一応呼びかけましたよね。

    ヤス 連合政府ね。

    西塚 安保法制に反対する、というところだけで一致しようという話でしたけども、まあそれもどうなるか。実質、政権を担うということになれば、また違うでしょうから、野党も警戒するんでしょうけども。でも、ヤスさんがおっしゃったことは重要で、戦後70年間のですね、日本人が享受した平和、アメリカの庇護のもとかもしれませんけど、日本人が享受した価値観がいったいどこにあって、それを母体にして、じゃあ我々はどうやって生きていくべきなのか、理想のライフスタイルは何のか、みんなでもう一回考えようということですね。そのきっかけを与えてくれて安倍さんありがとう、という(笑)、お話だった。

    ヤス そうです。そうなんです。

    西塚 となると、哀れなのは安倍さんでですね、ヘタすれば刑事告発されて、被告になる可能性もあるということですから。

    ヤス 前回も話したかな? (アントニオ・)ネグリ&(マイケル)ハートの書いた『帝国』って本があるでしょ? これは1991年かな、ちょうど湾岸戦争が終わったぐらいから10年間ぐらいかけて書かれた本なんですけど、この本が知識人に大ヒットして、現代では古典として読まれているんですね。『帝国』という本が何を言ってるかというと、いわゆる現在のように、ITを活用して政府が独裁権力化していくと。高度なIT技術を活用して国民を管理して、極めて高度な管理社会のもとにね、どちらかと言うと独裁的な政府が成り立つといったような感じのビジョンを作ったわけです。これが21世紀型のひとつの公権力として、その公権力に対して帝国という名前をつけたわけです。

    この本の中の一番のポイントは、そのような高度なITによって、ひとりひとりの国民を徹底的に管理するような能力を持つ政府が出てきたときに、それに対してどうやって闘えばいいのかということを書いているところだと思うんですよ。どのような結論を下すかというと、ITなんだから、ITを武器にして闘う集団が出てくると。この闘う集団を「マルチチュード」と呼ぶんですね。今から起こってくるし、もうすでに起こってるんだと思うんです。

    西塚 なるほど。そうですね。

    ヤス だからその管理型の、いわゆる現在の自民党のように、極めて高度なITを用いて個人個人を管理する。そしてビッグデータを用いながら選挙キャンペーンをやって、得票数を増やしてね、勝ってきたというような党。だから、自分たちこそがまさに国民を操作できるといったような、安心感というか傲慢さがかなり出てくると。しかしながらそれは、ある裏面も示している。それは、国民と言うか、管理される側も同じツールを持っているということなんですよ(笑)。我々のほうも闘うことができるということですね。

    西塚 諸刃の剣ですよね。そうなると、まさしくネグリ&ハートが言っていたマルチチュードが興ってきた、勃興してきたという過程に今、我々はいるということになる。

    ヤス そうです。だから言ってみれば、今回の12万人も集まったデモというのは、日本におけるマルチチュードの覚醒ですよ。

    西塚 そう考えると、そのとおりですね。国民、我々の中に何かこう、ヤスさんの言葉で言えば、クリックと言うか、何か音を聞いた、魂の奥底に風が吹き抜けた、というようなものが、意識的か無意識的かはともかくですね、やっぱりあったと思うんですね。それがいつまた発動するかわからないというものを、確実に植えつけたという気がします。それは、わりと心強いと言うか、希望にもなるという気はたしかにしましたね。

    ヤス だから、やっぱりその民主主義的な価値を守るということ。もっと言うとですね、たとえば日本が大好きだと表現するじゃないですか、みなさん。日本が大好きだという表現の中には、嫌韓流であるとか嫌中流であるとか、過度のナショナリズムとかね、人種差別的な意識、いわゆる大和民族の優越感みたいなものも底流にある、日本大好きだ、という意識もあるわけですよ。そうではなく、そういうのとは関係なく、今住んでいるこの日本という環境が大好きだ、という意識もあるわけですね。そういう様々な要素を含めながら、日本大好き、といった大風呂敷に絡めた意識が、比較的現代には多く、我々が一般的に共有しているんじゃないかと思うんですね。その日本が大好きであるがゆえに、積極的に海外に出てね、海外でビジネスを始めたり、海外にどんどん留学したりして、積極的に冒険をやるという気はないと。いわゆる大好きなこの日本の中で自分は生きていきたいんだ、といったような感じの意識があると思うんです。

    今回の政治的な運動ですごく大きなことは、大好きだという、その意味の中身を問い始める運動が開始された、ということではないのかなと。大好きだと言うんだけども、何が大好きなのかと言うことですね。はっきりしたのは、平和な日本というのが大好きなんだと。ユルい日本が大好きなんだと。それなりに、ユルくてボーッとして生きられる、その現在我々が共有している快適さと言うか、この快適さを保障してくれる日本が大好きなんだ、という形ですね。

    日本が大好きだという多くの人たちが抱いている感覚の中には、ネトウヨ的な感覚もあるんだけども、だんだんネトウヨがある意味で排除されて、大好きだという大もとにある価値観、それを純化する方向に我々は向かっているんじゃないかと思うんです。

    西塚 それは、すばらしいと思いますね。何となく享受してきたユルい感、食えてるからいいよ、そんな政治なんかよくわからないよ、難しいことはわかんないと言ってきたんだけれども、無自覚に享受してきたものがですね、今回のことでハタと、それは何だったのだろうという、今ヤスさんがおっしゃったように、価値観が純化されていくことになって、今度はそれを守ろうとし始める。守るためにはどうしたらいいのか、どう考えたらいいのか、どういうシステムを作ればいいのか、どういう社会に変えていけばいいのか、といったところにいきますもんね。

    安倍首相のキャラクターとイデオロギー

    ヤス そうです。でね、はっきりしたのは、これはイヤだというものが出たんですよ。安倍が象徴する全体主義だと思うんです。安保法制がイヤだと言うんじゃなくて、安倍の全体主義がイヤだという感覚だと思います。あれだけは絶対的にイヤだというのが出たのでね、じゃあ我々にとって何が守るべき価値観で、何が一番いいのかということが、はっきり出てきたということだと思うんですね。

    西塚 まあ、NHKには介入するわ、内閣法制局長官を替えるわという、やりたい放題。

    ヤス とんでもない。

    西塚 とんでもないですよね。それをやっちゃおしまいだよということをことごとくやっていくっていう。本当に、脳ミソあんのかよという感じがちょっとしますけどね(笑)。

    ヤス 我々の社会の民主主義的な価値の枠組みというのを、どんどんぶっ壊していくってことですよ。

    西塚 ちょっと話がずれるかもしれませんが、安倍さんという、まあひとりの人間として…これは首相だから、公人だから言っていいと思うんですけど、その精神構造は、幼稚という以外に、何なんだと思いますか?

    ヤス ナルシシズムでしょ。

    西塚 ナルシシズムですか。

    ヤス ナルシシズムとコンプレックスじゃないかと思いますよ。本人も、決して自分が優秀な人間ではないと、実際、優秀な人間では全然ないわけです。政治家としての大臣経験もないわけだしね。政治家として、何か大きな実績を作ったという経験も全然ないわけです。本当にね。それで周りは、やはりかなり優秀な官僚なんかに取り囲まれてるから、政治家もですね、本人自身ものすごいコンプレックスの塊りだと思うんですよ。そのようなコンプレックスがある反面ですね、まあコンプレックスがあるがゆえにですね、自分のアイデンティティを強固に確保したいという願望がすごく強い。

    西塚 なるほど。僕もそういう、近い感じで見てたんですけど、ある政治学者がですね、安倍さんのことを話してるんですが、安倍さんという人は、場持ちもして、一緒にいると愉快な人らしいんですね。相当愉快な人で、もともと清和会の流れですから、まあタカ派ではあるんだけども、ものすごく楽しい。たとえば石破(茂)とは違うわけですよ。石破は今回、派閥を作ったみたいですけど。人望といいですね、社交的な態度とか、会話といい、かなり洗練された人らしくて、わりとファンになっちゃう人が多いらしいんですね。

    ヤス それは聞きます、僕も。

    西塚 それで、たとえば学歴も普通で、成蹊(大学)というのも、小学生からずっとエスカレートできただけなんで、まあただそれだけの話なんですけどね、だからわりとこなれた人なんだと思うんですね。でも、政治の世界は違うじゃないですか。敵に対してはかなり厳しい人らしいですが、身内にはものすごく人望があって、楽しいし、自民党内でも、敵対した派閥でもちょこちょこっと登用したりして、わりと気配りも微妙にしたりするらしい。

    そういった意味の人間的な、人間関係の機微と言うかな、何か慕われてる人と言うんですかね、そういうのもけっこう大きかったんじゃないかと思うんです。やってることはともかく。意外とそういうことって、国会であれ何であれ、わりと人間関係って重要じゃないですか、社長にしても、経営人にしても。そういうのってけっこう作用しますよね。話がそれたようですが、ちょっとそれを感じたんです、僕は、その話を聞いて。ヤスさんも、そういうことを聞かれたんですか?

    ヤス いや、安倍さんに実際何回か会ったことがある人たちがいて、そういう人たちに聞いたら、実にいい人なんだと。親切だし、いい人だし、すごく好感を持つと言うんですね、みんな。ただ、頭おかしいよって言うんです(笑)。

    西塚 (笑)、おかしいというのは…

    ヤス 国家に対する考えが方が、全然変わってる。

    西塚 右翼という。おじいさんの幻影を引きずってるんですかね。それとも、根本的に何か…それこそ「美しい日本」を信じてるという。

    ヤス 美しい日本を信じてるし、やっぱり日本を神の国だと信じてる人ですよね、おそらく。神国日本、日本は神の国であるということをね、心底信じてるし、そういうような意味では、宗教的な信念に近いと思うんですけどね。そのような宗教的な信念を持っている人が、極めてコワモテのね、他人に対して強圧的な人格で振る舞うかと言うと、全然そうではないと思うんですね。だから、個人が他人にどうやって振る舞うかってこととね、その人間が本来的に持っているイデオロギーというのは一致しないと思いますよ。

    西塚 それはどう考えればいいんでしょうか。だんだん込み入った話になってくるかもしれませんけど、ずいぶん前の回の話にも繋がるかもしれませんけど、いわゆるペルソナ的なものと、普段の日常生活のビヘイビアみたいなものとの連関はどうなるんでしょうか?

    ヤス 自分がどのようにして振る舞えば徹底的に受け入れられるか、ということを熟知した人物ではあるでしょう。どのようにして振る舞えば、周りの人間が味方についてくれるのか。そして、どうやったら他人が自分の存在を受け入れて喜んでくれるのか、というようなことを熟知していた。それの能力があるでしょうね、おそらく。

    西塚 それは戦略的なものなんですか?

    ヤス 十分戦略的なものだと思いますよ。

    西塚 そうですか。僕はちょっと違うのかと思ってました。ひょっとしたらですけどね、実は安倍さんの魅力なんじゃないかという気もするんです。たとえば、狂信的に何かを信じているとしても、またそういう社交的な、友好的な態度も示すっていうところに、人がもし惹きつけられるとすれば、それは安倍さんの魅力であって、人間としての魅力じゃないかと思うんですよね。

    ヤス いやいや、一種の魅力だと思いますよ、当然。

    西塚 それと、総理大臣というものは違うという立場なんですけども、僕は。

    ヤス なるほど。ただ、その人間としての魅力をね、自分の総理大臣になるためのリソースとして使いこなせるかどうかというのは、また別問題なんですよ。安倍さん自身には、そういう魅力はあると思います。安倍さんに実際に会った人から話を聞いても、そうだと言いますからね。だから、そうだと思うんですね。

    ただ、そのような魅力と、本人が持ってる政治的なイデオロギーというのは、全然違ったものではないかなと思います。これは僕の眼から見たというだけでね、実際どこまで真実を言い当ててるかどうかは保証の限りではないですけども、やっぱり安倍さんに優れた能力があるとしたならば、自分の持っているキャラクター性といったものを、自分が政治家になるための政治的なリソースとして使いこなすことができたというタイプの人だと思います。

    その自分のキャラクターを使いこなすってことは、演技をしてるということとも違うんですよ。そうではなくて、むしろ本来自分の持っている個性としての魅力を前面に出すことが、自分の仲間を作ったり、政治家として自分が出世をするというための極めて重要な武器になる、ということを早いうちからわかったのではないかと思いますね。

    西塚 世間でも、わりと好印象な人が多いらしく、まず一生懸命だと。英語でスピーチしてみたり、プロンプターがあるらしいですけども、一応まあ英語でちゃんと喋るし、努力してると。わりと好感を持たれやすいらしいんですね。頑張ってるじゃん、ってことですよ。

    ヤス 別にこれは比較するわけじゃないですけどね、ただヒットラーと会った人物も、すごくヒットラーに魅力を感じるわけですよ。

    西塚 ああ、なるほどねえ…

    ヤス すごく頑張っているわけだし。やっぱりヒットラーの中にですね、ドイツ民族を引っ張ってくれる、何か神々しさを感じるわけですね。『ヒトラーランド』という面白い本があって、アメリカ人のジャーナリストたちが、ヒットラーと長い時間を過ごした記録なんですけど、どのジャーナリストもヒットラーの魅力に巻き込まれていくんですね。それを戦略的に演じているというわけではなくて、ヒットラー自身がですね、自ら人間としての弱さを本当に吐露するわけですよ。さらけ出すわけです。俺は悩んでるとか。それにやっぱり、みんなほだされるわけです。

    西塚 それはどう思われますか? たとえば、いわゆるナベツネ、渡辺恒雄も相当独裁的で、いろんなところに介入してですね、いろいろ言われるんだけども、相当に面白い人物らしいですよね。魅力的だし、話は面白いしと、よく聞きます。似てますよね。そういう人たちが、人間的な魅力に溢れてるんだけども、結果的にとんでもないファッショをするという…

    ヤス だから逆に見るとね、そういう魅力がない人物は権力の頂点に君臨しませんよ。どんな人間でも、ある意味で権力の頂点にくる人たちというのは、すごい魅力の持ち主だと。カリスマですよね。カリスマじゃなくてもね、それなりの人間的魅力を持ってるということだと思います。それは、やっぱり一般人を圧倒するような魅力ではないかと思いますよ。ただ、その魅力だけで見てると、いわゆる本人の持っているイデオロギー、何を信じているのかという部分が見えなくなるってことがある。だから、スッパリ分けたほうがいいってことです。

    西塚 そうですね。僕は逆なんですよ。安倍は嫌いだったし、バカじゃないかと思ってたんだけども、そういう情報があったので、ああそうか、なるほど、魅力がある面もあるんだということで、ちょっとまあ興味深かったんですね。

    ヤス あと、その政治家の信じているイデオロギーだけの面を見て、そのイデオロギーからその人間の個人としてのキャラクターを類推したり、イメージを作ることも危険なんですよね。これは逆にまたワナにハマる。

    西塚 最高レベルの人道主義を唱えている人が、とんでもない人物だってこともありますからね。

    ヤス そうなんです。だから本人の信じているイデオロギー、考え方から、本人のキャラクターを類推してイメージするということは、なかなかできないということだと思いますね。

    「遊び」の現実的適応力

    西塚 わかりました。時事問題は終えるとしてですね、僕はこの間、AIのイベントに行ってきまして、結論から言うとですね、これからの個人のあり方と相当リンクしてるなあと。やってること同じだな、向かってるところは同じだなという気がしました。いろんな話があったんですけども、ひとつは、今までのコンピューター、AI、人口知能が、大人の知能だったということらしいんですね、左脳的な。ものすごい複雑な計算をしてみたり、スピードを速めてみたり、とんでもない量の情報をインプットしてみたりという、普通の人間が左脳でやるようなことをものすごく拡大してきたという歴史らしいです。でも、唯一できなかったのは子どもの脳なんですね。

    ヤス ああ、なるほどね。

    西塚 単純に遊ぶとかですね、情緒的なもの、何が面白いのかとか、あるいは普通に立っているということも含めてですね、制御するにはどうしたらいいのかとか、これが最大に難しいところで、今ここにきて、ようやくそっちのほうの分野にきたという。逆に左脳的なものは相当進化してきてるけども、不可能と言われてきたような、もしくは相当難しいと言われてきた子供どもに、ようやくきた。

    さっきの安倍さんのキャラクターじゃないんですけど、僕の中で微妙に絡んできて、僕の小学生のことを考えてみても、あるいは我々日本人じゃなくてもいいんですが、全人類の子どものことも考えていくとですね、やっぱりちょっと思うところがあるわけですね。子どもの当時、将来こうなりたいとか、あるいは仲間とつるんでこんな遊びしたとか、そうしたことをやってるんだけども、だんだんいろんな情報をインプットして、システムに取り込まれていって、つまらない大人になっていく。あるいは、システムに不平不満を漏らして一生を終えていく、というようなシステムになっているわけじゃないですか、基本的には。

    ヤス フフフフ。

    西塚 それをわかっているのは、たとえばイルミナティでも何でもいいんですけどね、一応そういうことをわかっているのがいる、という構図がいわゆる陰謀論ですね。今回の安保法制の反対運動にあえて引きつけて言えば、いろいろ気づいた人たちが、ヤスさんが前回おっしゃったようにね、じゃあ我々は何が楽しいんだと、どういう生き方が楽しいのかってことに本気に取り組めば、本当に変わってですね、要するに楽しく遊べる社会ができるんじゃないかと、ちょっと思ったんですね。それは、この間のAIのイベントを見ながらも考えてました。今回あたりから、そういう動きが本格的に始まっていくんじゃないか、あるいはそっちのほうを見ていない仕事でも何でも、要するにそういう方向とそうじゃない方向とに分かれていくのかなあという思いがしましたね。

    ヤス なるほど。今そのコンピューターの話を聞いてちょっと思ったんですけど、今までのAIの開発の方向というのは、目的合理的だったということですね。特定の目的、特定のタスクを実現するためのプログラミング、それをいかに高度に行なうか。それでそれの目的の達成の度合いによって、そのコンピューターの優秀さを測るといったようなね、感じのAIのやり方だったんじゃないかと。

    遊びって何かと言うと、要するに基本的に戯れですよね。いわゆる特定の目的がない戯れですね。いろんなものと戯れてみるということが、一種の遊びです。何か特定の目的を指向するものではないと。それはどういう効果を持つかというとですね、変化する環境に対するフレキシビリティを勝ち得るために、それがないと駄目だってことなんですね。そうすると左脳の目的合理的なプログラミング、そのタスクをこなすというだけのコンピューターであれば、人間の脳もそうでしょうけどね、周りの環境が変化してしまうと全部駄目になってくるんですね。適応力が全然ない。適応力とは何かと言うと、初めから答えがわからないわけだから、様々な可能性を追求して遊んでみるしかないということなんですよ。ああいうこともできる、こういうこともできるというね。

    西塚 おっしゃるとおりだと思いますね。そこなんです。そうじゃないと、ヘタすれば、たとえば単純に会社が倒産したとか、あるいはリストラにあったとか、ある種の想定した枠内とか、常識的なラインから外れるというだけで、もう絶望するわけです。そんなことないわけですよ。昨日も韓国人の知人と会って、その人は成功している人なんですけど、やっぱりどんどんいろんなことにチャレンジするわけですね。そのかわり失敗も多いですよ。日本人から見れば、とんでもない無謀なことをやるんですけども、まあ成功を勝ち取る場合もあるという。隣の国ですけど、見てるとやはり日本人は、何と言うか、ガチガチな常識なり、あるいはラインがあってですね、そこにいると安心なんだけど、そこから出ることに非常に臆病になるという、まあ僕もそうでしょうけど、そういう傾向がありますね。そういう社会の雰囲気を作ってきちゃったのかなと。

    ヤス だから、常識ほど怖いものはないと思いますよ。現在の与えられた環境に対してね、どうやって適応したらいいかっていうことの、全部のプログラムが常識だから。そうなってくると、常識的に行動するということは、まあこれは必要でもあるんですけど、あまりにも深く浸透しすぎてしまって、すべてね、自分の行動とか思考のいろんな要素を切り捨ててね、いわゆる常識ということだけに適応してしまうと、常識を支えているその環境がひっくり返った場合には、まったく適応力をなくしてしまうことになるんですね。

    西塚 そう思います。そういったマインドでは絶対に滅びますよ。

    ヤス ああ、滅びる滅びる。

    西塚 科学も僕はそうだと思います。とりあえずの仮説でしかないわけですから、一時的な。そこにしがみついてどうすんの、という話です。そのつどそのつど臨機応変に、フレキシビリティを発揮して遊んでいくってことですね。

    ヤス そうです。だから、あまりにも常識的になるということは危険なんですね。ものすごいリスクを負います。常識的な自分自身というのは、ある一部に留めておいてね、いろんな可能性と戯れる、遊ぶという領域を自分の中にしっかり作っていくということがすごく重要ですね。

    西塚 常識はある程度は持っておかなきゃいけないという、そこなんですね。常識を全部すっ飛ばしても駄目じゃないですか。破滅の道にいったり、とんなでもない、ちょっと考えればわかるだろうということ、経済的な被害を被ったり、ということがあるわけで。常識は今現在やっぱりあるわけだから、流れとして、そこはちゃんと見ておかないといけないということですね。

    ヤス そうですね。ただね、あまり深く見すぎることはないと思うんですね。何が常識で一番大事かと言えば、社会的なコミュニケーションですよ。たとえば初対面の人、一回や二回しかあったことのないような人と、キチンと対話をして、コミュニケーションをして、こちらが言いたいことを伝えるためには、やっぱり共有したコミュニケーションのルールに則って喋らなくちゃだめなわけです。初対面の人にね、「よおッ! 元気かよ?」じゃ、やっぱりね。そうなってくると、これがり大人としての常識的な社会的なコミュニケーションのルールだというのは、常識の中の一部としてちゃんとあるので。

    西塚 もうマナーとエチケットの話しですね。

    ヤス だからそれに則って、コミュニケーションしたほうが絶対にいいわけです。

    西塚 それはそうですね。言葉遣いに限らず、服装もそうだろうし。ときにはちゃんとスーツを着てネクタイを締める、ということを含めた常識に則るということですね。

    ヤス 言ってみれば、常識の作用範囲はそこまででしょう(笑)。

    西塚 ああ、なるほど。逆に言うと。

    ヤス 社会的な、円滑なコミュニケーションを保障するっていうところまでが、いわゆる我々が常識を信じていい範囲だと思いますね。

    西塚 最低限のルールというか、前提。

    ヤス それ以外にもいろんな常識がありますよ。人々はこうすべきだ、といったようなね。

    西塚 ヤスさんがおっしゃったのは、初対面の人とコミュニケーションしやすいような、そのときの時代の常識、ぐらいのものが常識だっていうことですね。

    ヤス そうです。だからそのときの常識、そういう社会的なコミュニケーションを支える常識というのは意外に変化しないんですね。極端に変化しない。たとえば我々のオヤジ、オフクロの世代の人たちがまだ若いころ、それこそ40年前50年前に遡ってね、その当時の人たちに会ってもね、社会的なコミュニケーションのルールに則れば、全然問題なくコミュニケーションできるはずなんですよ。だから一番常識で変わりにくい部分だと思うんですね。安定した社会的なコミュニケーションを支える常識というものは。

    西塚 それは国も関係ないですね。

    ヤス 比較的関係ないんじゃないかなと思います。当然違いはありますけど、これやっちゃいけないとかね。基本的な部分なあんまり変わんないと思いますね。まず、最初に会ったらお互いに自己紹介する。微笑む。握手なら握手をする、お辞儀ならお辞儀をする。自分が誰か名乗る(笑)。お互いにイヤな気分にならないように、当たり障りのない話題から入るわけですよ。相手が何かの意見を言ったら、あからさまに否定するようなことはしない。そうやって一応、仲良くなってくるというね、基本的なルールはあって、そのルールはけっこう各国だいたい同じようなものではないかと思いますね。


    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

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    また、私はいま日本で起こっている変化を以下のようにとらえております。もしよろしければこちらもどうぞ。

    いま何がおこっているのか?

    ヤスの英語

    10/19のツイートまとめ

    ytaka2013

    第18回の「ヤスの勉強会」の様子を一部アップロードしました。よろしかったらどうぞ!https://t.co/IEQu8sor0j
    10-19 10:26

    第18回の「ヤスの勉強会」の様子です。よろしかったらどうぞ!<iframe width="560" height="315" src="https://t.co/pZir7MCNBF"; frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
    10-19 10:24

    10/16のツイートまとめ

    第18回の「ヤスの勉強会」の様子を一部アップロードしました。よろしかったらどうぞ!



    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無

    info@yasunoeigo.com

    ytaka2013

    そのような「ストラトフォー」だが、最近日本に関する予測を4回シリーズで発表した。それによると、日本は構造改革に失敗したので、アベノミクスは2017年以降までは続かないと予測した。「ストラトフォー」にしては珍しい危機の予測だ。次回のメルマガに詳しく書く。
    10-16 12:45

    CIAを最大のクライアントに持つシンクタンクに「ストラトフー」がある。ここは精密な情勢分析と予測で有名なところだが、保守系のシンクタンクでもあり、非常に控えめで比較的に楽観的な予測を行う。危機の予測はしないことが多い。
    10-16 12:44

    シリアの内戦にキューバの地上部隊が参戦した模様。アサド政権を支えるために、ロシアやイランとともに参戦した。キューバ地上部隊はロシア空軍機でシリアに入った。シリア政府軍お補給路であるシャル・アル・ガバの奪還作戦から戦闘に参加する。http://t.co/WajIbxkZSP
    10-16 11:21

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第14

    10月14日

    第18回の「ヤスの勉強会」の様子を一部アップロードしました。よろしかったらどうぞ!



    次回の有料メルマガの予告

    IMFが招集した金融危機に対処する専門家会議に結果について書くつもりであったが、新しい情報がどんどん入ってきているので、これは記事を改めて書くことにした。

    今回も、シリア情勢が緊迫しているので、これをお伝えする。日本では報道されていない情報が圧倒的に多い。

    最後に、「エノク予言」で有名なビリー・マイヤーの文献を参照しながら、未来が変えられるものなのかどうか考えて見る。人間の想念の力は思った以上に大きいようだ。


    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

    shinkan.jpg

    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第13回である。その後半だ。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無

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    『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナー  講師:高島康司 12/6、1/16

    12月6日と1月16日の2回、『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナーを行います!第一回目のパートナーは有名ブログ「In Deep」の岡靖洋さんです。よろしかったらどうぞ!

    申し込みリンク

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第14

    ojaji131

    西塚 『酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting』です。今日(9月27日)は13回になりました。

    ヤス 14回です。

    西塚 あ、ごめんなさい、14回です。もうすでに酔っぱらってますね。すみません。今日もよろしくお願いいたします。で、あの…

    ヤス まず、いつものように、カンパーイ。

    西塚 ああ、そうですね、カンパーイ。よろしくお願いします。

    ヤス アハハハ、酔っぱらってますね。

    ベイナー下院議長の号泣の理由

    西塚 酔っぱらってますね。急激に飲みすぎました、さきほどから。

    あの、前回からの続きでやりたいんですが、その前にですね、いつもの通りといいますか、時事問題ですね。ヤスさんのご意見というか、ご感想をおうかがいしたほうがいいかなと思います。今週は、米中の会談がありましたね、オバマと習近平の。僕はサラッとしか見てませんが、決裂とまでいかないのでしょうが、何かふたりとも苦虫を噛み潰したような顔をしてましたね。率直な意見を取り交わしたとありますが、そうした表現は外交上はあまりよろしくないということだそうで。何もまとまらなかったに近い。反面、ローマ法王の訪米は盛り上がったようですね。どうですか、そのあたり、何かお気づきの点とか、ひと言ありますか?

    ヤス そうですね、中国がいかに脅威かといったような、いろんなイメージが喧伝されてるようですが、基本的にはG2と言いましてね、アメリカと中国の間では、いわゆる戦争とか紛争は、おそらくない。国がぶつかり合うことは基本的にない、という前提で様々な交渉が進められていると思いますね。たとえば、これは4月の記事なんですが、南シナ海でですね、アメリカ海軍と中国海軍が合同軍事演習をやってるんですよ。それは海上救助のための協力の演習なんです。だから、水面下では軍事的な協力関係がどんどん深まってるんだと思います。

    我々というのは、冷戦構造と同じような形で、アメリカと中国との対立という構図をとらえやすいんですが、それは違うのではないか思います。冷戦期のアメリカとソビエトは、経済的に絡むところがほとんどないんですよ。ソビエトを中心とした社会主義圏というのは、いわゆる社会主義経済ということでね、自由主義圏からまったく切り離された別格の存在なんですね。まったく違ったシステミで回っていて、そこには非常に限られた経済的交流しかなかった。

    一方中国は、アメリカ経済そのものが中国なしではやっていけないわけですよ。アメリカの多国籍企業の極めて多くの部分が、中国に生産拠点、開発拠点を持ってるわけだしね。アメリカからの膨大な投資も中国にきてる。じゃあ、中国のほうはアメリカなしでやっていけるかと言うと、やはりそういうことはない。EUが中国にとって最大のマーケットであると言っても、アメリカのマーケットは第2位ですからね。極めて大きな依存度であるということ。両方とも、経済的にあまりにも密接に結びついていて、切れるような関係ではないんです。

    それを前提にいろんな問題が協議されてるということですから。今のサイバー攻撃の問題もかなり大きな問題ですが、あれがいわゆる大きな紛争や戦争にいきつくかと言うと、そういうわけではないと思いますね。

    西塚 お互いが渋い顔をしたというのは、オバマ側が何かを依頼して中国が断ったのか、あるいは逆なのか。何があったんですかね?

    ヤス 渋い顔というのは、サイバー攻撃の問題に関してだと思います。基本的には一番大きな問題だと思いますね。中国のアメリカに対するサイバー攻撃は、すごく強烈なんです。どうも中国政府は、サイバー攻撃によってアメリカの2000人の主要な公務員のリストをすべて得たらしい。誰がどこで働いているか。それのみならず、アメリカの多国籍企業が持ってる機密情報は、ハッキングされてかなりの部分が盗まれてる。そういうことが日常茶飯事に起こってるわけです。

    それにに対して、アメリカが何とかしろと。お前の国の問題だろうと。当然、政府側のハッキング集団も係わってる。中国軍の中にありますから、そういう部隊は。専門の民間企業もやはりハ係わってる。お前のところで何とかしろと言っても、中国政府は認めないわけですね。いや、我々も被害者だと。お前の国だってやってるだろうと。全然、折り合いがつかない。そういうことが、渋い顔に出てるということじゃないかと思いますよ。

    西塚 そうですか。もっと経済的な、アメリカ国債を売るなよとか、あるいは売るぞとか、そのへんの駆け引きがあったのかなあと思いました。

    ヤス 売らないように言うことはできるけれども、中国政府は日本政府とは比べ物にならないくらい自立してますから、アメリカがどれだけ要請したとしてもね、アメリカ政府の言う通りに動くかと言えば、全然そういうことはない。

    今回の一番の問題はサイバー攻撃の問題だったと思います。中国が脅威だ、すぐ戦争になる、中国を包囲しないと大変なことになると、散々騒ぎ立てられてますけどね、そういうタイプの問題の処理の仕方じゃないですね。サイバー攻撃という問題はあるんだけども、米中というのは一卵性双生児のように密接に絡み合ってるんですよ(笑)。お互いがないと生きていけない。その上で、どうやってその問題を処理しようか、といった話し合いだということですね。

    西塚 ローマ法王の訪米に関してはいかがですか?

    ヤス これから国連総会で演説するのかな? それがニューワールドオーダーの宣言になるんじゃないかと言われてますけど、そういうことはないと思います。ただね、昨日の僕の勉強会でもちょっと言ったんですけど、ローマ法王の持つ宗教の力というものをアメリカの政治において再認識した、非常に大きなエッポクメイキングのイベントだったのではないかと思います。

    たとえば、ベイナー下院議長が辞任しました。ローマ法王に会う前から辞任は決定していたと思います。ベイナー下院議長はカトリックなんですが、ローマ法王が演説してる最中に号泣するんですね。延々と泣くんです。

    西塚 感極まったんですね(笑)。

    ヤス もうとにかく、波がボロボロ出てきちゃってる。ベイナー下院議長って、マフィアの親分みたいな顔をしてるじゃないですか? 2013年のアメリカ国債の債務上限引き上げ問題で、絶対的に共和党は折れないとして、アメリカ政府を閉鎖まで追い込んだ人物ですよ。その結果、米国債というのは、1ランク格下げされたんですね。今までのトリプルAという最高の位置から、ひとランク格下げされたという大事件を起こした人物なんです。そこまで強硬で、我々の一般的なイメージから見たならば、アメリカ政界のドンという形ですね。それが、涙を流してオイオイと泣くわけです(笑)。ローマ法王のスピーチでね。

    それを見たときに、僕もそうですけど、多くのアメリカ人がある実感をした。宗教の力の持ってるすさまじさ。どういうことかと言うと、おそらく我々の心の非常に深い部分には、宗教的なものを受け入れて、それに対して敏感に反応する心のレイヤーが存在するということです。

    西塚 ベイナーが号泣したというのは、僕は勉強不足で知らなかったんですが、ローマ法王の発言はそんなに感動的だったんですか? 新聞の記事では、難民のことに触れたとありましたが、ほかに何か言ったのか…それとも、そばにいるっていうだけで感極まったのかな…

    ヤス おそらくそばにいるってことですね。ローマ法王は別に大したこと言ってないんですよ(笑)。我々、信者じゃない人間から見たら、ヘエーッていう程度ですよ。いいこと言ってんなあという程度。アメリカ人はみんなね、どこかの時点で移民だったんだから、難民を受け入れようとかね。死刑は絶対いけないとか、そんな程度です。

    西塚 じゃあ右翼が、天皇陛下がきちゃったみたいな感じですかね。

    ヤス 右翼にとっての天皇陛下以上でしょうね。右翼というのは、天皇陛下を礼賛していないと思いますよ。自分たちのイデオロギーの礼賛であってね。イデオロギーにマッチする天皇陛下は礼賛するだろうけども。

    西塚 だとすれば、たとえがいいかどうかはともかく、末端の創価学会の信者が、池田大作が隣の席にいてという…

    ヤス ああ、そうですね。それに近いと思います。

    西塚 それで思い出しましたが、久本(雅美)とか柴田(理恵)とか、まあ創価学会の人たちじゃないですか。けっこうお笑い界には多いですけどね。いつかビデオが出回ってまして、池田大作と会うシーンがあるんですが、それこそ号泣なわけです、ふたりとも。あれですね。

    ヤス そうです、そうです。

    西塚 だとしたら、怖いな、ちょっと。

    ヤス それは他人事じゃなくて、どんな人間でもね、我々の心の非常に深いところにはある意味、宗教性といったものに呼応して、敏感にわき上がってくる部分があるということなんですよ。その宗教性って基本的に何なのかと言うと、個を超えた超越的な存在の響きですね。

    西塚 そこですね。たしか前回もそういうところで終りました。安保法制の話に絡めて、今回は日本における民主主義の目覚めなんだと、それが個の目覚めになっていくだろうというお話でした。安倍の暴挙によって、そのスイッチが入るわけですけども、その裏にはチーム世耕がいた。ものすごく緻密で、IT関係の知識も含めて、あるいは戦略も含めて、野党なんかとは比べ物にならないくらい、はるかに自民党のほうが上なんだと。それでずっとやってきて、その結果でもある。

    安倍自体は、まあアホだとしても、かなり優れたブレーンがいただろうと。そこで全能感を持ってしまって、ヘタすれば世耕(弘成)なんてゲッペルスみたいなものですよね。それで思い出すのは、麻生(太郎)が、ナチスのような手法を参考にしたらどうかと言ったとか何とか、たぶんこれらは全部繋がってる気がします。国民を操作をするためには、ナチスのゲッペルス的な、マスコミを操る宣伝技術も含めて利用するべきだ、ということが頭にあったのではないか。それが、あの人は正直だからパッと言っちゃった。いみじくも、語るに落ちたって感じですが。

    だから、ヤスさんの前回のお話で、ああそういうことかと。僕の中では個人的に結びついた。やられちゃったんだと、日本の民衆は。それで、ヤスさんが29日に出されるご本にもあるでしょうが、怖いのは「盲点」ですね。ブラックスワンと言ってもいいですが、操作する側が全能感を持ったときに、その全能感のぶんブラックボックスみたいのもあって、そこが出てくる可能性が高いと。だから、そういった可能性までもパースペクティブとして見て、抑えておくのが正しい知性だ、本来の知性なんだということですね。

    それで日本の国として、民主主義の目覚めに向っていくんですが、また個としても目覚めていく端緒になるのではないかということでした。それで、今回は「個」について話していければと思うんですね。前回は、いろんなキーワードも出ました。「外部」とかですね、「国体」という言葉も出ました。日本以外の外、本当に外部としての外国と、「個」に還元して言えば、自分自身の内面ではない「外部」、要するに相手も個だと認めれば、自分も個としての相手にとっての外部になるわけです。その問題にどうしても入らざるを得なくなる。しかも、いわゆるスピリチュアル系の話にも繋がらざるを得ないだろうというところで、前回は終わったと思います。

    そこで個の話にいきたいのですが、どのようにお伺いしましょうか。前々回の話では、これからは「個の処理」が一番問題だぞと。これからの世界は、我々人間が個を自分自身でどう処理していくのかという、重要なテーマと向き合わなくてはならない。日本人だけに引きつけて言えば、安保法制からの流れとして、日本人の個はどうなっていくのか、ヤスさんの見立てとしてはどうでしょうか? 

    ヤス そこにいく前に、ちょっと問題を整理しますね。

    西塚 そうですね、ごめんなさい(笑)。

    超越性に感応する心のレイヤーの存在

    ヤス いえいえ、そんなことはないです。さきほどのベイナー下院議長の話で、我々の心の中には、いわゆる宗教性と呼応し合うような心のレイヤーが確実に存在していると言いました。個を超えた超越的な実体に対して、自分自身を投げ打つと言うか、自分自身を溶け込ませると言うかね、溶け込むことによって、まさに自分自身が救済を得ると。

    西塚 五体投地みたいですね。

    ヤス 五体投地もそうでしょうし、個を超えた存在に包まれる、溶け入ることによってね、自分自身が救われたいという根元的な欲求みたいなものがあると思います。そのような欲求がスイッチオンになってしまった場合、どういうことが起るのか。

    あまりにも宗教ということに無縁であった日本社会ではね、周りで体験する人も少ないし、そういうふうな事例は、我々はほとんど見たことがないということだと思います。

    西塚 カルトくらいですね。

    ヤス もし、それがオンになった場合は、人間って自分の人生を捨てちゃうんですよ。

    西塚 ああ、実人生を捨てる。

    ヤス たとえば、イスラム教のジハディストっていますでしょ? 自爆テロを引き起こすようなジハディストの人たちの感性というのは、それに近いものがありますよ。自分自身の人生というのは、まさにあの世における天国の至福を得るためにあるんだと。天国にいったら、どのような自分自身を感じるのか。神といったものを実感する、神というものに包まれた状態とはどういうものなのか、ということを絶えず「祈り」を通じて経験してるわけですね。祈りで経験した、個を超えた超越的なものに自分が包まれるという実感、そこから実人生を歩んでいる自己を見てみると、あまりにもちっぽけで無意味なものに見えるわけです。

    西塚 そこなんですけど、たとえば祈ることによってですね。その繋がる実感というのは、本当にあるんでしょうか。イスラム教の場合、天国は本当に具体的じゃないですか。70何人の美女に囲まれてとか、飲めや歌えや、酒がある、肉がある、好きな物が食える、そういう天国ですよね。ものすごく、僕から言わせれば、現世的であって、そんなもの、がんばって金持ちになって、自分でこの世でやれよと思うんですが、そういうふうにしか見えないんですが、それと祈ることによって神に繋がるという感覚が、僕はちょっと理解できないと言うか…

    ヤス たとえばね、浄土真宗でもいいですが、いわゆる地獄がどんなに怖いものかといったような、おどろおどろしい絵巻がたくさんありますでしょ? それで、極楽浄土がどれだけ豊かなものかといった絵巻もたくさんある。あれというのは、文字も読めない、教養がないという、普通のね、当時の15世紀、16世紀くらいの日本人に、極楽とか地獄というものをイメージさせるための方便として使われたんですね。イスラムにもそういう方便がたくさんあるわけですね。

    神の実在を自分が実感して、その実感した神に抱かれる。その抱かれた地点から今、生きてる自分を上から俯瞰するといった体験は、地獄がこうだからと描かれた絵の、あの描き方のレベルとは全然違うんですね。

    西塚 違いますよね。違うはずですよね。

    ヤス だから重要なのは、僕は宗教性がいいとか悪いとか言ってるのではなく、そういうものがあるということなんですね。

    西塚 そこがまだちょっとわからないのですが、いわゆるジハディストたちは、それを体験してるんでしょうか? まあ、自分なりにでしょうが。

    ヤス 体験してる。体験しないと死なない。

    西塚 何かしら体験をしたということですか?

    ヤス いやいや、何かしらって、そういう超常現象でも何でもなくて、モスクにいけば体験できる。

    西塚 ああ、そういう装置になってるってことですか。

    ヤス そういう装置になってる。モスクにいけば体験できるわけです。僕の親しくしてたイラン人たちがいて、モスクにいって祈ったときにどういう実感をするのかというと、すごくメロウで自分が溶けていく感じだと。神の愛に包まれてね、すごく落ち着くと。そして、そのような地点から今の自分自身の悩みとかを見ると、あまりにも無意味なものに感じるんだということを言うんですね。

    西塚 それはカトリックの教会でも、プロテスタントでもいいかもしれないですが、荘厳なですね、そういう大伽藍の中にポツンといて、ステンドグラスに太陽の光が入ってきて、まあ、賛美歌でも流れてきた日には…という、あれと近いものですか?

    ヤス あれもひとつの装置なんですね。目に見えるものは本当に装置なんですよ。おそらくね。実際の、宗教性の本当の内実というのは、非常にシンプルなもので、あんな装置はいっさい必要としない。

    西塚 そう思いますね。

    ヤス 何と言うか、祈りという行為の反復性によって培われる、ある心理状態だと思いますね。

    西塚 そうですね。いろんな意味があったんでしょうけれども、中世までは、特に中世なんでしょうが、教会が民衆を支配するためにそういう装置を作った。聖書も改ざんされたとか、いろんな話もありますが、神との媒介として教会があった。民衆をコントロールするということも含めてですね、そういう装置だった。

    今の日本の話に戻すと、普通のおばさん、地方のおばさんたちの中には、私は無宗教よと言って、それこそ農家だったら畑を耕したり、子どもをあやしたりどうのこうのという日常の中で、実はかなりピュアな、あるいは僕の言葉で言えば、優れた高度な感性として何かと、それこそ神でもいいんですけど、結びついている。そういう普通の感覚のほうが、僕はわりとシンパシーを感じると言うか、安全な気がするんですね。先ほどの話は、そういうものとは違う気がするんです。

    ヤス それは違います。端的に言うならばね、人間は誰しも、超越してしまうような心の、あるレイヤー、層を持ってるということです。それがまず、大前提としてある。たとえば、新石器時代ってありますでしょ? その新石器時代のかなりシャーマニスティックな儀式のね、考古学的な痕跡がたくさん見つかってるんですね。南フランスでも見つかってれば、東アフリカでも西アフリカでも、新石器文明があったところにはみんな見つかってるんですけど、だいたい同じような形態のものが多いんです。何かと言うと、真っ暗な洞窟の中に入ってくんですね。光のないところにずっと入っていって、そこに数時間留まって、また出てくるという。おそらく、そのときに何かの覚醒剤的な、麻薬に相当するような物質を飲んでいただろうと。また場合によっては、脳に対するシャーマニスティックなね、たとえばシャーマンの太鼓であるとか、何かそういう強烈な刺激を受けて、そのような体験をやってたのではないかと。

    いずれにしろ、そういうような体験、ある意味で超越的な体験ですね。超越的な体験というのは、個人が個を超えた超越的な存在と触れ合うことによって、その視点から自分自身を俯瞰するという体験ですね。

    西塚 よく未開の部族にあるようなイニシエーションですよね。10歳とか11歳くらいの子が高いところから突き落とされたりとか、いろいろ違いはありますけど、ある種、ものすごい外圧によってですね、ガクッと何かに触れさせて、個として自立させるみたいな。

    ヤス 現代の日本社会は、ある意味で危機的な状況だと言えば危機的な状況なんですけど、人間の内面にそういうレイヤーが存在しているということ、それをいっさいわかっていない。これが怖い。

    西塚 前回おっしゃったブラックスワンなり、盲点なり、ということですね。

    ヤス そう。それがわかってない。

    西塚 盲点というのは言い得て妙で、視界が全部だと思っていると、実は見えてない部分があって、自分で補ってるわけですからね。

    ヤス 海外がいいというわけじゃないんだけども、やはり宗教文化が豊かなところというのは、ある意味で人間の心のレイヤーの中にね、そういう超越的なものを実感して、自分を俯瞰するといったような体験は、当たり前になってるわけですね。いろんな宗教によって、そういったものが存在するんだということが、十分によく知られてるということなんですよ。その中にはかなり危険なものもある。ちょっと扱いを間違えると大変なことになってしまう危険性をよく理解できている、という部分もあると思うんですね。

    ただ日本の場合、一番危険なのは、そのようなレイヤーの存在をまったく知らないというところなんですよ。

    西塚 今ようやく、何となくそういうものを意識し始めたと言うか…

    ヤス いや、まだまだ…

    西塚 きっかけくらいにはなってる…

    ヤス きっかけ…意識もしてないなと思う。そこが一番遅れてると思いますね。だから、かなり高レベルの政治家でも、超越的な体験みたいなものに引っかかってしまうんですね。つまらない超越的な体験はたくさんありますよ。詐欺的なものもあると思う。そういったものに引っかかってしまう。

    それから、本来の宗教性が保証してるような超越的な体験もあると。これは宗教本体にとってもね、実は逆に作用する非常に大きな危険性があるわけです。どの宗教教団もそうです。たとえばローマカトリックもそうだし、プロテスタントもそうなんだけども、神のお告げ、神のメッセージを媒介するための組織なんですね。ローマ法王というのは、神のある意味、第一の召使いみたいな存在なわけです。ローマ法王を通して神が語る。超越的なものとの媒介を自分が果たすことによってね、いわゆる聖職者の権威が認められている。ただ、今言ったように、本来の宗教が持ってるような超越的な体験をひとりひとりが実感してしまう。だったら宗教組織を必要とするのか。

    西塚 いや、全然必要とされないでしょうし、むしろ害悪しかもたらさないと思いますね。

    超越性と宗教

    ヤス そうするとね、神の実感とか、超越的なものを実感できるという体験、そのレイヤーをですね、誰でもアクセス可能な状態でほっとくと、これは宗教教団そのものにとっては最大の脅威だということなんですね。

    西塚 そういうことです。

    ヤス そうすると、それは管理せねばならない。お前の体験は、正統なものなのか異端なのかということを管理せねばならない、といったことになってくるわけですね。ただ管理したとしても、宗教性そのものが超越的な体験をさせるということ、それは人間の中にもそういう心のレイヤーが存在し、宗教はそのスイッチをオンにする装置であるということでは、どんなに取り締まっても必ず出てきますよ。したがって、新しい宗教教団を構築する運動というのは絶えないと思います。

    西塚 まさしくそこであってですね、今までは大きな、3大宗教と言われるようなものがありましたし、細かいことを言えばいっぱいありますね。それは装置の部分もあったと思うし、人によってはプラスの面もあったのでしょうが、今後は極端に言えば、いらない。いらないとして、個として超越的なことに触れることがいいかどうかはおいといて、じゃあどうすればいいかと言うときに、宗教ではないし、ましてや教団ではないというところで、たとえばスピリチュアル的なことではなくてもいいんですが、やはり仲間を求めますよね。個人で仙人みたいになって世の中をサーフィンしていく人は別としても、どうしても仲間ができていくわけです。

    今日、お聞きしたかったポイントのひとつでもあるんですが、やはり仲間を作る。スピ系に限りません。どんなところでも、だいたい仲間を作る。僕が個人的にすごく嫌と言うか、何か生理的に引いてしまうのは、その仲間を作るのは全然いいんだけども、必ずとは言いませんが、だいたい排外的になるわけです。新規に入ってくる者に対して、まず警戒心が芽生える。と言うのは、知った顔の中でやってきて、ある種のルールなり、暗黙の常識なり、雰囲気なりといったものがすでに共有されているから、侵されたくないわけですね。それが新規なものによって変容してしまうのではないか、というある種の恐怖、柔らかく言えば、面倒くささ。それが、僕は、大したことがないように見えて、実はすごく重要な人間の心とか、感情でもいいですけども、作用に関する需要なポイントだと思うんです。

    僕の中にも、ももちろんあるでしょう。でも、どちらかと言うと、自分のことを言ってもしょうがないけども、知らない人と知り合いというほうが強い。小学生のときから、どういうヤツなんだろうコイツはと、どんどんどんどん知り合いたいほうだったんですね。もちろん拒絶を受けたりもするけども、そのうち仲良くなったりもする。でも、それが集団になると、また妙なことになる。自分ひとりだったらいいんです。誰にでも会いにいって、断られてもいいんですから。それが、ある種仲間になると、俺はいきたいけど、仲間内でちょっとやだよねとなると、どうしてもそこに引きずられるわけです。そのときの、前のお話じゃないですが、同調性バイアスとか、ある種の同調圧力ですね、そういうものが働いて、何か嫌な思いをするという感じがある…話が飛んでしまいましたけども、何の話をしてましたっけ?

    ヤス 宗教性の話(笑)。

    西塚 そうだそうだ…

    ヤス いいんですよ、飛んで(笑)、酔っぱらってるからね(笑)。

    西塚 これから個の目覚めが仮にあったとして、やはり僕はそこに、心とか感情の問題が立ちはだかっている、というほどの問題じゃないかもしれないけど、ある種の違和感として存在し続けるだろうと。それは解消し得るものなのか。だとすれば、どういうメソッドがあり、装置がありという、そのへんのヤスさんのね、意見と言うか、SF的な、ファンタジー的なものでもいいんですけど、仮説でもいいんですけど、おうかがいできればと。

    ヤス 本来の宗教の問題というのは、大前提としてね、どこかの部分でとことん考察せねばならない問題だと思います。神道も含めてですね、その宗教性というもの。やはり人間の存在の非常に奥深い側面を明らかにする窓なわけですよ。それを単純にイデオロギーだと切り捨てるとね、とんでもないことになる。現代世界がどうなるかなんて、誰にもわからないですね、やっぱり。

    今の問いにいく前に、ベイナー下院議長の話に戻しますね。本来の我々の宗教的な感情をオンにするとどうなるかというと、超越的なものとの繋がりがもう一回体験できるわけですね。その体験によって、自分自身を超越的なものに包まれた視点から俯瞰して見る。そうすると実人生の自分自身が、ある意味で無意味化して感じられるということです。その無意味化して感じられる範囲で、自分が苦痛から救われるわけです。おそらくですね、今回ベイナーはそれをやった。号泣を見ててそう思う。

    西塚 禊(みそぎ)ですね、ある種の。

    ヤス 禊です。彼は、もう下院議長を辞めようと思っていたと思うんです。ローマ法王がくると聞いたときから、僕は彼の反省が始まったと思う。私は議員として、人間として、聡く生きたのか、と。

    西塚 懺悔ですね(笑)。わかりやすいなあ、それ(笑)。

    ヤス 懺悔ですよ。真面目に懺悔したんだ、あの人。私はいろんな理想を持って議員になったけれども、2013年から債務上限引き上げ法案に反対して、アメリカ政府機関を閉鎖させて、国債を引き下げて、とんでもないことをやったと。今回もまた債務上限引き上げ法案でさんざん揉めてる。何とか仲裁しようとしてるんだけど、どうも無理だと。私の議員生活は正しかったのかどうか、私は人間として正しかったのかと問うたときにね、間違ってたと、やっぱり(笑)。俺はとんでもないことをやってきたということをね(笑)、そのような自分自身を断罪する目というのは、ある意味、超越的なところから自分を俯瞰しないと出てこないわけですよ。そのような目、そのような超越的な視点から自分を見るように促す行為が懺悔ですね。

    西塚 しかも、隣にいた日には…最高の地位の人ですから。じゃあ、いいヤツじゃないですか、ベイナーさんは。

    ヤス いやいや、そうじゃない。とんでもない人間でも、そういう超越性を感じる心のレイヤーが存在するということです。とんでもない人間でもね(笑)。

    西塚 ああ、そうか、それをおっしゃりたかったんですね。とんでもない人間でも、そういう心のレイヤーが存在してるんだよと。それを体現した。

    ヤス そこで号泣して、号泣しながら真人間になっていくんですね。それで辞めたんですよ。宗教性が持つ力というものを我々に見せつけたということです。超越的なものというのは、一回体験してしまうと、我々は人生を捨てるぞと。捨ててもいいと思うようなところまで導かれるぞ、ということなんですね。それから、次の段階の話になりますけどね、もし大勢の人間がそういう超越的なものを体験したときにどうなるのか。多くの人間が自分の人生をある目的のもとに捨てていきますよ。そうなってくると、もはや個ではなくてね、一丸となった集団の、ひとつの感情の滔々たる流れとして、ある方向に向かってワーッと走っていきます。もうこれは合理性ではない。

    ああ、これはハルマゲドンが近い、と実感した人がいたとしますね。多くの苦しい人生を歩んで、神との懺悔を繰り返して、ずっと人生を再解釈するうちにね、自分は神の目線で自分自身を見るようになったと。そうしたときに、まさにこれからハルマゲドンが起こる、世は本当にエンドタイムに向かっていると実感した人がいる。その実感のもとにですね、彼は自分の実人生を捨ててしまう。彼と同じような体験をする人たち、共感を持つような人たちが膨大に出てきたときには、まさにエンドタイムを自己実現するような流れになるってことなんです。

    憲法で保障される人権の重要性

    西塚 そうですね。僕がどうしても気になるのは、先ほどヤスさんがおっしゃったような、超越的なものと繋がるという実感。体感でもいいんですが、それは何かということなんですね。それは、全員共通してるとは限らないですよね? 私は神を見た、あるいは何かと繋がった気がする、感じた、というものがそれぞれあっていいんです。それこそ個であって、個がどう感じても自由です。でも、それがひとつの集団的なものになったときに、何かのバイアスがかかって一緒になるということ自体が、僕はまあ基本的に気持ち悪いということです。

    超越的なものと繋がったときに、俯瞰する目というのができたとしても、その目はどういう目なのか。たとえば自分自身は、今までの悩みがすっ飛んで気持ちよくなったと。俺はこれからこうやって生きるんだということは、個人的にはあってもいいと思いますが、それがまとまったときにですね、自分が体験したかもしれない超越的な体験と、自分が見てるかもしれない超越的な視点というものを、検証する目はどこにあるのかということですね。それは、ひとりでは無理とは言いませんが、やっぱり人、対人(たいひと)、対話、協議とか、そのへんのディスカッションの中である種、人間がもし集団で生活していくということであれば、どうしても必要だろうと。検証というと硬いかもしれませんが、確かめるということ。じゃないと、本当に独りよがりになって、俺はこれでいい、私はこれでいいとなってしまう。

    ヤス いや、基本的に宗教はそういうものです。だから言ってみれば、他者を必要としないんですよ。

    西塚 ああ、なるほど。

    ヤス 極端に言うとね。神のみならず、超越性と自分との一対一の関係になりますから。そこでは、いわゆる他者というのは、ほとんど必要としないということなんですね。

    西塚 他者を必要としない個人の集まりということですか?

    ヤス そうです。他者を必要としない多くの人たちが、同じような体験をした場合。

    西塚 「同じ」の検証は難しいですよね。

    ヤス まあ、検証と言うかね、我々が検証するというのは、その超越的な体験を信じてない人間の立場なんですね。

    西塚 ハハハハ。

    ヤス やっぱりね(笑)。ほんとかよ?と。

    西塚 僕はわりと信じてますけどね(笑)。

    ヤス いやいや、ほんとかよ?と検証したくなるわけですよ、基本的にはね。ただ、本当に超越的な体験、同じような超越的な体験をしてる、それこそキリスト教者がいて、エンドタイムに生きてて、これからハルマゲドンがあってね、ヨハネの黙示録にあるようにキリストが降臨してくるんだということを、私は神のお告げとして、私は見たという人たちがたくさん出たと。それもかなり膨大に出てきたと。膨大に出てきたならば、それに感化される人間もたくさん出てくるわけですね。そうすると多くの人間が、そういうような覚醒というか、超越的な体験をした後にですね、実人生を捨ててしまうんですよ、本当に。エンドタイムに生きてて、私の人生は無意味だと。だったら、エンドタイムで清く生きるためにどうしたらいいのか。また、エンドタイムが、キリストの降臨が早く訪れるように、私ができることがあるとしたら何なのか。ということになるわけです。

    西塚 そのときに、個はどうなるんですか?

    ヤス ここでは、個ではなくなる。

    西塚 個はなくなりますよね。だとすれば、話が戻るようですけども、今回の安倍の暴挙によって、日本人が民主主義に目覚めつつあるし、ひょっとしたら個にも目覚めるトバ口にいるかもしれない。これから個に目覚めていくかもしれないんだけれども、一方では、江戸時代的な、ああいう小さい、縮小された共同体の中でうまくやってれば、それはそれで幸せだという話もあります。でも今の国際社会では、そんなのんきなことは言ってられない。

    前回、ヤスさんがおっしゃったことのひとつに、個の目覚め、それぞれみな個であるということに目覚めるんですが、それに強烈にアンチ的な立場として、今までの既得権益を含めて、自分の既存の世界観を守るヤツの相当な反撃がくるだろうと。ひょっとしたら国家権力を使った暴力もある。それとの闘いになっていくだろうというようなお話があったんですが、そこに入っていくとなると、宗教というのは、僕は本当はいらないと思うけども、かなり大きなファクターになってきますね。

    その個である人たちが何かでくじけたりするときに、回収されやすい装置として、宗教というものが残っていく可能性があると思います。それはどう考えたらいいでしょうか? それはそういうことなんだ、ということで、たとえば本を出したりして、表現したり、伝達していって、どうしてもそこに引きずられちゃう、その渦に引きずられていくということを可視化して対抗するのか、あるいは渦そのものを起こさないようにする方向がいいのか。

    ヤス 今回の安保法制がね、僕は民主主義の目覚めだと思ってます。民主主義の目覚めだと僕が言った一番大きな理由は、戦後の70年間、戦後日本がいわゆる担保してきた、保障してきた、人権とか、個人といったものを中心に成立するような戦後民主主義の世界、その価値観を守ろうという運動が起こりつつあるということだからなんです。

    戦後民主主義の世界の中で、一番根底にあったのは何かと言うと、取りあえず個人だよね、ということなんです。憲法もそうです。憲法というのは、まさに基本的な人権を持つ個人を、国家権力から守るための法ですから。個人というものを前提にして、戦後の70年間の豊かな民主主義社会ができ上がってくる。その価値観は守ろうねという運動だと思うんですよ。

    そうすると、いわゆる国家主義者にとって個というのは邪魔ですよね。個人という権限を持って、いかようにもアンチを行ない、反対を行ないね、文句を言うという対象にしか見えないわけです。そうすると、全体主義的な国家を目指す人間にとっては、個というものを取り外して、もっと集合的な全体の中に個を溶け込ませていきたいと思うわけですよ。

    西塚 今までの戦後70年、憲法的には国民主権を謳っているわけですから、国民、個が主体ですね。あれはちょっと抽象的で、国民と言っても漠然としてますけども、でも日本の場合はいわゆる個が基本的に根づかなかった。だから、今回からそれが出てくるというわけで、要するに今まで個はなかった、個を考えないですんできたということですね。

    ヤス まあ、ひとつはそうですね。しかしながら、個人といったものを前提にした自由は、外枠であっても法律的には守られている。やっぱり、個人の人格は尊重されるという社会の枠組みの中に我々は生きてると思いますよ。だから、普通の我々の日常生活の中で個がないということと、社会システムの法という体系の中で個が尊重されないということは、違うということだと思うんです。

    たしかに日常生活の中では、我々はいわゆる西欧的な自我を中心とした個があったかというと、必ずしもあったとは言えない。それは、仲間内の小集団である会社共同体であり、何かの共同体の中に溶け込んで存在してるという存在の仕方のほうがメインだったと思いますね。

    西塚 ああ、そうか。法律的に基本的人権が憲法11条で定められてるし…

    ヤス だからと言って、法的な枠組みの中でね、個人は共同体の一部だから、個人を無視するといった法的な規定はいっさいないわけですよね。いわゆる法律の枠組みの中では、個人の人格とか、基本的な人権というのは、絶対的な命題のわけですよ。その個人を尊重するということを前提にしてでき上がった法体系が、戦後日本の、この自由な社会を保障してたということになるわけです。

    西塚 そうですね。基本的には個を考えたこともないけれども、一応守られてた。それが今回ぶち壊されつつあると。

    ヤス だから、個人の権利でいくら文句を言ったとしてもね、国家権力が我々の批判とか文句を取り締まることはできないわけですよ。言論の自由ということで、尊重されて守られてるわけですから。でね、国家主義者であるとか、もっと全体主義社会を創りたい人たちから見たならば、そうした個が邪魔なわけですね。いついかなるときでも反発し、異を唱えるということですから。そうすると、個を超えた全体性というものを提示して、その中に個を溶け込ませたいわけです。

    そのために興ってくるのは、ナショナリズムという概念ですね。イデオロギーです。ただ、個を溶け込ませるという装置では、宗教ほど卓越したものはないわけですね。そうするとね、いわゆるそうした国家主義者の提示するイデオロギーが、宗教ほどの完成度を示すかどうかなんですね。国家主義者の提示するイデオロギーが宗教に達するくらいまでの、ある意味での個を超えた超越性を示すことによって、どんな人間でも心の深いところに内在している、超越性に感応する心のレイヤーのスイッチをオンにして、それで多くの人間が涙を流して個を捨ててね、超越性の中に溶け入るといったようなことを国家が管理できれば、これはすさまじい全体主義国家になるわけです。

    西塚 僕は、日本にはそうした、ものすごいポテンシャルがあると思いますよ。神道を通じて、いわゆる「美しい日本」、いろんな歴史的な事実としても、類い稀なる文化を取り揃えてきた歴史があるわけですね。いわゆるスピ系にもよくあるじゃないですか、「母音」とか「日本語」にしてもそうだし、素材としては相当あって、もし巧みな物語作者がいるとすれば、簡単に構築できると思いますね。実際にできつつあるというか、すでにできてると言ってもいいかもしれません。「大本」でもいいし、「日月神示」でもいいですし、いわゆる神道系のものと国体を結びつけた、日本人の世界に対する優位性、だいたいが日本は世界の「雛形」と言ってるわけですからね。僕は大本が当時300万とも言われる信者を得たというのは、無視できないと思います。現代にも繋がってる流れがあるんじゃないかと。今の日月神示もそうですね。僕はそれはそれで、ある種の思想の流れとしてよくわかります。僕はどうしても文学作品として見ちゃうところがあるので。

    特攻隊とジハディストの違い

    ヤス 西塚さんの言ってることはよくわかる。ただそれと、本来の我々の心の中にあるレイヤーね、いわゆる超越性を感じ得るレイヤーのスイッチをオンにすると、それとは違ったものになる。たとえば、「日月神示」にしろ「大本」にしろね、日本が世界の雛形であるとか、ナショナリズムを高揚することによって、個を超えた超越的な全体という何ものか、これは民族的な共同体という超越的な全体なんだけども、それを鼓舞することによって、その中にひとりひとりの個というものを溶け込ませてしまうという効果があるのは間違いないと思う。

    ただしね、それを個人が本当に心の奥底で実感するかどうかは別なんですよ。どうして別かと言うと、特攻隊とジハディストの死の違いがある。特攻隊というのは、膨大な遺書が残ってますが、ほとんどは悲しみの遺書ですよ。やっぱり、自分たちの死の無意味さを悔いながら死んでいった人たちの遺書がすごく多いわけですね。それは、救われないで死んでるわけです。救われないで死んでいってるということは、国家神道は個を溶け込ませるだけの超越性を提示することに失敗したということなんですね。それに対して、ジハディストの遺書を読むと、喜びの中で死んでる。

    西塚 もちろん、特攻隊の方たちが残した遺書を全部は読んでませんけども、一部だけですけど、その中では、死にたくはないですよ、十九や二十歳くらいで、でもやっぱり家族に宛てるわけですね。たとえば妹がいるとか、母親がいて何とかかんとか、これからも日本が続いていくためには、これからの人たちがいるのだから、その人たちのために死ぬというような、大義ですね、それを自分に課すわけです。だから、たしかにそのジハディストたちの、喜んで死ぬというのとは全然違う。

    ヤス 全然違う。国家神道というのは、ものすごく宗教としてね、低い水準でね、はっきり言ってね、オモチャみたいなものなんですよ、あれ。

    西塚 なるほど、そういう言い方もできますね。

    ヤス 国家統治のためのただの装置であって、多くの神道のビリーバーは神道人と言われるんですけど、本来の神道人たちというのは、だいたい国家神道のものすごい批判者ですよ。あれは、神道に対する冒涜であると。国家神道なんて、お前これが宗教なのか、と思うくらい、非常に水準の低いものですよね。だからそれは、我々が特攻隊員の悲しさをどこに感じるかと言うと、救われない人間の悲しさを感じるわけです。ジハディストの遺書を読んで、我々は悲しくなるかと言えば、悲しくならない。歓喜しながら死んでいってんですね。

    西塚 そこである種、信仰の力があるんでしょうね。個人の操作としては、これで俺は本当に救われると思うものがあれば、別に宗教を必要としないかもしれない。けれども、ある大きな宗教の装置があると、実際に多くの人間を取り込むことができる。本当にマシーンになっていくという危険性がありますよね。でも、個人個人に還元してくと、個人の中で起こってることは変わらない。

    ヤス その結果、やはり歓喜の中で死ぬわけです。いろんなジハディストが死ぬ直前にビデオを撮ってますけど、本当にキラキラッとした目でね、本当に歓喜の中で死んでいってるという映像があって…

    西塚 イッちゃってるわけですね。

    ヤス イッちゃってる。だから本来、宗教性が保証するような超越的な体験というのは、そういうものですよね。同じようなことを言うようですけど、個を超越的な全体の中に溶け込ませることによって、実人生の自分自身を無意味化すると。そうすると、生と死も無意味化されるわけですよ。

    西塚 これはあまり…もう酔っぱらったから、まあいいやという感じで言っちゃいますけど、そうすると、バタイユまでいってですね、エロスとタナトスの話までなっちゃうじゃないですか。自分が死ぬ、もう死も生も同じ、快楽になっていくわけですね。そこまでいくと、本当に人間とはなんぞやといった哲学的な話までいくんですが、そこにいっちゃうといけないんだけど、もうこれからはそれを包含していくしかないかもしれない。集団的に、ある種の社会システムなりを、みんなで面白おかしく営んでいくにはどうしたらいいのか、という話になった場合にですね、そこは一回考えなくてはいけないところじゃないですか。要するに気持ちいいということ。

    僕は、ヤスさんが前々回かな、おっしゃったことで印象に残ってることがたくさんあるんだけども、その中のひとつは、思考停止は気持ちいい、という言葉だったんです。思考を停止すると気持ちいいんだと。危ないとわかってるんだけども、でも気持ちいいんだと。そこにやはり、僕は繋がってくると思うんですね。その結果、ジハディストも出てくるだろうし、いろんな愚かな行為も出てくるんであって、気持ちいいんだけども、それはそれで、何と言うか、うまくこうコントロールと言うんですか、しなきゃいけないのか、イッちゃってもいいのか、よくわかりません。よくはわからないんだけど、そのへんをまず見据えた論議じゃないと、社会システムなり何なりを創るといった場合には、まず話にならないところですよね。きっちりやらないと。

    人類史は個に目覚めていく歴史

    ヤス 西塚さんの本来の問題に、その個の問題に戻りたいと思うんですけどね、超越性ということでね。じゃあ、個の成立の原点は何なのかと言ったときに、一方の方向では宗教といったものをひとつのモデルとするような、超越性に人間を吸い込んでね、解体するといったような極めて大きな装置があって、それに反応する我々の非常に深い心のレイヤーがあるわけですよ。それに触れてしまうと、本当に我々は個を捨ててしまうということも可能になるわけですね。それはジハディストであるとか、死を歓喜で迎えるということを行なってる人たちの一般的な心理状態だと思いますね。

    一方の方向では、やっぱり我々の感性としてそれに抵抗するひとつの個でなくてはいけないと。国家の全体主義化の流れはどんどん日本で進んでますけどね。やっぱりそれに抵抗する個人というのが存在しなくては駄目だと。超越的なものに感じてしまう我々の心の部分、そういった心を持ってる自分と、それと個の存在というものとどう折り合いをつけたらいいのか、ということになってくると思うんです。それは、非常に深い問題なんだけども、ただ、解答が難しいかと言えばそうではない。おそらくね、一番個を楽しんでいる、その奥底にあるのが、実はそういった超越性の実感なんだろうなと思うんです、逆に。

    たとえば、仏教的に、大乗仏教ですね、親鸞でも道元でも、日蓮でもそうなんですけど、彼らが至った境地というのは、それに近いんじゃないかと思うんですね。個の存在の一番奥底にあるのは、私は巨大な超越性の一部なんだ、それから分岐したひとつのエネルギー体みたいなものにすぎないんだと。でもそれが、大いなるもの、仏なら仏でも、神なら神でもいいんですけど、巨大な超越的なものの一部であるがゆえに、私は尊いのだと。私は絶対的に尊いと。その尊い私を侵す何ものにも抵抗するということですね(笑)。なぜかと言うと、私自身が仏であり、神であり、この超越的なものの一部であり、つまり私自身が超越であるからということになるわけです。

    そうするとですね、自分の外部に超越性を認めるのではなくて、自分の個を掘り下げた、一番の奥底の部分で超越性と出会うという体験。すなわち、個を内向することによって、個の内面に超越性を発見するという体験。おそらくそれこそが、今後の個、新しい個人主義でしょう。

    西塚 そうですね。ヤスさんとハンク・ウェルスマンとのご対談じゃないですが、自分自身が神であるということに気づく、ということに繋がると思います。そこで僕が疑問に思うところは、本来人間がそうであるとすれば、みんなそうであるわけであって、そこで争いは起こらないですね、本来は。なぜ争うのか、ということです。もっとお互いに認め合えばいいんだけども、そうはならない。なりにくい。いまだになりにくいという。

    感情の流れもありますよ。憎しみ、嫉妬、何でもいいですけど、そういうネガティブな感情はいろいろありますが、とは言え、もちろん反面もあって、仲良くなったりもするという。僕は今、そのへんの感情の動きのダイナミズムの中を見ることでしか、真実はわからないような気がしています。(ヴァジム・)ゼランドの話で言うと、僕の中ではこれは反駁できないなというのが、真実は多面的であるということなんです。ひとつの面だけではないということですね。多面的だとすればですよ、その多面性をお互いに認め合うことが我々はできるんでしょうか(笑)。

    将来的にと言うか、今でもいいんですが。どうしても排外的になる。排除するという気持ちがあるし、集団になるとますますそれが顕著になると言うか、顕在化し始めます。個人同士だったらダマせますよ、そんなものは。まあ、これからテレパシー社会になっていくので、そういうことは見抜かれるという話もスピ系にはありますが。それはともかく、集団になるともう少しわかりやすい形で現実化する。戦争という、まあ究極の形でしょうけども。

    ちょっと話が違っちゃったかもしれませんが(笑)、人類の未来、展望として、どのようにヤスさんはお考えでしょか?

    ヤス やっぱりね、人間の歴史というのは、個に向かう歴史ですよね。個の意識の覚醒。どんどん、どんどん。たとえば今から300年前のね、どこかの、たとえばフランスのブルゴーニュ地方に生きてる人たち、農民たちを捕まえて現代に持ってきてね、対話した場合、おそらく同じ個の意識では全然ないわけですよ。全然、違うと思う。

    西塚 先ほどの、ちらっとお見せした「AI」のイベントのチラシで、『トランセンデンス』という映画の話が出てきます。この映画はスーパーコンピューターに人間の脳をアップロードする話なんですが、その中で、サルの脳を繋ぐシーンがあるらしいんですね。僕は観てないんですが。繋ぐと、サルが止めてくれと、シャットダウンしてくれと言うらしい。耐えられないと。要するに個と、何だかわかりませんが、何かと分離するということは耐えられなくて、シャットダウンしろと言うシーンがあるそうです。人間の場合は、なぜかうまく分離してて、でも融合してる部分もあって、というところの苦しみ、と言うか、難しさ。でもまたその難しさが面白いのかなと、僕なんかは思っちゃうんですけど。ちょっと示唆的というか、興味深いエピソードでしたね。だから、動物は本能のままに生きてるということでしょうね。善も悪もないですから。また、ちょっと話がずれました。

    ヤス いえいえ。あの、経済史という分野があるでしょ? 経済史の本を読むと面白いんですね。たとえば、19世紀のロシアの経済史ということになると、当時の農奴という制度が1860年代くらいまで存在してたんだけど。ツァーリズムのロシアですね。だいたい19世紀をずっと通じて農奴的な形態、土地とともに売り買いされる農奴的な存在というのがずっとあった。その農奴の意識に関して、彼らがどのような存在だったかと書かれた文献をいくつか読んだことがあるんですね。

    農奴が、どこかの、ペテルブルグかどこかのお金持ちのところにね、召使いに雇われてきてるわけですよ。当時の農奴というのは、村で食えなくなったらどんどん出稼ぎ労働者になって都市に出てくるわけですね。そしてどっかの下僕になったり、召使いになったりして食べてる。工場労働者にもなるんですけど。その農奴がですね、私に休暇をもらえないかと、ちょっと自宅に戻りたいんだということをご主人に言うわけですね。主人が、何で帰りたいんだと言ったら、私の父がですね、私の嫁に第三子をもうける栄誉を与えてくれたと。簡単に言うと、この人の父親が自分の妻とヤッちゃって、第三子が産まれるから帰りたいって言ってるんですね(笑)。何だそれ、お前はそれで怒らないのか、と聞いたら、いや、これは私が神から与えられた栄光なんですと言うんですね(笑)。これは君の奥さんだろう? と言うんだけど、これは私が神から与えられた宝物ですと言うわけですよ(笑)。

    経済史の記者が、やっぱり農奴の存在というのはこういうものだと書いてるわけね。そこには個が存在しないということで、ずっと延々と書いてるんです。

    西塚 それは日本でも、『武士道残酷物語』という映画になってますよね。江戸時代から主人と家来の関係であって、それでどんどん転生していく話です。とにかく、家来が主人のものすごい暴挙に甘んじるわけですよ。それが現代に転生しても同じで、まさしく自分の許嫁がヤラれちゃうわけですよ。その主人に。主人は全然生活能力がないんだけど、家来が面倒みてやるわけですよ、何だか知らないがエライ人だということで。それでヤラちゃう。それでもハハーッと平身低頭で。延々とそういう関係で何代も続く。それに今の話は近いですね。

    また、ロシアで思い出しましたけど、ミハルコフ監督の『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』、あれもロシアの貴族とか大地主がですね、大きな食事のテーブルを囲んでひとりが演説をぶってる。そのときにみんなシーンとして聞いてるんだけど、そこに給仕する召使いがいるわけです。その召使いがちょっとキレるわけですね、静かに。いろいろこう、かつらかぶった貴族だか大地主がガンガンもっともらしいことを言ってるんだけど、召使いが静かに言うわけです。あなたが食べてらっしゃる肉も、ワインも、みんな私たちが作ったものです。要するに、なんだかんだとエラソーなことを言っても、何もできないということです。みんなシーンとなる。それまでは、内容は忘れましたが、いろいろ知的な会話が続いてるんですね。そして何か突っ込まれると、そういう例外もあると言う。そうすると、じゃあお前の言ったことは正しくないじゃないかと言うと、いや、例外があること自体が本来の規則の正しさを立証するんだという詭弁を使うわけです。例外があること自体が、本来のオーソドキシーが正しいんだという、詭弁ですよね。それで何となくみんなも収まってしまうという。そこで、広大なロシアの中の貴族と、まさにおっしゃった農奴との関係のある一部を抉り出したシーンだと思うんですが、若かったですけども、強烈な印象として残ってますね。

    ヤス なるほどね。言ってみれば、そのような個の意識の希薄さ、その農奴のレベルのね、この意識の希薄さは、19世紀とか18世紀では当たり前だったんですよ。だから個が、意識を持つ存在であるということに関して、どんどん自覚的になってくる。我々はまさに、長期的な意識の進化の流れがあるとしたら、まさにそのような歴史なのだと思いますね。だから基本的には、我々が個としての存在、意識を持つ存在というような個の特殊性に対して、どんどん、どんどん自覚が強まってきているのだと。まさにそういう歴史的な過程にりうのではないかと思う。

    西塚 江戸時代に戻る必要はないんですが、あの時代のヨーロッパは、女と子どもは労働力だったらしいんですね。労働力でしかないという。そのときの、前回の話じゃないですが、外国人特派員みたいのが日本にきたときに、子どもと女性が笑ってる。女と子どもがこんなに楽しそうに笑ってる国は初めて見たという。何だこれはと。そういう文献がいっぱいある。貧しいんですよ、みんな。真っ黒な顔してアカだらけなんだけど。何だこれはと、何で楽しいんだ、幸せそうなんだと。

    すみません、話がずれて、個人的なことになってきました。もっと個の話で、スピリチュアル的なところまでいきたかったんですが…

    ヤス じゃ、次回やりますか(笑)。

    西塚 はい、毎回言ってますが、次はもっと突っ込んだ話をしたいと思います。すみません、今日は無茶苦茶になりましたが、ありがとうございました。

    ヤス いえいえ、酔っぱらいオヤジですから(笑)。


    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

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    @otenkiyahan たしかにデイリーメールはタブロイド紙です。デイリーミラーも写真入で取り上げています。http://t.co/S9SrOIGmglこれらの新聞は日本で言えば夕刊フジのようなものですね。ただCNNのような主要メディアが平気で偽情報を流していますからね。
    10-13 15:03

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    ytaka2013

    「ヤスの勉強会」の第19回です。2015年末から2016年の世界を展望します。日時:10月31日、土曜日時間:1時半から4時半前後まで料金:4000円場所:東横線沿線名前住所 〒メールアドレス人数懇親会の参加の有無info@yasunoeigo.com
    10-12 09:42

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    シリア北部の「 Huraytan」上空でロシア空軍の戦闘機がトルコ軍によって撃墜されたという情報あり。情報は未確認ながらも、目撃者がツイッターで投稿している。事実であればえらいことになる。http://t.co/IafkolbwL3
    10-11 09:33

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第13の2

    10月11日

    次回の有料メルマガの予告

    IMFが今後の金融危機に準備すりための協議を始めた。株式ではなく、中国の社債市場で相場の大きな変動がある可能性が出てきた。不気味な動きである。10月16日、午前0時10分に配信する次回のメルマガは、これらのテーマを予定している。また、さまざまな動きが激しいのでいろんな方面の最新情勢をお伝えする。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

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    今回もいつものペース更新ができた。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第13回である。その後半だ。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

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    『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナー  講師:高島康司 12/6、1/16

    12月6日と1月16日の2回、『「資本主義2.0」と「イミーバ」でみた衝撃の未来』出版記念ジョイントセミナーを行います!第一回目のパートナーは有名ブログ「In Deep」の岡靖洋さんです。よろしかったらどうぞ!

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    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第13の2

    ojaji131

    ビッグデータに潜む盲点

    西塚 そういった意味で、ヤスさんはやはり評価するというか…

    ヤス あれはすごく評価しますよ。だから、ある意味でカルマの転換のときですね。その意味で、安倍さん、ありがとうですよ。こういう機会を与えてくれて(笑)。

    西塚 本当にそう思いますね。

    ヤス 彼はね、将来、刑事被告人になる可能性があると思いますね。

    西塚 僕は御多分にもれず、というか僕だけかもしれませんが、前回まではとんでもないとこまでいくなと、これはもうちょっと絶望的というか、お先真っ暗な感じが半分あったんですね。今日だったかな、新聞を読んでびっくりしたんですが、今回、連休前に何としても決めたかったという自民党の方針がありましたよね? その理由が奮ってて、要するに連休が明ければ皆、忘れるって言うんですよ(笑)。それを読んだとき、たしか自民党の一部議員のコメントとして名前は出てませんでしたが、国民は忘れるんだから、連休前にとりあえず決めたかったんだと。それだけの理由なんですよ。連休があると、皆でデモとかになってぐちゃぐちゃになって、採決も覚束なくなると。国会は27日まであるんだから、別に連休後だっていいじゃないですか、決めるのは。それを何で、19日にやるのかと…完全にナメてますよね。

    ヤス 自民党というのは、ITの使い方がえらいうまい政党なんですね。たとえばインターネットであるとか、ツイッターであるとかね、民主党などの他の野党に比べるとITの使い方がめちゃめちゃうまいんですよ。ビッグデータの分析とか。自民党は野党から比べると2歩も3歩もずっと先にいってます。

    たとえば、安倍政権を作った2012年の衆議院選挙がありますね? あれなんてね、ビッグデータの逐次分析に基づいた選挙キャンペーンをやってるんです。ビッグデータは何かと言うと、それぞれの候補者のサイトに対するアクセス数であるとか、誰がアクセスしてるかとか、または自民党のいろんなキャンペーンサイトがありますでしょ? そのキャンペーンサイトに対するアクセス数であるとか、そのすべてのビッグデータを分析してね、そしてそれプラス、ツイッター、ソーシャルメディアなどのSNSの発言数を全部解析して、今どういうキーワードで演説をすれば、どのくらいの反響や効果があるか、全部計算しながらやってるんですね。

    西塚 へえー、それで嫌中、嫌韓も出てくるんだ。反応しやすいということで。

    ヤス そうそう。それをやって、それで勝った政党なんですよ。それはたしかにうまくいった。民主党はビッグデータの分析なんかやってないですから。選挙キャンペーンのレベルから見てもね、ITのレベルが根本的に違う。

    西塚 それは自民党が独自に民間の研究所なり、IT関係の人脈との結びつきがあるのか、あるいはアメリカの情報なのかというのは…

    ヤス いやいや、契約すればいいだけですよ。ビッグデータを専門に分析する会社はゴロゴロあるんで。

    西塚 ああ、じゃあアメリカとは関係ないんですか?

    ヤス アメリカまでいく必要性がないくらいですね、おそらく。これくらいの水準であれば。いわゆる、ビッグデータを解析する会社はゴロゴロあるから、それとちゃんと契約してね、それプラス、有力な選挙のキャンペーン会社、これをブランディングしてくっつけりゃいいわけですね。

    西塚 そうか。僕はちょっと感化されてるのか、アメリカの指示でその通りやっちゃったのかなあと思ったんですよね。

    ヤス アメリカの指示はありますよ。ただ、そこまで細かく指示はしてない。おそらく。

    西塚 僕は、安倍側にそんな頭があると思ってなかった。偏見があったんです。

    ヤス いや、安倍はアホかもしれないけど、背後にいる技術的なスタッフとか、技術的な戦略チームはえらい優秀ですよ。

    西塚 官僚ですか?

    ヤス それを率いているのは、首相補佐官ですかね、チーム世耕ですね。世耕(弘成)参議院議員ですよ。彼が率いていたチームですね、ひとつは。えらい水準が高いですよ。問題はね、ITが怖いのは、コントロールできる、予想ができる範囲が広ければ広いほど、盲点も広くなるってことなんですね。ブラックホールがわかんなくなるんです。具体的に言うと、成功例が多くなればなるほど、自分はすべて世論をコントロールするといったような、ある意味で充実感と言うか、全能感が出てくるわけですね。すべてが操作的に動くんだってことになってくる。

    西塚 じゃあ、今回のデモというのは、ブラックスワンに近いんじゃないですか?

    ヤス ブラックスワンです。だから、予想ができる範囲が広くなればなるほど、予想ができないものに対して盲目的になってくる。知性が豊かなやつというのは、何が予想できないかという一番の盲点を探すんですね。今回、盲点を探してないんですよ、やっぱり。いろんなところに盲点がたくさんあるわけ。政治的な発言とは関係ないようなところで、いろんな盲点が生まれてきてる。それは何かと言うと、個を主体とした動きなんですね。

    たとえば、『change.org』というサイトがありますけど、日本人のね。これ、何かおかしくね?ってひとりの人間が言ったら、それにみんな集まってきて、何か運動を起こすわけですね。ちっちゃな運動が多いんですけど。でも、そのちっちゃな運動はけっこう成功例が多いわけですよ。たとえば、杉並区のあそこに歩道橋が必要なのに、区に何回言っても作ってもらえないから、みんな集まって運動をやろうよ、みたいな形のちっちゃなもんなんですよ(笑)。そういうものは成功例が多い。

    それから、いわゆるクラウドファンディングみたいなものがあるでしょ? そこで新しい商品がどんどん出てきてる。そこで、3Dプリンターを持ってるようなチームがみんな連携してね、アイデアを出し合って新しい商品を生産するということが、やはりあるわけです。実はこれがブラックスワンだったということなんです。これがどれだけの大きな政治的な力になるかということを全然、見てない。

    西塚 今回のアメリカのレッシングもそうですよね。クラウドファンディングで100万ドル以上集めた。

    ヤス そうです。僕は世耕さんのインタビューを見たことがあるけど、傲慢ですもん。技術的には優れた人ですよ。でもほとんど、盲点を見てない。自分の知性に盲点が見つからない知性というのは、知性じゃないですね、たぶん。

    西塚 それをもうちょっと具体的に言うと、盲点というのは、ここはよくわからないという部分をちゃんと認識してるということですね。

    ヤス そうそう。

    西塚 実際に予想をするんじゃなくて、ここの部分はどうなるかわからないと。ここらへんは、ブラックスワンになるかもしれないということをちゃんと認識してるという、そういうエリアと言いますか、それをちゃんと認識してるということですね。

    ヤス そうです。ここらへんが外部だということね。我々では操作できない外部だということ。とんでもないものが現われてくるかもしれないから、とりあえずこれは、監視しておかなくてはならないと。

    西塚 そういうようにしてウォッチングするということを含めたものが、やはり知性と言うか…

    ヤス そうですね。包括的な知性だと思いますが、そこまでのものを持ってなかった。それは技術的な知性の限界だと思います。だから、セキュリティなんて分野がありますが、どんなにセキュリティをやっても、必ず盲点ができますから(笑)。どんどんね。優秀なセキュリティのシステムを開発してる人たちというのは、やはりすごい優秀なセキュリティを開発するんだけども、これでも敵わない、この部分はありますよと、必ず提出するんですよ。

    西塚 彼らは、何かわからないけど、そういうことがあるかもしれないと言うわけですね。

    ヤス こういう進行方向、こういう条件でこう進化したら、この部分が盲点になりますよと。うちは絶対、100%完璧だと言っちゃったら、終りだということだと思います。

    西塚 全能感ですね。僕の言葉で言えば、単純に傲慢ですが。

    ヤス 安倍の政権はやはり傲慢だった。それは国民をバカにしてるというのではなくて、自分たちが持ってるようなITの知識の全能性に浸ってしまったということだと思います。それはITを知らない、インターネットを知らないのではなく、知りすぎたがゆえに墓穴を掘ったということですね。おそらくね。

    これから、安倍政権が見落としたブラックスワンのほうからね、やはり新しい提議がどんどん出てきて、非常に大きな動きになってくるんだろうなと僕は思いますよ。これが個を中心とした、新しい日本型の個ですね。それは楽しみですね。

    民主主義と「個」の目覚め

    西塚 楽しみですね。ちょっとヤスさんにお伺いしたいんですが、実際、本会議で可決するまでは、とんでもないねと。これはやっちゃいけないし、でもやっちゃって、むしろ違うものが、ブラックスワン的なものが出てくる可能性が強化されたという言い方もできますね。それ自体、どうですか、正直僕なんかは、自分の気持ちとして、ちょっとね、違ったんですよ。もうダメだなという反面、じゃあ、どうしたらいいかというのもあったんだけど、一端始まると、これは全然違うある種の転換があって、これはこれでよかったのかもしれないと、僕の中でちょっと変わったんですね。ヤスさんご自身は、何か変化がありましたか?

    ヤス ありましたよ。やっぱりあった。僕は、野党の演説、いろんな人の演説を聞いたんですけど、野党が変わったと思った。要するに、変わらざるを得なかったんだと思いますが、国会の外部にいる人たちに語り始めたんですね。彼らと同じ感情で語り始めた。思いとして。まあ、政治家だから、戦略的にやってる部分もあるんだけど、ただ、それを超えて心を打つんですよ。山本太郎もそうだしね(笑)。たとえば、福山哲郎議員であるとか、すごく評価されてますけど、国会という枠を超えて、今興りつつある新しい意識に向って喋ってる。

    西塚 意識的か、無意識的かにかかわらず、ですね。

    ヤス そうですね。彼はその感性が豊かだったんだと、僕は思うんですね。

    西塚 それで、それを見る側の我々も、意識的か無意識的かにかかわらず、何を受け取ったということですね。

    ヤス たとえばああいうような、非常に大きな国会の論戦を見たと。参議院本会議の可決のいろいろな状況を見たと。見て床につく。頭がカッカして、なかなか眠れないかもしれないけどね。多くの人間は、僕も感じたんだけど、自分の心の深い部分のどこかが変わるわけですよ。何か、変わった、クリッと、ちょっとした音を聞く(笑)。

    西塚 ああ、わかります。

    ヤス もっと言うと、魂の奥深いところを何か風が吹き抜けるとでも言うか。

    西塚 そのニュアンスはわかります。それはそれで、ひとつのテーマとしてやりたいぐらいなんですけど。僕はまたひとつ疑問というか、テーマとして提起しますと、原発問題がありますね。3.11以来、反対運動がいまだにありますが、こと憲法、今回に関しては全然違う大きな流れになってる。何か違いがあるんでしょうか?

    ヤス 原発は憲法問題にはいかないんですよ。憲法問題にいかないということは、国の形をどうするかといったような、大枠の議論にまではいかないということですね。原発を稼働するのかしないのかであって、日本の原発政策というね、福祉政策もある、外交政策もある、多々ある政策のうちのひとつの問題にしかならないということだと思います。

    西塚 なるほど。となると今回の場合は、昔の言葉で言えば、国体ですよね。

    ヤス 国体、そう(笑)。

    西塚 古い言葉で、あまりいいイメージがないですけど(笑)、そこに係る問題に反応したということ。

    ヤス そうそう。だから今の日本の国体は民主主義なんですよ。その国体をどうするかという問題であるということに、多くの人たちが本当に気づいたってことだと思いますよ。

    西塚 そうですね。

    ヤス それが、原発問題との根本的な違いではないかと思いますね。

    西塚 将来的にも、60年代、70年代の安保闘争がありましたが、それらを超えるくらいの、実は大きなエポックメイキングかもしれないですね。

    ヤス 今回はすごいと思いますよ。野党のほうから見たならば、民主主義の意識の覚醒という巨大なスイッチがオンになったわけですよ。それは野党にすれば、巨大なリソースですね。だから本来、どうやるべきかと言うと、民主党にしろ共産党にしろ、いろんな党はあるだろうけれども、オンになったスイッチをうまい具合に活用して、集まった人たちと対話集会をとにかく繰り返す。安保法制おかしいね、廃案にしようね、だけではなくて、いわゆる戦後の日本の価値観は何だったのかと。戦後の日本の価値観をベースにした場合、どういう国の形ができ上がってくるのがベストなのか、またはどのようなライフスタイルがベストなのか、どういう価値観に基づいて我々は生きていくのがベストなのか、といったような、ライフスタイル全体を含めるような議論をとことんやっていくことですね。そうするとね、全然違った思想ができ上がる。

    西塚 嫌韓、嫌中じゃなくて、嫌米も出てきませんか?

    ヤス 今回は嫌米はすごいでしょ。

    西塚 そうですね、今回は民主党の議員からも、どこまでアメリカの言いなりになるんですか!といった発言がありました。

    ヤス 今回の安保法制で一番ポイントになるのは、アメリカ観の違いですね。安保法制に賛成する人たちのアメリカ観というのは、冷戦期のアメリカです。1989年以前、ベルリンの壁の崩壊以前のアメリカで、日本をいつ何どきでも守ってくれる親としてのアメリカ。少し専門的な言葉になりますが、無謬性と言って、いっさい間違いを犯すことのない神のような親としてのアメリカという感覚がある。そのアメリカに対して、我々は同盟関係を深めなくては、とんでもない中国に対抗できないだろうという意識がある。

    しかし、反対する人たちの意識というのは、アメリカこそが一番、国際法を破り、国連決議も破り、他国を侵略してね、とんでもない国家だと。ああいう国家に対して、ある程度、同盟関係を維持して防衛力を依存せざるを得ないんだけど、距離をとらなくてもいいのか、という実感ですよね。

    それは、どこに向かうかというと、SEALDsっていますでしょ? SEALDsは20代の人たちなんですけど、彼らの年代を考えてみるとですね、9.11以降に育ってるんですね。9.11のときに10歳とか8歳だった。それからのイラク侵略戦争を見てるしね。とんでもないアメリカを見てるわけです。彼らのアメリカ体験というのは、はっきり言って、とんでもない凶暴な国なわけですね。おそらくね。そのようなアメリカ観の違いというのは、非常に深く根底にあると思いますね。

    西塚 SEALDsはいろいろですね、公聴会やテレビの討論にも出てきて、もちろん場慣れもしてないので、いろいろ批判もありますけど、彼らは純粋と言うか、当たり前のことを主張してるという、僕は好感を持ってます。、明学の学生が中心メンバーなので、やはり高橋源一郎などの後ろ立てもあるし、それで感化された人たちもいるでしょう。しかも今回降ってわいたわけではなくて、活動自体は2年くらい前からやってましたからね。それが今に繋がるわけで、決してファッション的にやってるわけではないということは押さえておきたいですね。そういう人たちが増えてきているし、デモに対する違和感もなくなってきてます。本人たちも、外国人特派員協会の会見で言ってましたよね、正直に。デモなんかダサくね? 何のためにいくの? といった意識が変わってきたと。あの意識ですね。

    ヤス 僕も、安保法制に賛成しているいろんな人たちと話しましたが、やっぱり幻想ですよ。お前さあ、ちょっとネットで情報調べたほうがいいんじゃない? というくらいの幻想ですね、あのアメリカ観というのは。大好きなんですよ、アメリカが。

    西塚 そこがですね、僕はついアナロジーとして、あるいは構造的に見ちゃうクセがあるんですが、個人も同じだと思っています。たとえば、強い父性のもとで育ってきた人たちとかは、やはり幻想を持ってたりするじゃないですか? 父親が立派だとか、たしかに立派だったりもするんだけど、ある種の幻想にすぎなくて、自分が個であるためには、その父親をちゃんと見なきゃいけない。

    とんでもないことをやってるかもしれないし、実際にやってるという場合もある。そんな聖人君子がいるわけないんですから。そこと向き合うと言うんですかね。今のアメリカにしても、あまりにも依存しすぎてる。その依存が、幻想だということにまず向き合って、そこから初めて個人、自分、あるいは父親、アメリカ、日本に向き合えるというところに、ようやく今きてるのかなと。僕は自分も含めて思いま
    した。

    ヤス たとえば、よくね、日本人の多くは洗脳されてるって言い方をされますが、洗脳という以上に、自分で選択して作った考え方なんですね。だから、60年代、70年代のアメリカ像ですよ。まあ、『奥さまは魔女』のね(笑)、あれだけの大きな邸宅に住んでてね、普通の庶民がですよ、みんな車を2台とか3台持ってね、そうしたアメリカの消費社会に憧れたという。あのアメリカの消費社会が作り出したショーウィンドーとしてのアメリカ。それが、やはり根強く今でもありますね。

    西塚 でも、ある程度年齢のいった、年代の一部じゃないでしょうか…

    ヤス そうです。やはり見てると、若い人には少ない。60代、70代だと思いますね。

    西塚 経営者とかじゃないですか?

    ヤス 経営者は強いですよ。いろんな経営者を知ってますが、強い人が多いというか、基本的にはね。僕も小さいころ、最初は1968年、小学校低学年のときにアメリカにいってましたけど、やっぱりびっくりしますよ。まさに『奥さまは魔女』の世界ですよね。ゲーッと思いますよ。

    いずれにしろ、そういう最初に思ったアメリカが偉大な国だというひとつの衝撃、そのような偉大なアメリカに保護されてね、まさに日本があるといったような、アメリカ観ですね。重要なのは、それは日本人全般で共有してるものではなくて、もはや現代では、60代70代以降の、本当に特殊な層によって支持されてる、非常に特殊なアメリカ観にしかすぎということだと思いますね。

    西塚 僕もそう思います。それでさきほどの話で申し訳ないですけど、そうなると、やはり60代70代の人たちの子どもがいるわけで、そういう人たちのもとで育ちますから、感化されますよね。つまり、日本が子どもでアメリカが父親だとして、そういう構造が家庭にもある。そこから個であるということ、今ようやく日本全体が、アメリカから脱して、個としての日本とは何なのかという方向にいく。と同時に、個人も、父親からも脱して、自分は個として何なのか、という方向にく。僕はすごくリンクしてる気がするんですね。

    ヤス そうですね。今回の結論から言うと、ひとつの民主主義の目覚めであり、それはどういうことかというと、新しい個の目覚めだったということです。いわゆる社会というのは、個によって作られ、その個によって作り変えられるようなものであって、超越的な実体ではないということですね。その実感がやはり多くの人たちに、今回、共有されるようなところまでいった。

    おそらくそれを政治運動として指導してくるようなね、もし野党のほうが、党派の利害対立で分裂せずに、このわき上がった大きな国民の流れの中に身を投じてですね、ディスカッションを繰り返していくというような方向をとると、すごい政治的な流れになってくると思いますね。ただし、楽観はできない。何かと言うと、安倍のほうですね。日本国民をナメてる安倍のほう。あれはね、簡単には手放さない。あらゆる手を使いますよ。暴力も使うと思う。

    西塚 国家権力ですね。

    ヤス 国家権力を使いますよ。秘密保護法は使うわ、警察権力は…

    西塚 マイナンバーも来月きます。

    ヤス マイナンバーもくるし、あらゆる手を使って徹底的に締め上げるという方向をとりますから。おそらくね。だから、それに対する抵抗というひとつの闘いが、今度は待ってますね。抵抗するだけじゃなくて、それを乗り越えて、戦後日本の価値を母体にした新しいライフスタイルとか、我々が望んだライフスタイルとか生き方はこうなんだ、ということをはっきりと出さねばならない。そこまで思想として昇華できるかどうか、というのがひとつのポイントだと思いますね。

    それは、やはりスピリチュアリズムを含めねばならない。そうじゃないと説得力はない。深みはない。

    西塚 そのへんは、次回、突っ込んでやりたいと思います。今日はありがとうございました。

    ヤス はい、来週ということで。どうもどうも。


    続く

    むちゃくちゃおもしろかった講談

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    10/09のツイートまとめ

    ytaka2013

    大筋合意したという体裁を整えただけです。合意などはおりません!」
    10-09 08:17

    「私はTPPの交渉が行われているアトランタにいましたが、TPPは大筋合意はしていません!大筋合意という報道は事実を反映していません。交渉の後で行われたフロマン米代表の記者会見で「これは総論合意なのか各論合意なのか?」という質問に対し答えられませんでした。
    10-09 08:16

    昨日、安倍政権に反対する「オールジャパン 平和と共生」という大きな会に参加した。ここで登壇した元農水相の山田正彦氏より非常に重要な発言があった。
    10-09 08:16

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第13の1

    10月5日

    次回の有料メルマガの予告

    10月9日、午前0時10分に配信する次回のメルマガは、ロシアのシリア空爆に連動した中国軍の動きについて報告する。まったく日本では報道されていないようだが、重要な動きだ。エゼキエル書の予言に似てきたのかもしれない。また、集団的自衛権強行採決以降の海外の日本のイメージについて紹介する。やはり思った以上に悪化している。知っておくべきことだと思う。

    新しい本

    新刊本が出ます。面白い本になったと思います。よろしかったらどうぞ!

    「資本主義2.0」と「イミーバ」で見た衝撃の未来
    世界の政治・経済はこれからこう動く
    著者:高島 康司

    amazonで注文

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    今回はちょっと更新が遅くなった。いつも記事を読んでくださっている方々に感謝する。

    今回の記事

    今回はいつもの対談の第13回である。その前半だ。

    記事全文を音声ファイルにしました。よろしかったらどうぞ。7日で削除されますので、お早めにどうぞ。

    音声ファイル

    「ヤスの勉強会」第19回のご案内

    「ヤスの勉強会」の第19回を開催します。やはり、世界は一層流動化する方向に向かっているようです。今回の勉強会は9月・10月変動説を総括し、2015年末から2016年の世界を展望します。

    【主な内容】
    ・2015年末から2016年初頭になにが起こるのか?
    ・全体主義のファシズムに向かう日本とその危険性
    ・大きな戦争の火種になりかねないシリア
    ・スピリチュアリズムの向かう方向

    よろしかったらぜひご参加ください。

    日時:10月31日、土曜日
    時間:1時半から4時半前後まで
    料金:4000円
    場所:都内(おそらく東横線沿線)

    いまのところ場所は未定ですが、申し込みいただいた方に直接お伝えいたします。以下のメルアドから申し込んでください。

    記載必要事項
    名前(ふりがな)
    住所 〒
    メールアドレス
    参加人数
    懇親会の参加の有無

    info@yasunoeigo.com

    健幸カレッジ

    10月7日、四谷で「にんげんクラブ」の「健幸カレッジ」で講演を行います。普通の講演会では話すことのないスピリチュアルな話を多く話するつもりです。よろしかったらどうぞ!

    申し込みリンク

    ツイッターに書き込むことにしました。よろしかったらフォローをどうぞ。日々情報を発信します。
    https://twitter.com/ytaka2013/

    船井幸雄.comに筆者のページが出来ました。月一回のペースで更新します。ぜひご覧ください!

    船井幸雄.com
    ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測

    むちゃくちゃうまい醤油!

    筆者は、隔月で高松の経済団体で講演会を行っている。そのとき、高松で評判になっているおいしい醤油のことを教えられた。小豆島の醤油である。早速、注文して見たが濃厚な味でものすごくうまかった!世の中にはうまいものがあるののだと思った。よろしかったらどうぞ。

    酔っ払いオヤジのspiritual meeting 第13の1

    ojaji131

    西塚 『酔っぱらいオヤジのSpiritual Meeting』です。今日(9月20日)は、13回になります。今回もまたヤスさんにおいでいただきました。今日もよろしくお願いいたします。カンパーイ。

    ヤス こちらこそ。はい、カンパーイ。

    安倍政権の暴挙!

    西塚 まあ、これは話さなくてはいけないかなあと思いますが、昨日、19日ですか、例の安保関連法案、11法案が通りましたね。参議院の本会議で可決されました。これに関してヤスさん、何かひと言ありますか?

    西塚 安保法案そのものの中身に入ると細かくなるので、基本的なポイントだけ言うと、まず、あれは違憲であることは間違いない。少なくとも、憲法学者の95%くらいが違憲であるということを表明して、どう読んでもあれは違憲ですよね。

    民主主義のシステムとは何かと言うと、憲法というものの大きな根本的な定義に係ってくるんですが、国民が政府を管理するシステムを民主主義というわけです。国民の力によって、横暴な政府の権力を抑え込むということが必要になんですね。それを可能にするのが憲法なんです。だから、憲法は何か国の最高法規で、いわゆる刑事訴訟法であるとか、民法であるとか、そういうものの上に立つね、何か大枠のルールであるというような感じで読んでると思うんですが、実は憲法の位置が違うんですよ。憲法とは、国家権力の横暴から国民の権利を守るための法規なんです。

    じゃあ、その憲法だけでね、政府の横暴であるとか、たとえば官僚の横暴な権力の使用であるとかいったものが、憲法だけで担保されてるのか、保障されてるのかというとそうではない。多くの政治家、与野党問わず、全員のコンセンサスが存在している。ある意味での常識があるわけです。こういうことはやめようねと、これをやっちゃうと国家権力の横暴になって、憲法が骨抜きになるから、これはやめようねという、いくつかのポイントがあったんですね。

    たとえば内閣の解釈による解釈改憲はやめようと。それをやってしまうと、狂った内閣が出てきて、本来違憲である内容を内閣だけで解釈して、それを押しつけることになると。それは権力の横暴だから、それはやめようと。もうひとつは、憲法を擁護するためのいろいろな機構があります。最高裁判所もそのうちのひとつですが、内閣にある内閣法制局もそうです。内閣法制局というのは、政府がやってることが憲法に違反してるかどうかを監督するための機構で、この内閣法制局長官は、人事権は内閣にあるんだけど、手は出さないでおこうねと。

    西塚 安倍が替えちゃいましたね。

    ヤス そう(笑)。内閣法制局長官は、中立性の高い人物にしておかなくてはダメだと。これがふたつめでしょ。第三にあったのは何かと言うと、公共放送に対する介入なんですね。公共放送を、現政権が内部に入って操作してしまうと、それは公共放送に対する権力の介入である。そうすると政府の暴走が止まらなくなる。それはやめようということだった。これは政治家全体のある了解として存在していたということなんですよ。

    なぜそうなのかと言うと、今まで言った、たとえば解釈改憲が可能になる、内閣法制局長官の首をすげ替えられる、公共放送への介入が可能になる。とち狂った政権がそれを全部やると、最終的にその政権の意向を実行するのは誰なのかと言うと、官僚なんですね。そうなってくると、とち狂った政権のみならず、官僚の権力が手がつけられなくなるわけです。だから、これはやめようね、といったいわゆる政治家全体に共有されている空気のような常識が、この70年間あった。これをぶっ壊したんですね。

    西塚 ぶっ壊しましたね、見事に。官僚をチェックするために政治家がいるはずなのに。今回の内閣法制局長官も、あれは要するに、安部が今回の安保法案の改正にノーと言わないヤツをおいたということですよね。

    ヤス そうそう。お友だちにすげ替えた。

    西塚 許されないですよ。

    ヤス 許されない。それで、明らかに違憲であることを解釈改憲するということは、これはやってはならない。これもやりましたね。安保法制そのものは全部そうだし、集団的自衛権もそうです。それから第二にですね、今おっしゃったように、内閣法制局長官の首をお友だちにすげ替えた。それからNHKの理事長もやはり、お友だちにすげ替えた。

    西塚 籾井ですね。

    ヤス 籾井ね。全部お友だちにすげ替えるわけです。これをやっちゃ、民主主義じゃなくなるだろうと。

    西塚 そこで僕は思うのですが、国会議員は内閣総理大臣の安倍だけじゃなくて、ほかにもいくらでもいるわけですよ、自民党にも。今回の総裁選の安倍の再選を見てもですね、総裁選が機能していない。野田聖子が出ましたが、派閥政治の解消としてやってきたある種の結果なのかもしれませんが、安倍に対抗するヤツがひとりもいない。そうすると安倍の言うとおりになるという、ある種の恐怖政治、キム・ジョンウンと同じですよね。

    ヤス そう。たとえば、イギリスでもアメリカでもフランスでもドイツでも、どんな民主主義国家でも、ああなる危険性があるわけですが、それは憲法だけによって全部定めるというのは不可能なわけです。そうすると、憲法の定める憲法の精神に従って民主主義が機能するように、内部のチェック機構が二重三重四重にも、五重にもあるわけですよ。そういうチェック機構の中にはね、いわゆる政治家の常識として共有されるという部分もあるわけですね。

    西塚 常識のみならず、第三者機関みたいなものがしっかりあるわけですね。

    ヤス しっかりあります。どの国でも内閣法制局みたいのがやはりあるわけです。憲法裁判所という名がついてるところもあります。だから、ああいうことをやっちゃ、ある意味ナチスと同じ手口になります。基本的にナチスと同じ。

    西塚 今回、まったくそうだと思いました。

    ヤス ナチスは、ワイマール憲法というもっとも民主的な憲法の中で定められてる総選挙で、どんどん大きな党派になって政権を取った。それで何をやったかと言うと、ワイマール憲法という民主的な憲法の枠組みの中で、全権委任法を可決するんですね。明らかに違憲である法律を圧倒的多数で可決することによって、政府を乗っ取るわけです。

    西塚 ヤスさんがさきほどおっしゃったことは、憲法は六法全書にあるような意味での法律ではなく、その上に立つ、法律というよりはある種の理念だということですよね。

    ヤス あれは理念です。そうです。国の形だということ。

    西塚 それで、何となくコンセンサスがとれているようなものがあるのに、それを踏みにじって、超えて、安倍が今回ぶち壊した。でも実際、合法的と言えば合法ですもんね。

    ヤス そうです。違法性はないですね。絶対的な違法性はない。ただし、これをやっちゃおしまいだということ。

    欧米人の「個」と日本人の「個」の違い

    西塚 そこ、どう思われますか? 僕は、前に落語の話やドラマの話が出ましたが、それ言っちゃあおしまいだよという、寅さんのような、ある種のコンセンサスがある。ジャン・ジャック・ルソーの一般意志のようなものがありますよね。それが、ヤスさんがおっしゃるように、ドイツの例に絡めた国民の集合無意識がすごいネガティブなものとして出てくる、といった話にも繋がるかもしれませんが、それとは別の一般意志、コンセンサス、常識的なもの、良識というものに、寄りかかりすぎてきた結果だとも言えませんか、今回は。

    ヤス 寄りかかった結果、これだけ大きな反対運動が起こったということだと思うんですね。

    西塚 ああ、そっちのほうですね。

    ヤス だから、これをやっちゃおしまいだというのは、たとえば職場という環境があるとする。対立する上司と部下がいる。それで、お互いにすごく憎み合ってるからといって、その場で殺し合いはしないでしょう。それをやっちゃおしまいだ(笑)。相手を個人的に傷つけるようなことを言うのも憚られますよね。それを言っちゃおしまいだと。

    やはり仕事の上の対立というのは、職場という環境だったら、仕事の上で対立を処理するうまい具合のやり方があるわけですよ。ちゃんとしたね。みんながコンセンサスを持ってるやり方がある。当然、どの現場でも、職場でも、対立があるのは当たり前ですから。だったならば、それを最小限の矛盾で解決しようといったような、解決のひとつのメカニズムがある。

    国家というのもそうなんですよ。憲法を守るためには、これとこれとこういうような常識があるよねと。

    西塚 前回までのお話の中で、日本人に限らないんですが、民族的なトラウマも含めて、寝た子を起こして、とんでもなく暴走する可能性がある集合的な意識下に眠っているものがある。それが今回は、図らずも安倍の子どもじみた狂態と言うか、無謀な振る舞いによって、実はいい面のほうが出てきてという気がするんですね。

    普通の学生や主婦が、ああやってデモにいく、といったこともそうでしょうし、今まで意識もしてこなかったものがあぶり出されてきた。新聞を見てたら高橋源一郎がいいことを言ってました。僕はブランショは読んだことがないのでよくはわかりませんが、ブランショが共同体について言ってるらしく、理想的な共同体は一時的な共同体だと。テンポラリーなものだと。何か問題が起きたときに、みんながバーッと集まって協議する。そしてうまく解決したら解散する、といった一時的な共同体ということを言ってるらしいんですね。僕は知りませんでしたが。今回はそれに近いと言うか、いきなりわき上がってきたような気がして、それは日本人のある程度良質な部分、何かおかしんじゃね?みたいなものが、安倍のあの暴挙によってあぶり出されて、今のこの運動に繋がっているということは、僕はこれはいいことなのかなと思うんです。

    ヤス いいことですよ。

    西塚 反面、松原照子さんが昔の書籍で書いた、地獄の道に日本国民を連れていく安倍という、あのフレーズをどうしても思い出してしまうんですが、あれは数年前からヤスさんが、こういうものがあるとおっしゃってたのを僕も聞いて、そのお話も当時しましたが、本当にそうなりましたね。ただ、あれとはちょっと違う展開かなと。違うラインが出てきた、というふうに僕はとらえたいと思ってますが、そのへんはいかがですか?

    ヤス おっしゃる通りだと思いますね。たとえば、日本が1945年に敗戦してGHQがきた。それでマッカーサーがですね、トルーマン大統領と関係が悪くなって召還されるんですが、召還された後にですね、上院の公聴会があるんですよ。いわゆる日本の占領政策がどういう塩梅だったのかというヒアリングがある。そこで、日本人とはどういった存在かという問いがある。それに対してマッカーサーは、ドイツ人はいわゆる成熟した大人であるのに対して、日本人は12歳の少年のようだと言ったんですね。

    12歳の少年のようだと言った根拠はどこにあるかと言うと、実は「個人」がないということだったんですよ。我々は明治維新以降、長い間そうだったと思うんですけど、欧米と決定的に違う点は、ひとつの社会が、それぞれ孤立した自我を持つ個人によって作られているという実感がないことなんですね。アングロサクソン系の社会観というのは、社会というのはひとりひとり自立した個人の集まりによって形成されているということです。

    ちょっと話が飛びますけど、自立した個人、バラバラの個人によって社会ができ上がってるんだけれども、ひとりひとりの個人はめちゃめちゃワガママだと。そういうワガママな個人によって社会ができ上がってるんだったら、社会なんかまともにできようがない、という発想があった。そこからホッブスの「リバイアサン」という発想になってくるんですね。それと同時に、アダム・スミスの「神の見えざる手」もある。いや、いいんだと。個人ひとりひとりがワガママで、勝手に欲望の命ずるままに生きてていいんだと。それでも神の見えざる手という、需要と供給のバランスの法則性が働いていて、市場はバランスすると。その市場にまかせておけば、経済というのは需要と供給が絶えず、いわゆる均衡した地点までいくのだということを説いた。本当にワガママで、自分のことしか考えない個人でも、社会や経済を構
    成することが可能だということを証明した思想だった。

    重要なのは、そうした思想の遺産として、個人が社会を作ったならば、いつでも作り変えられるだろうということです。みんな集まって抗議もして騒いでルールを変えれば、社会なんかはいくらでも作り変えられるという発想が根源にあるんですね。それが個が社会を作るということのひとつの発想だと思いますね。

    西塚 なるほど。その後たとえば、ルソーの思想を受けて、フランスで言えばフランス革命が起きて、結局はロベスピエールも独裁政治に入っていくわけですね。そこで社会的な規範というか規制が必要だということにもなったと思いますが、近代以降は、さきほどおっしゃった、個は自由でいいんだけども、資本主義が高度化していくと富が集中してきますね。

    そこで、前回おっしゃったような富の再分配に関しての思想として、アメリカで言えば、リバータリアニズムと民主党左派の差が出てくる。大きな政府で富の再分配を公正にやっていくというものと、いやいやそんなもの介入させないで、共同体でやるんだと。そこで分かれていくということが、個の自由の先にはあって、どうもおかしなことにもなっていく、という気もするんですが…

    ヤス そうですね。だから今、我々がいる地点というのは、話を戻せばルソーの言うね、一般意志ですね。一般意志は何かというと、勝手なワガママなバラバラの個人が討論してれば、いわゆる一般意志という特殊な集合的な理性が生まれると。その集合的な理性にまかせておくと、まさにアダム・スミスの神の見えざる手と同じような感じで、いわゆるバランスのいい社会ができ上がってくるんだという発想ですよ。

    それが、近代の啓蒙主義の原点にあったことだと思うんです。ただ、おっしゃる通り、今生きているのははるかにその先にある社会。すなわち、神の見えざる手、それは言ってみれば市場原理主義、それから一般意志といったものに全面的に依存しても、バランスのいい社会なんてできなかったと。結果的にすさまじい格差をもたらす。やはり不安定な、均衡を欠いたよう社会になってしまったんだと。じゃあ、それを是正するための何か普遍的なルールがどこにあるのか、というところで今、やはりいろんな思想的な議論がされてると思います。
     
    ちょっと日本の話をしますと、欧米の場合は、どういうような原理がベストなのかと考えたときに、絶えず戻ってくるレファランスとポイントがあるんですね。それはやはり「個」なんですよ。アダム・スミスであり、ジャン・ジャック・ルソーであるといった、あのポイントに戻ってこざるを得ない。そこから、もう一回考え直そうよ、ということになるわけです。

    西塚 今回、戻ったと思いますね。

    ヤス なぜかと言うと、個が社会を作ってるという実感が、今でも18世紀から変わらずあるということなんです。問題は、日本の場合、その実感が根本的にない社会だということです。この社会というものが、自立した自我を持つ、孤立した個人の集合ででき上がってると考える人は少ないと思うんです。

    西塚 それは、どう考えられますか? たとえば明治以降、近代的な自我が出てきて、要するに、夏目漱石がイギリスにいってぶったまげる。そこで戻ってきて、私とは何かと。それまで集団的な熱情とか、情熱とかに溶け込ませていた自我がですよ、いきなりそこで出てくるわけですね。近代的自我というやつです。特に戦後、そういう自我が検証されて成長することもなく、またある種、高度経済成長の中に埋もれていってですね、お金を稼げればいいし、ちゃんと食えればいいんだと、まあアメリカの庇護のもとなんでしょうけども、ずっと戦後70年間やってきて、ここで初めて、ちょっと待てよ、ということになったと思うんです。それはヤスさんが言うところの個の目覚めなんですか、それともまた違う現象なんでしょうか?

    ヤス 個の目覚めだと思いますね。ただ、我々の歴史の文脈からつかまなくてはならないと思うんですね。我々に近代的な自我の目覚めが本当にあったのかと。私小説の自我が近代的自我だったのかと言うと、ちょっと違う。

    西塚 ああ、なるほど。

    ヤス おそらくね、夏目漱とか、北村透谷とかね、あの明治の私小説の内面から見たら、たしかに近代的自我なんですが、あれは言ってみれば、巨大な異質な文化の海の中に浮かぶ、ちっちゃな小島みたいなものなんですね。たとえば、ヨーロッパの近代的な自我はどういうものかと言うと、みんな近代的な自我を持った個人ですから、いわゆる隣の人も同じような自我を持ってる。そうすると、同じように、社会そのものがね、いわゆるバラバラな孤立した個人によって作られてるという実感を共有している。そういう実感を共有してれば、じゃあ、社会を変えようよと思えば、簡単に変えられるわけですよ。これちょっとおかしくない? おかしいよね、じゃあみんなで集まってデモやろう、抗議しようとなる。

    ドイツの憲法の基本法典の中には抵抗権がちゃんと書かれてるんですね。選挙と同じような意味を持つと。みんながおかしいと思ったら、社会なんかいつでも作り変えられる、国家なんかいつでも作り変えられるというタイプのもの。政府とか国家というのは、ちょっと抽象的な言い方をすると超越性を持たない。個人から自立した特殊な実体ではないわけですね。いつでも、スクラップアンドビルドできるというタイプのものです。

    一方ですね、いいか悪いかでは全然ないんですが、今、自立した個人が、バラバラな個人が社会を形成するというね、認識とか思いを持ってる日本人は少ないと思います。日本人にとっての社会は何かと言うと、個を超越した存在なんですね。それは、お蔭様であり、お天道様であり、やっぱり個を超越した実体的な存在であって、個人の力ではどうしようもない。なぜ、どうしようもないものに感じるかと言うと、我々一人ひとりが個人としての実感を持ってないからだと思うんですよ。何か個を超えたね、巨大な超越的な実体から、ずっとヘソの緒で繋がっている。自我ではなくて「個我」とでも言うのか、ひとりひとり辿ればみんな同じ大本にいくんだけども、それからずっとヘソの緒で繋がっててね、かりそめに分化してるといった実感の仕方ですね。

    西塚 スピリチュアル系で言う「分け御霊」みたいなものですか?

    ヤス そうそう、そんな感じ。分け御霊でいいと思います。

    西塚 日本にはヨーロッパ的な近代的自我がなかったとして、江戸時代でもいいですけど、江戸時代にはそうした自我がないんだけれども、ある種文化的にはですね、ものすごい世界に誇るべき文化を、国際都市になってもおかしくないくらいの文化を形成していましたね。もちろん士農工商もありますが、それぞれの階層の中で優れた、洗練された文化を持っていて、一応共存してた。あまり大きな事故もないし、都市もきれいで、外国人のルポルタージュでも絶賛されてますね。何だここはと、奇跡的な都市だといったような言い方をされてます。そのときに、もし個がなかったとすれば、なぜそういうものが築けたのか。

    これからは国際社会にならざるを得ないので、どんどん地球は狭くなり、鎖国とかですね、共同体的に縮小したところでしか、ある種のユートピア的な共同体は営めないということなのか。将来的には、地球規模の、グローバルな意味で個を尊重し合った、尊厳を認め合ったような社会ができるのかどうかという…あまり大きな問題にする必要はないですが、そのへんはいかがですか?

    ヤス 人間の実感の仕方として、たとえば自我であるか、個我であるかということですが、個我であるから高度な文化は築けないかというと、全然そうじゃない。おそらくね。個我とういうのはなかなか、うまい具合に説明できませんけども、どういう感覚かと言うと、たとえば江戸時代の人たちの自己認識、これは現代の我々にかなり通用するところがあるんですが、一番大事なのは先祖なんですね。先祖崇拝。

    ラフカディオ・ハーンが「神国日本」という本を書いてるんですね。これは1904年に書かれた本で、名著です。GHQが日本を占領するときに、日本人のメンタリティがどういうものかということを分析するために、一番参考にした文献だと言われています。それは、個がない世界とはどういうものかというのを、描写しつくしてるんです。ラフカディオ・ハーンの本来もっとも学術的な思想書でありながら、日本ではほとんど評価されてないんですよ。読みたがらないんですね、日本人は。自分の鏡ですからね(笑)。

    そこにはっきり書いてあるのは、日本人には、自我の意識がないんだと。じゃあ、どのようにして感じるかというと、自分は祖先から長く繋がった鎖のひとつの輪だと。そして祖先が自分に課した義務を行なう。いわゆる自分が、家系に属してる者としての義務をすべて行なう。祖先に礼拝をして、祖先から与えられた土地を耕作して、子孫をどんどん増やして、そして次の世代にバトンタッチしていく。そうしたら自分は、死後ね、同じ祖先の霊として祀られて、末裔から信仰の対象としてもらえるという意識なんですね。

    西塚 ラフカディオ・ハーンの話でいくと、僕はつい文学的に考えちゃうんです。それは、いけないかもいしれないんですが、ハーンはコンプレックスがあった。片目が見ないとか、いろいろコンプレックスがあって、たぶん西洋ではなかなかこう、生きにくかった人だと勝手に思ってます。日本にきて、日本人と結婚して、帝国大学で英語教師をして、夏目漱石の前任者ですね、それで日本は何とすばらしいのだろう、ということも含めたものを感じながら、おっしゃる本も、読んでないですが(笑)、書いていったということだと思うんです。

    そこには、彼の自己のですね、自分なりの、あいまいな言い方になりますが、彼のアイデンティティに関する問題もあったと思うんですね。それが日本の文化とある種マッチングしてですね、住んで、西洋的な理性もあるでしょうから、そういう論文も書く、というような見方をしてました。それをよく読んでないから、あまり言えないんですが、そうした何となく漠然とした見方があって、『耳なし芳一』のような一連の文学的な作品も書いていった。

    どうしても僕は、個人的な感情とかトラウマとかに還元しちゃうような、思考の性癖があるんですね。ヤスさんとは違っちゃうかもしれませんが、個人的な問題と言いますか、そのへんはどう思われますか? それはそれで影響はしてるんだけども、そういうものは取っ払っちゃって、あれはすぐれた論文であり、論理的な部分を抽出して、そこを見るべきだという…

    ヤス いや、見るべきだし、僕は西塚さんの理解で全然いいと思うんですね。『神国日本』を読んでよくわかるのは、あれはまさにですね、ラフカディオ・ハーンの自己発見の書なんですよ。

    西塚 ああ、そう言われると僕はわかります。

    ヤス すなわち何かと言うと、日本を否定してるわけではなくてね、実は日本の、その祖先に繋がってる自分を自我ではなくて、個我として感じ、祖先という長い系列を形成するひとつの鎖の輪として、自分自身を自覚する。個人を超えた超越的なものと絶えず繋がっているという実感、その実感を実は我々西洋人は忘れてしまったのではないか、ということなんですね。

    西塚 ああ、なるほど。そうか、そういう本なんですね。

    ヤス そうそう。だから、それを遅れてるとかね、いわゆるアジア的なものであるとか、異質なものとして見るほうが間違ってるんだと。あの文化というのは、まさに我々自身が忘れてしまった最も重要なものをね、実は内包してるような文化なんだというような理解の仕方なんですよ。

    社会はいくらでも変えられる

    西塚 だとすれば、一足飛びに明治からここに飛んじゃうことになりますが、ついこの間まではその中にいた日本人が、また違う何かを取り戻したのか、目覚めたのか…

    ヤス 終身雇用制とか企業共同体というのは、やはり日本の明治以来の文化によって、江戸期からもそうですけどね、やはり日本文化になじんだものだと思うんですね。会社というのはもともと日本人にとって何かというと、家だった。それが、いわゆる先祖という概念はなくなったとしてもね、先輩から脈々と繋いできたひとつの輪の中のひとつになると。住友銀行って昔ありましたけども、住友マンになるんだと。トヨタならトヨタマンになると。じゃあ、そのトヨタマンになるって何かと言うと、祖先ではなくて、先輩からずっと受け継がられた、いわゆる企業の伝統を担うような一部になるわけですね。まさに輪になるわけです。それは、やはり日本人の自己認識の方法として一番マッチした方法だったんではないかと思うんですね。

    何が言いたいかと言うと、これは別に悪いというわけじゃない。個を超えたある意味で超越的な実体に多くの人間が繋がってると感じる。感じてるがゆえにね、まあ非常にいい面というのは、過剰な自己主張を抑えるわけですよ。

    西塚 ことを荒立てないんですね。

    ヤス どの現場にいってもね、多くの人間が最大限の満足ができるような、一番いいバランシングのポイントを探るってことをやるわけですね。みんながそれをやる。だから、どの現場にいっても、それなりに全員がコンフォタブルに感じて、嫌な思いをしない、ひとつのバランシングポイントでまとまった、ひとつのバランスが現出するわけです。飲み会でもそうだし、職場でもそうだし、どこでもそうだと思いますよ。それは我々の美徳だと思いますね。ただ、裏面もあります。

    我々一人ひとりは個我である、社会全体というのは、我々の個人の決定権を超えた超越的な存在なのであると。我々は何もできない。何かできるとしたら、その超越的な存在が変化したときに、変化の方向に適応するために敏感に態度を変えていくこと。というような感じの諦めの思想ができる。だから、社会が改革するべきような対象には見えないんですね、基本的には。だから、社会があるひとつの方向に変わったら、時代が変わったんだと言って一緒に同じ方向に走っていく。また別の方向に変わったら、やはり一緒の方向に走っていく、という形の態度ができ上がって
    くる。

    その態度の結果、どんなに間違ってると思っても、社会を改革するということを断念するわけですよ。断念したらやはり、それは文句になりますよね(笑)。飲み屋なんかで文句になる。ぐじゃぐじゃと言って。それをマスコミが取り上げて、マスコミもぐじゃぐじゃ言うわけですよ。そうしたら政治家がね、一身命を賭して改革をします!みたいなことを言うわけです。そしてガス抜きをやる。しばらく経ってみたら、まったく何も変わらない。同じ世界になってるわけですね。といったような感じの、これは現在の我々の文化に内在したひとつのカルマですね。欧米の改革型の文化とは違いますよ。ただ、今回のことで明らかになったのは、カルマを乗り越え始めたということです。

    西塚 本当にそういうことですね。安保法制の公聴会にしても、あの形骸化はたぶん欧米ではありえないんでしょうね。ものすごい力を持ってるらしいじゃないですか。それが日本じゃ、セレモニーみたいになっている。これから違憲訴訟にも入っていくと思います。すでに準備に入ってるようですね、地方の市議会議員などを中心に。

    ヤス あとね、面白いのは、刑事告発までいく。

    西塚 あ、刑事ですか? 安倍に対するですか?

    ヤス 憲法98条ってあるんですよ。あきらかに違憲であることを閣議決定した場合は、これは憲法違反であるとはっきり書いてありますね。刑事告発するのは一番いいと思いますね。

    西塚 それは面白いですね。僕は、今回は実質、憲法改正に近いと思います。条項の解釈の違いのように見えますが、本来は憲法の改正に近くないですか。集団的自衛権の解釈のことですが。本来なら衆参両院の三分の二以上から、国民投票で過半数をとらなきゃいけない案件ですよ。レファレンダムまでいって、そこで決めなければいけない案件だと思います。それを一内閣が解釈した解釈改憲になってしまった。

    それとは違う意味で、ヤスさんの大きなテーマのひとつである、民族的な集合無意識にも繋がる話で、わりとデリケートな問題も入っているので慎重に検証しなくてはいけないかなと僕は思いますが、取りあえずは今、声を上げ始めたと言うんですか、ああいう運動という言葉は僕は好きじゃないですが、動きというのは、僕は同意します。

    ヤス やはり大きな意識の転換になると思いますよ、本当に。ひと言で言うと、社会は変えられるものだと。自分たちでルールを変更して、いかにでも変えられるという認識に多くの人が目覚めた。だからまさに、民主主義の覚醒ですよ。

    西塚 今日はそこまでお話しできるかどうかわからないですが、個も同じじゃないですか。自分は日本人に生まれてどうのこうの、こういう環境があって、こういうところに勤めてどうのこうの、ということに縛られるのではなくて、自分を変えられるんだということに繋がると思います。

    ヤス そうですね。

    西塚 そういう意識にまで、たぶんいくと思います。それに乗っかったスピ系のまあ、商売とか、カリスマも出てくるだろうし、第三者機関じゃないですが、内閣法制局みたいなチェックと言ったらヘンですが、そういう場はやはり必要になってくるという気がしますね。

    ヤス そうそう。

    西塚 ちょっと話しがトっ散らかってきました。酔っぱらってきました(笑)。

    ヤス いえいえ、どうぞ(笑)。

    続く

    むちゃくちゃおもしろかった講談

    筆者は月刊ザ・フナイの連載を書いていたが、読者の方に講談師の方がおり、会う機会があった。筆者は講談はこれまで聞く機会がなかったが、実におもしろかった!今後はスピリチュアル系の講談をやるそうである。サイトに音声ファイルがあるので聞いて見たらよいだろう。

    田辺鶴瑛

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    ytaka2013

    安倍晋三の「保守革命」路線に託された4つのテーマ――シリーズ【草の根保守の蠢動 第16回】 | ハーバービジネスオンライン http://t.co/KJ2iXSs2qg @hboljpさんから
    10-04 01:29

    【ほっしゃんが、最近ガン保険のCMがなくなった理由を暴露】生命保険会社に勤める知人が暴露+-+NAVER+まとめ http://t.co/1611p3Jpxa
    10-04 00:26

    10/03のツイートまとめ

    ytaka2013

    ここ数日、全国各地で規模の大きい地震雲が観測されています。もしかしたら、地震が起こりやすくなっているのかもしれません。とりあえず注意ですね。http://t.co/nyz8qitVw4
    10-03 11:48

    10/02のツイートまとめ

    ytaka2013

    これは昨日八王子で撮影された地震雲だそうです。阪神大震災の前兆の地震雲よりも大きいですね。要注意かも知りません。
    10-02 22:06

    http://t.co/xnhgE1jeNZ
    10-02 22:04

    会場 : 船井セミナールーム(JR四ツ谷駅麹町口より徒歩3分)千代田区麹町6-2-1 麹町サイトビル 3F参加費 : にんげんクラブ会員 5,000円(各回)参加費 : 一般の方    6,000円(各回)http://t.co/gP6crsRs75
    10-02 11:41

    フナイにんげんクラブで講演を行います。意識進化がテーマです。10月7日、水曜日13:30〜14:00 受付14:00〜14:45 講演  エヌ・ピュア代表 鳴海周平14:45〜16:00 講演  高島 康司16:15〜17:00 対談  高島 康司×鳴海周平
    10-02 11:40

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